| Sorceress And Knight |

第1章
09:覚醒


小さな子供が風船を手に走り抜けた。
ゲートの向こうで、大きなヌイグルミが大量の風船を持ち、子供達に配っているのが見える。
カラフルな建物。
必要以上に明るい照明。
溢れかえる人。
さまざまな音楽が混ざり合い、騒音にしか聞こえない。
日常とは、かけ離れた世界だ。
夢のようにつかみ所がない…眩暈がする…。



「サイファー…本当にこんな所に入るのか?」

「ここまで来て何言ってんだか」



サイファーにバトルで1本取られたことで、約束の“デート”は3週間後に決まった。行きたい場所を聞いてきたサイファーに“知っている人間に会わない所”と言ったのだが…
連れて行かれたのは、エスタにオープンしたての遊園地、大昔の娯楽施設を再現した“ゴールドソーサー”だった。



「なんでこんな人の多い場所に来るんだ!?知ってる人間に会いたくないって言っただろ!!」

「平日だからガーデン生徒には会わねえって」

「そうじゃなくて…」

「グダグダ悩むな!最初のデートは遊園地って相場が決まってんだよ!」



乗り気でない俺の手を掴み、1つ目のゲートをくぐる。
入場券売り場の女性が明るい声で挨拶をしてきた。



「おはようございます!アベック様1組ですね〜?」

「おう!ラブラブのアベック券1枚だ」

「ちょっと何…!!」



そう言って俺の腰を引き寄せ頬にキスをする。

売り場の女性が引きつった笑いを浮かべている。
大方、『このバカップルめ!帰りやがれ!!』と思ってるに違いない…
俺もそんな屈辱行為を野放しにするカワイイ性格ではなかった。



「…調子に乗るなっ…」


サイファーの腕からすり抜け、脳天に力いっぱいゲンコツを落とす。





メリッ…





手加減無しに殴ったせいか、カウンターの出窓に顔面衝突した。
並んでいた後続客が『おお!』と歓声をあげる。



(やりすぎた!?…はずかしい。早く中に入ろう!)



鼻を押さえているサイファーの襟首を引っ張り、ゲートを潜ろうとすると、入り口の金属探知機が反応した。それを見ていた出窓の向こうの切符売り嬢が、隅々まで通る声で俺達を呼び止める。



「お客さ〜ん!武器はここに預けていって下さ〜い!!」



それぞれ護身用に、ちょっとした武器を持っていたが、俺達のはちょっと大きかった。不審者を見るような一般客の冷たい視線が突き刺さる。
俺は赤くなりながらガンブレードケースとサイファーを引きずり、ゲート脇の建物に向かった。


(悪目立ちしすぎだ…このままもう帰りたい)


こうして波乱の1日が始まった。


チョコボレースで大敗したサイファーががっくり肩を落としている。



「アンタ、大穴ばっかり狙い過ぎなんだ。奢ってやるから、これ以上陰気な空気を排出しないでくれ」

「いや!男が、デートに誘った女に奢られては立つ瀬がない!飯代くらいは残ってる。俺に奢らせろ!」



“女”という言葉にカチンと来たが、落ち込んでるヤツをさらにどん底に突き落とす来はない。以前の俺ならとことんやっただろうが…俺も成長したよな。



「いいけど…アンタ、帰りの電車賃はどうするんだ?」

「う…」



言っちゃ悪いが、サイファーは貧乏だ。
本人はひたすら隠してるが、敵側にまわっていた時、経費は出ても給料が出ていたとは思えない。
捕獲されてからも収入ゼロだ。
今回の費用も誰かから借りてきたのだろう。
…貸す人間は限られているが…


(金の出所はセルフィあたりだな…やれやれ…)



「わかった。奢るんじゃなく貸してやる。それでいいだろ?」

「悪い…」



このバカ、何が目的でデートに連れてきたか忘れてるな。
俺を“落とす”ためのチャンスデートじゃなかったのか?
いや、別にいいけど…くどかれたいわけじゃないし…


「プロのお方はお断りです」



闘技場の入り口で“待った”がかけられた。
ガンブレを預けた時に、身分証明書を見せたせいで、園内スタッフに俺の素性はすっかりバレていた。



「俺は?SeeDじゃねえぜ?」



サイファーが、ムッとしたように言い返す。
客の安全を任されているスッタフも、負けずに睨み返す。
だが、次の瞬間スタッフはニヤリと笑い、次のセリフで俺の心臓を縮み上げた。



