| Sorceress And Knight |

第1章
08:あゝ無情…


ディスプレイに映し出されたフォーム内容の最終確認をし、送信ボタンを押した。大きな文字で『注文有難うございました』と表示され、小さなマスコットキャラがお辞儀をしている。



「今の何か注文したのか?」



保健室から退院許可がおり、ようやくシャバに出てきたサイファーが、リンゴをかじりながら覗き込んできた。
体温を感じそうなほど顔が近づいて、サイファーの汗の匂いや耳へかかる息に鼓動が跳ねた。
気のせいか体温も上昇した感じがする。



(なんだ?…心臓がバクバクする。暑いせいか?)



壁にかけた室温計を見ると38度を示している。
今年の夏は異常なくらい暑い。連日40度近くまで上昇し、ガーデン生徒も体調を崩すものが続出していた。



(熱射病ではなさそうだが…でも、なんでこんなに顔が火照るんだ?)

「スコール?」

「あ?ああ…部屋の修理も終わったことだし、新しいベットを注文したんだ」

「どうせなら、ダブルベットにして一緒に寝ようぜ」

「アンタはっ!今日から自室に戻るって言っただろう!!」

「自室ねえ…ま、無理だと思うがな」



サイファーが皮肉っぽい笑いをし、俺に聞こえないように呟いた。



「サイファー?なんか言ったか?」

「いいや。それよか、昼飯食いに行こうぜ」



言うか言わないかで昼のチャイムが鳴った。
それに便乗し、意図的に話を逸らされた。咎めるように睨んだが、サイファーは横を向いて知らん顔だ。これ以上聞いても、ノラリクラリと言い逃れるに決まってる。
時間の無駄を悟って、俺は小さく溜息をついた。
視線を戻すと、横を向いたままサイファーが1点を見つめていることに気がついた。なにげに視線を辿って見てみると、俺のガンブレケースに行き当たる。



(そういえば、サイファーのガンブレ、没収したままだったな)



学園長不在で、サイファーの処遇が決まっていない現在、取りあえずの処置として、武器を身につけることを禁じていた。黒いガンブレは、指揮官室金庫へ厳重に保管してある。
敵視してる人間が多いガーデンの中で、武器も持たずに歩くのは怖くないのだろうか…


(でも、解禁するのは、まだ早い気がする)

「おい、行くぞ!今日の日替り定食は、オマエの好きなオムライスだぞ」

(…アンタ、何で俺の好物知ってるんだ?)



チャイムが鳴り終わる前に、さっさと廊下に出て行ってしまったサイファーを追いかけ、俺も指揮官室をあとにした。




いつもながら食堂は生徒でごったがえしていた。
ただでさえ暑いのに、人の熱気で他よりも数度、気温が高い。それに加え、俺の姿をチロチロ盗み見る視線に、気分がさらに悪くなる。空のトレイを片手に掴み、サイファーと共に配膳カウンターへ並んだ。食堂開始時間から数分しか経っていないのに、この人の数は何事だろう…。どのテーブルも満員で隙間がない。
この時間、1人分の空席を見つけるのも困難だ。



(だから、いつも人が退けた時に来てたのに…)



最初のうち、サイファーは俺の時間に合わせていたが、食べたいメニューが品切れの日々が続くと、ついにブチ切れた。



『明日から、12時に食堂へ駆け込むぞ!!』

『混んでるから嫌だ』

『オマエが来なくても、俺は行くぞ!いいのか〜?』

『…一緒に行く』



最近、自分の立場を逆手に取るようになり、始末に負えない。


(さて、取りあえず席の確保をしないと…ヘタな所に座ると、無謀にもサイファーに喧嘩ふっかける馬鹿がまだいるからな…)


トレイにオムライス定食を乗せながら、食堂内を見渡す。



「スコール!こっちだ、こっち!!」

「席なら取ってるよ〜」



アーヴァインとゼルが窓側の席で手を振っていた。
10人用の円テーブルに、たった2人で座っている。魔女戦争の一件から俺達は一目置かれるようになってしまい、同じテーブルに他のガーデン生達が恐縮して同席しなくなってしまった。こんなに込んでいるのに、そこだけポッカリ空いている。良いのか、悪いのか…



「スコール、プリンやるからココに座れよ」

「僕もこのゼリーあげるから隣においでよ」



と、お互い自分の隣にある椅子をバンバン叩く。
2人ともデザートを餌に下心ミエミエの顔をしている。
どいつも、こいつも!17年間、男だった俺を何だと思ってるんだ!?
男に囲まれて座って、チヤホヤされても嬉しくない…後ろの男子生徒!頬を赤らめて、モジモジされるのは、もっと御免だ!!
それに気づいたサイファーが、後ろのテーブルを威嚇する。番犬に唸られたセールスマンのように、数人の男子生徒が怯えて逃げていく。
俺は2人の誘いを無視し、サイファーの隣に座った。



「お前等な…バカ女じゃあるまいし、食いモンでスコールがなびくと思ってんのか?」

「サイファーこそ、いつもスコール1人じめでズルイよ〜!君が名乗り出るんだったら、僕達も立候補する権利はあると思うね!」

(何の権利だか…)

