| まな板の上のコイ |

 01

晦日、23時。あともう少しで新年を迎えようとしている。
そんな慌しい時期に、俺の身柄は秘密内にガルバディアからバラム・ガーデンに移された。深夜の園長室にはカーウェイと園長、そして俺しかいない。



「では、カーウェイ殿。後のことはお任せください」

「よろしく頼む、シド園長。彼の管理はココが一番適してるようだからね」

「ココというよりも…あ、サイファー君。もう遅いからで休みなさい。とりあえず今晩は来賓室で。これがカードキーです」

「ああ、サンキュ」



カードを受け取り、サイファーが退室するのを見届けると、残ったカーウェイとシドは、まるで悪代官と材木の横流しをしている大●屋のようにコソコソと談笑を始めた。



「実際、彼が素直にガーデンへ戻るとは思わなかったよ」

「ははは。奥の手はとても効いたでしょう?」

「シド園長、あんたその笑顔の下で、そうとうアクドイこと考えているようだな?実際、彼はコチラでも手に余ったから助かるんだが」

「アクドイとは…まだまだカーウェイ殿の足元にも及びませんよ。まぁ、ウチとしても彼は手に余るんですが、世間の目から見ても納得いく処置でしょう」

「で、指揮官殿にはこのことを?」

「いえまだ。考える時間を与えるよりは、突然押し付けたほうが諦めもつくかと思いまして」

「それは気の毒に…」

「娘さんの方は?猛反対しませんでしたか?」

「あれにも何も言っていない。最近の行動をみてれば別れるのは時間の問題だ。言う必要がない」

「おや。それじゃあスコール君、ダブル受難ですかね?」

「可哀想に…」



そう言いつつも、カーウェイの目は笑っている。対するシドも大変にこやかだ。表面上は爽やかなのだが、誰かが見たら背筋に寒いものを感じただろう。

『そちも悪よのう』
『いえいえ、お代官様こそ』

という時代劇のセリフが聞こえてきそうな腹黒い談笑は、年が明けるまで続いた・・・。






俺はカードを受け取り、園長室から退室した。
腹に一物も二物も抱えてるような輩の会話に付き合うつもりはなかったから、退出命令はありがたかった。
暗く長い通路に硬い靴音だけが反響する。
生徒達のほとんどが、新年のカウントダウンパーティで食堂へ出払っているせいか、誰かに遭遇することもなく目的の場所に着いた。
向かった先は来賓室ではない。
その場所を目の前にし、部屋の持ち主の名前を掘り込んだプレートを軽く撫でる。
スコール・レオンハート
この名前を目にし、懐かしさと嬉しさと色々な感情が胸の中に溢れてきた。
無防備にも鍵はかかっていない。俺はスルリと中へ入り込んだ。



「おい、スコール?」



寝室を覗きこむとスコールは、パーティーにいかず眠り込んでいた。

やっぱり寝てたか。コイツ、お祭り騒ぎ嫌いだもんな。
にしても爆睡かよ?
これで本当にSeeDなのか!?



「起きろって」

「・・・」



まるで死んだかのように、揺すってもピクリともしない。かなり疲れているのか青白い顔をして深い眠っている。
コイツが俺をガーデン引き取る為に、ずっと奔走していたということは聞いていた。以前のコイツなら、誰かの為に何かをするなど考えられないことだ。

誰かに言われて?
同じ孤児院の仲間として俺を哀れんだか?
呼び戻せたとしても、このガーデン生活に何の意味があるっていうんだ?
あと1年ちょっとで卒業だというのに…
それでも、理由はどうあれ、コイツがそこまでしてくれたから、帰ってくる気になった。そうでなければ、俺はどんなに無謀でも来る途中に脱走を計っていた。たとえ失敗に終わって射殺されてもだ。それくらいに、ここへ戻ってくるのはプライドが許さなかった。
その俺のプライドすら凌ぐものが、目の前であどけなさすら感じる寝顔を晒し、無防備に眠っている。



