ガーデン内部はピリピリとした異様な緊張感が漂っていた。
3日前からバラムガーデンの一室に大国エスタの大統領が滞在している。単身で飛び出した鉄砲玉な大統領を追い、SPの飛空挺も乗り込んできた。
職務とはいえ、警戒心剥き出しのSP達に生徒たちがいい顔をするはずがない。
なにやら一触即発な雰囲気だ。
SP vs SeeD予備軍…何かあったら血の雨は避けられないだろう…。
そんな状態も露知らず、通常ならばVIP室にいるはずの人物は、全身に包帯を巻き、保健室のベットの上で“お願いポーズ”をしていた。
特殊技を直撃したサイファーが軽傷なのに対し、ラグナはかなりの重症だ。
あの時の目撃証言によると、ラグナが爆風で吹っ飛んだ先は、厨房だったらしい。
スタートは、まず熱湯に手を突っ込んで飛びあがり、着地に失敗して足首を捻ったうえ、食器棚にぶつかり…その棚がラグナに倒れてきたという。
トドメに、自力で這い出してきた不幸な男の頭にタライが落ちたとか・・・。
ここまでお約束な行動を出来る男は、世界中を探してもラグナだけだろう。
単独でドリフをする男…こんな男を大統領にするエスタは、かなり得体のしれない国かもしれない。
「な!な!一回でいいからよ〜、パパの一生のお願い!」
「断る!とっとと国に帰れ!!」
「だってよ〜、せっかく女の子になったんだからよ、1回くらいイイじゃん」
「なりたくて、なったワケじゃない!!!!!」
娘(息子)の剣幕に、ラグナは叱られた犬のように身を竦ませた。
これが本当にエスタのTOPに立つ人間だろうか…。
向いのベットでサイファーがニヤニヤして、この押し問答を聞いている。
どちらにも加勢しないところが狡賢い。
SPに同行してきたウォードも、静観している。
ラグナの突飛な行動に慣れてますって顔だ…。
何十年も一緒に行動してれば平気になってしまうかもしれないが、俺は、このノリについて行けない。
(なんで、こんな嫌な思いしなくちゃいけないんだ?こんな…こんな…)
「スコ〜ル〜、絶対ダメか?」
「っ!!当たり前だ!!こんなの着れるか―――――っ!!!!」
ビラビラした布のカタマリを最近判明した父親に投げつける。
先日、キスティスとセルフィが買ってきた物体。
赤系を基調とした小花がプリントされた布に、デコレーションケーキのようにレースがあちこちに飾り付けられている・・・。
着るには勇気が要り、しかも着る人間を選ぶと言う、通称『ピンク●ウス』のワンピースだ。
確か部屋の隅に放置していたハズなのに…。
「サイファー!!これ持ってきた諸悪の根源のクセに傍観してるなよ!!」
「べ〜つに〜。俺は、オマエに着せるつもりで持ってきたんじゃないぜ?オマエ着ないって言うし、エルにどうかと思ってよ」
「ん〜〜〜〜、エルよりスコールに似合うと思うんだけどなあ・・・」
「い・や・だ!!」
(この2人、絶対グルになってる!)
この3日間、保健室の住人となった2人は、異常なくらい意気投合していた。
“魔女の騎士”同士というコトが結びつきを強固なモノにしている。
特にスコール絡みとなると、泣きたいぐらい呼吸があっていた。
(厄介だ…非常に厄介だ…お願いだから、早く国に帰ってくれ…)
「これ着てくれなきゃ、俺、エスタに帰らないからな」
「そりゃ大変だ!エスタの機能が止まっちまうな。スコール、ガーデン指揮官がそんなこと許していいのか?悪くすれば周囲の国が戦争吹っかけるかもな〜?」
「なっ!?」
とんでもない言いがかりだ。
たかがワンピースを着るか着ないかで国交問題まで持ち出すとは…
怒りが頂点に達しようとした時、誰かに肩をポンと叩かれた。
ウォードだ。
静かな瞳で首を振る。
「ウォード…味方はアンタだけだ…」
だが、彼は俺に同情したのではなかった。
ウォードは…俺にゆっくりとワンピースを差し出した。
口がきけなくても、瞳が雄弁に語っている。
“黙って着ろ”と…
チクショウ………最後の砦だと思ってたのに、アンタもか…。
「あんたら最低だ…分かったよ。着れば、本当に帰るんだろうな?」
「着て見せてくれたら今日帰る」
「(このクソ親父)…1回だけだからな!見たらラグナロクに押しこめるからな!!」
「やった〜!!ではでは、スタイリスト’sさん頼むぜ〜!!」
「スタイリスト!?」
後ろを振り向けば、いつのまにかキスティスとセルフィーがスタンバイしていた。
数日前の恐怖が蘇る。
あの悪夢がまた始まるのだ…。
回りを見渡しても、1人も味方はいない。
(完敗だ。勝てるはずがなかった…始めから俺は孤立無援だったんだからな…)
俺は項垂れ、2人におとなしく連行された。
視線が痛い。
