| Sorceress And Knight |

第1章
05:成就


太陽が傾き始め、部屋の中が赤みを帯びている。
目が覚めてからの半日は、検診で終わった。
っつーか…カドワキ先生よ、献血じゃねえんだ…これって血ィ抜きすぎじゃねえのか?
デカイ注射器で何本も血を取る必要があるとは思えんが…
俺の視線を知らん顔し、カドワキが俺の背中をバシバシとひっぱたいた。



「良かったねえ。放浪してたわりにはノミ・シラミ・寄生虫類はいないよ。感染してる病気もないし、アンタ本当に丈夫だねえ」

「寄生虫?んなもん、いてたまるか!ところで…今朝、女になったスコールがいたはずなんだが…夢じゃないよな?」

「ああ、いたね。あんたが目ェ回してる間に行っちゃったよ。」



スコールに投げ飛ばされた時に頭を打ったのか、俺はしばらく気絶してたらしい。あの状態で投げられるとは思ってなかったから受身など取っていなかった。突然、世界が回って…
気が付いたらまた保健室のベットに寝ていた。
頭に超特大のコブがある。



「アイツ、女になっても腕力変わってねえぞ?あんなに細せ〜腕だったのに…」

「そういえばアノ子、運びこまれた時より大きくなってたねえ。もしかしたら、ほっといても自力で男に戻るんじゃないかい?」

「何!?それはマズイ!!」

「あんた、スコールのこと好きなのは分かるけど、そんな残念そうな顔をするでないよ。あの子にとっちゃ、不幸な出来事なんだからさ。アンタまさか、朝のうちにイケナイ悪戯してないだろうね?」

「うっ!…なんで俺がスコール好きだって…」

「何言ってんだい。前に来た時、自分も血まみれなクセに、泣きそうな顔してスコール心配してただろ?しかも私が“一生消えないお揃いの傷”って言ったら妙に嬉しそうな顔してさぁ。あれで子供の気持ちが分からないようなら保健室の先生やってられんよ」

「怖れイリマシタ…」

「もしかして、禁断の恋に悩んで魔女について行ったのかい?」

「……」



…図星デス。



馬鹿だねえと、カドワキが豪快に笑っている。
俺の悩みって、俺の倍を生きた人間には、ちっぽけなモンだったのか?
そういえば…
小さな頃、ママ先生のオルゴールを壊したことがあったな。
怖くて名乗り出る事が出来なくて…あの時は世界が終わるような事件だと思ってたのが、今じゃ笑っちまうくらい小さなことだ。
それと同じコトなのか?
あと数年もすれば、穏やかな気持ちでアイツと対峙することが出来たんだろうか?
…無理だ。その数年間、俺がもたねえ。

保健室のドアがスライドして、孤児院の幼馴染が入ってきた。
イイ匂いをさせた、トレイを片手に持っている。



「検診終わったようね?どこか異常有り?」

「あるわけねえだろ…」

「おや、キスティス。この子の場合、病気の方から逃げていったみたいだよ」

「あら良かった。サイファーから丈夫を取ったら何も残らないもの…。終わったなら丁度いいわ」

「おい…オマエラ、ちょっと酷くねぇか?」



キスティスが食事の入ったトレイをズイっと俺に突き出した。時計を見ればまだ16時。夕食にしては早すぎる。



「俺に食えってか?さすがにまだ時間が早いぜ?」

「スコールに持って行ってちょうだい」

「あ?俺がか?」



一体どうなってるんだ?
俺って、指名手配されてたんだよな?
普通は、懲罰室に監禁とか、どっかの国に戦犯として引き渡したりしねえか?
それなのに、こんなに呑気でいいのかよ?
以前より教官がミョ〜に少ねえみたいだし…おいおい。何だか心配になってきたぞ。



「おい…俺を野放しにしてていいのか?園長が不在でも、他に責任者がいるだろう?そいつは何て言ってるんだ?」

「現在の責任者はスコールよ。彼、ここの指揮官なの」

「あ〜?アイツ、んな面倒なコトやってたのか?」

「処遇を聞きたければ彼に聞いてちょうだい。あ、そうそう!彼、落ちこんでるから慰めてあげてね?」



慰める?
まあ、男から女になったらショックはデカイよな。
まあいい。アイツの部屋か…ちょっと時間がはやいが、忍び込む手間が省けて儲けたか。男に戻られると手を出すのが難しくなるから、その前に…



