| ホシウタ |

第二部
04:命の距離U

夜が明け、雨が止んだ。
雲の隙間から朝日が漏れ、濡れた草木を輝かせる。
ひんやりとした空気を思いっきり吸い込み、俺は岩穴から這い出した。
昨日吹っ飛ばされて打ちつけた背中は、コートの裏地にベットリと血の染みをつけているが、出血は止まっている。
腕を軽く動かしても皮膚がひりつくだけで、骨には異常はなさそうだ。
世界が回ってるかのような眩暈感もない。



「さて?取り合えず、ガーデンに戻るしかねぇよな」



一晩岩穴に見を隠していた俺もようやく落ち着いた。
体…そして、心も。
自分があんな風に具合が悪くなるのは初めてだった上、スコールが消えたことで激しく動揺していたらしい。
あの取り乱し様…。
ちょっと思い出しただけでも、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
…って、さっきまで穴の中に入ってたんだっけ…。



「ったく…俺様としたことが、らしくもなく弱気にになっていたぜ」



一晩中、俺はこの事実をどう処理していいのか考えていた。
が、結局出た結論は、“何が起こってるのか全くわからねぇ”ってことだ。
わかんねぇのに考えたって答えが出るはずがねぇ。
この世界は、俺がいた世界と全く違うんだ。
スコールの血が出ない腕のことや、そのまま消えちまったことが現在の技術であるならば、もう俺にはお手上げだ。
再三、スコールが煩く言っていた“お勉強”とやらを真面目にやらなかったツケがこんな所で跳ねかえってくるとは…。
俺はスコールが傍にいることに浮かれ、甘えていた。
全く…自分自身に腹が立つ。
そして、冷静に考えてみれば、現・指揮官が知っている可能性が高いことに気が付いた。
あの指揮官は俺と同じく、スコールもどこかで眠っていることを知っていた。
たぶん、あの、俺へと向けたスコールの映像と共に、ガーデンの責任者に最高機密として代々伝えられて来たに違いない。



「待てよ…スコールの存在を知っていたかもしれねぇが、あれは初対面って感じではなさそうだったな」



俺をガーデンに連れ戻した時、スコールは、現・指揮官と話しをしてたが、かなり打ち解けた感じだった。
スコールはお世辞にも社交的ではない。
初対面の人間や仕事の依頼人には礼儀正しく対応しているが、昨日や今日出会ったばかりの相手とくだけた会話など出来る性格ではない。
それなのに、結構親密みてぇだったとなると…俺を迎えに来る以前から付き合いがあったと考えてもいいだろう。
いや、絶対にそうだ。
俺が目覚めるより早くスコールが起きていたのは間違いない。
それならば…何か知っていてもおかしくはない。



「今頃気づくなんて…クソッ!迂闊すぎて涙が出てくらぁ!」



俺は2本のガンブレを抱え、全力で走った。
行き先は勿論、指揮官室。
歩く余裕などなかった。
目覚めてからずっと、体の不調以上に感じていた漠然とした不安。
時々…スコールが側にいても、まるで遠く隔てられたような感じがあった。
あれは、このことを予兆していたのだろうか?
唯一、俺のもとに残ったアイツのガンブレを確かめるように抱えなおす。
これだけが、アイツが存在していた証明するもの。
これさえも失っっていたら、俺は発狂したかもしれねぇ…



幾分構造が変わったガーデンに足を踏み入れ、目的の人物がいるであろう指揮官室に俺は向かった。
たとえ、あの指揮官が何らかの事情を知っているとしてもだ、スコールが戻ってくるとは限らない。
それでも、手がかりくらいはあるだろう…
今は、そう信じるしかなかった。











ノックもせず、指揮官室に飛び込もうとすると、誰かが俺の腕を掴んだ。


「放せ!俺は急いでるんだ!!」
「危ないな。俺に用があるんだろ?」


俺を止める邪魔者を、ちょっと過激な方法で追い払おうと勢いよく風を切った拳。それを背後の人物は易々と受け止めた。
驚いて振り向いた先にいたのは、この部屋の主。
捜していた当の指揮官だ。
そのクセのある黒髪から覗く、何かを見透かすような黒い瞳は、沸点まで高ぶっていた感情を静めた。



