| Sorceress And Knight |

第1章
10:魔女と騎士

『・..:*。.゜.・*゜:・..』


小さな声に振り向いた。
少し離れた場所に、熱を持たない存在―――小さくなったカーバンクル、ケツァクウァトルやケルベロス、他数体のG.Fが各々好きな所でくつろいでいる。
本来ならば召喚しなければ人の目に映らない存在 。
だが、どういうことか、ある出来事から俺の目は通常の状態でもその姿をとらえることが出来るようになった。
そう―――魔の生理が来てから―――


G.Fが俺に何かを訴えながら扉の方を一斉に振り向く。
ノックも無しに指揮官室のドアが開いたかとおもうと、一人の男が部屋に飛び込んで来た。ちょっとマッチョな色黒の男だ。
でもまぁ、雷神ほどではないが…
その男は、その体格に似合わずモジモジしながら俺の机の前までやってくると、バサリとその大きな背に隠したものを俺に突き出した。これまた、ずいぶん高そうな深紅の薔薇の花束だ。
だが…



「何だコレは?新種の武器か?」

「いえ。ただの花です。貴女に…俺の気持ちです」

「アンタから花を貰う理由はないし、気持ちはさらに欲しくない」

「っ!…スコール・レオンハート!!俺と付き合ってくれっ!!」

「断る」



即答。



「それは、サイファーと付き合ってるからか!?あんな狂犬野郎よりは俺のほうがマシだぞ!!」

「…何を勘違いしてるか分からないが、男とは付き合ってないし、アンタとも付き合う気もない。仕事の邪魔だ。出ていけ」



あとはひたすら無視無視無視!もうこの男とは話す気は全くない。
今までの経験上、コイツラは、ちょっとでも甘い顔をすると勘違いして増長する。だからこの手のヤカラは徹底的に無視するに限る。



「そんな…」



全く望みなしと悟ったのか、男は肩を落としてスゴスゴと帰っていく。
俺は塩でもブチ撒きたい気分だ。
最近こういう迷惑な輩が多い。
何処に隠れて見てるのか知らないが、俺が1人になった時を狙って必ず入れ替わりで押しかけてくる。どこかに監視カメラでも設置してるのか?ってぐらいに……ありえないハナシではないな。ここは傭兵育成学園だ。その手のプロなら五万といる。近いうちに盗聴機とか仕掛けられてないか調べてみよう。
そんな事を考えていると、また扉が開いた。
今度は、G.Fが騒いでいないから、警戒しなくてもいい相手だ。



「さっきの男子、CランクのSeeDだったけど、何か用があったのかしら?」



案の定、入ってきたのはキスティスだった。こういう時は便利といえば便利だな。



「例のヤツだ。あ、花を忘れていったな」

「随分と高そうな薔薇ね。しかもコレ、50本以上はあるんじゃない?」

「花には罪はないって言うが、渡す相手を間違ってる」



濃厚な香りを振り撒く深紅の薔薇が、床の上に転がっている。それを体長50cm位まで小型化したイフィリートが、紅い色に興味を持ったのかしげしげと覗きこんでいた。見慣れてくれば、けっこう微笑ましい姿だ。
でも、これもキスティスには見えていないんだよな…何で俺だけ…



「アナタも大変ねぇ。そういえば、サイファーは何処?」

「足りない地図があったから資料室に捜しに行ってもらった」

「私が戻るまで待てば良かったのに…サイファーが近くにいれば、さっきみたいなのは寄ってこないでしょ?」

「確かに番犬にはいいが……その……あまりサイファーとは2人きりになりたくないんだ」



俺が気まずげに言うとキスティスが思いっきり勘違いをしてくれた。



「まさかっ、あの馬鹿!私がいない時イタズラしてるの!?最近、そんな素振り見せなかったから油断してたわ!!」



イタズラ?何でそこまで話しが飛躍するんだ?
しかも目がチカチカ光ってる…これはヤバイ!危険信号だ!!



「い、いや…何もされてない」

「本当に?」

「ああ。必要以上に話しかけても来ないし、自室に戻っても変なチョッカイとか出してこない。もしかしたら……」

「何?」

「いや…なんでもない」



もしかしたら…『もう、女の俺に飽きたのかもしれない』
何故か、その一言が喉が詰まったかのように出てこなかった。
俺にとっては、その方が良いハズなのに…胸がチクチクするのは何だろう?
すごく不安でダークな気分になる。
俺が落ち込み気味なのに気付いてか、キスティが明るく笑い肩を叩いた。