「俺の腐った想いを知ってたら、こんなに必死にならなかっただろうな…スコール、覚悟しろよ。もう俺は悩まないって決めたからな」



俺の重みでベットが軋んだ音を立てる。



「くくくっ。良い初夢見れそうだぜ」


俺はニヤケながらブランケットをゆっくりとめくり上げた。








目を覚ました瞬間、背後に何かの気配を感じた。この気配は嫌というくらい知っている…気がつけば常に傍にいた男。教室でもいつも微妙な空間を開けて右隣を確保し、隙あらばチョッカイ出してきた男の気配をそうそう忘れられるものではない。
そうか、帰ってきたのか…
ゆっくり振り向くと小さな頃からクサレ縁だった男の顔が、どアップで視界を埋め尽くしていた。息がかかる近さだ。俺が何か言う前に、独特の意地悪い笑みを浮かべ、横向きで寝ていた俺を仰向けにひっくり返した。俺が起き上がるよりも早く、俺に覆い被さるように両サイドに腕をつく。




「おい!?」

「スコール、HAPPY NEW YEAR」

「うむっ!?」



その言葉が言い終わると同時に、チュッと唇を重ねてきた。
すぐに離れたが、その表情はまるで悪戯が成功した悪ガキのようだ。
これは…新ヴァージョンのの嫌がらせだ…



「サイファー…ガーデン戻って来ていきなりコレか…何時からここにいたんだ?」

「夕べの23時だ。」

「…ウソだろ、昨日じゃないか」



時計を見れば8:00を表示している。
信じられない。
23時からこの部屋にいたということは、9時間も気付かないで爆睡してのか…SeeD失格だな



「夜這いに来たらよ、オマエ起きねぇんだもん。仕方ねぇから一緒に寝た。そうだ、オマエ寝るときはちゃんとパジャマに着替えたほうがいいぞ」



俺のベルトをガチャガチャ引っ張り、全く悪びれずとんでもないこと言う。
いったい何なんだ?新年早々精神的ダメージが大きすぎる…。



「夜這い?何の冗談だか。だいたい着替えようが、そのまま寝ようが俺の勝手だ」



サイファーを片肘で押しのけ、もう片方の腕で目を覆う。疲れの残った体には、朝日の光が目に痛い。



「お前等が一生懸命根回しして戻って来れたんだ。来年にゃ卒業だし、せっかくだからよ、今から楽しい学園生活のイイ想い出作っておこうかなーってな」

「で、だから何で俺の部屋にいるんだ?」

「だ〜か〜ら!夜這いって言ってるだろ。もう朝だけどな」

「…俺は、アンタのせいで疲れてるんだ。正月くらい休ませてくれ!」



サイファーからブランケットを奪取り、もう一度布団に潜り込む。
寝る!俺は寝るぞ!!
戻ってきて良かったが、抱きついて再会の喜びを確認しあう仲じゃなかったハズだ。とりあえず、これからの為に体力補給するのが先決で…。
だが、サイファーがブランケットを無理やり引き剥がし、ベットの向こうに放り投げた。



「オマエ本気にしてねぇな!?」

「サイファー…アンタはいつでも本気だったが、これは捨て身の冗談だぞ?…今までそんな素振りを見せなかったし、普通に女と付き合ってたじゃないか。それともアルティミシアに操られた後遺症か?」



サイファーは口篭もり、ベットの上にあぐらをかいて不貞腐れたように横を向く。その横顔が気のせいか赤く染まっていた。



「今ココに来たのも一大決心だっつーのに、出鼻くじくこと言わないでくれ…あの頃、さすがの俺もすんなり男のオマエに告ること出来なかったんだよ!夕べもあのまま諦めて帰っちまったら、もう言い出せねぇと思ってオマエが起きるまで待っていたんだからな」

