| A Guardian Deity |

02


ホワイトクリスマス…と言うには、少々ロマンティックさが欠ける降り方だった。
サラサラとした雪が音無く振り続け、すでに足首をスッポリ隠すぐらい積もっている。
気温も-5度より下がっているのか、呼吸するたびに鼻と喉がひりついた。
それでも年に一度のイベントに、親子連れやカップル達が楽しそうに歩いている。

この中に、神の誕生を祝ってる奴が1人でもいるのだろうか?

敬いの心は形式的なものになり、すでに神の存在は人間の心を離れてしまっている。
人間が作り出した神の存在でさえこうなのだ。
ハインなど、すでに伝説上のものでしかなくなっている。

そのチカラを受け継いだ魔女に俺は仕えた。
魔女の騎士としてその存在を守り、彼女の希望を叶えるつもりだった。
小さな頃、優しかった存在…ママ先生。
中に潜む存在に気づいたのは暫く経ってからだが、それでもママ先生に違いなかった。
今でも騎士になったことは後悔してない。
ただ心残りなのは…アイツと勝負がついてないってことだけだ。
今となっては、もう叶わぬ夢だけどな…。

髪を黒く染め、瞳の色も変えて、厨房の皿洗いをしてるのが今の俺だ。
ガンブレは扱えても、一般社会に出れば俺はただの若造にすぎず、ガーデンで蓄えた知識は全く役に立たなかった。
多分、今のバイトも、あと少しでクビになるだろう。
俺は、どこに行っても周囲から浮きすぎている。
俺が生きていける場所はただ1つしかない。
わかっているんだ。
だけど俺は、何も考えずに簡単に手放してしまった。
もう元には戻れない。


玄関で全身に付いた雪を払い落とし、部屋に入るとすぐにヒーターとTVの電源を入れた。
バラエティ番組なのか、甲高い女の声や観客の笑え声がスピーカーから響く。
それだけで何だか寒さと孤独感が紛れた。
安いインスタントコーヒーを淹れ、買ってきたファーストフードをテーブルに広げ、遅い夕食をとる。
その間にTVは番組が変わり、今日のニュースが淡々と語られていた。


『クリスマスにテロを予告していた組織が、今日ガルバディア郊外でSeeDの活躍により捕獲されました』


ニュース番組で映し出された映像には、煙の上がった崩れかけた建物と、いろんな人間が映し出される。
知ってる奴は…いねぇな。


『テログループの1人が自爆で死亡。SeeDが1名重症との情報が入っています。なお、テロの首謀者は逃げたという情報もあり付近の住民は―――――』


「おいおい…首謀者が逃げたっつーことは、結局ドジったってことだろ。まさかアイツ等じゃねぇだろうなぁ!?」


TVに向かって寂しくツッコミを入れた時だった。
たった1人でこの部屋に隠れ住んでいるのに、それに対しての応えなんてあるハズがなかった。
それなのに…



「悪かったな。その“まさか”だ」



背後から聞こえた、突然の懐かしい声に驚いて振り向くと、部屋の入り口にスコールが忽然と立っていた。
1年ぶり…いや、もう少し経ったか?
それでも俺の記憶の中のスコールと何1つ変わることなく、スコールはそこに立っていた。
我に返り、スコールに指をさす。



「あ、ああ〜!?…な、何でオマエ!?何処から入った!?」

「どこって…一応玄関からだ。アンタ、TVに集中してたから…」

「呼び鈴くらい押せよ!」

「呼び鈴?」

「外に…玄関についてるだろ」

「気づかなかった」

「まー…外は雪スゲェしな。で、俺に何の用だ?」



俺に用件なんて1つしかねぇだろうが、あえて聞いてみた。
コッチから切り出すのもアホらしいしな。
さて、どういう手でくる?



