3月になってからガーデンに、あるウワサが広がっていた。
“真夜中に女の幽霊が壁をすり抜けながら歩いている”
それを目撃したのは1人や2人じゃない。夜中の訓練所帰りや、逢引の最中。0時を過ぎた頃からガーデンの教室の中を不規則にさまよい歩いているのを何人もの生徒が目撃しているらしい。
だが、俺とサイファーは、そんな噂にかかわっている暇はなかった。
3月・・・・・・俺達のゴールイン記念日。
ホワイト・デーが待っていたからだ。
■18:00■
「リノア、これが何だか知ってるか?」
「!!」
目の前に差し出されたのは
“すっぽんエキス・オットピン”
思わず吹き出しそうになるのを必死で堪え、スコールのように眉間に皺を寄せて見せる。一見、一生懸命考えるように見えるが、よく見れば頬の筋肉がピクピクしていた。
「さあ?」
いけしゃあしゃあと答えるリノアにすっかり騙されるゼル。
明らかにホッとした顔でニカッと笑った。
「だよな?リノアでも知らないのに普通の女の子はこんなの知るハズないよな?」
スルドイ・・・まるで私なら分かってるだろうという言い方。
ゼルってなかなか侮れないわ。
でも参ったな〜。やっぱりゼルには正攻法じゃ通じないみたいだね。
誰かが彼女の心を覗けたなら『精力剤を使いながらも正攻法!?』とツッコミが入っただろう・・・。だが、彼女はいたって真面目な顔で真剣に考えていた。
「…で、ソレは何なの?」
「いや!なっ、なんでもねえっ!!」
このブツを自分の彼女に進めたのが目の前の魔女とも知らず、ゼルが思いっきり慌てる。10代の婦女子に『これはアレの時の精力剤です』なんて口が裂けても言える訳がない。だが、そんなゼルの心情を熟知しながら、いや、知っているから尚更に追い討ちをかけた。
「それって、どうしたの?」
「おう…その、貰ったんだ…彼女にヴァレンタインになvvv」
「で、まだ飲んであげてないわけ?うっわ〜、彼女カワイソ〜」
「え!?そうかな!?」
「当たり前でしょ。真心こめてあげたプレゼントを気に入ってもらえなかったって意味じゃない?私だったら泣くかも」
「泣く・・・それはマズイ。どうしたらいい?」
ゼルが縋るような目でリノアを見る。
ふふふ。これは良い方向に持っていけそうじゃない?
安心させるようにニッコリ笑い…
「そうだね〜、これは明後日のホワイトデーに彼女の前で飲んであげるしかないんじゃない?きっと喜ぶわよ?」
「こ、これをか!?」
「何か問題あるわけ?それとも彼女のことが嫌い?」
「まさか!」
解決策を提案するように見せかけジワジワと袋小路に追い詰める。
「じゃあ、飲んであげるよね???」
「う・・・・・・ホントにコレ飲んだら喜ぶのか?」
「もっちろん!(色んな意味でね)」
「じゃあ飲むよ。…彼女の前で」
あっさりと口車に陥落。しかも謀られた自覚なし。
リノアが心の中で『よっしゃ〜!』とオヤジ喜びをしているのも知らず、彼女に嫌われたくないという一心でゼルが決意する。
「じゃ!頑張るんだぞ?」
「ああ。色々サンキュな。あ、リノア。最近、魔女の修行こっちでやってるんだって?」
「うん3月からね。大きくて部屋が沢山あるガーデンでなければ出来ない修行をやってるんだ」
「なんだそれ?」
「ヒ・ミ・ツvvv」
「ちぇっ・・・いいけどよ。ま、リノアも頑張れ」
「ありがと」
手を振って別れ。
ゼルが見えなくなったところで堪え切れず吹き出す。
「ぷぷっ!大成功vvvあとは〜、もうチョット小細工してあげれば完璧ってヤツ?今度こそ失敗しない強力なヤツで〜、呪文書に何かあったかなぁ???……あ、アレだ!」
新米魔女が何かを思いついたのか楽しそうに笑う。そして軽やかな足取りでその場から走り去った。
その後姿からは『駆け出し魔女リノア。ただいま魔女人生を満喫中★』という言葉が聞えてきそうだった…
■21:50■
夜もふけた頃、一般寮の一室で一触即発な不穏な空気が流れていた…
「スコール、ちょっと待て。俺はカラシ入りの菓子なんか食わんぞ!」
サイファーが俺が隠し持った辛子チューブを目ざとく見つける。
「そういうアンタだって、その砂糖の量はなんだ!?」
「菓子にゃ砂糖が入って当たり前なんだよ!!」
「限度というものがあるだろ!俺はコンペイトウなんか食べないからな!!」
2月の惨事から約1ヶ月。
俺達はまた、1つのキッチンで料理バトルを開始していた。
別々の場所で作っていたならば、喧嘩にならなかっただろう。
だが、俺達は同室で、キッチンは1つしかない。
同居を始めた当時、まさかこんな弊害が発生するとは思わなかった・・・。
俺は甘いものが苦手。
サイファーは甘いものが好き。
お互い自分の口に合わせて菓子を作るもんだから喧嘩になって当たり前だ。
サイファーが手から10kg入り砂糖の袋を離さない。あくまでもアレを入れるつもりらしい。
俺を殺すつもりなのか?まさか、新しい保険に加入させられてないよな?
