| ココロを繋ぐ枷 |

更新日:2003.08.01

*****


遅い梅雨が明けた、ある日のことだった…



「スコールって、本当に私のこと好きなの?」

「…何を突然…」



指揮官室の窓を開けながら、リノアの突拍子もない質問に呆れる。
開け放った窓から、室温より幾分涼しい風が室内に入ってきた。



「いいから!答えてよ!」

「一体どうしたんだ?」

「やっぱり言ってくれないんだ…いつも私ばかり『好き』って言ったり、電話したり、何処かに誘うのも全部私から!」

「仕方ないだろ?魔女を…アルティミシアを倒したといっても、まだモン スターが溢れてて俺達SeeDは忙しいんだ」

「そんなの都合のいい言訳だよ!どんなに忙しくたって電話くらい出来るし、今だって『好き』の一言ぐらい1秒で言えるんだよ。ほら、私のこと好きなら好きって今言ってみてよ!」

「……」



まいったな…今日はいつになく絡む。
もしかして“あの日”なんだろうか?
まぁ、言われてみれば俺って今までずっと受身だったよな。
一度もリノアに電話したこともないし、好きと言ったこともない。
でも…
今、ここで言うのか?
『好き』って言う言葉はもっと特別なもんだろ?
今すぐ言えって言われても…そんな簡単に言えるものじゃない。



「言えない」

「!!…もういいっ!わかった!私達、もうサヨナラだね!!」

「帰るのか?気をつけて帰れよ」



リノアの目が据わる。
だが、俺は乱雑に置かれた書類の整頓でその顔を見ていなかった。
そして、リノアはいつもより低いトーンで俺に告げた。



「言っとくけど、今の“サヨナラ”は“別れる”って意味だからね!バイバイ、スコール」

「ああ。わかって……(おい、今なんて言った?)……リノア!?」



顔を上げた時にはすでに時遅し。
リノアの姿は何処にもなかった。
いきなりだった。
突然の別れ話。
俺はどうすることも出来ず、ただ立ち尽くすだけだった…。



*
*
*

 『ココロを繋ぐ枷』

*
*
*



当たり前のコトだが、夏は暑い。
普通の学園ならば、全施設に冷暖房が完備されているものだが、ここは傭兵の養成学園。
好むと好まざるに関係なく、どんな環境にでも出陣しなければいけない人種に、クーラーで快適にお勉強などさせてもらえるわけがない。
そして今日も食堂内は不快指数MAXゲージを振り切っていた。
暑い。
とにかく暑い!
数日前までの涼しさが嘘のように蒸し暑かった。
調理場からの湿気が加わった熱気で、ガーデン内のどこよりも暑い。
地獄風呂・・・そんな表現がピッタリな場所だ。
教官も生徒も口を開くのは目の前のメニューを口に放り込む時のみ。
隣の友人とおしゃべりしながら昼食を楽しむなどもってのほか!
そんな些細な行動でも、更に気温が上がるのだ。
すなわち、言葉と共に口から出る温かい息によって…。
誰もが自分の周りにいる人間に、口をきかせないように無言で威嚇していた。
そう・・・この時期、食堂は一番危険な場所。
とても長居出来るような状況ではない。
だが、ある一角のテーブルに、暑さを全く感じさせず、昼食が終わっても
居座るツワモノが4名。
汗1つ流さず、涼しい顔で談笑している。
そう、この異様な緊張感高まる空間で談笑してるのだ。
周りを気にすることもなく、その口から二酸化炭素と熱気を放っている。
それなのに、何故かその一団には誰1人も粛清に行こうとしない。
その辺の教官や生徒ならば、笑い声が聞こえた時点で、寄って集っての集団リンチ間違いなしなのだが―――


「はんちょってば、異常なくらい働き過ぎだよねぇ」


好物のストロベリーシェイクをズズッと啜りながらセルフィがぼやく。
彼女の周辺から何故か涼しい風が吹き出してくる。



「セルフィ、シヴァにあともう1度くらい下げてもらってくれる?」

「ラジャ〜。・・・このくらい?」



ひんやりした空気が周辺に広がる。
ジャンクションしたシヴァを召喚せず、冷気だけを放出してもらっている
のだ。
ジャンクションしていれば誰でも出来るわけではない。
かなり相性と新密度が良くなければ出来ない芸当だ。
しかし最近は、ジャンクションによって記憶が失われることが公になり、園長や教官の許可なく無断で使用することは禁じられていたのだが…

職権乱用。
もといGF乱用。
だが、この事実上最強メンバーな彼等に進言出来る者は、このガーデンに誰1人もいない。
それどころか、最近毎日このメンバーが座る周囲の席をめぐって、争いが起きないように、毎朝くじ引きによって全生徒から公正に選ぶぐらいだ。
一応立場上、一番エライはずの園長も…黙認している。

そして今日もこのメンバーの周囲に座れたラッキーな生徒達は、微かに流れてくる冷気に幸せそうな顔をしている。



「ん〜vvv気持ちいいvvv で、例の件なんだけどね、それとな〜くスコールに話を振ってみたんだけど『自分の誕生日なんかを祝うよりも、依頼や書類の1枚でもこなしてくれ』・・・ですって」

「はんちょらしいっていうか・・・仕事馬鹿?」

「馬と鹿が可哀想だわ。言うならカタカナ変換でバカよ」

「ホント、つける薬ないくらいバカだよね〜*」

「こうなったら実力行使しましょうか?」

「ストップ?石化〜?」

「毒で大人しくさせるもの良いかもね…ふふっ」



誕生日パーティ…さすがに十代後半でお誕生会というのは抵抗を感じるものがあるかもしれないが、最近、以前にもまして仕事の鬼となったスコールの気分転換を兼ねた案だった。
馬鹿騒ぎをするつもりはない。
数日後に控えたスコールの誕生日を、偶然揃った孤児院で育ったメンバーで祝いたい…ただそれだけのコトなのに、スコールは頷いてくれなかった。
姉的存在を自負しているキスティスとしては、当然面白くない。
イベント大好きのセルフィもだ。
話の流れが剣呑になってきたところで、それまで涼しさを堪能していた男性陣もようやく防波堤役として会話に参戦してきた。
石化・毒…このままだと実行しかねない。
それでは、あまりにもスコールが気の毒だ。



