| まな板の上のコイ |

 02

「二人とも、仲良く出所オメデトウ。でもって今年も仲良く教員試験受けられなかったから当然不合格よ」



懲罰室を出ると、背後から朝日を浴び、女神のような爽やかな笑顔でキスティスが出迎えた。だが、額に青筋がくっきり、はっきり浮かび上がっている。
怖い…。
毎年毎年、バトルのケガや不慮の事故で、教員試験を見送っていれば誰でも同じ反応をするかもしれない。
あれから5年、今回は度を越したバトルのせいで器物破損。1週間ガーデンの懲罰室にぶち込まれた。



「というコトは、今年も二人仲良く厨房勤務継続だな」

「キスティス、すまない。俺を指揮官に戻すのはもう諦めてくれ」

「試験が近くなったら、ほんの少しだけバトル訓練我慢すればいいことでしょ!!ったく、指揮官不在でも、今までは平穏だったから良かったけど…」



キスティスが疲れた様に呟く。
その仕草に俺達は不穏な空気を感じ取った。



「どこかキナ臭いのか?」

「ん…まだハッキリとした情報が入ってきてないんだけど、シュミ族の町周辺に怪しい車を何台も見かけるそうなの」

「あんな辺鄙な場所に何があるってんだ?まさかムンバ狩じゃねぇよな〜?」

「トラビア・ガーデンが巡回警備してるんだろ。何かあったら言ってくる」

「そう。だから何かあったとき、指揮官がこんなんじゃマズイわけ!!」



もう指揮官の地位は剥奪されたから指揮官じゃない…そうツッコミたかったが、それを言わせない迫力があった。



「…悪かったな。手伝えることがあったら手伝うが、俺達もう厨房に入らないと怖い先輩達のデカイ雷が落ちる」

「げっ!!もうこんな時間かよ!!マズイ!スコール走るぞ!!今まで怖いモンなかったけどよ、俺はあそこで恐怖っつーものを覚えたぜ」



血相を変えて走り去っていく2人に呆然とする。



「え?ええ!?厨房って、そんなにスゴイとこなの???」



俺の腕を掴み走るサイファーが、一つ目の角を曲がると、いきなり進路変更して狭い路地に引きこんだ。急停止したサイファーの動きについて行けず、振り向いたサイファーの胸へと飛びこむ形となった。それは見越していたことなのか、ニヤリと笑い俺の背中に腕を回し、しっかり拘束する。



「サイッ…!!」



抗議を最後まで聞かず、大きな手で俺の顎を掴み唇を合わせてきた。生暖かいものが滑り込み、俺の舌を誘うように突っつく。
まったく…
誘いにのってやるとゆっくりと絡めてきた。ザラリと舌の裏側を撫でられ身体の芯が疼く。
サイファーのキスは脳内麻痺を起こさせる。
泣きたくなるぐらい優しい優しいキス。薄く目を開けてサイファーの顔を盗み見ると目が合った。




「どうした?キスだけじゃ足りねぇか?」

「馬鹿か?勝手に解釈するな・・・アンタのせいで完全に遅刻だ…」

「どうせ遅れるんだしよ、あと5分や10分くらいどうってことないだろ?それに1週間キスしてなかったんだ。このまま行くと禁断症状で何するかわかんねぇぜ〜?」

「何かするなら、俺抜きでやってくれ。また懲罰室行きはゴメンだ」

「そりゃ無理な相談だ。今俺が何かするとしたら、オマエを襲うことしかないだろが。あー、抱きてぇ!!今晩犯らせろ!!」



力いっぱい抱きしめ、髪に鼻をグリグリ押し付けてくる男を、満身の力を込めて引き離そうとするが、一回りも体格差があるせいかビクともしない。上は諦め、自由になる足で思いっきりサイファーの足を踏みつけた。一瞬、腕の力が弱まった隙をつき、思いっきり突き飛ばして腕の中から抜け出す。
恨めしそうな顔をしても知るもんか!