くそっ!殺られる前に殺るしかない!!
俺も負けじと辛子のチューブを握り締める。
「アンタ、本気でソレを入れるんだな?」
「勿論だ」
「俺は断固としてそれを阻止する!」
「はっ!出来るモンならやってみろ!!」
サイファーがキッチンの冷蔵庫の陰に隠していたガンブレに手を伸ばした。
俺はこっそりジャンクションしていたG.Fを呼び出す。
狭いキッチンの中に俺達の闘気が充満した。
■22:10■
その頃、一組のカップルが真夜中の2F廊下をコソコソ歩いていた。
「あれ?今なんか、寮のほうから爆音しなかった?」
「そうか〜?気が付かなかったな」
「・・・ねぇ。ホントに行くの?」
「当たり前だ。幽霊じゃなくて新種のモンスターかもしれないだろ?」
「もし、本物の幽霊だったら?」
「・・・そ、そんなモンいるものか!」
彼女がいる手前、恐いなんて言えない。
内心の動揺を悟られたくなくて、勢い良く教室のドアを開けた。
夜の教室は不気味な静寂に包まれていた。持参した携帯ライトで教室内を照らす。小さな光がが教壇の黒板を照らした時、異変に気付いた。
「ひっ!?」
「なっ!?」
2人同時に黒板に釘付けになった。
真っ平なハズの黒板の表面から、10個の小さな突起物が飛び出ている。
突起物は不気味に蠢く人間の指先だ。
ソレは動きながらゆっくりと姿をあらわす・・・指、手のひら、手首・・・肘まで出た時、その少し上方にポッカリと、まるで水面から浮き上がったように人間の顔が出現した。
能面のように顔面部分だけの女の顔。
閉じていた瞳が開く。
瞳だけをギョロギョロ動かし、ソレは周囲を窺う。固唾を飲む中、その瞳がゆっくりと入り口の所で立ち竦む自分達の方へ向いた。
「見〜た〜わ〜ね〜?」
女の顔がニタリと笑う。
「きゃあああああああああああ!!!」
「ぎゃあああああああああああ!!!」
男女が一目散に逃げ去っていく。
暗闇の教室内に女の可笑しそうな笑い声が響く・・・そして一瞬の間に黒板の女の顔と白い手は、跡形もなく消え失せた。
■22:30■
あたりを窺い、小さく目の前のドアを叩いた。
ここは女子寮だ。さすがに夜遅くこの棟にやってくるのは気が引けたが、背に腹は変えられねぇ。
「は〜い。誰かな???」
気の抜ける明るい声と共にドアが開いた。
ライドブラウンの髪を大きく外に跳ねらせた幼馴染が、俺の姿を認めると驚きで目を真丸にする。だが、すぐに全開の笑顔で出迎えた。
「サイファーはんちょ、何か相談ごと?」
「実はだな・・・何も聞かず、キッチン貸して欲しいんだ」
「キッチン?ああ!ホワイトデーの準備なのね〜*」
「・・・バレバレかよ・・・」
「わかんない方がおかしいよ〜。お菓子作りの道具は一通り揃ってるから使って使って〜vvv」
「悪ぃな。だが、ヘタレ以外の男を入れていいのか?」
「サイファーはんちょには、先月いっぱい勇気貰ったからキッチンくらい何時でも貸すよ!でも、サイファーはんちょ達のトコにもキッチン付いてたよね〜???スコールはんちょに追い出されたの???」
「・・・だから・・・何も聞くなって言ったよな?」
「・・・・・・」
俺の雰囲気から何かを察したのか、いつもしつこいくらい食い下がってくるセルフィが沈黙する。この女がSeeDだっていうのも伊達じゃねぇらしいな。
