| 聖者の花 |

更新日:2003.12.14

*****


俺が18歳になった日、サイファーは鉢植えをズイっと目の前に突き出した。
ちょっと変わった形状の緑の葉っぱ。



「オマエさ、今日誕生日だろ。これやる」



は?


「…何だよそれ?」

「ストレス溜めてんだろ?この花、そーゆーのに効くらしいってよ」


俺は“何の冗談だ?”という意味で聞いたのに、サイファーは真面目に手に持った植物の効用を語りだす。
ハッキリ言って気味が悪い。
俺達は犬猿の仲とガーデンでは周知の事実だ。
俺も、アンタは俺が嫌いなんだと思ってるし…
それが突然、俺にプレゼント?
何か悪いモンでも食ったのか?
それとも新手の嫌がらせだろうか。
いつも俺に理解不能な行動を仕掛けてくるが、今回はいつもに増してワケが分からない。
どこだ?どこに俺を陥れる罠が潜んでいる!?



「アンタ…どっか悪いのか?それに花って…それ、咲いてないじゃないか。これじゃあ、ただの草だ」

「俺はどこも悪くねぇし、これは草じゃねぇよ。セント…なんとかって言う聖人の名前がついたハーブなんだってよ」

「それって…セントジョンズワートじゃないのか?たしか昔、神の子を洗礼した聖者の名前が由来のハーブだったな」

「なんだ。知ってんじゃねぇかよ。相変わらず性格悪ぃな」



それはアンタだろ。
それに俺が知ってるのは名前と由来だけで、実物は見たことが無いんだ。
そういえば…たしか、このハーブの花が咲くのは初夏だ。
8月現在、思いっきり花の時期は終わっている。
やっぱり嫌がらせか?
花の鑑賞が終わって、いらなくなったから俺に押し付けるつもりなのかもしれないな。
相変わらず汚い奴だ。

俺が警戒心バリバリに対峙してるのに、サイファーはいつもの馬鹿にした笑いでなく、なんというか…照れたような、はにかんだ笑いを浮かべていた。






…誰、コイツ!?





こ、こんなのサイファーじゃない!!
っていうか、アンタ本当にどうしたんだ???
気持ちの悪さに、手に冷たい汗がにじんだ。
動揺しているせいか、俺もいつものペースが崩れて、憎まれ口の1つや2つ返してやることも出来ない。
逆に、口から出てくるのは、いたってマトモな返答ばかり。



「ま、これでも部屋に置いてリラックスしろ」

「アンタな…普通、ストレス緩和が目的なら、錠剤かハーブティを飲むもんだ。ナマの葉っぱ寄こして俺にどうしろと…」

「へぇ?随分詳しいな。ハーブに興味あんのか?」

「…別に」



実はすでに錠剤を服用しているが、馬鹿にされそうで言えない。
大体にして、ストレスの根源は目の前の男だ。
特に今現在!
人間って、理解不能の生き物を目の前にした時、最大のストレスを感じるもんなんだな…。
俺が黒くなりかけているのに、目の前の男はご機嫌だ。