「孤児院メンバーが1人足りないのが原因かもしれないぜ?俺もやっぱり

アイツがいないと落ち着かないっていうか…」

「“かも”じゃなくて、絶対ソレも原因の1つだけどね。これだけ昔一緒に育ったメンバーが揃っちゃうと、余計に今まで一緒にいた存在が気になるもの」

「あたしも、サイファはんちょに会いたいな〜」

「そうは言ってもさ〜、彼は二度と戻ってこないんじゃないかな〜?だいたい未だに何処にいるかもわからないんでしょ〜?」

「わかってるけど…彼のコト、このままってワケにはいかないし…。ホント、ガーデンの情報網使っても見つからないなんて…この隠れ方は人間業じゃないわ。腐っても魔女の騎士ってことかしら?」



キスティス・ゼル・アーヴァインがそれぞれ重い溜息をつく。
そこへ片手を挙げながら席を立ち提案するセルフィ。
座ったままでも会話は成立してるのだが…



「ね!ね!ね!人間がこれだけ捜してもダメなら〜、人間辞めちゃったヒトなら探せるんじゃないかな〜?」



“人間辞めちゃったヒト”=現、魔女ことリノア・ハーリティだ。
酷い言い様である。
彼女にしたら魔女になりたくてなったワケじゃない。
だが、そのことを誰かが指摘するよりも違う意味で空気が凍る。
誰もが故意にこの話題に触れなかったのに…
元気ハツラツ娘はあっさりとジョーカーを引いた。



「セルフィ…確かに(元)魔女の騎士を捜すなら魔女が適任だけどね…」

「ウチの指揮官と破局したのって10日前じゃなかったかな〜?」

「本人は必死に隠してるつもりだけどな」

「あ、そうだった★」



スコールが仕事の鬼になっている原因。
リノアとの破局。
指揮官室の窓から、リノアの怒りまくった声は、外を歩いてた生徒の耳に入り、あっという間に噂は広がった。
感情の起伏がほとんどないせいで、まるで何もなかったかのように見えるが、スコールの仕事量は目に見えて異常なほど増えている。
ショックを受けているのは間違いない。
仕事をすることが悪いわけじゃないが、物には限度とうもんがある。
あれでは近いうちに倒れるのは目に見えてる。
だから、パーティーをを開いて、せめて少しだけでも気分を浮上させてやろうとしたのに…それすらも断る始末。
あの男がガーデンにいたら…荒療治かもしれないが、スコールも仕事ばかりしている余裕はなくなるだろう。
昔からスコールを、あらゆる手を使ってバトルに誘い出していた男だ。
ただし、現在行方不明。



「今、リノアが絡むと、いくらなんでもスコール怒るぜ?」

「う〜ん。やっぱり、はんちょ怒るかなぁ?」

「そりゃ怒るよ〜。古傷どころか、まだ新しい傷だしねぇ…」



新しい傷ことリノアに、リノアの元彼でもある古傷のサイファーを捜してもらう。
なんとも妙なハナシだ。



「でも私達に誕生日を祝って欲しくないって言うんだし?それならスコールを仕事から引き離すには、彼しか方法はないでしょ」

「なんかよー、見つけたらスコールの方から即バトルとかしそうだよな」

「あはは〜。失恋の八つ当たりともいうけどね、こんなに心配かけさせたんだもん、スコールはんちょの特殊技の2・3回くらい受けて当然だよね〜」

「ミンナさぁ、スコールがバトルに勝つことしか考えてないけど、もしかしてその逆もあり得るわけで…」

「「「………」」」



アーヴァインの控えめな意見に一瞬残りのメンバー全員が押し黙る。



「あっれ〜?わたし、一瞬記憶飛んじゃった〜*アーヴィンさっき何か言った〜???」

「お、俺も一瞬耳が聞こえなかったみたいだぜ。さっきアーヴァイン何か言ったのか?」

「あら、アーヴァイン何か言ったの?」



3人の男女が、極上の笑顔で狙撃手に問う。
ただし目は笑っていない。



「………な、なにも言ってまセン…」

「ふふっ、じゃあ何も問題ないわね?えーと、リノアの携帯番号は…」



一部の意見を聞かなかったコトにして、サイファーを捜してもらう為にリノアを呼び出す。
なんだかんだと言っても、ここにいるメンバー全員飛び出したきりの男のことが気になっていた。
気にはなっていたが、きかっけがなくて誰も言い出せなかっただけなのだサイファーもイデアと同じく魔女の犠牲者なのに、彼と雷神・風神達だけを逃亡者の身にさせたくなかった。
出来ることなら、ガーデンに戻ってきて欲しい。
たとえ、ちょっとくらい誰かが犠牲になっても…

もはやスコールの誕生日を祝うどころか、その主役が犠牲になっても、だ。


その本人は今も昼休みを削って仕事中。
そして、スコールが知らない間に、色んな人間が絡んだ計画が着々と進んでいった…











「オッハロ〜vvv スコール元気???」



元気印100%なセリフと共に、先日、一方的に別れを告げガーデンを出ていったリノアが、指揮官室の扉を開け入ってきた。



「俺は2週間前に失恋したんだ。元気なハズないだろ?」

「それは失礼しましたぁ。だって仕方ないでしょ?スコール、私のこと好きじゃないんだもん」

「俺はアンタのこと好きじゃないなんて一言も言ってない。それなのに別れた理由を俺の所為にするのか?」




なんだよ。
電話しないとか、好きって言わないとか、遊びに誘わないとか…
子供じゃあるまいし、そんなことで別れ話なんてたまったもんじゃない!
しかも俺のせいだって!?
だいたい俺がリノアのことを好きじゃないって何で決め付けるんだよ?
自分も死ぬかもしれないのに、宇宙に出てまで彼女のことを捜したんだぞ?
魔女記念館から強引に彼女を連れ出したりもした。
好きでもない相手にそこまでする義理はない。
それをどう見て好きじゃないって言い切れるんだ???
かえって場所をわきまえず、好きだの愛してるだの言ってるヤツの方が嘘くさいだろ。