「いいぜ。慰めセットで食事の配達してきてやるぜ」



俺は、内心嬉々としてアイツの部屋に向った。






「キスティス、あんたスコールに何かしたのかい?」

「セルフィと一緒に、ちょっと遊び過ぎちゃって…まさか、あのスコールが泣くなんて思わなかったから…」

「だいたい何やったか想像つくがね、サイファー送りこむのはマズイんでないかい?」

「え?どうして?…まさか、サイファーって…そうなの?」

「そう。しかもかなり重症」

『………』



視線と表情だけでの、女同士の無言の会話。
女性限定の、同じモノを心に持った者同士にだけに発現する特殊技だ。



「うふふ。猪サイファーのストッパー役になるんだったら、それもいいかしら?」

「展開が読めない恋愛っていうのは、幾つになっても心踊るねえ」

「まあ、スコールにはリノアがいるから変なコトにはならないでしょ。サイファーが玉砕するの分かってるけど、しばらく楽しめそうね」

「玉砕ねえ…」



そうとも限らんよ?
キスティス、アンタは知らんと思うけどね、昨日サイファーを連れてきたスコールの顔見たら、今と同じコト言えるかね?

表情を相手に悟らせず、カドワキは心の中で呟く。



うふふふふふふふふふふふふふ…

ふはははははははははははっ…




夕闇の保健室。
不気味な笑いが廊下まで流れ、運悪く近くを通った生徒を恐怖に陥れた。
その後…『保健室の不気味な声』は、新たにガーデンの七不思議に追加され、暗くなってからの保健室利用者の足が途絶えたのだった。














スコールの部屋は、一般寮と違う棟にあり、途中誰ともすれ違うことなく辿りつくことが出来た。俺がいない間に、ガーデン内がかなり新装されている。ガルバディア・ガーデンをぶつけたせいか?

呼びだしブザ−を鳴らしても、ウンともスンともない。すっかり居留守を決め込むつもりらしい。だが、ここでメゲル俺様ではない!
左手に湯気の立った食器トレイを持ちかえ、部屋のパスコードを入力した。
以前、偶然知ったパスコード。
こんな目的で、使う日が来るとは思っていなかったが…
ディスプレイに認証の文字、そして小さな機械音と共に目の前の扉が開いた。
初めて足を踏み入れたこの部屋は、俺がかつて使っていた1人部屋の数倍はある。
だが、それにもかかわらず、家具等のインテリアは必要最低限のものしか置いていない。寒々しいくらい殺風景だ。
アイツらしいといえばアイツらしいが。


リビングを横切り、真っ直ぐ寝室らしい部屋へと足を向けた。
ノックもせず扉を開くと…案の定、伝説のSeeD殿は、まだ夕方だというのにブラインドを閉めきって不貞寝中だ。
俺が入ってきたコトに気づいているはずなのに、突っ伏したままピクリともしない。
コイツの行動は昔から変わっていねぇのな。
嫌なことがあれば何処かで発散せずに1人で抱え込みグルグルする。
はっきり言って陰気臭い。

夕闇の薄暗い部屋の中に入ると、一歩目でガサリと何かを踏みつけた。
入り口付近の床に大きな紙袋が数個、乱雑に散乱している。
それらを回収しながらベットの住人へ声を掛けた。



「おい、大丈夫か?飯くらい食え。どうせ朝から何も食ってないだろ?」

「…大丈夫なワケないだろ。だいたいアンタ、なんで俺の部屋のコード知ってんだよ?」

「細かいコトは気にすんな。で、この紙袋はなんだ?」

「俺に見せるな…燃やしてくれ…くそっ!こんなときに限って火系の擬似魔法1つも装備してないなんて…」



顔を少も上げず、殺気のこもった声でボソリと言った。内容も密かに怖い。
なるほど…この中身は、ドン底をさらに強力な掘削機で穴を掘るようなシロモノらしい。
食器トレイをサイドテーブルに置き、スコールが寝そべっている横に腰掛けた。
紙袋の1つコッソリを覗いてみる。

絶句。



「う……スコール…これって、かの有名なピン…」

「サイファー、その先言ったら殺すぞ」



ソレは相当ヘヴィな代物…ピン●ハウスのビラビラしたワンピースが入っている。
違う袋には色とりどりの下着類。
他の紙袋の中も、そういうモノが入っているのは見なくても想像できる。

で、ここに置いてあるってことは、コイツ用だよな?
しかも、コイツの落ちこみよう…これは…



「これ置いていったの、キスティとセルフィだろ?」

「……(コクリ)」

「その落ち込みよう…もしかしなくても、着せられたとか?」

「………(コクリ)」

「ヒトとして、それはヒデェ…」



コイツがこの姿で外に出るはずがねぇ。嬉々として買い物する女達の姿が目に浮かぶぜ。
おまけに…着せ替え人形…。
フテ寝もしたくなるよな…
あいつ等は純粋に楽しいだろう。その気持ちもわからなくはない。だが…こりゃ、立派なイジメだぞ。無言で頷く、スコールが気の毒だ。