「サイファー・アルマシー、これ以上世話やかせるな。SeeD並みの実力持っているんだろ?」

「あ、バレてたか?」



のほほ〜んと頭を掻くサイファーに、ブッツリと音を立てて堪忍袋の緒が切れた。



「ほらみろ!アンタ、顔けっこう知られてるんだ!デリングシティのパレードで悪目立ちするから!」

「あー…何だか、そんなコトもやったっけかな〜」

「のん気なっ!アンタ、誰に刺されても文句言えない立場なんだぞ!だからこんな人目につくような場所には来たくなかったのに!!」

「つまり、今まで煩く言ってたのは、俺を心配してくれたってコトだよな?」

「う…ち、違う!騒ぎを起こしたくないだけだ!!」

「へェ〜?顔が赤いぜ?」

「くっ!!」



どこまで増長するんだ?この男は…
サイファーのニヤニヤ笑いに言葉が詰まる。そこへ、つい存在を忘れていたスッタフが、呆れたように助け舟を出してくれた。



「こんなところで痴話喧嘩はよしてくれよ。心配しなくても、まさか魔女の騎士がここにいるとは誰も思わないさ。俺は去年のバラム・ガーデン卒業生だからオマエ達の顔を知ってるだけだ。“問題児サイファー”は有名だったからな。ちなみに、ここのスタッフは全員各地のガーデン卒業生だぞ」



言われてみれば、どこかで見覚えがあるような…
はぁ…知ってる人間に会わないどこか、思いっきり巣窟だな…。



「なるほどな。どうりでスッタフの動きに隙がないと思った…でもよ、なんで俺たちは闘技場駄目なんだ?」

「ここは一般向けなんだ。出てくるモンスターのレベルも一般向けだ。SeeDに出てこられた日にゃ、商売あがったりだ」

「…それもそうだな」

「まあ、やってもいいが、アンタ達がモンスターの補充してくれるんならいいぜ?」



冗談じゃない!
こんなトコロに来てまでSeeDの仕事なんかしたくない!!だいたい、生きたまま捕獲するのは、俺達向きじゃない。レベルが低いモンスターほど捕獲が困難だ。ちょっと攻撃しただけで死んでしまう…



「最近、バトルしてねぇからな〜。いい機会かもしれん…」

「サイファー!まだ他を回ってないだろ!他所へ行こう!!」



マジで考えてるサイファーの腕を引っ張り、階段を降りる。



「を!?」

「“モグハウス”とかアンタ好きそうだよな!」

「そ、そんな子供だましなモン、誰がやるかーっ!」



ガーデンOBに軽く頭を下げ、素早く立ち去ろうとする俺に、余計なコトを聞いてきた。



「ところで、1つ聞かせてくれないか?“伝説のSeeD”スコール・レオンハートが何で女になっているんだ???」

「…。(俺の方が聞きたいよ…何でこんなコトになったのか…)」



俺の疲れた表情に何も言えなくなったのか、それ以上何も追求してこなくなった。ブルーになりながら階段を降りる背に「がんばれよ〜」と同情の声援がかかる。
…一体、何を頑張ればいいんだ?
さらにブルーになった俺の手を握り、サイファーは先に進む。



「くそっ!妙に視線が気になると思ったら、スタッフが俺達を監視してたんだな。てっきり美男美女カップルに釘つけになってると思ったのによ〜」

「…アンタ、馬鹿か?」

「まあ、いいさ。ばらさねえでくれるんだし。さて、次は何処行く?」



何処といわれても遊園地は初めてで、どういったものが面白いのか全く見当がつかない。ターミナルフロアでキョロキョロしてるとイベントスクウェア会場から呼子が出てきた。



「さあ、今夜はマジカルナイト!全てのアトラクションは無料になってるよ」

「無料だと!?」



サイファーの目が光る。



「あっ、どうです?そこのお2人さん。今から、こちらイベントスクウェアで楽しいショーが始まりますよ!」

「入る!入るぜ!!(なんたって無料だ!!)スコール、入るよな?」

「…ああ…(あんた、目がこわいぞ)」



ちゃっかり、そのまま俺の手を握り、ズンズン中へ入っていく。入り口をくぐると、盛大なクッラッカー音と紙吹雪がが舞った。サイファーが咄嗟に俺を背後に庇う。少し縮んだといえ、女として俺はかなり大きい方なのに、サイファーの背にスッポリ隠れて前が見えない。
なんだろう?むず痒い気分になる…でも不快じゃない。