「そのチャンスを今年もまた逃しただろ。そんなに犯りたかったら教員試験に受かればい」



5年間も約束を守ってキス以上のコトをしてこないのは感心するが、これ以上は俺の体も限界だ。キスだって感じるし興奮するんだ。仕事に支障が出ると困る…



「もういい加減、それ無効にしようぜ。それともオマエ、そんなに指揮官に戻りたいのかよ?」

「俺は面倒な指揮官はやりたくないが、みんな待ってるだろ」

「5年間なんとかやってきてるんだからよ、これからもオマエ抜きでも大丈夫だって」

「でも」

「指揮官は“でも”“だって”なんてコトバ使わねぇんだろ?」

「っ!!」



どこから聞いてきたのか、リノアが倒れて取り乱してた頃の園長の言葉をサイファーは使った。




「…誰からそれを?」

「さあ〜な〜?ほら、仕事行くぞ」




さっきまでのキスが嘘のように、さっさと食堂に向かい歩き出した。ウマクはぐらかされ仕方なく歩き出す。甘い余韻が身体の芯に残っているのを無理やり意識から離し、食堂の勝手口をくぐった。





「指揮官!遅いよ!!モタモタしてないで麺をゆでな!」

「はい!」


何故か、ここでは以前のように“指揮官”と呼ばれていた。扱いはまるで違うが…
大量の麺の袋を両腕に抱え、湯だった大釜に向かう。その先では、サイファーが頭2つ以上も小さいオバチャン…いや先輩に耳を引っ張られている。



「補佐官!!今回も原因はアンタだね!!2人も抜けたせいでアタシたちゃ全員いつもより1時間早く出勤するハメになったんだよ!」

「イテテッ!!ゴメンナサイ!!俺が悪かったって!!」



俺は以前、指揮官と呼ばれていたからそう呼ばれてもわからなくもないが、なんでサイファーが“補佐官”なんだ?やっぱりこれは、俺達ヒヨッコに対するイヤミなんだろうか?
手早く麺を茹で上げ、各種のスープが注がれた丼に盛り付ける。戦闘においても早さが売りだった俺は、すっかり麺系担当だ。
体力技が自慢だったサイファーは、大きな鉄鍋を使い華麗に野菜を宙に舞わせている。
厨房は、ある意味毎日が戦闘だ。
昼のチャイムが鳴って1、分も経たずに一気に駈け込む生徒達の食欲を満たすため、的確に尚且つ要領良く注文を片付けていく。この緊張感はアルティミシア戦にも匹敵する。

一番込む時間帯になった時、園長による全館放送が流れた。



『スコール・レオンハート、サイファー・アルマシー。緊急事体です。ただちに園長室へ来てください』



俺とサイファーは顔を見合わせる。
緊急事体と聞いたとき、今朝のキスティスの不そうな安な顔が横切った。



「おい、まさか」

「ああ…たぶん…」



だが、俺達はただの食堂の賄い人だ。
現役から離れて5年は経っている。
今更行ってどうなる?



「何、ボケっとしてんだい!?指揮官と補佐官をお呼びの緊急事体だ。早く行きな!!」

「痛ッ!!」



菜箸でケツを叩かれた。
先輩達に活を入れられ、俺達は慌てて白衣を脱ぎ捨てて園長室へ向かい走り出した。






その一部始終を見ていた生徒達がポカンとした顔をして二人がが走り去った方向を見ていた。



「スコールって…もしかして、あのスコール?」

「しかもサイファーって言ったよな?」

「オバチャン達は“指揮官”って呼んでたけど、あれって変なアダナじゃなかったのか?」

「まさか本物!!!!!?」

「何で伝説のSeeDと魔女の騎士が俺達の飯作ってんだよーーー!?」



当時から在籍していた生徒達は、誰にもこの事実を漏らすことがなかった。
5年。この年月の間に、新しくバラム・ガーデンへ入学してきた生徒達は、まさか厨房にいるのが、かつて世界の運命を握る男達だと思いもよらなかったのだ。色々な意味でスゴ過ぎる。
疑問符だらけの絶叫が食堂内に響き渡る。