俺がムスッとしてると、リノアが悪戯っぽく笑った。
そんな表情も魅力的で好きだ。
こんなに惹かれるんだ…それなのに…何で…
俺は、リノアを守る為なら何だってするのに…



「機嫌悪そうだね」

「当たり前だ」

「あのね…やっぱり私達さぁ、偽りの恋愛だったよ」

「何だよそれ?」

「実はね、魔女には人の心を縛るチカラがあるんだって」

「心を縛る?」

「私、ガルバディア・ガーデンで魔女のチカラを継承したでしょ?思い出してみたら、それからなんだよね。スコールが私のことに目を向けるようになったのは」

「そんなこと…ない」

「それまで結構、私のことウザがってたじゃない?目が覚めたら、急にやさしくなってるんだもん…驚いたけど、私が意識ない時に何か心境の変化があったのかな〜って思ってた」

「……」



確かにあの時からリノアが気になり始めた…気がする。
それまでは違う意味で気にはなっていたが…
あのサイファーと付き合っていたリノア
そして俺の知らないサイファーを知っているリノア
俺の目の前でサイファーを抱きしめたリノア…まぁ、あれは魔女に操られてだけどな。
そのリノアが意識不明になったら、自分でもどうかしたんじゃないかってくらい無性にリノアのことが気になった。
また笑いかけて欲しかった
また話しかけて欲しかった
それが可能になるならば、どんなことをしても目を覚まさせるつもりだった。
でも…それが魔女のチカラだって?
冗談だろ?


「私ね、結構色んな男の子と付き合ってたんだよね。だから、急に別人みたく優しくなったスコールにだんだん違和感を感じてきたの…これはチョット変だな〜って」

「俺はこんな所で育ったからな。普通じゃないんだろ」

「それならサイファーだって同じでしょ?サイファーは、ちょっと大人ぶったフリはしてたけど、それでもちゃんと普通の男の子だったよ」

「普通って…何だよ?」

「人はね、恋をすると、ココが苦しくて熱くなるんだよ」



そう言って、リノアは俺の胸を指で突く。
心臓?
心臓が熱くなったらヤバイだろ?



「スコールは優しくなったけど…優しいだけ。肝心な部分で醒めてた」

「そんなことはない。アンタが危ない目にあった時、俺は他のことなんかどうでもいいくらい、アンタのことしか考えてなかった」

「だからそれは…魔女を守るための、騎士としての義務なんだって…呪縛の作用でスコールは必死になって私を助けにきてくれたんだよ」

「そんなの嘘だ…アンタが…俺を騎士候補として選んだのは、その後だっただろ?」



アルティミシア城に行く前、俺達は朽ち果てた孤児院に行った。
約束の場所を決めたのもあの時だ。
そこでリノアは俺のことをママ先生に“騎士候補”と言ったんだ。
候補…そう、今もまだ正式な騎士じゃない。
たとえ騎士に魔女の呪縛があったとしても、俺は騎士じゃないんだから、それは通用しないはずだ。



「あんなコトいったけど…初めから選んでた。本当は魔女になった瞬間にもスコールのこと私の騎士として選んでたんだ」

「初めからって…あの時点なら、サイファーを選んだ方が自然だったろ。俺のコト冷たいとか言ってたくせに…」

「だってサイファーってば、他の魔女の騎士になっちゃったんだもん。そんなお手付きは絶対嫌。次にカッコイイのは冷たいけどスコールだったんだよね」



お手付きは嫌?
次にカッコイイから?
そんなアホな繰り上がり的順番で俺は騎士にされてしまったのか!?



「嘘だ…魔女は自分だけだからって、そんなフザケタ理由でも通ると思ってるのか?」

「フザケテなんかないもん。ちゃんとイデアさんに聞いたんだから。魔女にそんなチカラがあるのかって…そしたら、騎士を決めるのは、そんなモンだって…しかも、魔女が選んだ騎士は、例え魔女のことを好きじゃなかったり、そしてその時違う誰かを好きでも、それを捻じ曲げて心を魔女に向けてしまう強力なチカラがあるって」



これはきっと、俺にショックを与えて、綺麗さっぱり別れようとしている口実に違いない。
そんなコトさせるものか!



「関係ない。俺はリノアのこと…好きだ」



俺は今更だけど…彼女が望んでいた言葉を口にした。
こんなわけの分からないことで会えなくなるよりは、信念捻じ曲げて“好き”と言った方がマシだ。
魔女のチカラなんて信じない!
これは俺の本当の気持ちなんだ。
傍にいないと駄目なんだ。
離れていて、もし、リノアが危険な目にあっていたら?
魔女だと罵られて悲しい思いをしていたら?
リノアを守らなければいけない。
俺の全身全霊をかけて。
何よりも、自分の命よりも…



「じゃあ、私を好きなら、どうしてあの時すぐに約束の場所に来れなかったのかな?」

「それは…」



くそ。
そう来たか。



「魔女のチカラを凌ぐほど、帰りたい場所を迷ったんでしょ?」

「孤児院には辿り着いたんだ…ただ時代を間違えただけで…」

「時代を間違えるほど、誰を想ったの?魔女のチカラを振り切って、GFのせいで薄れた記憶でも、子供の頃の孤児院に飛ぶほどの強い気持ちだよ?」

「それは…」



言えるわけがない。
あの空間で、思い浮かんだ人物が誰かなんて。
あの時、声に出して呼ばなかったけど…最初に思い浮かんだのは…



「リノア…やっぱりそれはアンタの思い過ごしだ。アンタは、俺がキスティスかセルフィを好きじゃないかって疑ってるんだろ?」



リノアの目が悪戯っぽく光る。



「そんな簡単なことなら私すぐに分かっちゃうに決まってるでしょ!たぶん、スコールは否定するけど、私さ、わかっちゃったんだよね〜」

「?何のことだ?」

「どうせ言ってもスコールは絶対否定すると思うから〜。まぁ、たっぷり時間はあるし、自分の気持ちに気付いて正直になって来てね♪じゃあ、今をもってスコールを私の騎士から解放します!」