「あっ!そうそう、スコールに朗報よ。さっき、シド園長達らしき人達を目撃したって情報がはいったの。これは近いうちに見つかる可能性が高いわよ」

「え?」



今、なんて言った?
まじまじと彼女の顔を見る。キスティスはそんな俺を見て悪戯っぽく微笑んだ。



「良かったわね。生理、運が良ければあの時1回だけで男に戻れそうじゃない?」

「!…キスティ、アレの話には触れないでくれ…そうか、男に戻れるんだな…」

「何だか、思ったより喜ばないわね。もしかして、男に戻りたくないの?」

「そんな訳ないだろ。いきなりだったから、ちょっと呆然としてるんだ」

「そう?でも、何だかそのままでも違和感ないけどね」

「…冗談だろ」



でも…実は、あまり実感が沸かない。
園長達が見つかったら、サイファーとの賭けは俺の勝ちなんだろうな。
そしたら俺の側で一生タダ働きさせて、全ては一件落着だ。
……待てよ。問題が1つあったな……。

最近、ワケの分からない症状が出ている。
最初は僅かな違和感程度だったのが、ゴールドソーサーに出かけたあたりから急激にその病状は進行した。
急に顔が火照ったり、心拍が早くなったり。
…俺…心臓に欠陥あるかもしれない。でも、それにしてはハードな訓練しても平気なんだよな。
その症状がでるのは、いつも決まってサイファー絡みだ。
指揮官室に2人きりになりたくない理由もそれ―――――――
特に2人きりになると、心臓と体温が持ち主の意思を無視して暴走を始めるから顔を合わせることが出来ない。一緒に仕事をしている以上、顔を合わせないなんて不自然だ。だから怪しまれないように用事を言いつけて2人きりになる時間を故意に減らした。
それなのに、今度はサイファーが自分の視界の中にいないと不安になる。
チラリと時計を見る。地図を頼んでから15分以上は経っていた。
資料室はそんなに離れた場所じゃない。



「遅いな…ちょっと捜してくる。あの資料がなければ先に進まないし…」

「え?ちょっとスコール!一人で歩くとまた馬鹿共に告られるわよ!」

「全部断るからいい」

「そうじゃなくて!押し倒すような大馬鹿がいたらどうするのよ!?」

「俺だってSeeDだ。なんとか対処するさ」

「スコール!」



キスティスの静止の声を振りきり、指揮官室を出た。
遅すぎる。もしかしたら因縁つけられてるかもしれない。アイツが戻ってきてからまだ2ヶ月たってないし………いや、別にアイツの心配をしてるんじゃない。責任者として、ガーデン内に余計な騒ぎを起こしたくないだけだ。

サイファーはすぐに見つかった。
最近何を思ったのか、白のロングコートを止め、制服を着ている。大柄で金髪の男子生徒は大勢いた。それでも何故か、アイツの姿だけは遠目でもすぐにわかった。どこにいても……
アイツは数名の女性徒と談笑をしていた。最近のそっけなさとは大違いにとても楽しげだ。そうだよな…俺なんかと一緒にいても楽しいはずがないよな。やっぱり、ちゃんとした女の方が良いに決まってる。



「痛っ!」



ズキリと胸が痛む。
何だこれは?悲しいのと怒りたいのが混ぜ合わさった状態になったような…胸が苦しい。どうなってんだ?
もう自分でもどうすることも出来ない。
表に出さないように無表情を保つのが精一杯だ。

SeeDの俺が、ここまで精神状態が不安定になるなんて…やはりこれは、どう考えても何かの病気としか思えない。でも、サイファー以外ではこんな症状が出ないし…保健室や病院に行っても説明に困るんだよな。
元に戻ったら……そしたら、この変な病気も治るんだろうか?

空気がざわめき、ブラック思考が途切れる。俺に付いて来た数体のG.Fが、背後で警戒して騒いでいる。



「…ちっ、来たか」



勢い良く1人の男子が俺めがけて走って来た。今度は俺より年下のようだ。まだ子供っぽさを残した顔をほんのり赤く染めている。
5m手前で急ブレーキ。そして…



「指揮官!俺と結婚を前提にお付き合いてください!!」



ったく…今日、これで8人目だぞ。いい加減ウンザリだ。
そんなに女になった俺をからかいたいのか?
俺が迷惑そうに眉をひそめても少年は気付かずまくしたてる。



「俺、どんなことからも指揮官を守り通してみせますから、お願いします!!」

「迷惑だ」



今度のヤツは、そう簡単に引き下がらなかった。
退散するどころかか、逆に俺の方へ走り寄って来る。
なるほど、実力行使に出るつもりだな。歳が若いほど無謀な行動をするヤツが多い気がするぞ?
少年が俺の元まで到達することはなかった。
G.Fが大きくなって少年の前に立ち塞がる。勿論、何も見えてない少年は思いっきりソレに突込み―――


ぼよっ


見えない彼等に弾き飛ばされた。まるで対人型リフレクだ。
少年は受身も取れずコロコロと後方へ数メートル転がりこむ。
その衝撃でポケットから何かが転がり落ちた。
何気なくそれに目が行く。

あ、あれはっ!!