そうだろうな…指揮官がこんなふざけた格好をしているんだ…。
逃げようにも、サイファーとラグナがガッチリ両サイドにいるから絶対無理だ…しかし、ロングスカートって裾が纏わりついて歩きにくい。
「スコール、こっちは何の部屋だ?」
「図書室だ。…ラグナ…約束が違うぞ!」
「スグ帰るとは言ってないもんな〜。ガーデンの案内くらいいいだろ?」
(…誰かコイツを暗殺してくれ)
「あ!そんな顔するなよ〜。せっかくカワイイのに…なぁ、お前等もそう思うだろ?」
後ろにゾロゾロついて来たSP達が勢いよく何度も頷く。
視線はスコールに釘付けで、警護にならないくらい意識散漫だ。
女としては規格外にデカかったが、ピンク●ウスのワンピースがスコールの為に作ったかのように恐ろしく似合っていた。
羞恥で紅く染めた頬と潤んだ瞳が、文句なしにカワイイ。
これを見掛けた男子生徒(若干女子含む)が、自室からカメラを手に走ってくる姿が何人もいる。
そう…俺は、ただ着せられただけで済まなかった。
髪はフワフワにカールされ、しっかりメイクもされた。ご丁寧に額の傷をファンデーションで消している。
だいたい、なんでこんな格好でガーデン案内しなくちゃいけないんだ!?
これじゃあ、いい晒し者だ。
いつのまにか、遠巻きにかなりのガーデン生徒が集まっている。
もう、自分が女になったことは、コレで全生徒に知れ渡っただろう・・・
突然、ラグナは掲示板前で立ち止まり、辺りを見渡した。
「さてと…サイファー君、ココに集まった生徒さんたちはガーデン全生徒の何%くらいかな?」
「90%くらいじゃないか?ま、そろそろこれくらいでいいだろ」
「???何のことだ?」
サイファーとラグナが目配せをした。
嫌な予感がする…一体、何をやらかすつもりだ?
突然、右隣にいたサイファーの体が沈み、次の瞬間、俺はサイファーの左肩に座ってた。
視界が急に高くなり、体の平衡感覚を失う。
慌ててサイファーの頭にしがみついた。
「何するんだっ!降ろせ!!みんなが見てるだろ!!」
「見せる為にやってんだよ」
「やめろ!どこまで俺を侮辱すれば気が済むんだ!?もう、いい加減にしてくれ!!」
肩の上で暴れても、シッカリ足を掴まれていて降りることが出来なかった。
唯一、自由になる両手で髪を鷲掴みにし、思いっきり引っ張る。
「イテテ、静かにしてろって、ホラ、始まるぞ」
「始まる?何が…」
いつの間にかラグナは、拡声器を片手に持ち…
床にうずくまり、足を攣らせ悶えていた。
なにやってんだか…これで本当に大統領やっていたんだろうか???
「おいおい。大統領さんよ、しっかりしてくれよな」
「だ、だいじょぶだ」
脂汗を流しながら、よっこらしょと立ちあがる。
『え、ええええっと…マママイクテス、しししょくん!俺はスコールのパパでラグナだ。ヨロシクな!でよ、ちょっとした事故でスコールが女の子になっちまったが、別にいいよな?一応、元に戻る予定なんだけどよ、それまで今まで通りに接してくれ。変わったのは外見だけだ。甘く見るとスゲエ痛い思いするぞ。俺なんかよ、爆風だけでこんなんだぜ?こんなに可愛くてもガンブレ振りまわしちまうからな。ついでに強〜い騎士君もいるから間違っても手ェ出すんじゃねえぞ?以上〜』
なにやら生徒に大ウケで、拍手と歓声でホール中が湧く。
ラグナは誰に対してでもこんな感じだ。
自分とは似ても似つかない…血の繋がりがあるのが信じられない。
ラグナが俺を見上げ、ニカッと笑う。
「まさか、アンタ達…これだけの為に俺を引っ張り回したのか!?」
「これでもう、その恰好がハズカシイもクソもねえだろ?」
「ま、景気付けってとこだな。んじゃ、俺エスタ帰るわ」
「あ、ああ…気を付けて帰ってくれ」
いいだけ振り回してくれたのに、あっさりと別れの言葉を口にする。
そのままSP達に囲まれ、ラグナは何度も手を振りラグナロクに姿を消した。
ラグナの傍に始終一緒に居たわけではないが、急に物寂しく感じる。
知らず知らず、サイファーの髪をギュッと握り締めていた。
「イテ。やっぱり親父が帰って寂しいか?」
「違っ!それより、いつまで肩に座らせておく気だ!?早く降ろせ!!」
「ついでだから、このまま部屋まで運んでやるよ。見晴らしいいだろ?」
「嫌だっ!…うわっ!!走るな!!!降ろせーーー!!!」
バランスを崩し、俺はサイファーにしがみついた。
サイファーはスピードを緩めることなく走りつづける。
かなりのスピードで激しく揺れたが、振り落とされる気がしない。
両足に回された力強い腕の温もりに…不安定な体勢でも何故か安心できる。
とたん、チクリと走る胸の痛み
でも、この物足りなさは何だろう?