「…まさか、プライド高いアンタが、あっさり帰ってきた理由は俺だとか言うなよ?」

「その“まさか”だよ!俺だってな、生き恥さらしてまで帰ってくるつもりはなかったさ。でも、オマエに毎日会いたくて仕方ねぇし退屈でしょうがねぇ。だから心を決めて帰ってきた。で、帰ってきた勢いでにオマエを戴きに来たワケよ。それなのに朝まで手を出さず添い寝だけなんて、俺も相当、本命相手には純情だぜ」



眩暈がする。
これは疲れだけのせいじゃないだろう…。
本気で変態行為を働きに来たコイツもどうかしてるが、一晩添い寝されて朝まで気付かなかった自分も自分だ。少し自己嫌悪に陥るがそれを無表情の下に隠しサイファーを睨む。



「戴きにって…純情が聞いて呆れる。男にキスして何が楽しいんだか」

「嫌だったか?」

「別に…呆れてるだけだ」

「嫌じゃねぇなら、もっと先に進ませてもらうぜ」

「先って?」

「天国」

「…」




天国!?
もしかして、今までの会話は嫌がらせの延長で、本当は俺を殺しにきたのか?
憎くて憎くて仕方ないから帰ってきた…それならば納得がいく。サイファーの思い詰めたような雰囲気も、熱っぽい瞳も…
数秒間フリーズし、自分の世界へフライングしてる間に事体は悪化していた。
腹のあたりが重くて、胸がスースーする。
仕方なく思考を再起動させ、視線を巡らせてみれば…

サイファーが俺の上に馬乗りになり、嬉々としてシャツをたくしあげていた。
その奇行にギョッとする。



「っ!?ちょっと待て!!サイファー何やってんだ!?」

「何って。見たらわかるだろ。脱がせてる。」

「着替えくらい一人で出来る」

「そうじゃなくてよ、裸のコミュニケーション取ろうとしてんだよ」

「裸のコミュニケーション???俺のバスルームは銭湯じゃないぞ。一人用だから狭い」

「オマエな…今までの流れから何でそうなるんだ?そっちじゃなくて“愛の営み”の方だよ」

「は!?愛!!?」



サイファーが爆弾発言を言ったときには、すでに俺は上半身裸にされていた。しかも両手はしっかり指を絡められ、頭の横に縫い付けられている。



「え?お、おい!?」

「卒業してもオマエから離れねぇよ。オマエ聞いてないのか?俺はな、“ガーデン”の監視下に置かれるんじゃねぇ。それこそ、卒業してからも監視が必要な政犯だからな〜?」



確かにそうだ。あれだけのコトをやらかして、卒業だからといって解放出来るはずがない。かといって、ガーデン在籍はSeeDでさえ20歳までだ。ガーデンの管理にも限界がある。




「じゃあ、どこの…まさか…」



サイファーは強いし頭も良い。
管理する側はそれ以上の施設、もしくは人材を用意しなければならない。
ガーデンに来ていながら、ガーデンで管理しないとなれば、組織でなく“誰か”が終始監視につくということだ。悲しいことに、それに適した人間は一人しか思い浮かばない。そして、それが最善の方法だということも…



「察しがいいな。年末の首脳会議で決まった決定事項だ。“魔女の騎士は伝説のSeeDが管理する”つまり、オマエの監視下だぜ」

「なんで俺が…また、寄ってたかって面倒なもの俺に押し付けて…」

「ま、とにかくだ。俺はオマエから一生離れられないんだ。“健やかなる時も、病める時も”ってヤツだな」

「ばっ馬鹿か!?結婚式の誓いの言葉を引用するな!場違いだ!」

「そうでもないぜ?一生側にいるって言ったら“伴侶”みたいなもんだろ」



つまり、俺がガーデンを出ていっても、サイファーは何処までも何処まで〜も金魚の糞のように付いてくるというコトで…この歩く生物兵器が何も問題を起こさず、平穏無事に済むはずがなくて。



