「逃げた方がいいんじゃないかね?」
「人を待ってるんだ。ま、たぶん来ねぇと思うけどよ」
数週間前から1人の若者が家に滞在していた
ちょっと前に世を騒がせた魔女の騎士
犯罪者だと判りつつもワシはこうしてこの男を匿っている
この若者はワシの息子だ
会った瞬間に似てると思った
つい最近、こっそりDNA鑑定に出したら“親子”と証明された
十数年前に生き別れになっていた息子
それが、ようやく見つかった
それなのに……
「最近、ガルバディア兵がこの辺をウロついているぞ?」
「ああ。知ってるさ」
「ここで待つより、自分から会いに行った方がいいんじゃないかね?」
「それじゃあダメなんだよ」
「頑固なヤツめ…好きにするがいい!」
待ち人が女だか男だか知らん
だが、こんな所に留まっていたら見つかってしまう
それなのに、あの若者は何日も何日も呑気に釣りを楽しんでいる
ワシの心配も何処吹く風で
「死ぬつもりなのか?」
「そうだな。アイツが間に合わなかったら…そん時は仕方ないさ」
「女か?」
「いんや。意地っ張りの幼馴染。バラム・ガーデンで指揮官なんかやっていやがる」
「…あの男か」
「会った事あるのか?ベッピンだろ?」
別嬪?男になんという表現を使ってるんだ?
「ワシが指揮官に連絡する。“サイファーはここにいる”ってな」
「頼む。それだけは止めてくれ。俺の命を賭けた大バクチなんだからよ」
一体何故そこまで我を張るのかわからない
だが、今まで見た中で一番真剣な顔だった
「…そこまで言うなら…止めておこう」
「もしも…もしも、アイツが間に合わなくても、俺がここで待ってたなんて言うんじゃねぇぞ」
「現れると思ってるから待っているんだろ?」
「…そうだな」
だが、待ち人は間に合わなかった
桟橋に腰を掛け釣りをしている若者をガルバディア兵が取り囲む
若者…息子は溜息に似た笑いを漏らし、空を仰いだ
ワシもつられて空を見る
見事なまでに雲一つない紺碧の青
そしてガルバディア兵に黒いガンブレードを向けた
味方は1人もいない
それなのに不敵に笑って
一斉の射撃
血煙が舞い
白いロングコートは見る見る間に紅に染る
ゆっくりと、その体から力を失い、海に消えていった
ワシは、それをただ眺めているだけだった
どうしようもなかった…
数時間後、バラムガーデンの園長が挨拶に来た
騒ぎの謝罪と死体の回収を伝えられた
同行者は数名の生徒
その中に、あの指揮官の姿はない
あっという間に息子の亡骸は運び出された
あの若者がワシの息子だと誰も知らない
知っていれば亡骸を残していってくれただろうが…
このままで済ませたくなかった
息子の気持ちを理解しなかった指揮官に怒りが湧く
待っていたことを告げるなと言ったが、ワシの気持ちは収まらない
ペンを取る
紙に一言
あの息子が言いそうなセリフを記し封筒に入れた
あとは待ち人が来るのみ
そして一年後、彼はやって来た
あと少しで、ワシの復讐は果たされる