「!?」



何かが断ち切れた感じが俺を襲った。
激しい寂寥感。
まるで、帰る所を失ったような…
それが何なのか確かめる前に、手首に感じる新たな衝撃と音。


ガション


ガション???
音の出現場所は俺の左手首。
左手首を拘束した鈍く光る銀色の輪
・・・そして輪に繋がった頑丈そうな鎖



「リノア…何だコレ?」

「見たことくらいあるでしょ?手錠よ、てじょ〜」



それくらい分かるさ。
SeeDだって犯人を全員殺してるワケじゃない。
護送に手錠くらい使う。
俺が聞きたいのは、何故俺に手錠をかけるかってコトで
・・・しかも気になるコトが1つ。



「リノア…もう片方の、この先は何処にあるんだ?」



俺の手首にかけられた手錠の片方は、何故か不自然に空中で消えている。
先が無いのではなく“消えて”いるんだ。
たぶん・・・いや確実に彼女の魔女のチカラで。



「実は、この先って亜空間に繋がってるんだよね。ちなみに片方も人間付きでっす★」



嬉々とするリノア
人間付き?
ああ、嫌な予感…というか悪寒が…
俺、絶対今、嫌そうな顔をしてるんだろな。
それに気付かないハズないのに、リノアは張り切って説明を始めた。
これまでのシリアスな雰囲気は全くない。
この変わりよう、まるで女優だ。



「えーと。では、これから『人のいない静かな保養地で1週間の休暇』をスコールへの誕生日プレゼントとして、計画実行いたしま〜す★」



は?
休暇?
一週間?



「ちょっと待て!何だそれは!?」

「SeeDは何故と問うなかれ〜♪」

「俺には仕事があるんだ!1週間なんて休んでられるか!」

「ヤダな〜。スコール忘れたの?恋人は解消したけど、依頼の方はまだ解消してないよ?ティンバーはまだ独立してないから契約は続行中だよね?」

「それと、コレとは…」

「スコールはクライアントの要求に応えられないのかな???」

「う…」



忘れてた。
ティンバーの独立まではリノアの契約も終わってない。
それに、このクライアントの“命令”には逆らえないように誰かが裏で糸を引いているようだ。
いきなり誕生日に休暇なんて、おかしすぎる。



「保養地は誰もいない絶好の場所で〜」

「リノア…誰がアンタにこの話を持ちかけた?」



リノアの動きが止まり、こめかみをツツーっと一滴の汗が流れ落ちる。



「え、えーと…宿泊地はくつろげる一軒家タイプ。それから…」

「キスティスか?セルフィ?ゼルとアーヴァインはこんな計画持ち出すヤツじゃない…だが巻き込まれるコトは十分ありえるな。それから1週間の休暇をブン取るとなると園長の許可もいる。ということは、あのタヌキ園長もグルか?」



リノアの目が泳ぐ。
全て図星といったところか。
だが、リノアはめげなかった…というかキレた。



「それからっ!一人じゃ寂しいから、暇つぶしの遊び相手付き!なんと、この手錠の先でっすっ!誰かと言うと〜、この先へ飛びこんでからのお楽しみ!じゃあね★」

「お、おい!?」



一気にセリフを怒涛のごとく言い切り、俺を力いっぱい突き飛ばした。
俺の後ろに亜空間が開く。
亜空間は時間圧縮で1度経験がある。
とはいえ、今のは完全に不意打ち状態で・・・俺は亜空間に入った衝撃で簡単に意識を失った。
亜空間の穴が閉じ、指揮官室に残るのはリノア1人。



「あ、しまった!一週間経ったら、自動的に戻れるからね。ついでに彼の説得ヨロシク〜…って言うの忘れちゃった…ま、1週間もあれば仲良くなってるわよね?あの状態で、喧嘩とかしたら最悪だけど…」



あの二人が本気で喧嘩したらどうなるかな?
なんたって、あのスコールと同じ戦闘能力を持つ男が相手だし。
もしかして…ヤバイかな?
お互いの絆を深めてもらう為に手錠という方法で繋いだけど。
どっちも意地っ張りだから親睦を深めるどころか、溝が深くなる場合もあるわけよね?

その場合…1週間後、彼らが五体満足で戻ると限らない。
一瞬、血に濡れた床に転がる片手首を切り取られた一体の死体。
そして、その傍らに佇む、暗い瞳をした勝利者の姿が脳裏に浮かぶ。



「もしかして…何かあったら、やっぱり私のせい???」



わ、私は頼まれたことをやっただもん!
シドさんにはスコールに休暇をあげたいから、ゆっくり休めるところを捜してくれって頼まれたし〜。
ミンナにはスコールを仕事から引き離す相手が欲しいからサイファー捜してって頼まれたし…。
ちょっと私の用事も便乗させちゃったけど。
イデアさんには、スコールを魔女の呪縛から解放するなら、キッチリ決着つけてきなさいって言われたから。
ついでに、手錠つけたのは私のアドリブだけどさ〜。



「…うふっ…うふふっ…私、し〜らないっと!」



そそくさと、リノアは1枚のメモを置き、コッソリ指揮官室を退室した。
そして今回の依頼者の誰にも会わずに、どこへ行くかも分からない列車に乗り込んだ。





*********







気が付くと、俺は何処かの床に転がっていた。
頭が痛い。
目も開けられないくらい、ガンガン痛い。
最悪だ。
原因は分かっている。
リノアが俺を変な空間に押し込んだせいだ。
背中に硬い感触がある。
…ってことは変な空間から出たってことだよな?