「は!バカ共が!!これはなぁ、スコールの方から言い出した賭けなんだよ。お前等達は、最初から眼中にねぇんだ」

「スコール!それは本当か!!?」×2

(あー、煩い…)



俺はひたすら無視し、好物のオムライスを口に運ぶ。
マッシュルームとデミグラスソースを添えたオムライスは、今日初めて食べるメニューだ。これは、調理パンと同様人気商品で、今まで俺が来る頃にはなくなっていた。ケッチャップ味しか食べたことがなかったが、これもナカナカいける。


「アーヴィン♪そのゼリー頂戴vvv」

「あ!それは〜っ…」


いつの間に来たのか、キスティとセルフィがトレイを持って、俺たちのいるテーブルに着こうとしていた。セルフィの手の中には、すでにアーヴァインのトレーから強奪したゼリーが握られている。



「“それは?”アーヴィンこれ、いつも食べないでしょ?」

「う、うん…セルフィ食べていいよ〜」

「まさか、スコールはんちょにあげるつもりだったの〜?」

「いや…その…」

「浮・気・者〜!」



焦るくらいなら初めからやらなければ良いのに、アーヴァインが冷や汗を掻きながら、隣に座ったセルフィを宥めている。
ゼルの隣にはキスティスが、有無を言わさず座り込む。



「私はゼリーよりもプリンが好きなんだけどな?」

「う…先生、コレやるよ…」



ゼルも冷や汗を流しながら、キスティにプリンを献上した。
さりげなく感じる女性達の刺々しい態度。
2人も、さっきのやり取りを最初から見ていたのは明らかだ。



「あの女達には遠慮っつ〜ものがねぇのか?あいつ等が、オマエにやりたくなる気持ち、わかる気がするぜ…」

「アンタにも遠慮というものがないらしいな。俺の皿からプチトマトを持っていくな!!」



そ知らぬ顔で、俺のトレイに伸ばした男の手を叩く。サイファーのフォークに突き刺さったプチトマトが俺の皿に転がり落ちた。



「残してるからキライかと思ってよ。処理してやるんだから、ありがたく思え」

「馬鹿言うな!好物だから最後に食べようと思って残してたんだ。あっ!やめろって!!」



性懲りもなくまた腕を伸ばし、俺のプチトマトを強奪しようとする。
阻止しようと手を上げた瞬間、伸ばした腕に俺の両腕は押さえ込まれた。
そのまま逆の手でプチトマトを掠め取られ、俺のプチトマトは、あっという間にサイファーの口に消えていく。



「馬鹿!返せ!」

「ん?そんなに返して欲しいか?」



頭の中で危険信号が鳴る。


「や、やっぱり、いらな…もがっ!!んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ(怒)」



非常識にも、1度口に入れたトマトを取り出し、俺の口に放り込んだ。吐き出さないように、大きな手で口を塞がれ、俺は必死で暴れる。首を振って抵抗しても、手は離れる気配がない。



「好き嫌いは良くねぇよな〜?」



この男はっ〜〜〜〜〜!!
食べるまで離すつもりがないのは一目瞭然。こんなバカなことで体力を消耗したくない。噛むのが癪で、サイファーの体温で生温かくなったプチトマトをそのまま飲み込む。大きなモノが食道を通過するのを涙目になりながら必死で我慢する。サイファーがニヤリと笑って俺を解放した。



「はんちょ達って、微笑ましいくらい仲良いよね〜*部屋が離れたら淋しくない?」

「全っ然!!」



今のやり取りを、一体どんなフィルターを掛ければ、そんな風に見えるんだ!?



「照れるなよ」

「照れてない!!!」

「あなた達、恥ずかしいから、いい加減痴話喧嘩止めなさい。ほら、食事も終ったことだし、サイファーを部屋まで連行しましょ」



キスティスが呆れて口を挟んだ。


「痴話…」

「おい、スコール。俺達は恋人同士にみえるみたいだぜ?」

「うるさい」



そう言いながら、肩を引き寄せる馬鹿男の足を、さっきの仕返しとばかりに思いっきり踏みつける。足を押さえ、声なく悶絶しているサイファーに冷ややかな視線を送り、席を立った。



「ほら、サイファー。いつまでも遊んでないで!スコールは、昼休み使って1週間目の検診あるから、逃げちゃダメよ?」

「そういえば、この体になってからまだ1週間だ…いろいろありすぎて、もう何年も経った気がする」

「じゃあ、このまま何年も女の子でいても大丈夫だね〜。僕はそれでもOKだよ」

「あ、俺も!」



人の気も知らないで、気軽に言う男達にムカッ腹がたった。
どうせ、あんた達には所詮人事だよな。
人事…そうだ…人事にならなければいいんだな。



「覚えとけ!お前等も、リノアに頼んで女にしてやるからな!」



この一言で、バカ男達は押し黙った。
俺の気持ち、少しでもわかったか!!