「アンタに…会いたかったから来たんだ」

「!?」



そう言いながら、以前は見せたことがない柔らかい微笑を浮かべた。
その微笑に、何故か俺の心臓が高鳴る。
何だよコレ?
変な気分だ。
懐かしいとか、会えて嬉しいとか、そう言うのとはちょっと違う。
少し苦しくて痛みを伴うような…。
ガーデンを出る前、スコールを見るたびに何となくこうモヤモヤしてたが…それがハッキリとした形になったような気がする。
その正体が何なのか…俺は考えないようにした。
それが分かっちまったら、もう後戻り出来ねぇ気がしたからだ。
俺は必死に感情を抑え、声を絞り出す。



「はっ!会いたいだと?捕獲の間違いだろ?」

「確かにそういう指令もあったけど…今の俺にはチョットそれは無理だな」

「じゃあ何しに来たんだ?オマエ、あの女と付き合ってんだろ?今夜はクリスマス・イヴだぜ?今日みたいな特別な日は、一緒にいねぇと、あの手の女はウルセェぞ」

「リノアとは、もう恋人同士と言えるような関係じゃないんだ」



キッパリとスコールが言い切る。
その言葉に俺が反応を返す前に、スコールが更に続けた。



「サイファー聞いてくれ。俺…実はあまり時間がないんだ」

「それなら無理して来る必要ねぇだろ」

「そういう意味じゃない。俺、どうしても今夜、アンタに言いたいことがあったんだ。まさか、俺もこんなことになるとは思ってもいなかったけど…」



一体何が言いたいんだ?
どうも、要領得ない会話だ。
そもそもコイツ、こんなに素直に俺と話すなんてよ、明日は嵐かもな…って、もう天気は激しく悪いっけな。
と、俺はあることに気づいた。
スコールが来てから、何となく不自然さを感じていたことに。



「なぁ、スコール…外、スゲェ雪降っていただろ?」

「さあ?どうだったかな」



車でこのアパートの前で降りたって、あれだけの雪だ。
必ず服や髪に雪が付くはずだ。
それなのに、これだけ降っていても全く濡れていない髪や服。
しかも、これだけ降ってるのに気づかないだと?
その時、俺の携帯が鳴った。
見覚えのある番号…
ガーデンで取得している特有の4桁始まりの番号だった。



「はい、もしもし」

『サイファー!?私、キスティスよ!』

「なんだ…センセイかよ。何で俺の番号知ってんだ?」

『そんなことより、ガルバディアの中央病院に今すぐ来て!あなたが今、ガルバディアに住んでいるのは知ってるのよ!』

「ああ〜?何でお尋ね者の俺が、んなトコに行かなけりゃなんねーんだよ?」

『スコールが!…今日の任務で自爆に巻き込まれて、今…病院にいるの』



まさか…さっきの重体とかいうニュースか?
っつーか、スコールは今、病院いるとか言わなかったか?
じゃあ…目の前にいるスコールは…何だ?
別人なわけねぇよな。
俺が刻んだ傷を残してなお、透明さを失わない綺麗な顔が手の届く場所にいる。
こんなのが2人もいるわけがない。
混乱する俺の耳に、キスティスの震える声が頭の中で反響する。



『スコール…さっきから全然意識がないの。この任務が終わったらアナタに会いに行くって言ってたのに…まさか、こんなことになるなんて…』



何かを堪えるようなキスティスの声。
スコールが意識不明?



「スコール…おまえ…」

「そうだ。アンタが言ってたように、俺、任務でドジったんだ。机仕事が多かったから身体がなまっていたかもな…」

「嘘…だろう?」

「ゴメン。もうタイムリミットだ。アンタに言いたい事がいっぱいあったのにな…」



その身体は透けていた。
慌てて掴もうと手を伸ばすが、その手は虚しく空を切る。
澄んだ湖面のような瞳が、躊躇うように揺れる。



「何だよ!?言えよ!!俺に出来ることなら何でもやるぞ!!」

「…アンタに……戻って欲しかった」

「戻れば良いのか?戻ってやるから待ってろ!今すぐオマエの所に行くから、逝くんじゃねぇぞ!!」



スコールが嬉しそうに微笑み「待ってる」と言うのと同時に、姿を消した。
残り香も何も残さずに。



「ちくしょう!!アイツが死ぬって!?」



いや…何で俺はこんなに動揺してんだ?
傭兵なんてやってたら命の危険は付きもんだし、いつ死んだっておかしくない。
でも、俺じゃない誰かが、アイツを傷つけるのが許せねぇ。
俺の知らないところで勝手に死なれちゃ困るんだよ。
そうだ。
アイツは俺のライバルだからな!
よくわかんねー異界の生き物に吹き飛ばされて以来、俺達の勝負にはまだ決着がついてねぇんだ。
…だから俺は!
だから俺は!!
今、アイツに死なれちゃ困るんだ!