「残酷すぎる…昨日まで男だったヤツに、よりによってこんなの押しつけるか?」

「もう、いい。二度と着るつもりはない。それよりも、用がないなら帰ってくれ。ついでにそのブツを持っていって処分してくれ」

「…用ならあるぜ。夜這に来た」

「!!」



スコールが一瞬でベットの隅に飛び退き、俺を睨みつける。
驚いた…。
スコールの…ブルー・グレイの瞳が泣きはらして真っ赤だった。
コイツが泣いたのを見たのは、孤児院の時以来だ。
珍しくて、ズシズシとベットの上を膝歩きで近寄る。



「オマエ…まさか、今まで泣いてたのか?」

「見るな!仕方ないだろ、勝手に出てくるんだ!クソッ…何で止まらないんだ…?」



またポロポロと透明な雫が落ちる。
光の跡を残し、流れ落ちる涙…勿体無いくらい綺麗で、その雫を指で掬い上げた。
驚いて俺を見るスコールの髪を掻き揚げ、撫でてやる。



「女になったからじゃねえの?女ってのは結構涙腺弱い生きモンだからな」

「そんなこと、どうでもいい…早く出て行ってくれ…こんな普通じゃない状態の俺を見るな」

「で、一人で泣くんだろ?ツライ時、そうやって一人で泣くなって。俺が傍にいてやるからよ?」

「余計なお世話だ!大体なんで、そんなことする?」

「そりゃ、オマエのこと好きだからだに決まってるだろ」

「好き!?何言って…か、からかうな!」

「俺は本気だ」



ジリジリとにじみ寄る。
対して、スコールも後ろへ逃げるが、壁に阻まれて悔しげに唇を噛む。
壁の両サイドに両手をつき、スコールの逃げ場を奪うと、最後の抵抗とばかりに赤い目で俺を睨んだ。涙で潤んだ瞳で睨まれても、逆に色気が増幅されているだけだってコイツは気づいていない。
噛んだせいで、ふっくらと赤くなった唇も俺を誘っているとしか思えねぇ。
あー、もう限界。



「寄るな」

「朝、ちゃんとプロポーズしたろ?」

「返事はNOだ!」

「もう遅い」

「っ!」



顔を近づけ、唇を寄せるとスコールの体がこわばった。
目をギュッと閉じて、全身ガチガチだ。
進路を変更し、傷の残った額にキスを落とす。唇を離し、今度は額と額をくっつける。うっすらと開いたブルー・グレイの瞳を至近距離で覗いた。
スコールの瞳が困惑で揺れる。



「サイファーどいてくれ…俺は一時的に、こんな体になっただけだ。俺が男に戻った時、その…お互い気まずいだろ?」

「バ〜カ。んなコトで俺が引くとでも思ってるのか?俺はオマエが男でも構わねえ。なんつーか、吹っ切れたんだよ。」

「俺は嫌だって言ってるだろ!」

「テメエが自ら蒔いた種だろが。俺はこんな事態にならないように離れてやったんだぜ?それを連れ帰ったからには、しっかり責任取ってもらうからな。このまま明るい男女交際か、オマエの嫌な同性愛から始めるか…さあ、二択だ。どっちがいい?」

「そんな…二択って…」

「どうする?オンナの時に抱かれた方が精神的に楽だぞ?」

「え…でも…」



思考がオバーヒート寸前のスコールには、不条理な二択しか選択できないことに疑問を持つことが出来なかった。
一度も視線を外さずに見据えてくるサイファーから、何故か逃れられない。
エメラルドの瞳に吸い込まれそうだ…今まで見た事がない、優しい光を宿している。



「でも?じゃあオマエは、男に戻ってから抱かれたいのか?」

「それは嫌だ!!」
「じゃあ、今で決定だな」



やばい…サイファーから視線を外せない…。

近づいてくる精悍な顔…サファイアの瞳に映る自分の姿が近づいてくる。
唇が重なってくる寸前、呪縛が解けたかのように、ようやく瞳を閉じることが出来た。
触れた唇から全身に熱が広がる。
キスの角度が深くなる。
背に両腕を回され、優しく抱きしめられた。
…サイファーの温もり…安心する。
ああ…リノアが宇宙で言っていたのは、このことなんだな。
そのリノアの『彼氏』が自分だということも忘れ、キスを受け続ける。
サイファー、キス上手いな。
キスがこんなに気持ちいいものだって知らなかった。
スゴイ…舌ってこんなに感じるんだ…キスだけでこんなに息があがる…
あ、押し倒された。
マズイ…俺…このまま犯られてしまうのか?
何だか、もういいや…このまま委ねても…いいかな…。
どうせ、コイツのことだ、もう止まらないだろうし…。


精神ダメージが大きすぎると、人間どうでもよくなるものだ。
心の中で、妙に冷めた実況中継をしながら、スコールは疲弊した理性を手放した。



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2001.06.24


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