「あ…悪い。ちょっと焦っていて、な。その……オマエに聞きたいことがあるんだ」

「俺はオマエという名前じゃない。黒須だ」

「クロス?十字架のか?」



ずいぶんと不思議な発音だ。もしかしてコイツ、実はとんでもない田舎から出てきたとか?
俺の考えを読んだかのように、目の前の男はクスリと笑い…



「黒須だ。十字架のクロスとは意味も発音も違う」

「クロ・ス???それは姓の方か?それとも名の方か???」

「姓の方だな。和也・フランソワ・ローランサン・黒須っていうのがフルネームだ」

「…なんだそりゃ?無駄に長ぇし、言いにくい」



ちょっとばかし長く寝てる間に名前の系統まで変わっちまったらしい。
微妙なイントネーションが今まで馴染んだ言葉と違い発音が難しい。


「俺はあなた達の時代には発見されていない極東にある島の人間だからね。ちょっと風変わりな名前なんだよ」

「極東?エスタより東に人の住む島なんてあったのか?」

「伝説の“黄金の国”ジパングだよ。建物は金で出来ていて、忍者や芸者がいるんだ。食べ物は寿司と天婦羅でさ」

「へぇ…そりゃスゲェな」



“ニンジャ”や“ゲイシャ”がなんだか知らんが、金で建物が出来てるってのはスゴイぞ。
俺が真面目に関心していると、目の前のクロスは呆れたように首を振った。



「信じるなよ」

「な!?嘘かよ!!」

「島が…ジパングがあるのは本当だけどな。それくらいもう知ってるかと思ったけど…今まで何を勉強してたんだ?」

「うるせぇな。それに関しては昨日から海より深〜く反省しっぱなしだ…って!俺は島とかのハナシをしに来たんじゃねぇ!ええと、クロ…」

「黒須だ。呼びにくかったら和也でいいし、何ならフランソワでも呼びやすい方にすればいい。で、俺はアナタのコトを何て呼べばいい?一応年上だし“アルマシーさん”?」



年上も何も、現在俺とスコール以上に歳を取ってる奴がいるわけえねぇ。
悪戯っぽく笑うコイツは、さっきのコトといい、意外と食わせ者かもしれん。
さっきからペースを崩されっぱなしだ。



「…カズヤって呼ばせてもらうぜ。俺もサイファーでいい」

「じゃあサイファー、中へ」



俺の様子に和也は微かに笑みを浮かべ、指揮官室の中へ俺を促した。



「ところでサイファー、今まで何処に行ってたんだ?」

「ちょっと外にな」

「外は昔と違って危険だって聞かなかったのか?」

「スコールがその外を歩いていたんだ。だから追いかけた…なのに俺がヘマして…アイツ、俺を庇って腕を切り落とされた。そしたらアイツ、俺の目の前で消えちまったんだよ」

「……」

「驚かねぇんだな…まさか知ってたのか!?どういうコトだ!?アイツは何処に行った!?」



進められた椅子を蹴飛ばすように、和也の元へ詰め寄る。



「消えたのは、今聞くまで知らなかったけど…でも、必死の形相してココに来た時から薄々気づいてたよ」

「アイツは何処だ?」

「スコールは何処にも行っていない…いや、そもそも初めから“スコール・レオンハート”はガーデンには来ていないんだ」

「何言って…?」



言ってる意味がわからねぇ
じゃあ、今まで俺のそばにいたアイツは何だったんだ!?



「スコールがいなかった…だと?」

「でも、今もいると言えば言えるんだ」

「一体どっちだ!?」



コイツ…俺をからかって遊んでんじゃないのか???



「怒るなよ。そうとしか言いようがないんだ」

「じゃあ、もっと解り易く説明しろ!!」

「分かった。こっちに来てくれ」

「え?…おいっ!?」



そう言って、更に奥の小じんまりとした部屋にスタスタと入って行った。
何というか…暖簾に腕押し。ぬかに釘。
怒りのパワーが素通りで、不完全燃焼のまま萎んでいく。
なんだろう?
俺の行動をことごとく読まれているのは気のせいだろうか?
居心地の悪さを感じ、それでも仕方なく俺も和也に続いた。


昔、スコールが仮眠室として使っていた部屋。
まぁ、時には愛の巣にもなった部屋だけどな。
が、今はその面影もなく、この部屋の壁中に色々な機械設備がハメ込み式で埋め尽くされていた。
その中の端末の前に、赤いボンボンが付いたゴムで片髪を結った小さな女の子が座っている。



「種明かしをしよう…マリナ、あれに繋げてくれ」

「すぐ準備出来るわよv」



その女子が振り向いた。
と、俺の姿を認めた途端、メガネの奥の瞳がギラリと光った。
そして、その体から想像もつかない勢いで椅子からピョンと飛びはね、俺の前へ詰め寄った。
手にはいつの間にかスケッチブック。