「な、なんだよ?」

「おめでとうございま〜す!あなた方が、本日100組目のカップル!!!あなた方は、これから始まるショーの主人公です!!!!」

「はあ?なんだ、そりゃ!?」

(…嫌な予感がする)



俺はサイファーの袖を引っ張り、この場から逃げ出そうとした。



「サイファー、出よう」

「難しいコトはありません。あなたは好きにしてくだされば、ショーのプロが話をまとめますので」



やめてくれ!これ以上、サイファーを刺激しないでくれ!!
ただでさえお祭り好きなのに…特に、こんなイベントは自分から進んでやる男だ。
だが、俺の願いも虚しく、トドメの一発をかましてくれた…



「タイトルは“魔女の騎士”!!」

「そ、それはちょっとマズイ!!サイファー、断ろう!!」

「いいじゃねえか、面白そうだ」

「アンタ…世の中なめてるだろ?」



喜ぶサイファーと嫌がる俺を数人のスタッフが控え室に連行する。
まだ嫌なコトが起こりそうな予感がする…多分これは的中だ…


客席の方から大きな拍手が聞こえる。劇はサイファーの素性がバレることもなく、ナントカ無事に終了した。
劇の内容的には、あの“魔女の騎士”を簡略化したもので覚えるセリフもそんなになかった。
だが…



「こんな所に来てまで女装なんて…」



俺の役どころは、予想通り“魔女”だった。
黒いドレスに腰まで届く黒髪のカツラを付けられ、初めて履いたハイヒールは、不安定でグラグラする。
こんなの履いてダンスを踊ってたリノアを尊敬するよ…



「今は女なんだから女装じゃねえだろ?」



サイファーが、俺の手を引きながら揚げ足をとる。確かに今は女だが、俺にとっては女装だ。 サイファーは、騎士らしく銀の甲冑を身に纏っい、悔しいくらい似合っている。しかも、プロの役者が驚くくらいの名演技だった。
『魔女の騎士』のファンだったのはダテじゃないようだ。
俺がラストで気分悪くしても、うまくフォローしてくれたし…



「サイファー。もう大丈夫だから、手を離してくれ」

「まだ、顔色悪いぞ?そういえば、朝からあまり良くなかったな」

「そうか?」



サイファーが心配そうに俺の顔を見ている。
劇の途中、“騎士の誓い”の場面で、突然体がおかしくなった。




『俺は貴女に永遠の忠誠を誓う』




ドクン―――…




そのセリフの直後に体の中を風が通った。
フワリと宙に浮くような感覚
バトルの時のような高揚感
全身の血が活性化したように熱くなり、体の中を暴走する。



『スコール!?』



体の力が抜けバランスを崩すと、すかさずサイファーが抱きとめて―――そのまま終幕になった。
俺、緊張してたんだろうか?
…サイファーが、今まで見た事がないくらい真面目な顔するから、きっと調子が狂ったんだ…
クソッ!…思い出しただけでも、ドキドキする…
アレはなんだったんだ?
それを悟られたくなくって、ぶっきらぼうに返事を返した。




「こんなの着せられたから、ストレスで具合が悪くなったんだ。アンタも着てみろ。俺の気持ちが少しでもわかるハズだ!」

「俺が女になったらな。しっかし、そうやってるとオマエ、お袋さんにソックリだな!」

「なんで?…見たことあるのか?あ、ラグナから写真見せてもらったのか…」

「たしかに見せてもらったが、俺は子供の頃、生の彼女を見たことあるぜ?」

「え?いつだよ?」

「孤児院にいた頃…そうだな、エルがいなくなった頃だ。知らない女が庭にボーッと立ってたんだ。近寄ってみたらオマエにそっくりでよ。あの時、オマエを迎えに来たかと思って焦ったぜ」

「待て。それは人違いだ。俺の母親は、俺が生まれて数ヶ月で亡くなってる」

「だってよ、泣きそうな顔で俺をギュッと抱きしめて、“スコールを―――”」



サイファーはそのまま黙り込んでしまった。



「サイファー?どうしたんだ?」

「あの女…」

「え?」

「なんでもねえ」


(そうだ、思い出した…あの女、“スコールを殺して”って言ったんだ。頭にきたから、その女を突き飛ばして、オマエが庭に近づかないように逆方向にエルがいたって嘘ついた。オマエがそっちに走っていくの見て安心したんだ・・・たとえ、本当にコイツの母親だとしても、自分の子供を殺せとぬかすなんて親とは認めない!)