「冗談じゃない…俺は人並みな人生送りたいんだ。邪魔しないでくれ。これでも一応、リノアという恋人もいるし、魔女の騎士候補なんだ」



俺は“伝説のSeeD”や“バラム・ガーデンの指揮官”になっていても、まだそのくらいの希望を持っていた。可愛い奥さん…リノアと可愛い子供とペットの犬に囲まれ、そして庭付き一戸建ての家に住んで明るい家庭を築き上げるくらいのささやかな夢くらい叶えたっていいじゃないか?
ここにサイファーが入ってきたら一気に家庭崩壊間違いなしだ。



「オマエが人並みだ?おいおい、そりゃ俺の“ロマンティックな夢”よりも無謀じゃねぇのか?それに、リノアは浮気性だ。しかも、自分に優しくしないタイプとか見れば燃えるヤツなんだ。自分のモノになれば、すぐに飽きて離れていくぞ。アイツと付き合い長い俺が言うんだから間違いない。あんなのに限って『普通が一番』ってほざいて、その辺の男と結婚するのがオチだ。だから泣く前にやめとけ」

「誰が泣くか!ほっといてくれ」



現在付き合ってる彼女の悪口を言われてムッこない奴はいない。
それでも、思い当たるフシは数々ある。
以前は毎晩のように掛かってきた夜中の定期電話も1週間に1度くればいい方になった。休みになれば必ずガーデンに顔を出して、煩いくらい纏わりついていたのも「用事が出来た」といって来なくなった。
もしかして…と思っても聞けるもんじゃない。
それを考えたくなくて、余計にサイファーをガーデンに引き取るためにガムシャラになってたような気がする…



「俺ならお買い得だぜ?ま、ちぃとばかし人並みじゃねぇが、これからずっとオマエの傍にいてやれるんだ。ライバル兼パートナーを一気に手に入れられるんだから妥協しろよ」

「何を…」

「オマエ、身近な人間が自分から離れていくのが怖いんだろ?そのくせ淋しがりやだ。エルオーネがいなくなった時から、すっかりトラウマってるもんな〜?」

「ち、違う!」

「へぇ?他人に興味ないような顔して、いつも自分に対する周囲の反応見てただろ」

「いい加減なことを言うな。まるで俺をずっと見てたみたいな言い方だ」

「見てたんだよ。孤児院にいた頃からずっとスコール、オマエを見てた」



とても真面目な顔で俺に告げる。
冗談…と口に出しかけて、あまりの真剣な表情にコトバが喉で止まってしまった。



「…何で?」



ようやく出た声も掠れた。



「好きなヤツの行動は、どんな些細なことでも見ていてぇもんだろ。だからオマエのことはいつも見ていた。その御蔭で変な虫が付かなかったのによ、ちょっと目を離した隙にリノアに捕まっちまいやがって」

「ちょっと待ってくれ。寝起きで頭がハッキリしてないんだ。もう、何がなんだか…」

「オマエは無駄に考え過ぎだ」



サイファーの顔がジリジリ近づいてくる。逃げようにも、身体はピッタリ密着している上、しっかりと押さえ込まれていて抜け出すことが出来ない。パニックで心臓が暴れている。最後の抵抗でサイファーを睨み、最終通告をする。




「俺は男だぞ!!」

「んなこと知ってる。細かいことは気にするな。もうぜってー離れないから黙って俺のモンになれ!」

「ちょっ…ん〜〜〜〜っ!!」



サイファーが唇を塞ぐ。
今度は触れるだけのキスじゃなく、深い深いキスだった。
意外なくらい優しいキス。普段の荒々しさが嘘のようだ。ゆっくりと俺の反応を確かめながら舌を絡めてくる。胸が苦しい。どうしようもなく切なくなる。

苦しいのは酸欠以外の…何か、他に何かが足りない気がする

頭では、それが何だかわからなからないのに身体が自然に動いていた。自分の両腕がしっかりサイファーの首に絡み引き寄せる。その存在をしっかり身体に感じ、苦しさが軽減した。
その行動にサイファーが驚いたように唇を離す。
お互いの唇を繋いでいた銀色の光る糸が細くなり切れた。