**********






タクシーを拾って病院に着くと、入り口でゼルがウロウロと歩き回り俺を待っていた。
俺に気づくと、必死な形相で俺を誘導する。



「サイファー、こっちだ!集中治療室!!」



全てを聞かず、俺はゼルを置いて走り出す。
深夜の病院は明かりが落とされ、薄暗い光に包まれていた。
静まり返った廊下に俺の足音と、背後から追いかけてくるゼルの足音が異常なくらい大きく反響する。

恐ろしく長く感じた廊下の先に、明かりの漏れた部屋が突き当たりに見えた。
部屋の手前には、見覚えのある若い男女。


セルフィは床に座り込み、小刻みに震えながら両手で顔を覆っていた。
その側でアーヴァインが壁に両手をつき、俯きながら首を振っている。


手の平から冷たい汗が噴出す。
まさか…まさか……

その時、キスティスがよろめきながら、部屋から出てきた。
口元を押さえながら、震える声で俺に話しかける。



「サ…サイファー…」

「キスティス、あいつは?」

「スコ−ルが…あの中で今…うっ」



全てを言えずに、その場に崩れ落ちた。
俺はその横を通り過ぎ、煌々と光の漏れる部屋のドアノブに手をかけた。
カチャカチャとドアノブが音をたてた。
何だよコレ?
おかしいくらい手が震えていた。
まともにチカラが入らない手で、ゆっくりとドアを押した。
部屋の中央に置かれた1つのベッドには…

体中に色んな電極や管を付けられたスコールが静かに横たわっていた。

その顔は苦悶もなく、とても安らかだ。
だが、管の先の様々な機械は、もう全てが終わったとでもいうように、1つも動いていなかった。
俺は、操られたようなフラフラとした足取りで、スコールの元へ歩み寄った。
見える範囲内でも、アチコチに小さな傷を負っている。
スコールの青白い肌に触れてみるとまだ温かかった。
まるで、ただ寝ているだけのようだ。
なのに、コイツはもう二度と起き上がることはないのだ。



「オマエ…俺を待つって言ったじゃねぇかよ!?」



頭の中で鐘がガンガン鳴っているみたいに煩かった。
煩い…煩い!誰かこの心臓を止めてくれ!
まるで身体中に心臓があるみてぇだ。
胸が苦しくて、呼吸もまともに出来ねぇ。
何でだ?
何でこんなに苦しいんだよ?
誰だって何時かは死ぬんだ。
それがスコールの場合、少し早かったじゃねぇか。
それなのに、何でこんなに胸ん中にデカイ穴が開いたみたいに苦しいんだよ?



こんなことなら―――――



俺の胸の中を後悔が渦巻いた。
そうだ…意地を張らずガーデンに戻るべきだった。
風神と雷神をガーデンに帰した時に一緒に…。
まさか、こんな風に二度と会えなくなるなんて思わなかったんだよ。
ほとぼりが醒めたら、数年後にでも会えると思っていた。
お互い大人になって、昔を語り合えるんじゃねぇかって。
それなのに…

ガラガラと台車を押しながら、妙な格好をした男が病室に入ってきた。
エスタで見たことがある男だ。
何でこんなところに?

その男は、スコールに取り付けられた電極や管を無造作に外し取り、外に装置を運び去ろうとしていた。
その姿にムカッ腹が立ち、男の胸倉を掴む。



「オマエ医者だろ!?」

「違うでおじゃる〜。世界一の天才でおじゃるよ〜」

「医者じゃなくてもいい!天才ならコイツのことを諦めないでくれよ!」

「離すでおじゃる!天才でも、これ以上はどうにも出来ないでおじゃるよ!」



手足をバタバタさせ俺の手から逃れ、その男は怒りながら部屋から出て行ってしまった。

残されたのは、全てのコードから解放され、穏やかな顔で眠りに付くスコール。
手を伸ばし、さっきは触れられなかったその髪に触る。
失ってから気づくなんて俺は馬鹿だ。
俺は多分、コイツのことが―――――