サイファーが保健室から開放された今朝、魔女を倒しちゃった『伝説』のメンバーで首脳会議が開かれた。 議題は世界平和の維持でもテロ壊滅の作戦会議でもない。監視中の“サイファーの部屋をどうする?”という、修学旅行の部屋割り的レベルな議題だった。 しかも、早朝7時30分から始まったこの会議は、4時間を要した…

とりあえず、いくら事故とはいえ現在女性化した俺と同室はマズイだろうということで、サイファーを元使っていた部屋に戻そうということになったのだが…
扉を開く前に問題発生。



「あ…」×5


そこにいたメンバー…ゼル・キスティス・セルフィ・アーヴァイン、そして俺はその部屋を前にして硬直した。
唯一、この部屋の住人だったサイファーだけが、やれやれっといった感じで横を向いて欠伸をしている。



「か、完璧なトラップだぜ…」

「中から仕掛けられてるみたいだね〜?」



ここで騒ぎ立てる人間はいない。
なにしろ優秀な傭兵を育て上げる学園なのだ。
いやがらせにも、この学園で学んだことがいかされ、さぞかし実力発揮の場になっただろう…
ゼルとアーヴァインがすぐに、扉の解析を始める。



「気づかず開ければ、“ドカ〜ン”タイプだな。こりゃ…」



サイファーが人事のように、座り込んで作業している2人の頭上から扉のコード入力盤を覗き込む。



「うふふ。私の教え子かしら?このトラップ、よく出来てるわvvv」

「日頃の勉強、成果発揮なのね〜*」

「そういう問題じゃないだろ…。ゼル、アーヴァイン?そのトラップ外れそうか?」



扉に貼り付いているゼルに声をかける。
呼ばれて二人が振り向いた。
飛びついた時には嬉々としていたのに、今は額に冷や汗が浮いている。



「す、すごいんだよ〜…。1つや2つじゃないんだよ〜〜〜!!」

「1つ1つに癖があってよ、オリジナリティに富んでるぜ。たとえ、コレ外しても、中はもっとスゴイと思うぜ?俺は、入ったら生きて出て来ないほうに全財産かけてもいい」

「つまり…犯人は複数で、手間暇、金を惜しんでない仕掛けってこと?」

「わぁ★激しい〜。サイファはんちょ、愛されてんね〜*」

「まぁ〜な。で?まさか、ここに入れとは言わねえよな?」



俺に、皆の視線が集中する。
“どうする?”といった顔だ。
…ったく、俺にどうしろと…面倒な決定権だけ、いつも、いつも押し付けて…
嫌な予感はしてたんだよな。
貞操…は奪われてしまったが、これから毎晩、どうやって身の危険を回避するかを悩んでいて…そしたら、自室返還の話が出て喜んでいたのに…でも、いつもウマイ話にオチが付くから、警戒してたんだ…。
ホラ見ろ!やっぱりダメじゃないか!!



「スコールは〜んちょ?」



セルフィが俺の顔を覗き込む。
プチブラックになっていた俺は、溜息をついて意識を現実世界に戻した。
ああ、やっぱり指揮官になんかなるんじゃなかった。
今、俺個人の平和を優先すると、爆弾の詰まった部屋が増えることは間違いない。
…仕方ないよな…俺の安眠より、ガーデンの平和が優先だ。



「…サイファー、アンタをしばらく俺の部屋に置く。使っていない部屋がまだあるしな」



予想通り、キスティスが慌てたように口を挟む。



「ちょ、ちょっと待ってよ!!別の空き部屋でもいいでしょ!?」

「キスティ、たとえ空き部屋に入れたとしても、その日のうちに、ココと同じ状態になるぞ?」

「だけど、監視が必要なら、ゼルやアーヴァインと同室でもいいワケでしょ?」



諦めず食い下がってくる。
俺だって、それは考えたさ。出来ることなら、そうしたい。
でも…
案の定、名前が出た2人が喚き出した。



「げ!冗談じゃねえ!!俺、ストレスで禿るぜ!?」

「嫌だよ〜〜〜!どうせなら僕もスコールと同室がいいよ〜〜〜!!」

「んだとぉ!?ヘタレ!いい度胸だな〜?」

「ヒィッ!!」



ほら見ろ。
同室は…サイファーより“下”ではダメなんだ。
これを仕掛けた犯人は、サイファーが“管理されてる”状態で取り合えず今は静観している。たとえ、本気で戦えば互角の戦闘力だとしても、普段こんなへっぴり腰を生徒達に見せていては、監視役として役不足だ。
以前から、この男と互角に張り合っていたのは―――俺しかいない。



「サイファー絡みに関しては、俺が全て責任を取る。自分に降りかかる火の粉も含めてだ。キスティ、それでいいだろ?」

「…わかってるのよ、アナタが適任だって。でも今、アナタの身体は女の子だから心配なのよ。現に初日から…」

「もう、無理強いしねえよ。今度は正攻法で勝負だからな!」



変なことで胸を張って威張る。
しかし、“正攻法”という言葉がこれほど似合わない男がいるだろうか…
ソコに、ゼルがすかさずツッコミを入れた。



「サイファーが正攻法?雪でも降ってくるんじゃねえの?」

「チッキ〜ン!!俺にそんなクチ聞いていいのか?昨日16時だったな〜?図書委員の女子とは、あの後どうなった?頬に綺麗な手型つけてたよな〜?」

「なっ!…なんで知ってんだよ!!」
「なんでだろうな〜?二兎追うもの一兎も得ずだぜ?」



まさか、その一兎は俺も含まれてるのか?
デザートの一件を思い出し、呆れる。
まったく、付き合ってられない!こいつらの神経ってどうなってんだか・・・
サイファー達に、背を向け、俺は1人で歩き出した。