「ま、いいじゃねぇか。部屋に植物でも置けば視覚的にもストレス解消になんだろ?」

「世話するのが面倒だ。アンタ、持って帰れ」

「酷ぇ。水やるだけだろが」

「嫌だ」

「なぁ頼むよ。貰ってくれ…いや、預かってくれよ。明日からの長期任務でいない間でいい。これを俺だと思って…な?」



頼むって言われても…困る。
アンタの任務は、明日8月14日から12月上旬までの約4ヶ月間だぞ。
苦手なんだよ。
そういうの。
俺はサボテンでさえ枯らすんだ。
そんな長く枯らさずに世話するなんて俺には絶対無理。
それにアンタ、人畜無害の植物を極悪非道な自分の身代わりにって、どういう神経をしてるんだ?
自分を超過小評価もいいところだ。
グラットとオチューじゃ小物過ぎてアンタの代わりになんかならないし…。
アンタの代わりになる植物って、怪獣映画に出てきた薔薇の巨大モンスター“ビオランテ”ぐらいか?
毎日、サイファーの代わりに、植物モンスターに振り回される自分を想像し…
ちょっと悲しくなった。
…でも。
バトル訓練や喧嘩の相手がいないのはツマラナイな。
きっと俺は暇を持て余すだろう。
あの時みたいに。
サイファーが魔女の騎士になってガーデンから飛び出したときのことを思い出した。
指揮官を押し付けられて、暇ではなかったけど満たされなかった毎日。
信頼出来る仲間はいたけど…いつも不安で押し潰されそうだった毎日。
アンタが戻ってきたら、それらが全てなくなった。
別に仕事を手伝ってもらってるわけでもなのに、何故だろうな?
かわりに違う問題が増え、頭が痛い毎日だが。

それでも、俺にとってアンタという存在は、かなり大きいのだと自分でも驚いている。
任務に行ったら、またあの状態に戻るのか?
何だか…嫌だな。


「任務の期間、もう少し短くならないかな」


思わず口に出してしまった。
サイファーが少し驚いた顔をしている。
何か俺、スゴ〜ク誤解されそうなコト言ったよな?



「そんなに自信ねぇのかよ?」

「人には、向き・不向きがあるんだ。俺には出来ない」

「オマエは大丈夫だよ」

「…」



植物のコトを…言ってるんだよな?
まるで、俺自身のことを言っているようにも聞こえる。
まさか…そんなハズはない。
今の話題は植物で、それにサイファーが俺にそんな言葉をかけるはずなんかない。



「それにしたって、任務に変更加えんのは無理だろ。俺には拒否権ねぇんだぜ?」

「俺、そういうつもりでは……すまない」



今回の任務は過酷だ。
期間だけでなく内容も。
任務地はティアーズポイント周辺で、月の涙によって落ちてきたモンスターの駆逐だった。
あの地区のモンスターはアルケダイオス級の手強さで、SeeD数名のパーティーでも命を落とす危険が大きい。
それなのに、ガーデンに要求してきて人員はサイファーのみ。
他の傭兵はエスタ側で集めるといっていたが、その意図はこの任務内容を聞いた人間全てがわかっただろう。
勿論、サイファー本人にも。

これは“任務”という名の処刑だと。

だが、断ることは出来なかった。
世界各国のTOPとガーデンを交えた会議で“魔女の騎士”を裁かないかわりに1つ条件がついた。
今後、サイファーを指名の任務は、何があっても断らずに遂行すること。
それが、たとえ生存が難しい任務であっても、だ。
いつかは、こんな任務がくると思っていた。
でも、それがエスタからだとは思わなかった。
17年目にして知った、まだ数回しか会っていない肉親でも、裏切られたと思う自分に笑える。



「俺は鉢植えなんかいらない。でも、アンタが…帰って来るまでなら預かってやってもいい」

「それでいいぜ。12月にちゃんと帰ってくるからよ、絶対枯らすなよ?」



そんなに大事なら俺にじゃなくて雷神や風神に頼んだらいいのに。
雷神は虫を観察してるくらいだから、俺より植物の世話に向いている。
それなのに、何故俺に…



「水をやるコトが俺の“任務”だと思えばやれる」

「オマエな…」

「だから、ちゃんと戻って来い」

「おい、誰にモノを言ってる?きっちり任務済ませて、オマエの所に戻って来るに決まってるだろ」



俺の?…俺じゃなくて、バラム・ガーデンだろ?