俺の視線がその物体に釘付けになる。



「おい!そ、それをどうやって手に入れた?」

「これは…入手方法は指揮官でも秘密です。それに、もうこれ1個しかなかったし…」

「売ってくれ」

「ダ、ダメです!でも…俺と付き合ってくれたら、考えてもい〜かなぁ……」



そう言って、チラリと上目使いで俺を見る。
コイツ、モノで俺を釣るつもりか!?



「くっ……」



…………でも、諦め切れない。
あれは最新ガンブレード改造ツール。しかも超激レア・アイテムだ。
他の武器でも使用可だから、色んな人間が血眼になって捜している。
(巷の噂では、竹型宇宙船に乗っていた宇宙人の美女に求婚するためのアイテムでもあるらしい。まぁ、これはガセネタだと思うが…)
伝説のアイテム“火鼠の皮”
俺も何ヶ月もかけて捜していたのに入手出来なかったブツ。
それが俺の目の前に!!
ゴクリと唾を飲む。

……取り合えずコイツと軽く付き合って、アレを手に入れたら速攻で別れるってのもいいな。それとも難易度の高い任務につけて、形見に貰うっていうのが一番平和的か?
と、鬼畜な考えがスラリと浮かぶ。
無意識にウットリとした微笑みすら浮かんでいた。

スコール・レオンハート―――ガンブレが絡むと人格が変わる。
その実態を知っているのは、今のところサイファーと幼馴染達だけだった。

“羊の皮を被った獅子”……女性化してるから尚更騙される人間は更に増える一方。
この哀れな少年も憧れのヒトのアブナイ微笑みに目をキラキラさせている。自分が伝説の獅子に今にも食われそうな獲物だということを露知らず…



「おいおい。何もない所で転ぶなんて器用なヤツだな」

「…サイファー、いつから?」



いつのまにかサイファーが俺の側に来ていた。さっきまで談笑していた女生徒達はいない。そのことに内心ホッとする。



「こいつが転んだあたりからだ。まさか良い返事するつもりじゃねぇだろうな?」

「…そんなハズないだろ」



そう言いながら実は動揺していた。
ちっ…サイファーがいたら『うん』とは言えないな。仕方がない。あのアイテムは諦めよう…今はな。取り合えず、危険な任務が来るのを待つか。

目の前の憧れの君が恐い計画を立てているの知らず、少年はサイファーに向かってまるで子猫のように毛を逆立てた。



「で、出たな!諸悪の根源!!」

「へっ!スコールを守るだあ?俺を見てビビッてるくらいならマダマダだな。大体、スコールはテメェより強いぞ。かえって足を引っ張らー」



サイファーが資料を抱え呆れかえっている。
それもそのはず。俺に告った少年は、口は達者でもすでに体は逃げ腰だ。



「煩い!!アンタだって、指揮官の重荷にしかなってないじゃないか!!アンタなんかっ、犯罪者のくせ……」



ドン!
俺は我慢出来ずに少年の首根っこを掴み壁に叩きつけた。
少年は驚き、信じられないという目をしている。



「サイファーが俺の重荷になってる?俺はアンタの名前も知らないのに、何でアンタは俺の気持ちがわかるんだ?」

「俺は、指揮官の為にっ!」

「俺の為?自分の気持ちを押し付けるな。迷惑だ」



名も知らぬ男子が傷ついたような顔をする。だが許す気にはなれず、睨みつけた。彼は堪え切れないように視線を外し、クルリと背を向け逃げるように走っていった。
残念なことにレア・アイテムをしっかり持って。

気持ちを落ち着けるように深く息を吐く。
自分でも不思議なくらい感情的になっている。ちょっと言い過ぎたかもしれない。だが、彼の口から出たセリフに…サイファーを賤しめるようなセリフに我慢ならなかった。
当の本人は何事もなかったように、腕に抱えた資料を抱えなおす。



「スコール。あんなのにムキになんなよ。ほら、指揮官室に戻るぞ」

「…ああ」



それっきり会話が続かない。
とういうか会話どころではない。
怒りが静まってくると今度は別な方に意識が向く。
なんだろう?この緊張感…。
まるで、初めてモンスターと闘った時のような…。
並んで歩くというだけで、手にはビッショリ汗をかいていた。指揮官室に着くまでの数百歩、俺には精神的に拷問だった。

指揮官室に入るとキスティスがコーヒーを入れて待っていた。コーヒーの香りで俺の緊張が和らぐ。



「やれやれ、やっと見つけたぜ。資料室の整理、誰かにさせろよな。ありゃ、泥棒も避けて通るぜ?」

「そうね。アナタやる?」

「けっ!じょ〜〜〜〜だんっ!!ほら、スコールこの資料だよな…どうした?ムッスリして…あんなの気にすんなって。それとも何か他にもあったのか?」

「いや…別に…」



あったといえば、あった。
けど、まだ園長達が見つかったワケじゃないし、サイファーに言う必要ないよな?
キスティスが何か言いたげに俺を見ているが、気づかない振りをする。