「俺の勘違いだ。アレはオマエの母親じゃねえ」

「そうか…」



嫌な思い出を振り払うように、バサバサと園内MAPを開く。何か隠してると思ったが、とても聞ける雰囲気ではなかった。



「次はアレだ!ゴンドラ乗るぞ!」

「あんなの、ただ園内一周するだけだろ?」

「オマエ、せっかく女のなったんだから、少しはロマンチックっつーもんを理解しろよな…」

(アンタのソレに振り回されるこっちの身にもなってくれ…)



約束のデートだったから、決定権はサイファーにある。文句を言いながら、サイファーの後について行った。ログハウス風のゴンドラに乗り込み、向かい合わせで椅子に座る。



「ほら、ムッスリしてねえで、外見てみろ」



窓の外では夜空を花火で飾っていた。
過剰な照明だと思っていた明かりは、周りにゴールドソーサー以外の建物がないせいか暗闇に浮かんだ楽園に見える。



「な?綺麗だろ?こういうのをロマンティックっつーんだ」

「電力の無駄遣いだ」

「ったく。せっかくのデートなんだから、もうちと素直になれよな?」

「…設備はスゴイと思うけど…」



サイファーが、はぁ〜…と特大の溜息をつく。
何だ?俺は変なこと言ってないぞ?



「…まあな。たしかに、ここのモンスター対策はハンパじゃねえ金額がかかってるいるらしいぜ。地上モンスターを避けるために、ここに来るにもロープウエイだしな。普通の人間にゃわからんだろうが、空中にも電撃の網が張ってある。しかも、ガーデン卒業生をやとってか…ここまでしないとモンスターに怯えることなく安心して遊べねぇ世の中なんだな」



見ていないようで、ちゃんと周囲を見ていたサイファーに驚く。
そして同時に安堵する。
俺と同じ視線の高さで立っていられるのは、やはりサイファーだけだ。だから、俺もサイファーもお互いに固執するんだ。
対等の相手として…
賭けは抜きにしても、サイファーとなら不可能も可能になりそうな気がする。俺はアルティミシアを倒してから、ずっと考えていたことを打ち明けようと思った。



「サイファー、実は俺に…計画があるんだ」

「ん?なんだ、言ってみろ?」

「この世界からモンスターを…根絶することだ」

「そりゃ―――」

「俺、調べたんだ…俺の母親は病死ということになってるが、本当はモンスターの手にかかって死んだそうだ。17年前に月の涙で落ちてきたモンスターに。1人だけなら逃げられたんだ。でも、赤ん坊の俺がいたから抱いて逃げても追いつかれるからって、俺を戸棚に隠して…そこを守るように死んでいたのを村人が発見したそうだ。今、また月の涙でモンスターが急増している。もう、俺達みたいな子供を、出来るだけ増やしたくない」



(モンスターに?やっぱりあれは人違いか…じゃあ、俺が見たのは誰だ?…)



「SeeD総動員しても、かなり時間がかかるぞ?何十年かかるか…」

「わかってる。でも、現時点ではSeeDの役目は終わったようなもんだ。今の勢いがあるうちに・・・そして、アンタが―――――」




ゴゥウウン…




爆音とともにゴンドラが大きく揺れ、停止した。
まだ到着場所には20mはある。
園内から複数の銃の音が聞こえた。



「なんだ!?」

「まさか、こんな所でテロ!?」

「ちっ…こんな所で止まりやがって」



後続のゴンドラから泣き叫ぶ声が聞こえる。ゴンドラを支えているのは2本の太いワイヤーだけだ。爆発の衝撃でかなり揺れて一般客には相当の恐怖だろう…
地上は遠く、闇しか見えない。