「くそっ!…リノア、一体何の真似…!?」



左手首に硬い感触。
そういえば、手錠が…
引き寄せてソレを確認しようと思ったが、重いものがくっついているのか腕も上がらない。
仕方なく左を向いて薄く目を開ける。
左手の先には―――――



「!!痛っ!!」



驚いて飛び起きたら頭が破裂しそうなくらい痛んだ。
左手には、リノアがかけた手錠。
そして、その先には、同じく右手首を拘束された男…
サイファー・アルマシーがそこにいた。
こちらはまだ意識を失ったままだ。



「そういえば…もう片方も“人付き”とか言ってたよな…」



その言葉を聞いた時、想像したのはこの男だったが予感は見事的中。
左手には漆黒のガンブレードではなく、何故かけっこう使い込んだ釣竿がしっかりと握られている。
そして、ちょっと生臭い。



「…暇つぶしの相手って…アンタか」



それにしても、よく見つけたな。
ガーデンが必死に探しても見つからなかった。
…あ。なるほど…だからリノアか。
魔女の力で探してもらったんだな。
実は、俺も密かに専門の人間を雇ってサイファーを捜していたのに、1つも有力な情報は入ってこなかった。
捕まったか…殺された…そんな嫌なことばかり最近考えて、仕事をして気を紛らわせていた。
そこへリノアの別れ話。
凹んだなんてもんじゃない。
奈落だ!奈落!!
キスティス達が心配してたのは知ってたけど、自分の誕生日なんて祝って貰う気分にはなれなかったんだ。
それが何で、こんな目に…
手錠はないだろ?

サイファーが身じろぎをして薄く目を開ける。

「う…何処だ、ここは?くっそ!頭痛ぇ…」
「サイファー、あんたも災難だな」


サイファーが驚いて俺を見る。



「ス、スコール!?」

「アンタ…今までどうしてたんだ?左手には釣竿持ってるし…。しかもアンタ、かなり生臭いぞ?」

「あ?・・・・・・ああっ!?俺のバラム・フィッシュがいない!!その辺に落ちてねぇか!?スコールお前も探せ!!」

「魚ぐらいで大袈裟だな」

「50cm超える大物だったんだぞ!!」

「へえ?」

「オマエ信じてないだろ!?」

「別に?」



サイファーが俺を見て固まった。
微妙に顔が赤い気がする。
何で?



「オマエ…そのよぉ…昔みてぇに…ガキの時みたいに、笑えるようになったんだな」

「は?」

「今笑っただろ?」

「笑うくらい…普通だろ?」

「自覚ねぇのかよ…危ねぇな。これじゃあ、あと2年待つなんて悠長なこと言ってられねーな」

「?何の話だ?」

「べっつに〜?」



その笑いがムカツクんだよ!
俺は悪巧みしながらニヤニヤ笑うサイファーに蹴りをいれる。



「イテッ!オマエ、足癖悪過ぎだぜ?」

「      」

「あ?聞えねぇ。何だって?」

「巻き込んで済まなかったなって言ったんだっ」

「巻き込んだ?」

「首謀者は…孤児院のメンバーとリノアと園長だ。俺に1週間の休暇と暇つぶしの相手を付けると言ってた…まぁ、その相手はアンタだって何となく予想はしてたけどな」

「1週間の休暇ねェ。随分太っ腹・・・って、そういえば今日、オマエの誕生日だったな?それでか?」

「何で…アンタが俺の誕生日なんか知っているんだ?」

「そりゃ・・・」



サイファーが押し黙り、鼻の頭をかく。
何でそこで黙るんだ?
さっきからアンタ変だぞ?
だいたい、俺達なんでこんなに気の抜けた会話してんだ?
敵同士になって戦ったのは、つい最近じゃないか。
俺、再会したら絶対今までの仕返ししてやるつもりだったのに、これじゃそんな気にもなれない。
それに、もっと荒んだ感じになってると思ったのに…何か憑き物が落ちたって感じだ。
以前は、顔見るたびに俺を挑発してたのに…
再開の話題が俺の誕生日?
どうしたんだ一体?
まぁ、生徒の生年月日なんてガーデンのネットワークに公開されてるし、なによりも俺達は同じ孤児院育ちだ。
それぞれの誕生会は必ずやってたんだから覚えていても不思議じゃないけど…。
でも俺は…ミンナの誕生日が何日かまでは覚えてないぞ。



「俺の誕生日なんてどうでもいい…それよりも、ここは何処だろな?」



辺りを見渡せば、どこかの屋敷のようだ。
しかも上流階級の。
自分達が転がっていたこの場所はどうやらリビングらしい。
大きくて高そうなテーブルと、それを挟むように配置されたソファ、品の良いサイドボードに、これまた高そうなコーヒーカップやら飾り皿
がズラリと並んでいる。



「ここは、あの女の…リノアの別荘だろ。何度か来たことあるぜ」

「ふ、ふーん」



やっぱりアンタ、リノアとは浅からぬ仲だったんだな!
別れたとはいえ、なんとなく複雑だ。
っていうか、不機嫌ゲージが上昇中。

ムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカムカ………

どうしてだろう?
リノアに別れ話をされた時より頭にくるのは。
やっぱり、まだ俺は振られたショックから抜け出せていないのか?
このムカムカっぷり。
が、サイファーは俺の気持ちなどお構いなしに更に谷底へ突き落とす。


「オマエもよ、ここじゃなくても他の別荘くらい行ったことあんだろ?」


…行ってない!
アンタは誘われて、ホイホイこんなトコロに来たのかよ?



「…アンタには関係ない。それに…リノアとはもう別れた。ていうか、魔女のチカラで俺の心を縛ってたとかワケの分からないこと言って…解放するなんて言い方したけど、つまりは別れるってコトだろ」

「ははん。やっぱりな」

「やっぱりって何だよ?」

「魔女のチカラってやつだよ。俺もアルティミシアにやられたからな〜」



サイファーも?
あんな嘘くさい話…あれは、リノアが俺と別れる為の作り話じゃなかったのか?