「スコール、これをオマエの応えだと思っていいんだな?」

「違う。色々ありすぎて体が勝手に暴走したんだ…心と身体は別物っていうだろ。これは俺の意思とは関係ない」

「なんだそりゃ?ま、オマエらしいっつーか…」




俺より本能で動いてるのか…これじゃ、危なくて目を離されん




「もういいだろ?俺はまだ眠いんだ。もういい加減離れろって!」

「嫌だね。じゃあ、正直な身体の方に聞いてみるぜ」

もう一度唇を寄せ触れる直前にスコールの手が間に挟まった。

「もうコレ以上はストップだって言っただろ!」

「悪いが俺はExpress Trainなんだ。走り出したら途中下車は出来ねぇ」



そう言って、体を離し俺のベルトへ手を伸ばしかけた男に、人類が発生した頃から存在する最終奥義を繰り出した。



「いいかげんにしろ!自分の都合ばかり押し付けるな!!」



ゴスッという鈍い音が、朝日の差し込む室内に響く。

それと同時にサイファーの動きが止まった。声にならない低いうめきが、その口から漏れる。まるで地獄の底を駆回る、強暴な獣のような声だ。
俺の膝は、しっかりサイファーの急所にHITしていた。俗に言う“キ●タマ蹴り”もしくは“タ●潰し”だ。ちょっと気の毒のような気もするが、こうでもしないとコイツの暴走は止まらない。パタリと俺の隣に倒れこみ、声を押し殺し悶絶している。




「甘いな。どんな電車でも緊急停車は出来るんだ」

「…同じ男として…この仕打ちは悪魔の所業だっ…」

「同じ男のなにをしようとした?だいたい卒業する前に想い出作りだと?アンタ、俺と遊んでる暇があるとでも思ってるのか?アンタは信用回復に全力を注がなければならないんだ。しかも何か不始末起こしたら、今度こそ処分されるぞ。俺は帰ってきて1週間も経たないうちにアンタの墓に土を掛けるなんて嫌だからな」

「スコール…可愛いなオマエ。やっぱりオマエも俺から離れたくないんだな」

「は!?」



相変わらず、サイファーに思考回路はわからない…
以前より磨きがかかって帰ってきた気がする。もしかして自称“ロマンチスト”の末期症状がコレなのか?恐るべし、ロマンチシズム…



「言っとくが、ただの落ちこぼれSeeD候補生にくれてやるほど俺は安くない」

「…ここまで来てそりゃないだろ!?」

「俺はしばらくガーデンの指揮をする為ここに残る。20歳になるまでに教員免許も取る予定だ。俺が欲しかったら、アンタもSeeDに合格は勿論のこと、さらに教員試験もパスしてガーデンに残るんだな」

「俺が教師っつーたまかよ!?」

「自信ないのか?そうだよな。万年SeeD候補生だったもんな。となると、アンタとは1年でサヨナラか。でも極悪な元・魔女の騎士を外に放すこと出来ないから、俺がガーデンから出るまで、アンタまたガルバディアの拘置所に逆戻りだな」

「おい待て…俺に出来ねぇことはない!俺が受かってオマエが落ちたら、オマエ一生俺のペットにしてやるからな!!」

「吼えるだけなら誰でも出来る」

「その言葉、後悔するなよ?」

「誰が」



サイファーが以前のように獰猛に笑う。
俺も負けずに睨み付ける。
だが、あの頃のようなギスギスした空気はなくなっていた。
その証拠に、二人ともすぐに吹き出す。


「“コレ以上は駄目”っつーことはだ、キスまでならOKなんだな」

「うっ…それは…」


スコールが“しまった!”というような顔をする。


「OKなんだろ?」

「いや…その…」


視線が泳ぐ。


「迷うぐらいならOKだな」

「実際あのキスは良かった…でも人がいるところは嫌だからな」

「もっと先に進めば極楽にいけるぜ?」

「遠慮する」



以前とは違う自分達。この関係を作るためには、どちらかが1度離れなければならなかったのかもしれない。
…ゲイ街道まっしぐらは御免こうむるが…
そういえば、サイファーだけだ。
孤児院時代から離れることなく一緒に育ったのは。
だからアルティミシアに着いて行った時は、認めたくないがかなりショックだった。何故か、サイファーだけはこの先もずっと一緒だと思っていたから…。
住みなれたガーデンに、二人で残るのは悪くない未来だ。
サイファーが教師というのは…全く想像できないが…。