「あ!おいスコール、何処行くんだ?」

「保健室!」

「俺もついてくぜ。俺のモノになるんだったら、しっかりサイズを把握しとかねえとな」

「アンタは俺の部屋に戻ってろ。ついて来たら…この部屋に入れるぞ!」

「おい…流石の俺でも死ぬぞ」

「死にたくなかったら俺の部屋に戻ればいいだけだ」

「わかったよ(ちっ。まぁ、直に触って計りゃいいか)」



さほど機嫌を悪くせず、サイファーは素直に部屋に向かっていった。アーヴァインとゼル、そしてセルフィがその後を追いかけていく。
カドワキ先生がいる前では、滅多なことはしないと思うが…今のニヤケた顔、ろくなこと考えていなさそうだ。突発急性型ハリケーンのサイファーが、どんな汚い手で健康診断にしゃしゃり出てくるかわかったもんではない。遠ざけていれば、なんとか回避は出来る・・・ハズだ。

俺は一抹の不安を感じながら保健室に向かった。



「今回も172cm。初日とかわらないね」

「ショックだ…5cmも縮んだままだなんて…」

「でも、スコール。アンタがここに運ばれて来た時、いまより10cm小さかったんだよ。朝になったら結構戻ってたから、ほっといても男に戻ると思ったんだけどねえ…自力じゃ、これが限界みたいだね」

「…そういえばあの日、すごく変な夢見たな…体がドンドン縮んでいく夢で、目の前にサイファーがいたから、必死で抵抗して“大きくなれ”って…」

「夢で魔女の力に抵抗したとか?だから大きくなったのかしら?」



3人で唸る。
考えたところで答えが出るわけがない。答えてくれそうな人物は、現在園長も含め逃亡中だ。治す方法を探すとかウンタラ言ってたが、俺から見れば逃げたとしか思えない。



「さて、次は胸囲を―――」

「そ、それはいらない!!」

「駄目よ。全身隈なくチェックしとかないと、握力が落ちてたり、腕の長さが違ってたらガンブレのタイミングがずれたりするでしょ?」

「それは訓練所に行って自分でチェック出来る!」



逃げようと扉にはしり寄ると、カチッという電子音が鳴り響いた。
自動ドアであるはずの扉が開かない。
後ろを振り向けば、キスティとカドワキが楽しげに微笑んでいる。



「先生's…そこまでするか?」


ある意味、最強のコンビだ。
俺は諦め、Tシャツに手を掛けた。
もう、どうとでもしてくれ…



1人、部屋に戻ってきて、何をするともなく暇を持て余していた。
そういえば、ここに拉致られてから長時間1人きりになるのは、今が初めてだ。保健室でもラグナが隣にいたし、ラグナが帰った後でもカドワキが詰めてたしな。
リビングのソファーに腰掛け、同色のクッションを抱きしめる。顔を埋めるとスコールの匂いがした。スコールを抱きしめているようでクラクラする。下半身に熱が集まってきそうで慌てて離した。



「まいったな。こりゃ、まるで初恋のガキみてえだ。しかも口説くタイミングが全く掴めねぇ…2人っきりになるチャンスを作らんことには勝負にならんな」



この部屋で迫るのは、7日前の記憶が甦ってきて、歯止めきかなくなりそうだった。クッションの匂いだけでも欲情しそうなのに。2回目の性の暴走は、さすがにマズイだろう。


ピピピッ


スコールが軽い仕事部屋として使っている部屋から、小さな電子音が聞こえてきた。



「まさか、爆弾じゃねえだろうな?」



自分がかつて使っていた部屋の凄まじさを思い出し、警戒しながら部屋の扉を開けた。電子音を発しているのは、電源を落とし忘れた端末からだ。



「なんだ、メールの自動着信音か。発信先はっと…昼にスコールが注文してた寝具店か。急ぎのメールか?」



何気なく、メールを開く。



-----ご注文のシングルベットは品切れです-----



「へえ?」



面白い、運は俺に向いているようだ。
スコールはまだ戻ってこない。
俺は、こっそりいくつかの質問を打ち込み返信した。
数分後、相手から答えが帰ってきた。



-----その商品は在庫がございます-----



俺はニヤリと笑い、キーボードを打ち込む。
スコールが戻ってくる頃には、証拠隠滅も完了していた。




魔の身体測定を終え、俺は”あるコト”を確かめる為に、ダッシュで部屋に戻った。ソファーの背から黄色い頭と煙が見える。
サイファーはリビングのソファーで煙草をふかしていた。



「サイファーちょっと付き合え!」

「お?ついに、その気になったか!」

「何を言ってる?訓練施設に行くぞ」

「野外プレイか…オマエも好きだな」

「自分の都合のいいように解釈するな。バトル訓練だ!」



俺はサイファーを睨み、黒いガンブレをケースごと投げつける。
サイファーは、それを軽くキャッチし、懐かしそうにケースを撫でた。
逃亡中は命を預けていた武器だ。たった7日間でも、自分の目の届かないところに置かれるのは、さすがのサイファーも堪えたかもしれない。
まだ渡すのは早いとは思うが、今の俺は形振りかまっていられなかった。俺の体力や戦闘バランスを確認するには、いつもバトルしていたサイファーがうってつけだ。



