F.Hの桟橋には、真昼間だというのに誰もいない
波の打ちつける音
遠くから鉄骨を溶接する音
そして僅かに湿り気を帯びた風が、耳の鼓膜を震わせていく
去年、この場所で一人の男が死んだ
ガーデンを飛び出し、世界を敵にまわした男
彼はロマンティックな夢を愛し、その夢に殉じ決して長くない生涯を閉じた
あから一年
俺はまだ一度もアンタの墓前に立ったことがない
ここに今日来たのも、仲間に煩く言われて仕方なく来たぐらいだ
『はんちょ、薄情だよ〜』
『子供の頃から一緒だったんだから墓参りくらいしなさい』
女って煩い
サイファーとは別に仲が良かったわけじゃない
一方的に向こうが絡んできて…俺は…迷惑してたんだ
墓なんか行くものか
名前を刻んだ石の前に立って何になる?
何故、もう死んでしまったアイツに、そこまで義理を果たさなければいけない?
そんなことしたって…
『投降しろって言ったのに、不敵に笑ってガンブレを向けてきたそうよ』
同じ孤児院で育った彼女がその時の状況をそう説明した
アンタ馬鹿だ
そんなことをしたら射殺されて当たり前だ
大方、
“カッコ悪いから”
とか思ってそんな態度に出たんだろ?
『男なら最後まで、倒れるまで戦え』
そんな風にアンタはいつも俺にバトルを仕掛けて来たよな
その言葉の通り、アンタは闘い
そして逝った
最後に一体何を思った?
信念を貫き通して満足か?
それとも“しまった!冗談の通じない相手だった”なんて後悔したか?
桟橋の先端まで歩き、そこに腰をかけた
初夏の日差しを浴び、水平線が見渡せる海原はどこまでも青く澄んでいる
…ここで毎日、呑気に釣りをしてたんだってな
アンタ、何考えてんだよ
見つかって当たり前だ
各国の軍やガーデン関係者が、ここに時々立ち寄ってたこと知ってただろ?
誰かと待ち合わせでもしてたのか?
大きく息を吐き出した
馬鹿馬鹿しい
こんな所で自問していて何になる?
他人の心なんか分かるはずがない
大体にして、聞こうにも肝心のアンタはいない
アンタが死んだのは変えられない事実だというのに…
そう、アンタは一年も前に死んだ
名簿の削除なんか一瞬だし、アンタが使っていた部屋もとっくに別の人間が入っている
アンタが死んだ時、悲しんだり笑ったヤツも、今日がアンタの命日だなんて忘れてるんだ
もう皆にとってアンタは過去形
全ては終わった……
俺にとっても……
それなのに、アンタのことを考えようとすると苦しい
この胸がつかえた感じがするのは何故だ?
奥歯を噛締めていないと爆発してしまいそうだ
「くそっ……だから、来たくなかったんだ」
背後に気配を感じ、振り向いた
F.Hの駅長がゆっくりとした足取りで近づいてくる
彼は何も言わず、俺の横に腰掛けた
「辛いのかね?」
「……何が?」
「サイファー・アルマシーが死んだことだよ」
「アイツは……後悔していないと思う」
「ワシは、指揮官の心内をどうかと聞いている」
「今更、俺がどうのこうの言ったってしょうがないだろ?」
生き還るわけでもあるまいし
「確かにそうだな。…そういえば、ずいぶん前だが指揮官宛に手紙を預かっている」
「誰から?」
「……本当はもっと早くに渡したかったがね。肝心の指揮官殿は魔女を倒してから一度もここへ来ない。全く、あの若造も報われないな」
「若造?」
初老の駅長が少しくたびれた白い封筒を俺に差し出す
差出人名は無い
「…まさか…」
手紙を受け取る手が震える
封筒の中には一枚の便箋
そして、たった一言だけ
「そんな……嘘だ……アンタ、ここで俺を待ってたというのか?」
そこには癖の強い字で一言―――――
“遅かったな” |
「っ!!」
封印していた感情の枷が外れた
思い出さないように、考えないようにしていたものが急激に蘇る
アンタは俺にチョッカイばかり出していた
バトルは毎日のように……だが、それだけじゃない
通りすがりに俺の後ろ髪を引っ張ったり
俺のノートに変な落書きをしたり
自分の嫌いなナスを俺の皿に移したり…
小さな小さな、日常のふれあい
俺は迷惑そうな素振りをしてたけど、本当は嫌いじゃなかった
でも、もう全てが二度と訪れることはない
“死”
とはそういうコトだ
アンタは死んだ
この世にいない
堪え切れず、嗚咽が漏れる
止めどもなく溢れる涙が、もう亡き男の文字を滲ませた
本当はわかってたんだ
アンタが何処かで俺を待ってるということを…
いつも行動するのはアンタの方からだった
俺はそれを受けるだけ
アンタは賭けたんだろ?
今度は俺のほうからアンタに歩み寄るのを
でも、俺は意地を張って捜しに行かなかった
アンタがいそうな場所にも近づかず
各国が血眼になってアンタを捜してるのを知っているにもかかわらずだ
―――俺は
アンタを見殺しにした―――
常に俺の先を行った背中
……もう追い着くことが出来ない
悔しさと後悔――そして…もう1つ、やっかいな感情
この感情は“ ”という名の凶器
その鋭い刃で俺の心をザックリと切り開いた
この傷は癒えることがない
ドクドクと血を流す
その最後の一滴まで
絶望に空を仰ぐ
見上げた空も紅く染まっていた
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