「スコール、このワイヤーをつたって向こうに行こうぜ!」

「そうだな、どこかで武器を調達しないと…



愛用のレザーの手袋を履き、ワイヤーを掴む。
このくらい渡るのは苦ではない。
悲しいくらい、ガーデンの訓練が役に立っている。



「オマエのことだ。なにかジャンクションしてきてるだろ?」

「シヴァを。でも―――うわっ!」



園内から飛んできた大量の風船が、俺の言葉を遮る。



「じゃあ、俺が武器とってくるまで、ここで時間稼ぎして待ってろ!」

「あ…」



そう言って、昇降口に着地するなり、床の点検口を開け滑り込む。俺が覗き込んだ時には、もう姿は見えなかった。



「最後までヒトの話聞けよな…ジャンクションしていても持ってる魔法はショボイんだよ…さて、どうするかな?」



ターミナルフロアの中心で、3名の覆面の男が10名ほどの一般客に銃を向け拘束しようとしている。撃たれて倒れているのは全員スッタフだ。ここからだと生死は判別出来ない。ガーデンあがりを、こうも簡単に叩き潰す実力だ。下手に手を出せば失敗する。闘技場にいた男の姿が客に紛れて様子を窺っているのが見える。だが、AランクSeeDの俺でも武器もなく、たった1人でどうにかするにはかなり難しい。



「参ったな…相手は相当の手練だ…でも、隠れていられないしな」



敵2名が客から離れ、俺が隠れている反対方向の出入り口に向かった。


(今がチャンスだ!)


足元に落ちていたナイフを拾い、客に近い覆面男に投げつける。男の喉に命中するのを目の端にとらえながら、一気にフロアへ飛び出した。異変に気づき振り返った男を回し蹴りで吹っ飛ばし、持っていた銃を残ったもう1名に向ける。



「アンタ達の負けだ。観念しろ」



だが、残った男はニヤリと笑い



「どうかな?」

「なんだと?」



きゃああああ!
一般客の悲鳴に振り返ると、闘技場から逃げ出してきたのか、モンスターが大量に這い出してきた。闘技場のスッタフが、さりげなく客を安全な方へ誘導している。一般人をスッタフにまかせ、モンスターに向き直る。



(ちっ!闘技場のモンスターを放したのか!雑魚ばかりだが、この数だと持ってる魔法では足止めにもならない。でも、ないよりましか…)



体に眠るファイアを呼び起こし、手のひらに魔力を集中させる。



(クソッ!これがフレアだったら、かなりの数を消せるのに!!)



自分の無力さに歯ぎりする。
突然、体の中で爆発が起きたような感覚が襲った。
完成直前のファイアが大きく膨れ上がり、魔力の構成が変わる。



「なんだ…これは?」



俺はファイアを唱えたはずだ。
だが、今この手の中にある擬似魔法は…



モンスターとの距離が狭まる。
このままだと一般客が危ない。



なんでもいい!使ってやれ!!
目前のモンスターへ“ファイアだったもの”を群れの中心へ落とす。
高温の白い炎がモンスターだけを包み込み、十数体のモンスター全てを跡形も残さず飲み込み消え去った。



「ウソ…だろ?こんなの、ファイアじゃない…フレアに似た高レベルの新しい魔法…?」



信じられずに自分の両手見る。
どういうことだ?
人間には、たとえG.Fをジャンクションしていても魔法の変換なんて出来ハズだ。
そんなことを出来るのは…

周囲の空気がざわめいた。
小さな光が俺の周りを飛び回る。
この前も魔力を使った時に見えた光の群れ。
今は、その存在をはっきり感じる。
俺は、この光の気配を知っていた…



「この光は…もしかしてG.Fなのか?」

「ま、魔女め!!」



恐怖に引きつった声と共に銃の撃鉄を下ろす音が聞こえた。
振り返ると、最後の覆面の1人が震える両手で銃を持ち、俺に照準を合わせていた。



(油断した!この距離では外せない!)

「呪われた存在め!!死…ぐっ!!」

「テメェ!俺の女に何しやがるーーーーー!!!!!」



男の頭に、漆黒に輝くガンブレの柄が落ちた。
足元に崩れ落ちた覆面の男を蹴飛ばし、俺のライオンハートを放って寄越した。



「大丈夫か?向こうは片付いたぜ」

「ああ。こっちのモンスターも片付いた。ここいた犯人は3人だけだ」

「さっきの魔法なんだ?すごかったな!」

「…そうか?…アレはもう打ち止めだ」



あいまいに笑ってごまかす。



「それよりも、“俺の女”ってなんだよ!!」

「いや、その。勢いでスルッとな…それよりホラ、残党を狩りに行こう!」

「……」



数時間後には、犯人達は全てエスタの警察に引き渡され、一般客には軽い怪我程度で済む事件で済んだ。スッタフ達も、撃たれる時に急所を外していたおかげで、死人は1人も出ず、数日後には営業再開が決まった。
事情徴収・事後処理も終わり、後はガーデンに帰るだけなのだが、ここに1人、ごねる男がいた…。