「ホントに何もないのか?そういう時のオマエって、何か隠し事してるんだよな〜?キスティ、どうよ?」

「スコールが何もないって言うならないんでしょ」

「ったく、女同士で結託しやがって…(はっ!ヤバッ)」



マズイ!!これは禁句だった!!
俺は次に来る攻撃に備えて身構える。
………ん?
以前ならば“女同士”、この言葉でスコールは激怒し、蹴りや鉄拳が飛んできた。だが、スコールは何も反応を示さなかった。何事もなかったように、机の上を片付け始めている。
最近どうも反応が変だったが、今日はそれに輪がかかってるくらい変だ。
俺がジーッと見ていてもスコールは見向きもしない。故意に見ないようにしてるのがありありだ。
……………………ぜってぇオカシイ!


サイファーの視線を痛いくらい感じる。
机の上を片付けながら俺は焦っていた。
ヤバイ…今の露骨だった。
あ、やっぱり見てる…これは話題をそらさなければ、後から絶対何か言われるな。取り合えず、手元の書類を掴みキスティスに話しを振る。



「キ、キスティス、この文書は月曜日までの提出なんだろ?」

「そうだけど…また持って帰るの?」

「ああ」

「スコール、日曜日くらい休みなさいよ。今週は毎日仕事持って帰って遅くまでやってるんでしょ?女の子の体はデリケートなんだから、もう少し体を休めないと生理不順になるわよ」



“セイリフジュン”
知らない単語が彼女の口から飛び出した。だが、なんとな〜く嫌な響き。



「せ…なんだ?それは???」

「生理が遅れたり、来なくなったりするの」

「その方がいい…そうか、不規則な生活をすれば、あの厄災から逃れられるんだな…」



半ば本気で呟く俺にキスティスは手元にあった本で俺を殴りつける。
痛い…思いっきり角で殴っただろ?



「馬鹿!!不妊症になって子供産めなくなったらどうするのよ!!」

「…あのさ、キスティ…俺は男に戻るんだ。子供なんて産むつもりないし、男と結婚するつもりもないんだが…」

「あ、そういえば…もう、やぁ〜ね。最近ホント、スコールが女の子だってコトに違和感なくなっちゃって★」

「…」



キスティスの軽い発言にスコールの表情が引きつる。
違和感ない?
今日それを聞くのは2度目だぞ…それって俺が女っぽいって意味か?
ちょっと前に自分から“男に戻りたくないの?”とか言ってたくせに無責任な………確かに俺も戻る実感なんて湧かないけど、それは女の自分から現実逃避してるだけであって………



「キスティス、あんまりスコールをからかうなよ。ホラ、また一人でグルグルしてやがる」



―――アンタ、俺をフォローしてくれるのか?



「あら、アナタだって、そんなコト言っても本当はスコールが女で嬉しいんでしょ?正々堂々口説けるんですもの」

「べっつに〜?俺は男でも女でも関係ねぇぜ。スコールはスコールだからな」



―――俺は俺…でも、本当に俺が男に戻っても同じコト言えるのか?

―――…って別に口説いて欲しいわけじゃないけど!



「まったく…そんな風にもっと早く悟ってたら、アルティミシアに操られずに済んだのにね」

「あ〜、アレは大人になる通過儀礼みたいなもんだ。な、スコール。俺。以前より人間出来てるだろ?」

「………」

「おい?何、不機嫌なツラでダンマリしてんだよ?」

「別に…俺…帰る」



俺は自分のコトでいっぱいで、サイファー達と談笑する余裕がなかった。さっさと書類をまとめ、2人を置いて指揮官室を出る。後から慌てたようにサイファーが追いかけてきた。一瞬、訳もなく逃げ出したい衝動に駆られるのを気力で堪え、何もないように自然に歩きつづける。



「おい!置いてくなよ!!どうせ一緒の部屋に帰るんだからよ」

「そろそろ、何処に行くにも始終一緒にいなくてもいい。みんなも落ち着いてきたし」

「オマエ、最近そっけないぞ?さっきだって……俺、何かしたか?」

「別に…(最近そっけないのはアンタもだろ)」

「ほら、以前みたいに態度が硬いぜ?この頃また全然笑わなくなったしよ」

「まるで以前は俺が笑ってたような言い方だな」

「自覚ねぇのかよ…オマエが気前よく笑顔を振り撒くから告白者が激増してたんだぜ?」



笑う?俺が?