「訓練所行ってもよ、放し飼いのモンスターがちょろちょろ出て来て邪魔だろ?」

「大丈夫だ。今日は月に一度実施してる訓練所のセキュリティ・チェック日なんだ。だから、モンスターは麻酔で寝てる」

「なんだそりゃ?俺が出て行く前は、んなのやってなかったよな?」
「アンタがいない時、色々あったんだよ」

「園長派とマスター派に分かれて暴動が起きたってやつか?」

「そうだ」



マスター派が訓練所のモンスター放してガーデンは阿鼻叫喚。騒ぎが収まっても逃げたモンスター始末するのに手が焼いて…あんな面倒なことは、もう御免だった。あの後から、捕まえてきた各モンスターに、センサーと遠隔操作で打ち込める麻酔を装着させるようにした。



「今、暴動が起きていたら間違いなくマスター派についたな…」

「タヌキ親父の本性見抜けなかったオマエもどうかしてるぜ」


以前と同じように、並んで訓練所に向かう。
ただ、こんなに軽口をきくような仲じゃなかったけど…
本当に久しぶりだ。また一緒に剣を交えることが出来ると思わなかった。
あの頃自分では、売られた喧嘩を買っていただけと思っていたが、心の底ではバトルに誘われるのを待っていたかもしれない。現にサイファーがいない間は、自分から進んで訓練施設に足を向けることがなかった。こうして歩いていると、全て良い方向に収まったように思えてくる。



「アンタ達、そうやって並んで歩いてると、収まるところに収まったって感じがするね」



心を読まれたような感じがし、ドキリとする。
前方の訓練所に向かう通路から、シュウが含みのある笑いをしながら近づいてきた。



「シュウ、見る目があるな!俺たち、どこからみても似合いのカップルだろ!」

(なんだそれは…)

「カップル云々は置いておいても、随分角が取れたみたいだな。スコールも良かったな。バトルの相手が見つかって。このバカが戻ってくるまで退屈だったろ?」

「そんなことない」

「ふ〜ん?しばらくココに来なかったみたいだし、腕がなまったんじゃないのか?」

「………」


訓練施設の使用管理表をめくりながら、シュウは意地悪く笑う。



「どうでもいいけどさ、またヘマして綺麗な顔に傷つけるなよ?美人の指揮官傷物にしたら、ここ数日で恋に落ちたオバカ共に殺されるぞ」

「けっ!もう、そんなヘマしねぇよ」



サイファーが苦虫を潰したような顔で反論する。シュウが笑いながら手を振ってホールの方へ去って行った。シュウとサイファーは結構いいコンビかもしれない。昔からタメグチきく仲みたいだったし…。
?…なんだかムカムカしてきた…



「時間が無いんだ!行くぞ!」

「なに、急に怒ってんだよ?…そういえばオマエ、俺がここに来る前、ガンブレ使ってなかったって?なんでだ?」

「…別に」

「ま、いいけどよ」


訓練所の中はさらに暑かった。湿気も加わりかなり不快な空気だ。じっとしているだけでも汗が滲み出してくる。それでもバトルを止めようとは思わなかった。隣でケースからガンブレを取り出しているサイファーも同じだろう。暑い暑いと文句をたれても表情は嬉々としている。



「お〜お、アチコチにモンスターが転がってやがる。こいつ等、いつ起きるんだ?」

「明日の朝には目を覚ます。アンタも身をもって体験してるだろ」

「やっぱりアレ、モンスター用の麻酔銃だったのか!」

「良く効いただろ」

「オマエな…」

「アンタが俺の顔見て逃げ出すから悪いんだ」

「アレは…俺が悪かったよ。おかげで、いい夢見たけどな♪」

「…あんな事になるんだったら、連れて来なければ良かった」



憎まれ口をききながら、広いところに移動する。
まるで遠足前夜の子供のように胸がはやる。



「オマエとバトルすんのも久しぶりだな。でもよ、大丈夫なのか?ガンブレに振りまわされたりしね〜か?」

「体力・握力は前と変わっていないハズだ。手加減したら、また保健室に直行だからな」



測定では体力面での数値は、女になってからも変わっていなかった。
問題なのは、縮まった身長と腕の長さ、そして約20kg落ちた体重だ。これで戦闘のタイミングがずれてしまうかもしれない。任務が入ってから発覚しては遅い…



「そこまで言うなら手加減しねえぜ?そのかわり、俺が勝ったらキスさせろ!」



きたな…。
なんとなく予想はしてたが、かえってお互いバトルに本気になれる。
それに、はっきりって負けるつもりはない。



「わかった。俺が勝ったら…」

「オマエから俺にキスしていいぜ〜?」

(…それじゃ、アンタが美味しいだけだろ)