「それって…本当のことなのか?別れるための口実じゃなくて?」

「オマエそもそも、あの手の女好みじゃねえだろ?どっちかといえば嫌いなタイプなはずなのに、ルナティック・パンドラでリノアの為に必死になってるの見て、ぜってー変だと思ったんだよな」

「何で俺の好みまでアンタわかるんだよ?」

「そりゃあ、誰かさんはGFの付けすぎで昔のコトなんか覚えてねぇかもしれねえがよ、俺はオマエがチビん時から一緒だったんだ。長い間見てりゃ、好みぐらい分かるに決まってら」

「俺も最近ほとんど思い出した」



けど…アンタの好みの女なんて…知らない。
アンタがガーデンの外で、リノアと会ってるなんて全然知らなかった。
初めて任務について、リノアがアンタと結構会ってた事実を聞いて、俺…結構ショック受けてた…ような気がする。



「思い出したぁ?ガキの頃から一緒に育ったのもか?」

「ああ…アンタはいつも今と同じで、バカなことばっかりしてたな」

「テメェは昔から根暗だったじゃねェか」

「「悪かったな」」



俺の声とサイファーの声が重なる。
サイファーがニヤリと笑う。
キスティスにもやられたが、これって結構ムカツク。


「まぁ長続きしねぇとは思ってたがよ。でも、魔女のチカラで縛られたにしろ、別れるには、ちと早過ぎだぜ?」

「煩い!アンタだって人のこと言えないだろ!」



自分だってリノアと別れたくせに…。
それなのにサイファーは、しつこくリノアのことを聞いてくる。



「で、実際のところ、あの女のこと、オマエ本当はどう思ってんだ?」

「何でアンタに話さなきゃいけないんだ?ほっといてくれ」



何でそんなに聞くんだよ?。
本当は、好きかどうか聞かれてみると…今ちょっと答えに詰まっている。
あんなに往生際悪くリノアから離れまいとしていたのに、何故あれだけ彼女を好きだったかわからないんだ。
俺…リノアのどこが好きだったんだろうか?
錯乱していたとしか思えない。
特に酷いのが彼女が意識不明になった時。
朝から晩まで、ベットに横たわるリノアに付き添い、彼女が目覚めるのを待っていた。頭の中がリノアでイッパイだった。
その結果…彼女を背負ってエスタまで歩いたなんて…
しかも、エスタに連れて行かれて封印されそうになったら、また連れ戻すとか言ってなかったか?
あんなの俺じゃない!

こんなに意識が変わったのは、リノアに解放宣言されたせいなのか?
今までの行動が恥ずかしすぎて死にたいくらいだ。
あれってマジで呪縛のせいだったのかもしれない。


「その落ち込み方。相当リノアに、いいようにされてたみてェだなぁ?」
「煩い。俺だって混乱してるんだ。操られてるなんて自覚なかったのに思い出したら、自分があんなコト言ったなんて…信じられない」
「まぁ。その辺、同じく魔女に弄ばれた物同士、語り合おうじゃないか」
「何でアンタなんかと…」
「いいじゃねぇかよ。もっと仲良くなろうぜ?どうせ1週間密着生活なんだからよ」
「密着?」


サイファーが左腕を上げる。
それにくっついて俺の右腕が上がった。
サイファーはニヤニヤしながら更に腕を高く上げた。
悔しいけど、サイファーの方が大きい。
その身長差の所為で俺はサイファーの方へズルズル引きずられ、サイファーの体へ密着する形になった。
ドキンと心臓が跳ねる。
な、何だ?今の?


「ほらな?こんなに密着だろ」

「…冗談じゃない!こんなもの、今すぐ外してやる!!」

「んなこと言ってもよ〜、オマエ鍵持ってんのか?」

「ない。でも、鎖を切ることぐらい簡単だ」


と言って、俺はジャケットに忍ばせておいたナイフを取り出した。
ちょっとくらい刃は欠けるかもしれないが、ライオンハートと同じ材質で作ったナイフだ。手錠とは言え、こんな細い金属の鎖くらい…



「?」



カチンと高い音がした。
だが鎖は切れない。
手ごたえはあったのに、まるで何かに弾かれているような…


「おい、この手錠にプロテスかかってるぜ」

「嘘だろ…これもリノアの仕業か?」

「こゆとこには抜け目ないんだよな、あの女」

「最悪だ」

「1週間くらい平気だろ。風呂が一緒だろうが、ベットが一緒だろうが男同士なんだし。なあ?」


サイファーと一緒に入浴?一緒のベット?



「そういえばオマエ、俺が臭いと言ってたな。さっそく一っ風呂浴びてくっか」

「ちょっ、ちょっと待て!?」


俺の制止の声なんか聞く男じゃない。
ズンズンと他人の家を勝手知ったる家とばかりに進んでいき、迷いもせずにシャワー室へご到着。
ポンポンと靴を投げ捨てたはいいが、そこで動きを止め珍しく考え込んだ。



「しまった。上…脱げねぇよなぁ。コレじゃあ」


コレとは手錠。
繋がっている以上、上着を完全に脱ぐことは不可能だ。



「あの女、いつコレ外すって言っていやがった?」

「俺の休暇は1週間って言ってたから…1週間後じゃないのか?」

「1週間も洗濯しねぇ服着てられっかよ!縫い目から解けば、また縫い合わせて着れるよな…よし!スコール、さっきのナイフ貸せ」

「縫い合わせるって…あんた、意外とセコイな」

「煩え!このコートは特注品なんだよ!」



…俺のだって特注品だ。
あ、そうか…サイファーはSeeDじゃないから給料入らないんだっけ。
金銭感覚おかしくなってたから忘れてたけど、特注品って結構金かかるんだよな。
俺の場合、ハンパじゃない額の給料が入ってくるから、この同じジャケットを数枚作らせたけど…
サイファー、可愛そうに…道を踏み外したせいで、こんなことに苦労するなんて…
と、ちょっと同情してると自分のコートを器用に解体したサイファーが、俺のジャケットの縫い目にもナイフを入れていた。



「あ!1週間同じジャケット着たままでいい!!」



が、一足遅く、俺のジャケットの袖は風通しが良くなっていた。



「俺は汗臭い野郎と一緒にいるのは御免だぜ」

「……」



俺のジャケットも解体し終えたサイファーは、アンダーシャツは豪快に切り開いて捨て、目の前でシャワーを浴び始めた。
勿論素っ裸。
俺はというと…何故か目のやり場に困って、そっぽを向いていた。
俺…どうしたんだ?
サイファーに再会してから気持ちが落ち着かない。
リノアのこともあるし、不安定になっているのか?