「俺は笑ってない。アンタの気のせいだ」

「気のせいってなぁ…普通、楽しけりゃ笑うのは当たり前なんだぜ?」

「楽しいコトがあればの話だろ。アンタが来てから酷い目ばかりだ」



キッパリ言いきり、到着した自室のロックを解除した。
俺はまっすぐ執務室に向かい、処理しきれなかった書類を広げる。



「っ!!」



スルリと何かが足に擦り寄ってきた。
俺は驚き、椅子から立ち上がり、口を押さえる。
足元にはカーバンクル…危なく声をあげるところだった。
コイツ……!(怒)



「おい、どうした?いきなり椅子から立ち上がって、足元に何かあるのか?」



後から部屋に入ってきたサイファーが、不思議そうに俺を見ている。
それはそうだ。俺の視線の先は、何も無い床。
自分の私室の1つを、軽いデスクワークが出来るように改造したここは、無駄な置物等は何もない。だが、俺の目には、はっきりとカーバンクルの姿が見えていた。カーバンクルは可愛らしく尾を振り、チョコンと座って首をかしげる。コイツラは俺が見えているのが分かっていて、時々こういう悪戯をしかけてくる。しかもワザト触感を持たせて…他の人間に見えていないから、うかつに怒ることも出来ない。何もない空間に怒鳴っていたら即病院送りだ…。
本当に酷い目にばかり合い過ぎだ!



「なんでもない!」



「そうか?最近オマエ、変だぞ?疲れてるなら、もう寝た方がいいんじゃないのか?」

「まだ少しやっておきたいんだ」

「じゃあ手伝うぜ?」

「いらない」

「オマエ、このままだと病気になるぞ?」

「もう病気だからいい」

「ああ?」



心配するサイファーに適当に相槌を返し、書棚に向かう。
生理のショックで黒くなっていた数日の間に、仕事が山のように溜まった。仕事時間が終わっても、自室に持って帰ってやらなければならないほどに。
それなのに、早々と0時前に寝ていられるか!
そりゃ気遣ってくれるのは嬉けど。
………。
サイファーが俺を気遣う?
いつの間にそんな芸当を身につけたんだ?
そういえば、さっきもキスティスと会話してたとき、俺の気持ちを気遣って庇ってたよな?
アンタのことだから、あのまま便乗して俺をからかうと思ったのに。賭けにしても、人前で迫ったり、無理強いもしてこない。接触があったのは、あの時の、訓練施設でのバトルとゴールドソーサーに行った時だけだ。それっきり“恋人未満”の域から出ることはない。
全く何を考えてるのか分からない。
まるで気が向いた時だけチョッカイ出してるみたいだ。
やっぱり本気じゃないのか?
それとも俺なんかを落とすのは余裕なのか?
俺は今だって、サイファーが近くにいるだけでこんなに緊張してるのに…サイファーは普段通り…これじゃ、俺だけがサイファーのこと意識してるみたいじゃないか。



「くそっ」



イライラする。
手元に、辞典がないことに気がつき、造り付けの棚に向かった。窓辺で毛繕いしていたフェニクスが、俺の左肩に飛び乗ったが、全く温かさや重さを感じない。G.Fが精神体であることは変わっていないようだ。変わったのは俺。
許容量を超える事体に眩暈を感じながら、一番上の棚に手を伸ばす。が、指が掠めただけで届かない。小さく舌打ちをする。
新しく自分の部屋を作った時に、自分が使いやすい大きさの棚をそろえたはずが、5センチ縮まった身長のせいで不便なものになっている。



「これか?」

「!」



耳元で声がし、驚いて振り向くと、サイファーが腕を伸ばし、必要なファイルに手をかけていた。
書棚とサイファーに挟まれる形になって硬直する。
ほんの数センチの距離
サイファーの体温
サイファーの匂い
それだけで心臓が破れそうなくらい早鐘を打っていた。



「おい。どうした?」

「いや…アンタ、でかいな、と思って…」

「は?本当に大丈夫か?風邪ひいたんじゃないのか?」



サイファーが密着したまま、自分の額を使って熱を計る。
硬直してるせいで、まともにサイファーの顔を見てしまった。
久しぶりに間近で見る顔。
この状態って何って言ったっけ?
蛇に睨まれた蛙?いや…何か違う…。
次の瞬間、俺の唇にサイファーの息がかかり、咄嗟に力いっぱい突き放した。



「っ!!俺にっ…触るなっ!!」



サイファーが驚いたように俺をみる。
突き飛ばした時に引っ掻いたのか、頬に薄っすらと血が滲んでいた。罪悪感を感じるが、虚勢を張っていなければ、全てが崩れてしまいそうだった。