「ね!ね!その素敵なボディをチョット描かせてvvv」

「は!?」


何だ、コイツは!?
俺の返事を待たず、すばやく動く右手。
コートを脱いでもいないのに描き込まれる裸の上腕…



「ん〜、やっぱりそのコートちょっと脱いでみない?」

「麻里奈!!」

「いいでしょ?減るもんじゃあるまいし〜…いたっ!」



黒須が容赦なく、その女子の頭をぶん殴る。
あっけに取られて無言の俺…が、ハッと我に返る。



「おいおい。小さな子供を、しかも女の子をグーで殴るなよ」

「いや…コイツは子供じゃ…」

「失礼なヤツね!子供じゃないわよ!私は花の17歳なんだから!!」

「じゅ〜なな歳!?」



目の前の女は、どう見ても身長が140cm前後。しかも…



「嘘言うなよ、お嬢ちゃん。そんな寸胴体型が17歳のハズがない。17歳と言えば、もっとポン・キュッポンってメリハリ…痛で〜〜〜〜っ!!」



言い終わる前に、チビ女に腕をガブリと噛みつかれた。しかも振り回しても離れない。
こ、こんな強暴な女は見たことねぇ!!
もしかしてアンジェロの生まれ変わりか!?
俺が遥か昔、闘うことをその体に仕込まれた恐ろしい犬と、その飼い主の女のコトを思い出していると、横から和也が凶暴女を呆れながら引き離す。



「こらマリナ!暴れるな!お願いだから作業続けてくれ。な?」

「か、和也がそう言うならやるけどさぁ…」



ブチブチ言いながら、やっと暴れるのをやめる。
俺の腕には、しっかりと歯型が残っていた。



「信じられねぇ女だな。普通噛み付くか?」

「サイファーも、あんまりマリナを刺激しないでくれ。小っちゃくても、寸胴でも17歳なのは本当だから」

「和也…オマエも随分だと思うぞ?」



ああ、ほら、睨んでる!



「アンタ達…覚えてらっしゃい!」

「マリナ怒るなって。ほら、午前来た客からケーキを貰っただろ?3時のオヤツに食べていいからさ?」

「全部?」

「全部って…アレ、10個あったぞ………いいけどさ」



冷や汗を流す和也。
だが、ケーキで機嫌が直ったのか、端末に向き直り物凄い速さで端末を操作し始める。
…スゲェ単純。
でも、この猛獣さばき、どっかで見たような……
って、スコールが俺に対する言動が和也に似てる気がするぞ…?
ということはだ、俺はこの怪獣女に似てるってことなのか〜〜〜〜!?
は!?
何ショック受けてんだ、俺は!!
そんなコトよりスコールのことを聞きに来たんだよ!!
どうもコイツラ相手だと脱線してしょうがない。



「おい!俺はスコールの…」

「えいっ★エンタ〜キ〜で完了っとvvvさあ!呼ばれて飛び出てジャジャジャア〜ン!」



凶暴オンナが嬉々として意味不明のセリフと共に最後のキーを押したが…



シ〜ン・・・



何のプログラムを作動させていたかは知らないが、威勢は良くても特に何も起こらない。マリナのこめかみにも一筋の汗が流れる。



「和也!俺は遊びに来たんじゃねぇんだ!スコールの居場所を今すぐ教えろ!」

「…マリナ、失敗したのか?」

「し、してないと思うけどぉ…おっかしいなぁ???」

「教える気がねぇなら、俺は1人で捜させてもらう。ただし、ガーデンの備品がどうなるか保障は出来ねぇぜ?」

「サイファー…スコールはここにいるハズなんだ」

「何処にだよ?俺には見えなくてもテメェには見えるなんて冗談は通用しないぜ?」



見回しても俺と和也、そしてマリナと呼ばれた女しかこの部屋にいない。
こんな時にふざけるとは、俺のリミットゲージは爆発寸前だ。
それなのに和也は空中に向かって呼びかける。



「スコール、諦めて出てこいよ。いつかは説明しなきゃいけないだろ?」



まるで隠れている子供に諭すかのように和也はスコールを呼んだ。



「スコールが本当にいるのか!?」



いくら見回しても、ここには俺と黒須、そしてチビ女しかいない。
端末の画面にスコールが映るのかと思って見るが何も映っていない。
ということは、何処かに隠れているのか?
俺は周囲を見まわし、人が入れそうな所を片っ端から捜しまわった。
アイツは子供の頃から隠れん坊が得意だったな。
きっとまた思いもよらないところに…



「動くなって。そんなに動きまわっていたら形成するが難しい」



黒須が俺の腕を掴む。



「形成?何言って……?」



俺が動きを止めると、ドアも窓も開いていないのに空気が動いた。
部屋中の空気から光の粒子が浮き上がり、そして俺の目の前で集結した。
ほんの瞬きくらいの時間だった。
目の前に消えたはずの……スコールがいた。



「ス…コール!?」



全く変わらぬ姿で、初めからそこにいたように…



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あとがき

ははは…さらに続く。『命の距離』は1話で済むハズだったんだが、手直しするたびに、どんどん文章が増えていって…ありゃ?何故にこんなになっちまっただ?
いつものコトだけどね(^^;)
ところで、今回から新キャラというか、某小説キャラを登場させてみました。オイラがその時代、馬鹿みたいにハマってた小説なんだが、今読むと色んな意味で笑いが止まらん。
ふっ…オイラも大人になったってことなんだな(笑)
続きは近いうちにイクぜ!

2003.06.18

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