「おい、スコール。繋がってる腕を使わせてもらえねぇと体洗えねぇんだけど?それとも洗ってくれんのか?」

「ふざけるな。シャワーで洗い流すだけで充分だろ」

「嫌だね」

「おい!!」



俺の繋がった左手をひっぱりスポンジで体を擦り始めた。
呑気にも鼻歌なんか歌って…
俺はサイファーが腕を動かすたびに、反動でサイファーの体に左手が当たりうろたえた。
俺もこんな状態でシャワー浴びなければいけないのか?
何だろう?
嫌というよりも、恥ずかしいというか…
俺もシャワー浴びたら…体とか洗ったらサイファーの手が俺に触れるんだよな。
男同士なんだから別に気にすることはないと思うが、サイファーに裸を見られるのも触られるのも、考えただけで顔に血が上ってくる。
しかも、このままじゃ一緒のベットに寝るわけだよな?
更に…用足すときも一緒なわけで…
これは…黒くなっても…いいよな?

俺の苦悶を知らず、サイファーの上機嫌な鼻歌は止まることなく続いていた。





*****************






「…俺はガーデンに帰る。1週間もアンタとこの状態なんて身が持たない。今すぐガーデンに戻ってリノアに解除してもらう」

「身が持たないって何でだよ?」

「いいから行くぞ!」



俺…何かオカシイ。
もしかして、またリノアに何かされたのか?
兎に角、この手錠を外して貰うのが先だ。

俺は、魚臭さが取れてサッパリしたサイファーを強引に引っ張りながら玄関の扉を開けた。
館の周囲は大きな木が生い茂り、正面玄関の目には立派な庭が広がっている。
そうだよな…リノアってカーウェイの娘だったよな。
このくらいの別荘持っていて当たり前なお嬢様なんだ。
そんな彼女が俺なんかと付き合っても面白いはずがない。
でも、サイファーならきっと気後れもしないで、どんな女とも付き合っていけそうだ。
…まてよ?
本当に別れたんだろうか?
だって、懲罰室から脱走して、リノアの元へ駆けつけて来るくらいだぞ?
あれってリノアが心配で助けに来たんだろ?
サイファーは…まだリノアを好きなんだろうか?
もしかして、リノアもまだサイファーを好きだったのかもしれない。
だからリノアはまたサイファーのこと気になり始めて…
きっとサイファーを魔女の騎士にするつもりなんだ。
せっかくサイファーと会えたのに…またあの時みたいに、俺の目の前から去っていくのか。
そんなの…嫌だな。
なんだ?
何か…胸が苦しくて熱い…

『人はね、恋をすると、ココが苦しくて熱くなるんだよ』

リノアが言ったそのコトバを急に思い出した。
ココって…心臓じゃなくて、心のことだったのか?
でも…これがリノアの言っている状態なら…俺は…
まさか…そんな。



「おい、何考えてんだよ?1人で無駄に考えてねぇで、ちっとは人に聞いたらどうだ?」

「リノアは、アンタに何か言わなかったか?」

「何かって…俺は、釣りしてたらイキナリ真っ暗になってよ。目ぇ覚めたらココにいたんだぜ?」

「そうか…」

「そうかって勝手に納得すんじゃねぇよ」

「リノアが…俺を騎士から外したのは、アンタを騎士にしたいからじゃないのか?」

「何バカなこと言ってやがんだ」

「だって、アンタとリノア、結構いい仲だったんだろ?なんたって脱走してまでリノアなんかを助けに来たくらいだもんな!俺…結構アンタのこと知ってるつもりだったのに…リノアのことは全然知らなかった…」

「待てよ、オマエ。それって…もしかしてリノアに…」


俺は話を聞かず、ズンズンと無言で歩いて庭を突っ切り、蔦に覆われた重圧な正門の扉を力いっぱい開いた。



「!!」



血の気が引いた。
目の前が真っ暗になった。
周りの音は消えたのに、自分の心臓の音だけが煩く響く。

門の先には何も無かった。
足元にはゴツゴツとした岩が剥き出しになった崖
先には何もない
虚空

俺は…この場所を知っている
忘れることなんて出来ない
ここはアルティミシアを倒した後に、俺が彷徨った世界
戻れたはずなのに、何で?
もしかして俺は…あの時からずっと、元の世界に帰れずにいたんじゃないのか?
戻れたと思ったのは夢で、本当はまだ、虚無の世界をを彷徨って…



「おい!スコールどうしたんだ!?」



サイファーが俺を心配そうな顔で見ている。
そんな顔で俺を見るなんて今までなかった。
あのサイファーが俺を気遣うなんてありえない。



「やっぱり、これは・・・・俺の都合のいい幻なんだな…」



そしてまた、俺を1人残して消えてしまうのか?
現れては消え、また現れては消えた仲間やリノアの幻。
それだけじゃない。
見たくない悪夢…宇宙空間を漂っていたリノアの宇宙服のガラスが割れた幻まで。
次第に仲間の顔が思い出せなくなって、今まで俺が人との関わり合いを避けてきたのを痛烈に思い知った。
サイファーだけは…俺が避けても、わざわざ見つけて引きずり回してた分、まだ記憶に焼きついているのか、こうやって思い出せるんだ。
でもきっと…それさえも忘れて俺には何もなくなってしまうだろう。



「嫌だ…もう消えるな」

「オマエ、何言って…?」

「嫌だ…もう嫌だ!1人は嫌だっ!!」

「スコール!!何ワケわかんねェこと言ってるんだ!?ここに俺がいるだろ!!」


痛い…。
サイファーの両手が俺の肩をガッシリ掴んでいる。
そこから感じるサイファーの温もり。
幻には…熱はあるんだろうか?
仲間の幻の時は、触ることも出来なかったのに…
もしかして、このサイファーは幻じゃないのか?