「なんだよ、いきなり。ちょっと熱計っただけだろ」

「そんなこと頼んでいない!俺に近づくな!」

「はっ!俺に触られるのも虫唾が走るってか!?」

「……」



虫唾?そんなんじゃない。
ただ、俺の心臓がもたないだけだ。
俺が黙っていると、サイファーは無視されたと勘違いしたらしい。



「なんでだよ?俺を避け始めたのは、生理になってからだよな?今は女なんだから、んなコト気にするもんじゃないだろ?」



サイファーが俺の中の地雷を思いっきり踏んだ。
生理。
これは禁句だ。
俺の怒りゲージが一気にMAXを振り切る。



「煩い!!こんな体になった俺の気持ちをわかりもしないくせに!アンタなんか大嫌いだ!!顔も見たくない!!出て行け!!」

「大嫌い…そうかよ。勝手にしろ!じゃあな!!」



サイファーが扉の外に消えるのを見届け、俺は本棚の前の床にズルズルとそのまま座り込んだ。
しまった…今のは言い過ぎた。
でも、本当にどうしようもなかったんだ。
“来る”とわかって心の準備が出来ているときならいい。だが、さっきみたいに意表をつかれると…。
他の人間が傍に来ても平気なのに、なんでサイファーにだけ…。
やっぱり俺、病気だ。しかも相当末期。心臓病?…じゃないよな。これは完全にサイファー限定だ。かといって、避けてばかりじゃ仕事にさしつかえるし…。

サイファーが出ていった扉を見る。自分で『出ていけ』と言ったのにもかかわらず、何故だか置いていかれた気分になった。



「くそっ!アイツ、一体何処をほっつき歩いてたんだよ!?絶対なんかの病気に感染してたな!空気感染はしないみたいだが…となると、アレで感染したとしか考えられない。治らなかったら絶対責任取ってもらうからな!!」



…でも…さっきので愛想尽かしたかもしれない…ガーデンから出ていったらどうしよう…
俺は途方に暮れて膝を抱え込んだ。
何故、途方に暮れているのか考えることなく…



スコールに追い出され俺は居間の椅子にドカッと腰を下ろした。
スコールは出てこない。



「っくしょう!何なんだよ…近づくだけで思いっきり嫌がりやがって!」



そういえば…近頃、視線も合わせない。軽口言って笑うということもなくなった。傍によると無表情になり、必要最低限の会話しかしていない。近づけば近づくほどスコールの態度は硬質化していった。しかも俺にだけそんな態度だ。
これじゃあ、以前俺が絡んでいた時よりも悪い。
これ以上関係が悪化しないように、スキンシップを我慢してたのに…



「考えたくないが…望みなしってやつか?」



どこでヘマをしたか、考えるが思いつかない。態度がおかしくなったのは、アイツが生理になってからだ。あのデート以来キスすらもしていないし、騒ぎも起こしていない。極力目立たないように制服まで着てるしよ。



「くそっ!お手上げだ。さっぱりワカラン…でも一応謝っておいた方がいいよなぁ?アイツ、意地っぱりだから………ん?待てよ…?」



スコールの意地の張り方は、筋金どころか超合金入りだ。プライドも高い。しかも感情表現や誰かと接触するのを不得意としている。なにか問題にぶち当たって一人でモンモンとしていても気付かないくらいに。



「もしかして…もしかするのか?」



もう一度、最近のアイツの態度&行動を思い返し……そして確信した。
俺は、堪え切れず吹き出す。
大声で笑いたいが、隣にいるアイツが気づく。俺は必死で笑いを堪える。
気分は腐った泥沼から光に満ち溢れた花畑まで急上昇。



「クククッ…アイツ、かわいい!アレは相当、俺を意識してるぞ!」



近づくと妙に緊張して昔のように無表情になる?
一緒に歩くと固くなってガチガチだ?
さっきみたいに、不意をついて近づくとアレだ。
一見、相当嫌われたかと思っちまうが…ありゃあ、まるで10代前半の恋を自覚してない女のコの反応じゃないか?アイツ、まじで自分の気持ちわかってねぇのか?それとも、薄々気づいて逃避してるのか?
突き飛ばすくらい切羽詰っているなら、そろそろってトコだよな〜?

そういえば、今まで何度かキスしても、拒絶することなく素直に応えてきた。俺を嫌っていないのは確かだ。俺から強引に迫れば陥落することは間違いないが、スコールの口から“負け”を宣言させたい。あとで言い逃れが出来ないように…

腕時計を見る。
俺が部屋から飛び出してきてから30分は経っている。
そろそろアイツも落ち着いたか?
とりあえず顔出しとくか。アイツ、無表情で自己嫌悪におちいるからな。
最近、変なところ見てボーッしてるし、他にも何か隠し事してそうだ…ったく、相談くらいして欲しいぜ。
俺は仕事部屋の扉をノックした。
だが、返事がない。



「スコール?入るぞ」



スコールは、俺を突き飛ばした本棚の前で、膝をかかえ眠っていた。大方、後悔でグルグルしたまま寝てしまったのだろう。



「おい、風邪ひくぞ。寝るなら寝室行けよ」

「ん…」



俺の声に反応しても、起きる気配がない。こりゃ爆睡モードだ。そういえば、最近がむしゃらに仕事してたな。明け方まで電気が点いていたこともある。なるほど、あれもこれも現実逃避だったんだな。
俺はスコールの体に腕をまわし、抱き上げた。
コイツが女になってから何度か抱き上げたが、この軽さにいつも驚く。
腕も腰も細せ〜し、この体のどこからあのガンブレ振り回す力が出てくるのやら…変わったのは体だけで、他は男の時とまるで変わっていねぇ。
まぁ、女々しくなったり、弱っちくなるのは払い下げだがな。