このところサイファーに感じる違和感…そんなに親しかったわけじゃないから、ハッキリ原因はわからないが…俺、疲れてるのかもしれない。
また、こんな恰好させられたし…今日はもう早く寝よう。
自室に帰り、いつもの姿に戻ってようやく一息ついた。
髪のカールが取れきれず、ちょっと跳ねてるが気にしないことにした。
化粧を念入りに洗い落とし、洗面所から出るとリビングのソファーに座ったサイファーが、振り向きざま思いっきり残念そうな顔をする。
「今日、1日くらいあのままでいてもいいじゃねえか」
「煩い。そんなに気に入ったなら自分で着たらどうだ?」
「けっ!冗談…オマエが着るからいいんじゃねえかよ。ところで、リノアの魔力の暴走で性転換したってどういうことだ?」
「リノア…魔力のノーコンだったんだ…」
テーブルを挟んだ正面の長椅子に座り、溜息をつく。
「ノーコン?でもよ、俺が向こう側にいた時、しっかり魔法使ってただろ?」
「アレは擬似魔法だ。俺達は他所から出来上がった物をドローして使ってるだけで、自分の魔力を精製してるわけじゃない。それくらいはわかってるよな?」
「ああ。基本中の基本だ」
「魔女は自分の魔力を素に、魔法を構成するんだ…リノアはこの構成と魔力の引っ張り出し方が絶望的に才能なくて、訓練初日にバラム・ガーデンを潰した…」
「げっ…この修復作業ってソレだったのか!」
「それで…ここからは俺も聞いた話しなんだが、ママ先生に魔力の返還しようってことになったらしいんだ。丁度、俺がその場に踏み込んで…気が付いたら女になって保健室に寝ていた。で、俺1人にガーデン押し付けて、園長・ママ先生・リノアは元に戻す方法を探しにドロンだ」
「オマエ…苦労してるな…」
サイファーが気の毒そうな顔で俺をみる。
そういえば、女になって同情されたのは今が初めてだ。
もしかして、現在俺の周りにいる人間の中では、サイファーが一番マトモかもしれない。
―――途端に、また違和感が襲い眉をひそめる。
一体、何なんだ?
「…だからアンタもこれ以上、俺の気苦労を増やさないでくれよ?」
「わかったよ。そうだ、これにサインしてくれたら今後、極力問題起こさないように努力するぜ?」
そう言って差し出したのは…言語撤回!ちっともマトモじゃない!!
俺の目の前に差し出したのは、性懲りもなく“婚姻届”・・・。
怒りを通り越して、なんだか悲しくなってしまう。
「ちょっと記念に欲しいだけだ。役所に出さねえからチョイチョイとサインしろ」
「何の記念だか…本当に出さないんだろうな?」
「オマエ、そのうち男に戻るっていうし、戻った時いろいろ面倒だろ? (こんなのなくても離すつもりはねぇがな) 」
「…コレにサインすれば、問題起こさないんだな?」
「オマエが苦しむようなことはしないって誓うぜ」
「わかった…」
空欄に自分の名前を記入し、サイファーに渡す。
この紙切れ一つで、心労が減るなら儲けもんだ。
「ぃやった〜〜〜〜vvv俺の一生の宝物だぜ!!」
(!?)
まただ。背筋を得体の知れない違和感が走った…。
「(だから…コレはなんだ???)…そんな大袈裟な…」
何度も襲う、違和感を見極めるためサイファー見る。
よっぽど嬉しかったのか、椅子から立ちあがり、紙を片手に小躍りしている。
こんなに喜ぶサイファーを初めて見た。
なんていうか…ちょっと可愛い…?