「サイファー。教えてくれ…俺は本当にアルティミシアを倒したのか?」

「ああ。ついでに俺も一緒にぶっ飛ばしてな」



ぶっ飛ばしたのは、俺じゃない。
ギルガメッシュとかいう異世界のワケ分からないヤツだろ…
でも、俺が生み出したサイファーの幻だったら、ここでこんなこと間違うはずないのに。



「俺は…その後、ちゃんと元の世界に戻れたんだろうか?」

「戻って盛大なパーティ開いたみたいだぜ?俺はその頃、FHで釣りしてたけどな〜。頭の上を通過していきやがったんだぜ」



そん時、雷神がデカイ魚釣りやがってよ〜
と、その時に面白いことでもあったのか、サイファーはクククッと笑った。
アンタ…FHにいたのか…。
俺が知らないことを話すサイファー。



「アンタは本物なのか?…俺の記憶から出てきた幻とかじゃないのか?」

「本物だって言ってるだろが」



信じたい。
だけど、俺はまたここにいる…もう何が真実なのかわからない。


「そんなに疑うんなら、俺が本物だってわからせてやる」

「な…に?」


サイファーが俺を引き寄せて、左手で俺の顎を持ち上げる。
目が合ったのと同時に唇が塞がれ、驚いて声をあげようと口を開いた瞬間、温かいものが滑り込んできた。
あまりのことに、頭の中が真っ白になった。
驚きすぎて、抵抗することも忘れていた。
触れた唇と、絡み合う舌から甘い痺れが広がっていく。
息が上がり、体から力が抜けかかった頃、ようやくサイファーは俺を解放した。



「信じられない…男同士で…」

「記憶の中の俺は、キスなんかしなかっただろ?」

「…は?」

「オマエ、今まで俺にキスされたいと望んだことがあったか?」

「…あるはずない…」

「俺が幻覚だったら、オマエの望まない行動するはずないだろ?」



そ…それだけのコトで、俺にキスしたのか?この男は!
確かに、さっきのキスは俺が思いつきもしない突拍子もない行動だ。
しかも俺の記憶の中には、あんな濃厚なキスなんてした覚えがない。
体験もないのに、幻覚で知らない感覚を作り出すことなんて出来ないよな?



「…わかった。アンタは本物だって認める」

「本当にテメェは手間のかかる奴だよな」

「煩い」

「しっかしあの女、自分トコの別荘を丸ごと異次元に飛ばす荒っぽいことすんなー」

「異次元…ということは、やっぱり1週間俺達はこのままなのか?」

「いいだろ。俺は別にかまわねぇぜ?」

「俺が困るんだ」



サイファーが笑いながら俺の頭を手錠の付いてない右腕で抱えた。
肩へ押し付けられた額にサイファーの体温を感じる。
この空虚の世界に、今度は俺1人じゃない。
サイファーがいる。
…でも、どうしよう…
何だか顔を上げるのが、サイファーの顔を見るのが、すごく恥ずかしい。
きっと今俺は、ワケのわからない感情で顔が赤い。

手錠に繋がれた手が、サイファーの手に触れている。
それさえも、気恥ずかしくて離れようとした瞬間、その手が俺の指
に絡めるように繋がってきた。



「!!」



声を出さないようにするのが精一杯だった。
心臓が狂ったみたいに打ちまくっている。
何だこれ…何でこんなにドキドキするんだ???
俺がパニくってるのに気付かず、サイファーは俺の手を強く握った。
…あああ、もう勘弁してくれ…。



「俺な、オマエが2年後にガーデン卒業するの待つつもりだったんだぜ?」

「待つって…どういう意味だ?」



思わず顔を上げてサイファーを見てしまった。
見たら…視線が絡んだら、まるで呪縛のように目を逸らせなくなった。
向かい合って
手錠の所為でお互いの体の距離が近くて
しかも、頭にかかっていたサイファーの腕が、俺が上を向いたことにより首にずれ…まるで抱きしめられているようなカタチになっている。
心臓のギアがトップに入って更に加速する。



「流石に、単身ガーデンに乗り込んで、オマエを攫うなんて無理だろ?だからガーデンの手が離れた時しかチャンスがねぇんだ」

「それじゃ…答えになって…ない」


切れ切れに、やっと答えながら、あることに気が付いた。
密着しているサイファーの心臓も、俺ぐらい早い。



「オマエのことが気になって、気になって、自分でもどうしようもないんだよ!俺は…」



これ以上、言わせてはいけない。
この先の言葉を聴いたら、俺達の関係は今までと違うものになってしまう。
今までの関係が良かったとは言えないけど。
それでも、この先の言葉は同じ男として言わせてはいけない。
でも、
でも、
でも、
…俺は、サイファーの言葉をさえぎることは出来なかった。
静止させるためのコトバを出す喉も、口をふさげる手も、まるで俺の体じゃないみたいに言うことをきかない。



「オマエのことが好きだ」

「俺は…」

「知ってるぜ?俺のこと好きだろ?」

「勝手に…決めるな」

「オマエさ、リノア助けに脱走したことに嫉妬してただろ?」

「それは!」



ニヤニヤ笑うサイファー
ああもう!
観念するよ!
一緒にいすぎて今まで気付かなかったけど
離れてみて分かった
俺が必要としているのが誰かって
これはリノアがかけた魔法じゃない
呪縛が解けたことによって気付いた本当の自分の気持ち
俺は一度ため息混じりに深呼吸をし、そして…


「俺―――――」





そして1週間後、元の世界…指揮官室へ続く亜空間通路が開かれた。
手錠は自然と外れけど、俺達は手を繋ぎ通路を渡った。






「ところで、これなんだろな?」

「さぁ?」


指揮官室の机の上にあった1枚の書置き。



『旅に出ます。捜さないでください』


それがリノアが残していったものだと知るのは、だいぶ後のことになる。







END



あとがき

何が書きたかったのか分かんなくなっちゃった話デス(滝汗)
今でも自分に問いたい。
ポイントはドコなのだ?…と。(TmT)

2003.08.01

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