「ところで、俺の誕生日にこんなもの押し付けても、俺はアンタの誕生日に何かするつもりは全くないからな」

「自分が貰ったら、相手にも返すのが常識だろ」

「だから俺はいらないと…アンタ、まさか俺から何か貰うつもりだったのか?」

「どーせ、オマエのことだから、俺の誕生日に何か買うなんてしねぇと思ってたさ。だからオマエの所に直にイタダキに行くつもりだったが…ソレ、貰わねぇで、預かるだけじゃあ計画は失敗だ」



アンタ…やっぱり汚いコト考えてたんだな。
良かった。素直に受け取らなくて。
でも、俺が持ってるもので、サイファーが欲しがるような物は何もないと思うが…。
もしかして『月間武器 創刊号』か?
確かにあれはレアだが、仲間と一緒に見つけたものであって俺のモノではない。
それに、読みたかったら貸すのに…。



「アンタが何を欲しがっていたかは知らないが、俺の持ち物で、ガンブレ以外というのを限定で、それでも欲しいものがあったら誕生日に持っていけ」

「本当か?約束だぞ?」

「だから、アンタも無事に帰ってきて、これを引き取るって約束しろ」

「わかった。約束するぜ……これは約定書がわりな」



咄嗟でかわすことが出来なかった。
気が付いたときには、サイファー顔が離れていった。
俺の唇に微かな温もりを残して。



「サイファー!!」

「ごちそーさん」


そう言ってアイツは笑いながら俺の鉄拳をすり抜けた。



「馬鹿!死ね!」

「明日から毎晩電話すっからな〜」

「着信拒否だ」

「部下の報告聞かねぇなんて指揮官失格だぜ?」

「!!」



今度は俺の蹴りを見事にかわし「じゃあな〜」と言いながら逃げていった。

そして、サイファーが任務に出て2週間目。





毎晩定時刻に来ていたサイファーからの連絡が…


途絶えた。









俺は静かに通信を切った。



「スコール、今のってエスタからなんでしょ?…サイファーからは今日も何も―――」

「…キスティ。アイツと一緒にいた部隊が、全滅と確定されたそうだ」

「そんな!!」

「大きな擬似魔法の発動跡と、火薬の爆発跡に残っていた小さな肉片から、全員のDNAが検出されたとエスタ側で言っている」



それも、いつもなら下っ端の連絡員の報告だったが、今回は大臣であるキロスから直接だ。
今回の任務の間、ラグナは1度も俺に通信を寄こさない。
流石に合わせる顔がなかったのだろう。
でも俺は、ガルバディアやドールでないだけ、まだマシだと思っている。
最初のうちは恨んだが、今ではエスタが憎まれ役を買って出たことに感謝さえしている。
報告の状況から言って、サイファーは闘って死んだ。
たとえ、最悪の条件でも。
モンスターだけでなく、周囲の人間が全て敵という状態の中を、数ヶ月も生きていれるはずがない。
2週間でも、頑張った方だといえる。
その中で、毎晩俺の携帯にアホな内容の電話してきたなんて…。
擬似魔法と爆撃の相討ちか。
なぶり殺しにされない所が、いかにもアンタらしい。



「スコールは…それでいいの?」

「良いも悪いも、現実はそんなもんだ。奇跡なんて馬鹿げたものも期待もしてないしな」

「……」

「最期は、アイツらしく闘って死ねたのだから…本望だっただろ?」



キスティスが無言になる。
俯いているせいで表情は見えないが、肩が小さく震えている。
俺の言った言葉に傷ついているのかもしれない。
でも仕方ないだろ?
サイファーはもう…いないんだ。

俺はキスティスを残し、指揮官室を出た。
俺にはそうすることしか出来なかった。
彼女を慰めることが出来ない。
…俺にも、そんな余裕があるわけなかった。











自分の部屋に戻り、俺はベットに倒れこんだ。
まだ昼を過ぎたばかりで、仕事は山ほど残っている。
でも、何も考えたくない。
ふと目の端に鮮やかなグリーンが映った。
サイファーが俺に押し付けていったハーブの鉢植え。
預かってから4ヶ月経ったセントジョンズワートは、伸びて伸びて、今では50センチを超えてしまった。




「嘘吐き」




小さく呟いたつもりだったが、俺しかいないこの部屋で、その声は空気を切り開いたかのように鋭く響いた。
何気なく言った俺自身の心の奥底までザックリと。
考えないようにして、無理やり封印していた気持ち。
それが、まるで解凍されたかのように激流となって流れ出し、どうしようもなく胸が痛んだ。
…やばい。
目と鼻の奥がツンと痛くなってきた。
歯を食いしばって必死に堪えようとしたが、決壊したダムのように溢れ出した水は、俺の頬を伝った。



「くそっ!守れない約束なんか、初めからするなっ!」



まともな言葉を言えたのはそれっきり。
あとは嗚咽と言葉にならない声が俺の意思を反して勝手に出てくる。
サイファーからの連絡が途絶えても、絶対に戻ってくると確信していたのは何故だろう。
俺は、あんな子供騙しな口約束を信じていたのか?