寝室のドアを開け、ゆっくりとスコールをベットに降ろした。
俺がふざけて選んだ天蓋付きベット。
桃色シーツ&カバーは取り外され、全てオフホワイトに変わっていた。
さすがにピンクは嫌だったか…
顔にかかった髪をはらってやる。警戒心の欠片もなく無防備な寝顔…桜色の唇は薄く開き、白い歯とその隙間から僅かにピンクの舌が見え……
ズキュ―――――――ン★
心臓を何かが通り抜けた。一気に股間まで。



「くっ…ちくしょう!カワイイぜ!ああ、俺って健気だよな…一ヶ月以上も手を出さず見守ってるなんてよぉ…ま、最初にドカンっといっちまったがな」



意識を逸らすように頭を振って、急いでスコールから離れようとした。
マズイ。このまま側にいたら触れたくなる。
その時、スコールの腕が俺の首に回ってきた。
俺が驚いて硬直していると、さらにギュっとしがみついてくる。



「こ、こらこら」



コイツめ…寝惚けてやがる。
俺の忍耐を試してるのか?
犯っちまうぞ?
腕をはがそうと手を伸ばした時だった。



「…やだ…もう置いてくな…」

「ったく。寝ぼけてるとはいえ、エル姉と間違えんなよ」



たぶん、エルオーネの夢をみてるのだろう。
しっかり、子供の頃のコトがトラウマになってるようだからな。



「…サイファー…戻ってくれ…」

「!!…俺の夢、見てるのか?」



人間、寝てるときは正直になるもんだ。
どんな意地っぱりでもだ。
なるほど…俺の勘は正しかったらしい。
やはり今までのアレは恋する乙女の反応だったわけだ。
近づけば表情硬くしてたのも、そっけない言葉も。



「スコール。俺はもう何処にも行かねぇよ。ずっとオマエの傍にいる」



そう囁くとスコールは安心したように微笑んだ。
ぐぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!
チクショウ!可愛いぜ!!!
もうがまん出来ねーっ!!!

俺はしがみついていた腕をそのままに、ゆっくりとスコールをベットに沈めた。そして何度も何度も軽く唇を重ねる。呼吸を乱しながら、それでも眠りこけているスコールの耳元に囁いた。



「スコール、起きろ。このまま犯っちまうぞ?」

「ん、はぁ…苦し…な、に…?」

「まだ寝ぼけてるのか?」

「寝…?」



スコールがぎょっとした顔で正気に戻る。
そして、ようやく自分の腕が俺の首にしっかり巻かれているのに視線がいった。



「わ゛―――――――っ!?」



そのまま飛び起きようとするスコールの腕を頭の横で押さえつけ、俺はニヤリと笑った。



「俺の勝ちだ」

「な、何のことだ!?アンタ、また寝込み襲うなんて卑怯だぞ!!」



スコールがキツク睨んできたが、本心を知った以上、もう遠慮することはない。しかし、コイツのポーカーフェイスは、たいしたモンだったよ。危うく騙されるトコロだった。



「オマエの方から誘っただろ。俺の首にしがみついて『置いていくな』ってな!」

「嘘だ!!…それはアンタに言ったんじゃない!!」

「嘘はどっちだ?その後にハッキリと『サイファー』って言ったぜ?」

「し、知らない!」



都合が悪くなって、横を向いたスコールの耳に唇を寄せ、舌を這わす。
押さえ込んだ体が小さく跳ねた。



「っん!…離せっ!触るな!!…アンタ、俺に変な病気染しただろ!?アンタが触れると体が変になる!」

「俺は何も病気持ってねぇよ…大体、変ってどんな風にだ?」

「もうダメだ…アンタが側にいるだけで病状が進行するのに、俺もう死ぬかもしれない」

「なんだそりゃ!?んな病気あってたまるか!」

「だって心臓がすごく苦しんだ!今日も、アンタが女生徒と話しをしてるのを見ただけでかなり悪化した!」

「それって………」



脱力。
ここまで初心いとは思わんかった。
確かにコイツ、女としては産まれたての雛だけどよ…



「おいおい…まぢでンなこと言ってんのか?まぁ、ある意味一種の病気だけどな〜」

「やっぱり病気なのか」

「ああ。“恋の病”というな」

「……そんな病名知らない」

「いい加減、認めろよな。最近、俺を避けてたのは、意識してたからだろ?」

「違うって言ってるだろ!!」



横を向いたまま、視線を合わせないスコールの顎を片手で掴み、前を向かせる。視線が絡むと、海色の瞳が弱々しく揺れ、逃れるように瞼を閉じた。顔を耳まで桜色に染めて。
これで違うって言われてもなぁ〜?