ふざけた物言いに俺の額に青筋が浮かぶ。



「俺が買ったら、あんたに書類整理を手伝ってもらう」

「げ!」

「俺に要求したモノを考えれば、妥当な要求だ。いくぞ!」



ガンブレを構え、サイファーに切りつけた。サイファーは、それを難なくかわし漆黒の剣を薙いだ。ガンブレ同士が激しく打ち合い、訓練施設内に金属音が鳴り響いた。
軽口を叩いていた時と打って変わって、翡翠の瞳が闘志で強い光を放っている。多分、俺も同じ目をしてるだろう。


「男の中では…アンタだけだな」

「あん?」



ギリギリと剣を合わせながら、訝しげな顔で次の言葉を促す。



「俺を変に女扱いしない」

「…されたくないだろ?いきなり手のひら反したように態度を変えられると嫌がると思ったからな」

「初日にあんな事してきたアンタが一番変わると思ってた…なのにアンタは今までどおり、何も変わらない…」

「変わりようがねぇんだよ。前からオマエに惚れてたからな。いまさら変わるかっつーの…オラ!どうした!!」


この体でもバトルに違和感が無い。体重が減ってもガンブレの重さに振り回されることもなく、ほっとする。
だが、以前と体力値は変わらなくとも、サイファーとの体格差は大きい。力の押し合いでは、やはり不利だった。
合わせたガンブレを振り払い、距離をおく。



「ホント、手加減なしだな」

「そりゃそうさ、チャンスの為なら卑怯な手も使うぜ?」



サイファーの手に火球が浮かぶ。
額を割った時のように、禁じ手を使うつもりだ。さすがに2度目は食らうつもりはない。ストックのブリザドを呼んだ。G.Fの力を借りた擬似魔法形成が始まる。魔力が膨れ、俺の体中を巡り―――――何かが弾けた。



「!?」



いつもとは違う感覚が全身を襲い、突然、目の前を光るものが横切った。
気がつけば、自分の周りをいくつも小さな光球が、光の残像を残しながら飛び回っている。



(何だ、これ?俺の周りに何かがいる…でも、なんとなく覚えがある気配だ…)

「バトル中に余所見とは余裕だな!!」



サイファーの手からファイアが放たれる。



(しまった!!間に合うか!?)



一瞬遅れてブリザドを放った。
放つタイミングが外れ、至近距離でファイアとブリザドがぶつかり水蒸気が広がる。
濃い水蒸気で、サイファーの姿を見失った。
気がついたときには、目の前に迫り、足を払われていた。
勢いよく地面に転がった俺の咽元に、漆黒のガンブレの切っ先が突きつけられた。


「…降参だ」


余計なものに気を取られた俺の負けだ。
そのまま大の字に寝転がる。汗でTシャツが体に密着し、体の動きを妨げている。



(アレは何だったんだろう?)



辺りを見渡しても、先ほどの光の群れは姿を消している。
アレの気配はなんとなく覚えがある…
一瞬、記憶を掠めたが、夢のようにまた、忘却の淵に沈んでしまった。
ねっとりと纏わりつく温い空気が、さらに気力を奪っていくようだ。

差し出された手を掴み、起き上がる。
目の前に、ニヤニヤ笑う男の顔が迫った。



「俺の勝ちだ。キスするぜ?」

「あ…ここで、か?」



いつの間に集まったのか、野次馬根性丸出しの生徒達が、かなりの人数遠巻きに見ている。バトルの見学は構わないが、キスされるところはさすがに見られたくない。


「いいのか?誰もいねぇところでキスしたら、そこで止まらねぇぜ?俺はその辺の茂みとかでもかまわねーけどよ」

「うっ…!」

「ほら、昼休みが終るぞ。どっちにするんだ?」



ここで“茂み”を選んだら、同意したも同然だ。それは賭けの終りを意味していた。こういう狡賢さに関しては、サイファーの右に出るものはいないだろう。
俺は腹をくくった。
キスなら一瞬だ。ムンバに舐められたと思えば、あまり気にならない。
コイツはムンバだ!白くてデカイ、ムンバだ!!



「…ここでいい」
「じゃあ、目ェ瞑れ」



ぎゅっと目を瞑り、一瞬の触れ合いを待った。
唇に温もりが落とされるかわりに、足を払われ俺は地面に押し倒された。
ギャラリーから『おお!』という無責任な声が聞こえる。
サイファーが、全体重をかけて俺の動きを封じた。



「バ〜カ、油断するなよ」

「約束が違うぞ!!」

「違ってねぇよ。俺はキスの時押し倒さねえって言ってねーし、キスは1回とも唇だけとも言ってねぇぞ」

「き、汚いぞ!!」


ムンバなんて可愛いモンじゃなかった!コイツは狼だ!!
こんな人目のあるところで、とんでもない所までキスされたら、恥ずかしさで死んでしまう!
サイファーの顔が近づいてくる。
俺は両手でサイファーの顔を押しのけた。首がゴキッと音をたてる。



「痛って!約束やぶる気か!?」

「煩い!こんなの卑怯だ!!」



暴れる俺の両手を掴み、地面に縫いつけた。拘束したまま両手を俺の顔の横につき、覆い被さるように真上から見下ろす。視線が絡み、胸の奥がワケもなく痛んだ。咽の奥がツンっとヒリつく。