が、俺は忘れていた。
自分が誰と付き合っていたかを…不思議なくらい綺麗サッパリ忘れていた。
日曜日に俺の部屋でくつろいでいたサイファーがキスを仕掛け、なんとなく素直に誘いにのって背に手をまわした時、事件は起きた。
部屋の扉が開き、戸口に呆然と立っているのは1ヶ月ぶりに現れた俺の彼女…リノアだ。
空気が凍る。
音すら消えてしまった様な緊迫感が漂う。
沈黙を破ったのはリノアだった。




「そう、そういうことなの…」

「リノア、違うんだ!!待ってくれ!!」

「お邪魔しました。お幸せに」

「え…?リノア???」




そのまま回れ右をして去っていった。
怒りが静かすぎて逆に怖い。



「っつーか、本当にお前達付き合ってたわけ?」

「ああ、確かに…キスだってしたし」

「キスなら俺達だってしてるだろ」

「う…リノア、このままじゃ済まないよな…」

「魔女の妨害が入る前にもっと先進むか?」

「ダメ」

「ケチ」

「煩い」

「煩いのはオマエの口」



カプッと自分の口で俺の口を塞いだ。
俺も負けずに噛みつき返す。湿った音が室内に響く。身体の中心に感じる熱い疼きを意識から逸らしながら、お互い息が切れるまで長い長いキスは続いた。

その晩、恐る恐るリノアに電話したが、留守伝のメッセージだけが虚しく流れ、数日後にはその電話さえも不通になってしまった。実家にも戻っておらず、俺とサイファーはすぐに追いかけなかったことを酷く後悔した。

その後、意外なところで再会することになるのだが、それはまだまだ先のコトになる。





「アンタ、やっぱりガルバディアの拘置所で臭い飯食ってたほうが良かったんじゃないのか?」

「煩せぇ!!テメェだって見境なくなってただろが!!」

「大事な試験の日に、余裕ぶっこいてバトルに誘うからこうなるんだ!!」



場所は保健室。
そして今日は1年に1度の教員試験当日だった。サイファーが受けるはずの…
だが、肝心の本人は利き腕と上半身に包帯をグルグル巻かれ、ベットに横たわっていた。傷が痛むのか、顔は土気色だし叫ぶ声もいつもより弱々しい。
そういう俺も両足に数十針縫う大傷を負い、隣のベットに寝かされていた。ちくしょう、叫んだら貧血でクラクラする…
シド園長が俺達の口喧嘩をホエホエした掴み所のない笑顔で見ている。



「あはは。二人とも重症なのに元気ですね〜。スコール君、残念ですが、ガルバディアの方からサイファー君の引取りを拒否されてしまいました。あなたはまだココに残りますし、別の方法を考えましょう」

「残念だったな〜?スコール」

「……」



サイファーが落ちたのに、何で俺が悔しがらなければいけないんだ!?
来年どんなことがあっても、試験の日は絶対バトルの誘いに乗らないぞ…
馬鹿はサイファー1人で充分だ。

俺は消毒臭い保健室のベットで固く誓った。




そして、1年後。
キスティスの呆れた声がガーデンの食道に響き渡る。


「アンタ達、揃いも揃ってバッカじゃない!?」

「…反省してる」



確かに俺は馬鹿だと思う。
罵られても反論できない。
俺は力なく項垂れる。



「ま、過ぎてしまったことは仕方ねぇ…いや!反省してるって!!だから、ここで“臭い息”は止めろ!!営業妨害だ!!」



キスティスの特殊攻撃準備体勢に青くなり必死で謝る。キスティの技は、視覚的にも凶器だ。彼女のファンクラブ会員達をショック死させない為にも技の発動は阻止しないとヤバイ…