「俺が傍に近づくと、ドキドキしてたんだろ?」

「…それは、アンタが移した病気のせいだ」



否定する声が震えている。顔真っ赤にして言っても信憑性がねぇな。
掴んだ手首から跳ねるように早い脈を感じる。



「心拍、スゲエ早いぞ?」

「煩い!離せ!人殺し!俺はきっとこのまま死ぬんだ!」

「落ち着けって。治す方法教えてやるよ」



スコールの両腕を引き、ベットの上に座らせた。
そして、逃げ出す隙を与えず抱き寄せる。



「離せ!」

「コラ、暴れるな。騙されたと思って、オマエも俺を抱きかえしてみろ」

「何でそんなこと!」

「いいから、ホラ」

「……」



おずおずと俺の背に腕が回る。
最初は遠慮がちに。
だが、5分も経たずに全体重を預け、俺の胸に頭を凭れ掛けていた。



「落ち着いたか?」

「…ああ」

「心臓も、もう痛くねェだろ?」

「痛くない…でも、何で?」

「そりゃ、好意をもった相手と体温を分け合ってるからだ」

「……好意…俺がサイファーに?」

「賭けは俺の勝ちだ。いい加減認めろ」



スコールが観念したように、コクリと小さく頷く。
ギュッと閉じられた瞼から、2筋の光が流れた。



「なにも泣くことねぇだろ」



その雫を舐め取りながら、唇を首筋に移動する。
抵抗を止めた腕を開放し、シャツの裾から手を滑り込ませて脇をなで上げる。
スコールの息が乱れた。



「サ、サイファー!」

「何だよ?」

「その……シャワー浴びたい」

「俺はこのままでもいいぜ?オマエの匂い、すっげ興奮するするしな」

「変態!俺は嫌だ!!」

「仕方ねぇな。ほら、しっかり磨いて来い」



真っ赤になったスコールをシャワー室に送り込み、俺は幸せで舞い上がっていた。
ついに、俺のものだ。
孤児院時代からのクサレ縁で、まさかこんな関係になるとは思ってもみなかったが。
リビングのソファーに腰掛け、煙草に火をつけた。
背後から、絶えずシャワーの音が聞こえている。
今、俺のために磨いてると思うと、ニヤケが止まらない。

俺は、幸せを満喫しながら、スコールを待った。
だが……
ヤツは出てこなかった。



「やばい」



シャワーのお湯を調節しながら、俺は途方に暮れていた。
服は着たままだ。
サイファーの勢いに、思わず頷いてしまったが、実際のところ自分の本心がわかっていなかった。
でも、しがみついていたのも、名前を呼んだのも本当のことだ…そんな夢を見ていた気がする。



「俺…どうしよう」



もう少し、考えをまとめる時間が欲しい。
ズルズルと流されるように、体の関係に持っていくの行くのは良くない気がする。だが、敵は扉の前で俺が出てくるのを待っていた。この扉を開けたら…その後は、考えるまでもない。
あの手で…あの唇で、また翻弄される?
1ヶ月と約10日前のことが記憶に甦り、体の芯が熱くなった。



「そういえば、極力思い出さないようにしてたけど、アイツ上手かったな。キスも上手かったけど、初めてでもあんなに気持ちよくって……………」



って、あれ?アイツ、最後までいったっけか?あれだけ出血してたんだから、勿論やるコトやってるよな?次の日もけっこう痛かったから、最中はもっと激痛が襲っていたハズなのに…おかしい、途中から記憶がない…。

パチンと頭の中で何かが弾ける音がした。
その直後、一気に記憶が蘇った。


〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!


恐怖で意識が現実に引き戻される。

やっぱり嫌だ!!絶対嫌だ!!あんなの、2度と御免だ!!

俺は周囲を見渡し、天井の点検口の扉を発見した。
シャワーのお湯を出したまま、俺は天井裏から脱出をはかった・・・



スコールがシャワー室に消え、30分経過していた。
いつもは5分で出てくるのに。いくら念入りに磨きをかけてるといっても、時間のかけ過ぎだ。
バスルームからガタンと音がした。



「何だ!?まさか、のぼせて倒れてんじゃ!?」



慌てて、シャワー室の扉をノックした。
返事はなかった。
俺は血の気が引くのを感じながら、扉をブチ破った。
湯気が立ち上る中、勢い良くシャワーカーテンをあけた。



「スコール!!おいっ、大丈夫か!!?」



そこには、誰もいなかった…
キィという物音に上を見上げた。
点検口の扉が開き、真っ暗な穴から隙間風が吹き込んでいる。
頭の中で、何かがプチプチ切れる音が聞こえた。



「あのヤロウ!逃げやがったな―――――っ!!」

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2002.02.12


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