「ったく、泣くなよ…どうしても嫌だっつーなら、内容変えてやってもいいぜ?」

「泣いてない!!やりたかったら、やればいいだろ!!」

「悪かったよ。ちょっとふざけただけだ。もう嫌がることはしねぇよ」

「でも約束は?アンタは他に何を望むんだ?」

「デートだ」

「は?」

「ガーデン内だと、オマエ、人目気にしすぎて俺にチャンスがねぇんだよ。これじゃ、俺に分が悪いだろ?」

(デート?デートといえば、一緒に町に行って、食事したりすることだよな。それくらいならいいか。そういえば、リノアとも何処かに出かけて行ったことがなかったな…)



恥ずかしいが、今まで一度もデートしたことがない。
童貞ではないが、面倒くさくて男女交際などしたことがなかった。いや、付き合ってみようかと思ったこともあったが、デートの日に限ってサイファーが、あの手この手を使って、俺をバトルに引っ張って行った。結局いつも約束の時間に行けず、女子は怒って離れていって…

実は、サイファーが故意に邪魔していたのだが、鈍いスコールは、ただの偶然と片付けていた。実績も積めず、友人らしい友人もいなかったせいで異性と付き合うノウハウ情報も入ってこない。自然、デートの認識も、今時の子供より遅れていた。大人のデートは、場合によってはラブホテル直行もあり得るというコトに、スコールは気づいていない。

危機感も無く、気軽に頷く。



「ここでキスしないんだったら、デートしてもいい。ただし、無人じゃなくて知っている人に会わない所でだ」

「ったく、注文多いな…まぁ、いい。まかせとけ!」

「キスティスと相談して仕事の調整してからだから、数週間後になると思うが…」

「いいぜ〜。じっくりコース考えておくからよ。ほら、俺を突き飛ばして起きろ」

「何言って?」

「オマエな、何に気を取られてたか知らねぇが、俺に負けるなよ。爆弾しかけた奴等が目を光らせてるんだろ?それとも俺とキスしたかったから負けたのか?」

「違っ!でも…」

「グダグダ言うなら、予定変更してキスするぞ!?」

「!!」


サイファーの腹を思いっきり蹴飛ばして、俺は転がり起きた。サイファーが茂みに頭から突っ込みもがいている。それを見たギャラリーから爆笑が聞こえた。



(…良かった…誰も“やらせ”だって気づいていない)



ようやく抜け出してきたサイファーは、苦しげに腹を押さえていたが、目が笑っている。その時の状況に合わせて、どんな手段でも思いつくこの男の思考は凄いと思う。いつも自身満々で、少々突っ走り気味だが行動力がある。こんな所は、俺よりも指揮官に向いているかもしれない。それはもう不可能だけど、俺の傍にいてくれたら安心でき…



(ちょっと待て。今、すごく恥ずかしいコト考えた気が…今のはナシだ!絶対ナシ!!)

「お〜い、考え中のとこ済まねぇが、昼休み終わるぞ?」
「あ、ああ…そうだな。そろそろ指揮官室に戻る」



時計を見ると、あと5分で午後の仕事開始時刻だ。授業を受けていた頃と違って、時間きっかりに指揮官室へ入らなければならないということはないが、ルーズなことはしたくない。俺は、体についた土埃を払い、ガンブレードを拾った。



「アンタ、、顔まで真っ黒だ。水場に寄って行こう」

「どうせなら、シャワー浴びてぇな。汗でベトベトだ」

「そんな時間ないだろ。訓練施設にある水場で我慢しろ」



水場には、昼休みに自主訓練していた男子生徒が多数残っていた。
ただでさえ、蒸暑い日だった。訓練で さらに汗だくになった体を濡らしたタオルで拭いている。

サイファーは、水道の蛇口を捻り、豪快に頭から水をかぶった。
俺もジャケットを脱ぎ、サイファーと同じように頭から水をかぶる。 あまり冷たくないが、それでも気分がスッキリした。そのまま水を滴らせながら、髪を掻き揚げ水場から離れる。
ふと、異様な視線を感じた。
回りを見渡せば、その場にいた男子生徒全員が、ポカンとした顔で俺を見ている。



(お…俺なんかしたか???)



後ろから付いてきたサイファーも、この異様さに気づいた。



「ああ?なんだテメェら、何見てんだよ?」

「皆、意識が朦朧としているような目つきだし、顔が赤いみたいだ。熱射病の一歩手前かもしれない。カドワキ先生に診てもらった方が…」



サイファーの方に振り返る。



「…うっ!!!」



サイファーが硬直する。
青いのか赤いのか分からない顔色で、俺をユビ指し、口をパクパクさせている。



「サイファー?大丈夫か?」

「ス・ス・スッ…スコールーー!!馬鹿野郎!!!!」



いきなりサイファーのコートに簀巻きにされ、担ぎ上げられた。そのまま、訓練施設から連れ出され、猛ダッシュで俺の部屋へ駆け込んだ。 ようやく降ろされても、コートに包まれたままだ。 サイファーが肩で息をしている。