そんな大混乱の騒ぎが起きていたことを俺達は知らず園長室に辿りついた。
園長室に入り、相変わらず気の弱そうな笑みを浮かべた園長は、とんでもないことを言いのけた。



「えーとですねぇ。ちょっと反則ですが、あなた達を傭兵として臨時雇用します。取り合えず、指揮官と補佐官でいいですかねぇ?」

「シド園長…傭兵として雇われるのは構わないが、いきなり指揮官と補佐官はマズイだろう・・・リーダーが必要なら俺のときのように生徒の中から適当に決めればいい」

「オマエ、適当に決められたのかよ?」

「限りなく、それに近いと思う」



決められたというよりも、押し付けられたという方が近い。思えばあの頃からケチが付き始めた気がする…
ジト目で園長を凝視すると、冷や汗をかいて頬が引きつっている。




「あはは…根に持ってますねー…。今回はリーダーを無理矢理決めなくても、すでに“伝説”がいますから必要ありません」



つまり、また俺を使おうって魂胆なのか…。




「俺は卒業したんだぞ」

「“伝説のSeeD”がいれば、その存在によって無意味な血を流す者のが少なくなります」

「でも、それは俺一人の功績じゃない。仲間がいたからアルティミシアに勝つことが出来たんだ」

「わかってます。ですが、あなたの名前はすでに一人歩きをしています。魔女さえ凌ぐ戦闘能力を持ったの男と正面きって戦えますか?」

「…つまり、俺が出れば被害が最小で済むから顔貸せって言うんだな?」

「そうです」



俺だって血の通った人間だ。無駄な闘いが俺の顔一つで終わるならいくらでも貸してやる。本当に効果があるのか怪しいものだが…。




「わかりました。俺、スコール・レオンハートは今回の任務において指揮官を勤めさせていただきます」

「スコールに従う俺も同じだ。ありがた〜く補佐官になってやるよ。で、敵は何処なんだ?」

「ドールです。エスタとガルバディアに対抗する力を求め、シュミ族の町を占拠しています」

「ドールかよ…SeeD試験の時といい因縁を感じるぜ」



そうだ。
あれから全てが始まった。
今回の任務も、何かの兆候かもしれない。
まさか、また…
隣にいるサイファーを見る。
また離れ離れになったりするんだろうか?失敗して捕虜になったり…最悪な場合、死に別れるということも…
嫌だ。もう、あんな思いは沢山だ!



「スコール?」



気がつくとサイファーのコートを右手に握り締めていた。我にかえって慌てて離す。



「…悪い。皺になった」

「スコール、今度は大丈夫だ。もう1人で突っ走らねぇよ。走るならオマエと一緒だ」

「…“ロマンティックな話”も厳禁だぞ。アンタ、あの話をすると暴走するからな」

「へいへい。分かりましたよ。指揮官のご随意に」




何も言わず、見守っていたシド園長がタイミング良く口を挟んだ。その言葉に地雷を混ぜて…




「では、ラグナロクで現地に向かい、トラビアガーデンのセルフィと合流して作戦を立ててください。あ、そうそう!今回はリノアさんにも応援を頼んでますよ」

「げ!アイツ見つかったのか…もしかして、あれ以来か?」

「そうだな」




『そう、そういうことなの。お邪魔しました。お幸せに』




そう言ってガーデンを飛び出したきり行方が知れなくなっていた。どこに隠れたのか、ガーデンの情報網にも引っかからず、カーウェイは賞金までかけていた。だてにレジスタンス組織のボスをやっていたワケじゃなさそうだ…。



「俺の魔女の騎士の件も宙に浮いたままだし、あれっきり何も言ってこない沈黙が怖いな」



そう、俺は魔女の騎士候補だったはずだ。このままでいいわけない。騎士がいない魔女はアルティミシアやアデルのように暗黒面に走りやすいという。このままリノアが悪い魔女になったら、やっぱり俺の責任だ。
だが、5年間悩みつづけていた俺に、アッサリ園長は終止符を打った。