視界が歪み、熱いものが頬を伝う。
歯を食いしばってないと、嗚咽が漏れそうだった。



「オマエ…俺を置いていくのかよ?こんなことなら……」

「早くガーデンに戻れば良かった?」

「そうだ………あ!?」



俺の言葉を誰かが引き継ぎ、思わず俺も相槌を打ってしまった。





死んだはずのスコールが、目を開いて俺のことを見ていた。
そして、手を伸ばし俺の涙をすくった。



「ふーん?アンタ、泣くぐらい後悔してるんだ」

「スコール…オマエ死んだんじゃ!?」



一体・・・どういうコトだ?
途端、背後で大爆笑。



「おまえら〜〜〜〜〜!!揃って俺を騙したのか!?」

「俺も皆も嘘はついてない。アンタが勝手に勘違いしただけだ」

「何だと!」

「そうよ。死んだなんて誰も一言も言ってないわ」



笑い涙を拭きながらキスティスが答える。
セルフィやアーヴァインも、泣いているのと思っていたが、実は俺の必死な様子を見て、一所懸命笑いを堪えて震えていたのだ。



「ドジって重症負ったのは本当だ。背中打って動けないんだ。数日は普通に動けそうもない。だから生身の身体で行けなかった」

「そうだ、アレは何だよ!?幽体離脱みてぇな変な妙な技は!!」



アレが全ての元凶だ。
そうでなりゃ、こんな醜態は晒さなかった!
すると、さっき出て行った男が、小走りで近づいてきて、待ってましたとばかりに、ご機嫌な顔で説明を始めた。



「あれはオダインが開発したでおじゃるよ。エルオーネのように過去にはまだ行けないでおじゃるが、肉体と精神を切り離して、違う場所に精神を飛ばすことが出来るでおじゃる。GFの研究を融合させて、MPを使えば姿を現すことも可能になったでおじゃる!」



オダインは天才でおじゃるよ…と胸を張る。


「MP…じゃあ消えたのは…」

「MPがゼロになったからだな。任務でもMP使ってたから、あの場でアンタと話す時間が少なかったんだ」



一気に脱力した。
俺の涙を返してくれ。



「さて、感動的な再開も果たしたことだし…あんた、泣くぐらい帰りたかったなら、勿論戻ってくるよな?」



約束したしと、スコールがしれっと言う。
…ああ。
確かに戻るって言ったさ。
だけど、あの時の状況と今の状況じゃワケが違う。



「オマエ…意地が悪くなったよな。俺の部屋に来たときは、すげぇ素直で可愛げがあったのによ」

「あれは…」



意外なことに、俺の言葉にスコールがグッと詰まる。
一体俺の言葉の何に引っかかったんだ?
オダインが俺の疑問に答える。



「精神は偽れないでおじゃるよ」

「ああ?」

「素直なのは当たり前でおじゃる。精神は嘘つけない、全くの素でおじゃるから本人の心がそのまま反映されるでおじゃるよ」

「アレがスコールの素…だってか?」



あの時…何度も俺に微笑みかけた。
しかも、その口でしっかりと「戻って欲しい」と言ったワケで…。
あれがスコールの素で、嘘も隠しもねぇとしたら…。
スコールが赤くなる。
俺はその顔を見てニヤリと笑った。



「へぇ〜?オマエこそ、そんなに俺に戻って欲しかったのかよ?」



スコールが俺を睨む。
そして―――――



「みんな。ただちに、サイファー捕獲を実行してくれ。捕獲後は懲罰室に直行。期限は未定だ」

「何だと!?捕まってたまるかー!!」



ゼルとアーヴァインが俺を逃さないように入り口を塞いだ。



「お前らに俺を捕まえら…ぐはっ!」



後頭部にガツンと激痛。
後ろからとは卑怯な…
俺の抵抗は虚しく、数秒後には暗転。
目が覚めると、見覚えのある懲罰室のベッドの上だった。
くそ…スコールめ!
覚えていろよ!!





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クリスマスにUPしようとして間に合わなかったのさ…
去年の12月は仕事が激戦だったから(泣)

3話目はアダルト含むと思われ…。


2006.01.11

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