「スコール、終電ギリギリだしよ〜、今日は泊まっていかねえか?ここの責任者もホテルの部屋をタダで提供するって言ってるしよ。誰もいねえから貸切だぜ?」

「却下だ。明日から仕事だ」

「無料奉仕でテロ鎮圧したんだからよ、そのくらいご褒美あってもいいんじゃねえの?」

「俺は仕事溜まって困るんだ!だいたい、ご褒美ってなんだよ?」

「決まってるだろ」

「ちょっと…ん!!!」



一瞬で距離を詰め、俺を身動き取れないように腕ごと抱きしめる。
抗議の言葉を最後まで言わせずに、深く唇を合わせてきた。
ゆっくりと絡められる舌は、まるで違う生き物ようだ。
普段は味を感じるだけの場所が、サイファーの舌がなぞるだけで官能を呼び起こす。いつのまにか、力の入らない体を支えるために、目の前の男の背に両腕を回し、しがみついていた。サイファーの腕もしっかり俺の腰に回っている。

なんでアンタは、キスがこんなに上手いんだ!?
ダメだ…頭がボーッとしてきた…
こんなの、どうやって抵抗すればいいんだよ!!!?



「な?泊まっていこうぜ?」

「ん…」



耳元で囁かれ、かかる息に俺の意思とは関係なく、体がピクリと反応する。流されてると自覚がありながらサイファーの言葉に頷いてしまった。
サイファーが嬉しそうにギュウッと抱きしめる。



「よっしゃあ!スッタフに泊まるって伝えてくるか」

「ああ。…あれ?…何か、っ痛!!」



突然の激痛に思わずしゃがみこんだ。



「おい!どうした!?」

「わからない…急に腹が痛くなって…何だか頭も痛い…気がする」

「顔、真っ青だぞ!救護室行くぞ!」

「い、嫌だ!!カドワキ先生以外には、この体を診せたくない!!」

「ワガママ言うなよ…オマエだって辛いだろ?」

「絶対、嫌だ!!…う、吐きそう…」

「待て待て!ほら、このゴミ箱に吐け!わかったよ。今、キスティスに連絡してラグナロク呼ぶから、もう少し我慢しろ?」



頭の中がグルグルして、もうなんだかワケがわからなくなっていたが、背中をさするサイファーの手は、とても温かかった…。



水を流し、フラフラと個室から出る。
扉の外には、一緒に乗り込んできたカドワキ先生とキスティスが待機していた。



「先生、キスティス…どうしよう…」

「どうしたんだい?」

「ほら、泣かないで。ね?」



女になって1ヶ月。
ついに拒否反応が出たんだ。
俺、このまま死ぬかもしれない!



「血がア●コから止まらないんだーっ!!」

「あ、やっぱり?」

「ついに来たんだねえ」



2人が驚きもせず俺を見ている。
え?何でだ???
俺の叫びを聞きつけたサイファーが女子トイレに飛び込んできた。



「スコール!!大丈夫かーっ!!?」

「煩いわね。大丈夫よ、ただの生理だから」

「は?今、なんつった?」



キスティのセリフにサイファーが固まる。
俺の思考も止まった。
…今、何て言いました???



「完全に大人の女性体だから、そのうち来るとは思ってたけどねぇ」

「ふふふ。今日は、お赤飯ね」

「キスティス…俺、病気じゃないのか?」

「何言ってるのよ。生理よ、生理!!今回、初めてだから初潮っていうんだけどね」

「さて、サイファー出ていきな!これから、この子にナプキンとタンポンの使い方を教えるんだからね!!」



サイファーが呆然としながら女子トイレから追い出される。
キスティスがニッコリ笑いながら、俺の手に柔らかい20センチくらいのシートと細い筒状のもを乗せた。



「はい。これがナプキンとタンポンよ」



ナプキン?タンポン?
なんで俺ばかりこんな目に合うんだ!?
…チクショウ!黒くなれ!!





NEXT 10-01



2001.10.02


長編小説TOP