「あ、そういえば彼女が出て行くとき“ホモな騎士はねらい下げです!私これから騎士を捜す旅に出るからスコールには捜すなって言って下さいね♪”って言ってましたね〜。おや、伝えてませんでしたっけ?」





沈黙が支配する。





「聞いてませんっっ!!!…つまり俺は、5年以上も前に振られたっていうことか?」

「ははは。そういうコトですかね〜」

「スコール、安心しろ!だから俺が一生傍にいるって言ってるだろ!」

「…(黒くなれ!)」





窓の外を雲が通り過ぎる。
ラグナロクに乗るのは久しぶりだ。さすがエスタで作られた乗り物だけあって、下を向いていても字を見ていても気持ち悪くならない。



「なー、なんで俺達こんな問題集やってんだ?」



サイファーが面白く無さそうにペンをカチカチさせながら目の前のキスティスに問い掛ける。俺も聞きたい。
トラビアに向かうラグナロクの中で、俺達はひらすら問題集を片付けていた。キスティスがストップウォッチを片手に呆れたように溜息をついた。



「仕方ないでしょ。あなた達、現役からだいぶ離れてたんですもの。基本を
忘れてちゃ困るでしょ?」

「んなもん忘れるかよ。こんな子供だましな問題」

「んふふ。そう言うからには満点でしょうね?あとで採点してあげるから楽しみにしてなさい」

「キスティス、この問題は…」

「なにかしら、スコール?」

「いや、何でもない…」

「ふ〜ん?ま、いいわ。目的地についたみたいよ」



トラビアよりも北に位置するウィンター島は、名前の通り1年のほとんどが雪で覆われている。バラムでは春の兆しがみえていたが、ここの春はまだまだ先のようだ。雪煙を上げてラグナロクがその大地に降り立つと、軍用車から数名の人間が出迎えた。




「わ〜ん!はんちょ、指揮官復活オメデトウvvvで、コレが今の状況なのね〜。はっきりいって戦闘配置が穴だらけ!ちゃんと訓練した人間ってあんまりいないんじゃないかな〜?はんちょ達が出れば楽勝!」

「指揮官は臨時だ」



セルフィが書類を俺に手渡す。確かにこれは穴だらけだ。テロリストの方がもっと手の込んだ配置をしている。ドールは一度制圧を受けた国だ。二度とあんな目に会いたくなくて力を求める気持ちはわからなくもないが、こんなやり方は破滅的だ。



「素人の民間人を無理矢理ドール兵に徴兵したか…現ドールのTOPは馬鹿ばかりだが、軍のTOPもそうとう馬鹿揃いみたいだな」

「はんちょキッツ〜イ★ドールは復興が精一杯で軍備教化してる余裕なんかなかったハズだもんね。なんで勝てると思ったのかな〜?」

「焦ったんだろ。今のドールは箒の影でさえ敵に見えるんだ。怯えた小動物みたいにな」

「となると、派手に暴れて頭潰しゃあ簡単に降伏すんじゃねぇ?」

「俺達が敵の真っ只中に飛び込めばな」




サイファーが楽しげに敵地へ目を向ける。俺も不謹慎だが気分が高揚している。そんな俺達を見てキスティスが呆れた顔をする。



「じゃあ、私達は連れてきたヒヨッコSeeD達と素人ドール兵を捕獲にまわるわ」



その一言でゼルとアーヴァインが情けない声を出す。



「げ!無傷で捕まえるの苦手なんだよな〜」

「はは。僕なんてスナイパーだからさ〜、殺さずというのが一番難しいよ」

「アービン、外すの得意でしょ?」



セルフィの痛恨の一撃。



「ぐ…酷いよセルフィ〜〜〜〜!!」



アーヴァインの叫びを無視して、俺は周囲を見渡す。サイファーも捜しているようだ。ここにはいないのだろうか?
どうせ会うなら早い方がいい。罵られる覚悟も充分出来ている。