「サイファー!いきなり、どういうつもりだ!?」

「オマエな…コート脱いで、自分の姿を良く見てみろ」
「?……わーーーーーーっ!!」



…今日は、この夏一番の猛暑だった。
暑い時、人間が取る基本的な行動は、まず薄着をすることだ。 当然俺も、いつもより薄手のTシャツを着ていた。そのTシャツが汗と髪から落ちた水で地肌が見えるくらいスケスケだ。
そして…2つの形のいい双丘がが布を持ち上げ、薄く色づいた突起がハッキリ・くっきり見える。
慌ててコートの前を合わせる。サイファーが、心持赤くなった顔で余計なお世話なことを言ってきた。



「…オマエ、ブラジャーくらいつけろよな」

「嫌だ。恥ずかしい」

「見てるほうが恥ずかしいんだよ!ま、まさか…オマエ、下まで男物履いてんじゃねぇだろうな?」

「男物に決まってるだろ!!」

「嘘だろ!信じられねぇ奴だな!!」

「下着なんだから用途は同じだろ!!」



自分の体も直視できないのに、女物の下着なんかつけたらオカマになった気分になる。俺の神経はそこまで太くない。



「取りあえず、ブラだけでも着けろよ」

「嫌だ。それくらいなら、サラシを巻く」

「せっかく良いカタチなのに、ンなの巻いたら形が崩れるぞ?」

「そのうち男に戻るんだから気にならない」

「男に戻った時、変なところに肉が寄っていたらどうすんだよ?」

「…」

「そこまで強情張るんなら、毎朝キスティかセルフィ呼んで、ブラ着けるの手伝ってもらうぞ!!」

「着ける、着けないは俺の勝手だろ!!」



くだらない口論に声が次第に大きくなる。
しかも、どっちも譲らない。
さらに激化しようとした時、部屋の扉が開いた。
玄関でゼルが驚いたいたように突っ立ってる。



「あれ?スコール戻ってたのか。声が廊下まで響いてたけどよ、喧嘩か?」

「うるせぇな。何の用だ?」

「凄むなよ…スコール宛てにデカイ荷物が届いたからよ、運送屋をここまで案内して来たんだよ」

「あ、そういえば…ベットを注文したんだった」



昼前にバラムの寝具店へ注文した時、即日配達指定にしたのを思い出す。



「ちわ〜っす!ベットのお届けにまいりました!!」

「なんだか…そのベット、シングルにしては大きくないか?」

「シングル?ダブルですよ?これ。」

「は?」

「おう!ごくろう!!サインはココでいいんだよな?」

「はい、はい。そうです。どうも〜!!」

「ちょっと!俺こんなの頼んで…モガッ!!」

「どうかしましたか?」

「い〜や!なんでもねぇよ。ほらゼル、玄関までお送りしろよな」

「言われなくてもそうするぜ。喧嘩はほどほどにしとけよな。お前等が喧嘩すると誰も止められねぇんだからよ」



そう言って、運送屋と一緒に出て行った。



「サイファー、どういうことだ!?」

「シングルベットが品切れっつーからよ、在庫あるヤツを頼んでおいてやったんだ。文句あっか?」

「でも、ダブルベットは…これじゃ、まるで…」

「ナ〜ニ心配してんのかね?スコール君は。もしかして期待してんのか?」

「違う!!」

「オマエの寝室デカイから、ダブルベットくらい余裕で入るだろ。あ、俺のベットは、オマエが今使っている簡易パイプベットでいいぜ?」

「…」

「責任もって、俺が設置するから、ちょっと待ってろ?」



そう言って、1人で大きな荷物を寝室に運び込み、鼻歌を歌いながらゴトゴト組み立てを始める。暫くして、俺が使っていたパイプベットを担ぎ、隣室の空き部屋に消えていった。
恐る恐る寝室に足を踏み入れる。



「何だ、これ!?」



俺は寝室にド〜ンと置かれた物体を見て呆然とした。
設置だけでなくベットメイキングまで終了させてあったのだが…場違いなほど優雅なラインの天蓋付きベット。頭上からレースのカーテンが下りている。さらに悪趣味なのが、布団とピロケースだ。薄桃色の光沢のあるシルクで布をふんだんに使ったギャザーが床すれすれまで垂れている。

あまりのことに、眩暈でよろめく。



「まさか…俺、コレに毎晩寝なくちゃイケナイのか?」

「1人で恥ずかしかったら、一緒に寝てやるぜ?」



戸口に立ち、元凶の男がニヤニヤしながら立ている。俺は、何も言わずヤツの鼻先で勢い良く扉を閉めロックした。


精神が持たない…
どんどん、サイファーの思惑に嵌っていってる気がする。
キスティスに啖呵切った手前、誰にも縋ることは出来ない。



「そういえばアイツ、表扉の暗証番号なぜか知ってたよな…ここを破られるのも時間の問題か…」



いまさらながら、身の危険を自覚する。
この日から、しばらく眠れない夜が続いたが、俺の思惑は外れ、サイファーは夜這いを仕掛けてくるコトはなかった…

そして、約束だったデートの日取りが決まり、あっという間に“その日”がやってきた。俺にとって、人生で最悪な出来事ベスト3に入る事が起きるとも知らず、俺とサイファーは一番電車でエスタ近郊に完成した“ゴールドソーサー”に発ったのだった。







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2001.10.29


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