だが…この男は、ここでSTOPするような可愛い性格ではなかった…。
勢い良く俺の隣に腰掛け、そのまま俺を押し倒した。
「おい!?」
「んじゃ、初夜とイクか!!」
「なっ!サインするだけで良かったんじゃないのか!?」
「バ〜カ。婚姻届だぞ?サインして終わりなハズねえだろうが。結婚成立の初夜は無くしちゃならねえ神聖なモンだ」
…俺が甘かった…
今の俺は、コイツにとって羊に見えるんだった…
初日の投げ技を警戒してか、すっかり寝技を決められている。
もがいても抜け出せない。
「ちょっと待て。俺、そんなつもりじゃ…そ、それに、俺がリノアと付合ってるの知ってるだろ!!」
「それは、オマエが男の場合だ。今の俺達は男と女でな〜んも問題なしだ」
「何でそんなに、次から次へとキタナイ手が思いつくんだ!?」
「欲しいモンの為なら、手段なんぞ選んでらんねぇんだよ」
「ほ…欲しいって…?」
「何度も言ってるだろが!オマエのことに決まってんだろ!俺は、オマエのことが好きで好きで好きで、いつも傍にいたいし、いつでも触れたいんだよ」
何でアンタは、そんな恥ずかしいセリフをポンポン言えるんだ?
俺の事、好きだって…?
本当なんだろうか?
また、からかっているんじゃないだろうな?
俺は…
「…俺はアンタのこと―――」
「ん〜?」
ゴッ!!!
俺の頭突きがサイファーの額に炸裂する。
俺も痛かったが、完全に油断していたサイファーは額を押さえ、ソファーから転げ落ちた。
床の上で悶絶している。
「ぐお〜〜〜〜!!痛て〜〜〜〜〜〜!!!」
「俺、アンタのことは…嫌いじゃない」
サイファーが驚いて俺を見上げる。
よっぽど痛かったのか涙目になっていた。
「正直言って、アンタが帰ってきて嬉しい」
「ホ、ホントか!!!!?」
「でも、いきなり好きって言われても、応えることは出来ない」
「ダ、ダメか!!!!!?」
「…アンタ、結論を急ぎ過ぎだ。俺は17年間男だったし、男を恋愛対象に考えたことがなかったんだぞ?それなのに…アンタ、いきなり抱くし…」
「アレは悪かった…オマエを逃したくなくて、切羽詰まってたんだよ」
俺も17年間男やってたし、その気持ちは分からなくもない。
だが、俺自身、サイファーに対して、どんな気持ちを抱いているのか分からなかった。
ちょっと前はライバルだったのに女になったからって見方をすぐに変えられるもんじゃない。
それなのに…あんなことされても嫌いになれない…普通は怒り狂うよな?
実際、他の男だったら半殺し…いや、絶対に殺してた。
だから俺は、切り出した。
「俺を口説き落とせるものなら落としてみろ。タイムリミットは俺が男に戻るまでだ」
「スコール???」
「こんな姿になったのも何かの縁だ。出来なかったら、ここで一生タダ働きだ…どうする?」
サイファーが一瞬硬直し、すぐにニヤリと笑い返す。
瞳に好戦的な光が宿る。
ああ…コレだ。
俺はこの瞳がみたかったんだ…。
帰って来てから1度もこの瞳を見てないから、ずっと違和感を感じていた。
帰還してからのサイファーは…優しすぎて、とても居心地が悪かったんだ。
ようやく、パズルのピースが揃った気分だ。
そういえば…何故か、ずっと握る気にならなかったガンブレード。
それなのに、サイファーが帰ってきたら、すんなり使ったな…
そうか、俺…サイファーがいなくて、つまらなかったんだ。
1人でガンブレ使うのが、なんだか空しくて…
(そうだよな、ガンブレの全てがアンタとの想い出なんだ…だけど、こんなに影響されているなんて…まさか、俺…?)
「スコール、その言葉後悔するな?俺は本気だからな!」
「そっちこそ!17年間男だった俺のプライドを甘く見るなよ?」
あの頃のように退屈しない毎日が戻ってきた。
でも、お互い以前とは含むものが違う…
ここで引き帰さないと、自分の中で何かが変わりそうで不安だ。
だが、その変化を待ち望む自分が確かにいる…。
(もう、立ち止まらずに先に進もう…きっと後悔はしない)
この日から、俺とサイファーの奇妙な攻防戦が開始した。
2001.07.27