「ところで…その…彼女は?」

「んん〜〜〜、アッチの車にいるよvvv」

「一応、挨拶してきた方がいいんだろうか?」

「だよな。今回の作戦には命預けるコトのなるしな…」



覚悟は出来ていても、なかなか足を踏み出せない。5年前に振ったからといって気持ちの整理が出来てるとも限らない。緊張で手のひらに冷たい汗が浮かぶ。



「なにゴチャゴチャ言ってんの?」

「わーっ!!」×2



いきなり気配なく後ろから声を掛けられて、俺達二人は跳ね上がった。



「嫌だなー。まるでオバケでも見た顔だぞ?」

「リ、リノア久しぶり!」

「よ、よう!元気だったか?」

「もちっろん!旦那と子供と元気に暮らしてるわよ」

「旦那!?」「子供!?」


その単語の意味はわかるが、頭で理解できなかった。リノアとその単語が結びつかない。その本人達が自ら近づき声を掛けてきた。



「やあ!スコール!君まだガーデンの厨房にいるんだって?」



ひょっこりと同じ軍用車から出てきたのは、存在感ゼロな同期SeeDニーダだった。足元にはピットリとリノア似の女の子が張りついている。



「まさか…」

「あれ?言ってなかったっけ?ガーデン飛び出して電車乗ったら、就職先のデリングシティに向かうニーダに会っちゃってね、そのまま意気投合して現在進行形vvv娘も今年で4歳になるのよ」

「そんな…俺はつい最近までリノアの騎士だと思ってたのに…」



ショックだ。
振られたとわかっていてもショックだ。



「だって、サイファーとラブラブなんでしょ?」

「…違う」

「だってキスしてたじゃん」



そんな大きな声で言わないでくれ…
確かにキスはしていたし、今もしている。
でも、それだけだ。



「コイツは今でもキスしかさせてくれないぜ」

「えー?恋人同士じゃないの?…ちっ、早まったかしら?」

「リ、リノア〜?」



ニーダが冷や汗を流し、自分の妻を見る。浮気っぽい所は結婚して子供が出来ても変わらないようだ。



「なんだ…もう俺、騎士候補からすっかり外れてたんだな」

「もしかしてオマエ、リノアが行方不明になったのに責任感じてキス止まりだったのか?」

「……」

「無言は肯定ってな?っつーことは、もう何も障害はねぇってことだな」

「あ、あの約束はまだ有効だからな!」

「まだそんな悪足掻きを…」



遠くから機関銃を撃つ音が聞こえる。



「始まったな」

「じゃあ、ボチボチ行くとするか。リノア、やってくれ」

「は〜い!とっておきの特殊技いっきま〜す!」



技の発動と共に不思議な空気が俺達の体に取り巻いた。
それを確認し周囲を見渡せば、ほとんどのSeeDが指定の配置に向かっている。残ったSeeD候補生をゼルやアーヴァインが引き連れ、狭い路地に入っていく。セルフィが衛星からの受信画像で配置を確認し、俺達に合図を出した。


「さあ、一気にど真ん中に突っ込むぞ!」

「忘れるな!俺達の目的は、ドールの司令官だ」

「わかってるって!」



2人だけで中央広場を走り抜ける。敵の弾が雨のように降ってくるが、リノアのインジブルムーンで920秒は無敵状態だ。着弾する寸前で空気に溶けて消えていく。ドール兵には当たっても平気な顔で向かって来るように見えただろう。怯えて逃げ出すものもいる。魔女の特殊技とも知らず無傷で向かってくる俺達を見て、無敵効果が切れる前にドール兵の攻撃音が止んだ。



「ば、化け物だ!」

「化け物?違う俺は“伝説のSeeD、スコール・レオンハート”だ」

「別にバケモノでもいいけどよ、俺は“魔女の騎士、サイファー・アルマシー”だしな〜」

「ひっ!!」

「無駄に死にたくなかったら降伏しろ。ここの指揮官は誰だ?」



皆一様に青ざめた顔で一点を指差す。
その先には、中年の肥えた男が血の気のない顔で立っていた。
もう闘う意思はどこにも見当たらなかった。
隠れていた兵士達もSeeD達によって捕獲されてゾロゾロと出てきた。