「じゃあ、誰かに見つかる前に早く入ってvvv」
「おう。……!!」
通された部屋は・・・今まで色んな女の部屋に入ったことがあるが、ここまで色気のない部屋は初めてだぜ。なんつーか、まるで何処かの軍事基地の指令塔みたいだ。数十個のモニターにガーデン周辺を飛んでいる飛行物体の軌跡が点滅表示されている。その他にも怪しげな装置がズラリと並んでいた。
何種類かはガルバディアを指揮してた時に見たことがあるぞ…アレはミサイル誘導装置だ。ついでに、あっちに見えてるのは高性能のハッキング装置………
「オマエな・・・」
「なになに〜?」
「・・・何でもねぇ」
最後の砦を失言で失いたくない。コイツの趣味がなんであれ、俺はキッチンが使えればそれでいいんだ。俺は出かかった言葉を何とか飲みこんだ。
秘密基地化したリビングを見て見ぬ振りをして通り過ぎ、キッチンの中に入る。
さすがにキッチンの中はマトモだ。
取り合えず、泡立て器とボールを引っ張り出しす。その手のひらに違和感がある何かが当たった。泡だて器に妙な突起が数個ある…
「何だコレ?」
何も考えずにポチッと押した瞬間、シュッという音と共に、目の前の床に10cmくらいの穴が開く。黒焦げになった穴は高温で焼けたのか煙さえ出ない。
「なっ!?なんじゃコリャ〜〜〜〜〜〜〜!?」
「あ!そういえば〜、私、ほとんどの器具改造しちゃってんだよね〜。それは防犯用のキラ〜ビ〜ムvvv」
「おひ・・・まともな調理器具はないのか?」
「エッヘヘ〜★…ない」
「俺はこんなコトで死にたくねぇぞ!!」
「はんちょのワガママさん!仕方ないな〜。セルフィちゃんが特別に手伝ってあげよう〜*」
「・・・そうしてくれると助かるぜ」
助かるというか、手伝ってくれないと困る。
なんで人力用の泡立器に変なボタンがいくつも付いてるんだ???俺が押したボタンの他にまだ3つ付いてやがる…しかも押した後に何が起こるかわからねェ。きっとこの部屋にはもっと恐ろしいものが設置されてるに違いない。こんな地雷ばかりの敵地さながらなキッチンで、一人でやってたら命がいくつあっても足りねェ。
俺は、目の前のメカオタク女に、不本意ながら全権を委ねることにした。
だが、この部屋を作ったのが目の前の女悪魔だってコトをすっかり失念していた。俺にとってこれからが恐怖の幕開けだったのだ…
「はんちょ!!もっと腰に力を入れてこねる!!ああ〜〜っ!もうっ、それはやり直し!!」
「待て!勿体無い、捨てるな!!もう5回目だぞ!?」
「ウルサイ!こんなのゴミだよ!ゴミ!!」
「ゴミ!?」
「人間の食べ物じゃないのは確かや!モンスターだってソッポ向くで〜」
ハンドル握ると人格が変わるヤツはいるが、コイツは包丁を握ると人格が変わるらしい。ライトグリーンの目が据わっている。しかもその包丁には例のボタンが何個も付いていた。
トンベリよりも恐ろしい…。
俺、生きてここから出られるのか?
「はんちょ!手を止めない!!」
「はい…」
こんなコトなら見栄なんかはらずに、またホットチョコにすれば良かったぜ…
俺は果てしなく後悔し、セルフィのスパルタ料理指導に涙した。
続く・・・
や〜、このページだけに収めようとしたら長いの何のって!
3話に分割したッス。