「そこの二人!!喋ってないで仕事に戻りな!!」

「「はい!!」」


食堂のオバチャンの怒声が響き、キスティスが正気に戻る。
と同時にスコールとサイファーが慌てて持ち場に戻った。
白い見習厨房服を着て…。




「でも驚きだよな。スコールまで教員試験落ちるなんて」



調理パンにかぶりつきながら、ゼルが呟く。



「まったく、信じられないわ。ちょっとくらい成長したらいいのに」

「僕はガルバディアガーデンに試験受けに行って知らなかったけど、今年も試験の朝に、バトル熱くなりすぎて、2人共相打ちの大ケガしたんだって〜?」

「そうなの〜*全治2週間の大怪我して試験受けれなかったの〜!サイファはんちょは2年連続〜★」

「指揮官席も、あの程度のテスト落ちるなら不適格って園長に外されちゃったし…」



キスティスが恨めしそうに厨房を睨む。
危険な空気を察したゼルが、焦ってフォローに入る。



「そ、そうそう!で、二人して厨房に就職ってナカナカ笑える展開だよな!!」

「…ホント、馬鹿だね〜」×(全員)








仲間たちがいる席から呆れた声が聞こえる。


(煩い!煩い!!俺だってこんなハズじゃなかったさ!)


結局2年連続で試験に失敗したサイファーに続き、俺までも教員試験に落ちてしまった。いや、落ちる以前に試験を受けていない。今年もまた試験の朝「ウォーミングアップだ」とサイファーはバトルに引っ張っていった。最初は抵抗していたハズなのに、気がついたらガンブレを握り訓練施設に立っていた。俺もバトルになれば自制が効かなくなるから…結局、額に傷をつけた時のように激しい打ち合いになり、しかもレベルがMAXな俺達は、今年もまたあの時以上の大怪我をして試験どころじゃなくなった…。



「ムクレるなよ。いいじゃねぇか、同じ職場についたんだしよ」



まだチャンスはあるからと、園長がガーデン内での仕事を、落ち込んだ俺に話を持ちかけてきた。去年真っ先に試験に落ちたサイファー同様、厨房勤務だ。
厨房から少し離れた勝手口に近い所で、1人無言でジャガイモの皮を剥く俺に、サイファーがボウルの中をかき混ぜながら近づいてきた。悔しいが、サイファーの方が俺より1年早く厨房に就職した先輩だ。SeeDの肩書きもココでは何も役に立たない。新入りは皮むきから始めるらしい。



「あんた…まさか、ワザとこういう展開に持ちこんだんじゃないだろな?」

「さ〜てな。ところで、いい加減俺のモノにならねぇ?」

「あの約束は、まだ有効だ。俺は、来年の教員試験は合格してみせる!アンタも合格するつもりがないんだったら一生俺に触れるなよ」

「自信ねー…」

「20歳過ぎたら、どんどん脳細胞が死んでいくんだからな。本気で欲しかったら、さっさと試験にパスしてれば良かったんだ」

「そっちの自信じゃなくて、オマエに触れない自身だよ。俺もう限界」

「知るか!!」



そう言いつつも、最近は軽いキスだけでは物足りなさを感じてきた自分に戸惑いを覚える。

まさか、俺もサイファーを?…もしかしたら貞操奪われるのは時間の問題かもな






バラム・ガーデン食堂の名物コンビが今日も吼える。
世界を恐怖から救った“伝説のSeeD”
世界を恐怖に陥れた“魔女の騎士”
この対照的な2人が食堂の賄いになったことはさすがに公表できず、各国のTOPだけのみが知る事実となった。

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2002.01.27

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