他国の軍が、一つの町を占拠するという紛れもない戦争。それが俺達が出向いてたった920秒以内で終戦に導いてしまった。




「これでまた、俺達の意思を無視して勝手に“伝説”が出来るんだろうな…」

「頭に“不死身の”とかついてか?」

「それ、何か嫌だな」



いきなり道行く人に冗談で撃たれそうで怖い。
ちょっぴりダークになっていると、元気にセルフィが走り寄って来た。



「スゴイよ!死傷者ゼロvvvやっぱり、はんちょ達にこのままずっと指揮官と補佐官やっててほしいな〜」

「セルフィ、俺は緊急時以外はもう表舞台に立たないよ」

「ええ!?どうして!!?」

「なんでだよ!?」



仲間達が驚く。



「サイファー、俺が教員資格取って指揮官に戻らないように阻止してただろ?」

「バレてたか」

「始めからわかってたさ。でも理由がわからなかった」

「…」

「シド園長は俺の名前は一人歩きしてると言った。その御蔭で今回の戦闘は無駄な血を流さずに終わった…そんな俺が最強の傭兵を育てる学園の頂点にたったらどうなる?全ての国がガーデンを軍事国家として警戒する。しなくてもいい牽制や、裏取引が始まって混乱を招くことになるんだ。そうだろサイファー?アンタは俺の監視下じゃなくて、各国に俺を監視するという条件で戻ってきたんだろ?」



サイファーは苦虫を潰したような顔で溜息をついた。



「サイファはんちょ、それって本当?」

「…ったく、どうせなら最後まで気づかない振りしてろよな…たしかに俺はそういう約束で戻ってきた。でもよ、オマエの傍に戻りたかったのは俺の本心だ。だいたいオマエが国盗りするようなタマかよ?始めから、んな心配はしてなかったさ。ま、俺にしてみれば渡りに船な話だったけどな」

「サイファー…」



守っているつもりで、守られていたのは俺の方だったのか。
俺が傷つかないように、何年も事実を隠しとおして。そのやり方は、ちょっと…いや、かなりムチャクチャだったが…。
悔しいけど、嬉しい。
こんな風に支えあって生きて行けるなら、どんなことでも乗り越えられる気がする。
胸がいっぱいで言葉にならない。そんな俺の頭をサイファーは大きな手でグシャグシャにかきまわす。



「ちょっと…ここで二人の世界作るのやめてよね!」

「あ、悪り〜悪り〜。っつーことでよ、コイツは指揮官になれねぇんだ。なんか問題が起きたらいつでも厨房に来いや。臨時だったらいつでもOKだ」

「あ〜あ、はんちょ達には悪いけど、私達、有名人にならなくて良かった〜!そうでなきゃ、今ごろ不自由な生活してたかもしれないんだよね〜」

「ははは…。みんなで用務員のオヂサンとかオバサンとかやってたりしてね」

「うっわ!笑えねー!!」



仲間達が異口同音に叫ぶ。




「なんかよ、今回の戦闘手応えなくて暴れ足りねぇ!スコール、手合わせしようぜ!!」

「いいな」



ガンブレードを片手に立ち上がるとアーヴァインの心配そうな声が俺達を引き止めた。



「あ!ちょっと2人共、今晩の野営の食事は!?」

「ガーデンに戻るまでは俺たちゃただの雇われ傭兵だ。食事くらい自分達でつくりれよな」

「悪いが、そうしてくれ」

「えー、今回は楽できると思ったのにぃ〜〜〜」



周囲から飛ぶブーイングを無視し、ガンブレ−ドを構える。
戦闘の高揚感は好きだ。
だが、それが他人にとって脅威となっるのならば、俺は眠る獅子のままでいよう。ただ一人を除いて…。
任務が終了したら俺とサイファーはまた厨房に戻り、生徒達の食を満たす。
また世界が俺達を求めるその時まで…



ガンブレードを合わせて行くうちに、いつのまにか周囲のブーイングが止まっていた。幻の武器とまで呼ばれたガンブレードを使い、華麗な舞いのように闘う二人の男の姿は、この場にいた者達の目に強烈に焼きつく。

その夜、興奮と感動、そして空腹で誰もが眠りにつくことが出来なかった。



「はい。2人共、教員資格の証書よ」

「あ?」



アレから数日経ったある日、キスティスがA4サイズの用紙を2枚差し出した。
俺は何となく気付いていたから驚きはしないが、何もわかっていないサイファーが訝しげな顔でそれを受け取った。



「…やっぱり、ラグナロクでやった“問題集”は試験だったんだな?」

「あら、やっぱり気づいてたの。でも、どうしてわかった?」

「今年の試験内容と同じだったから」

「おかしいわね?試験問題は公表してないし、毎年受けてないアナタが何で知ってるのかしら?」

「…」



試験問題を公表してない!?マズイ、墓穴ってやつだろうか…
指揮官から外されても、常に情報だけは色々な所に入り込んで収集していた。勿論、見つかるようなヘマはしていなかったが…
冷や汗が流れる。



「おいおい、ガーデンのシステムくらいハッキングは簡単だよなあ?」

「…サイファー、フォローになってない」

「アナタ達…ま、いいわ。合格は合格だし、そんなの見なくても楽勝だったでしょ」

「合格はいいんだが…指揮官の件は…」

「わかってるわよ。何か起きるまで眠れる獅子でいて頂戴。でも、ガンブレの教師も切実に欲しいの。希望者ばかり増えて困ってるのよ。それくらいいいわよね?」



この間の遠征で、さらに希望者が増えたというのはゼルから聞いていた。昼食を食べに来る生徒達からも懇願されている。もう、断り続けるのも限界だろう。




「仕方ねぇな〜。でもよ、あくまでも本業は厨房勤務だぜ?仕事に慣れたらよ、毎日あの緊張感が堪らないぜ」

「そうだな。実は俺も厨房勤務が嫌じゃないんだ」

「え?えっ!?」



意外な反応にキスティスが驚いて俺達の顔を交互に見る。



「じゃあな、授業日程が決まったら教えてくれ。俺達は職場に戻る」

「悪いなキスティ、常勤じゃなくて」



クルリと背を向けて2人の男が背を向けて歩き出す。
どこまでも、この2人は自分の予想を大きく外してくれる。



「あ〜あ、こうやって雛は巣立って行くのかしら・・・」



淡い恋心を抱いていたときもある。
でもこうなってみれば、家族としての情が大きい。
まるで母親のような気分で、自分達の行末を見出した弟分の2人を見送った。





サイファーが受け取ったばかりの教員免許をヒラヒラさせて、俺の肩にガシッと腕を回した。俺の顔を覗きこみニヤリと笑う。



「なあ、約束覚えてるよな?」

「な、なんのコトだ?」



緊張のあまり、声が裏返った。
全くの不意打ちだ。
まさかこんな形で合格すると思わなかった…つまりあの約束は解禁したわけだ。はっきりって抵抗しきれる自信がない。今夜にでも守り通した貞操は奪われてしまうだろう…
頭の中で“どうしよう”“やばい”がエンドレスで回っている。
そんな俺のうろたえた様子を見てサイファーが吹き出す。



「プッ!月並みのセリフだが言わせてもらう」

「…何だ?」

「今夜は眠らせないからな」

「手加減しろ」

「りょ〜かい。無理だと思うけどな〜?」



無責任な返事が返ってくる。
鼻歌を歌いながら前を進むサイファーにとてつもなく危機感を感じる。
あぁ…これは明日の仕事は完璧欠勤だな…でも…
小走りにサイファーへ追い着く。
スルリとサイファーの左手に自分の右手を絡めた。
サイファーが驚いたように俺を見る。
頬が熱くなってるのが分かる。俺は何も言わずに微笑んだ。
サイファーも微笑み、絡められた指が握り返された。
それだけのことで、胸が幸せでいっぱいになる。


俺はこんなにサイファーを好きだったのか…
我慢出来ないのは俺も同じだ。

俺達は寄り添い、厨房の勝手口をくぐり抜けた。



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2002.01.27

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