今日はサイファーの産まれた日だ。
生きているなら、もうとっくに帰ってきている。

サイファーは死んだ。
もう二度と会えないんだ。





「うっ…ううっ…………イファーッ!!……」










どれほど時間がたっただろうか。
気が付いたら部屋の中は暗かった。
まさか俺、泣きながら眠った…のか?
これじゃあ、小さな子供と同じだ。

恥ずかしくなって、泣く原因を作った鉢植えを睨んだ。
本当は、それを寄越した無責任な男が元凶だが…もうこの世にいないし…な。
身近にカタチがある方へ怒りの矛先を向けるのは自分でもどうかしてるとは思うが、このやりきれない思いを何かにぶつけたかった。
窓辺に置き、冬の冷たい月光に照らされた、もう小さいとは言えなくなってしまった鉢植え。
が、何か違和感を感じる。
いつも注意して見ているわけではないが、何かが―――――



「…あっ!」



緑の茎の先端には、濃い黄色の蕾が今にも咲きそうに膨らんでいる。
昼にはなかった。
いくら鈍感な俺でも、あれだけ見てたら蕾があったら気が付いている。



「そんな…嘘だろ?…こんな数時間で蕾なんか出来るわけない」



しかも、セントジョンズワートの花が咲くのは初夏の頃だ。
いくらガーデン内が暖かいからといって、半年もズレ込むのはありえない。
ベットから起き上がり、鉢植えを良く見ようと立ち上がった時だった。



「っだぁああああーーーーっ!!」



蹴破るようにして開いたドアに、わけの分からない叫び声と共に入ってきたのは―――――



「サ…イファー?」

「間に合ったか!?」


間に合った?
っていうか、何で生きているんだ?
あまりの事態に呆然としていると、サイファーはズカズカと俺の横を通り過ぎ、セントジョンズワートの鉢植えの前で止まった。



「お!ギリギリセーフだな」

「サイファー?ちょっと待て。どういうことだ?」

「説明は後だ。オマエも早くコッチ来いって」

「アンタ、何言って…」

「これな、わざわざ花咲く日付と時間を指定して、オダインに品種改良頼んだんだぜ」

「あの博士…アンタと気が合いそうだよな」



“紙一重”なトコがというのは口には出さず、サイファーの元へ呆れながら行くと、目の前の黄色い蕾が一斉に花開いた。
と同時に、横に置いてあったデジタル時計の時刻が0時に変わった。
12月24日 0時。
まさか…



「スコール。Merry Christmas!」



ゴスッ

俺の右ストレートが綺麗に決まった。
更に足を払い、床に転がったサイファーの上に俺は馬乗りになった。
コートの襟を掴み、締め上げる。



「スコー……もしかして怒ってるのか?」

「当たり前だ!エスタからアンタが死んだって今日連絡あったんだぞ!俺がどんな思いでっ……」


怒りすぎて、その先から声が出ない。
胸が苦しい。
思い切り怒鳴って酸欠になったのか?
でも、ちゃんと息してるのに苦しいのが止まらない。



「わりぃ…やり過ぎたよ。ちょっと驚かそうと思ったんだ。俺が悪かった。だからスコール…泣くなって」


…泣く?
俺は泣いていた。
日中あんなに泣いて涙なんか枯れたと思ってたのに、また涙が止まることなく俺の目から溢れていた。


「アンタ、生きていたなら…何で…」

「あ。俺、一応死んでることになってるからな」

「?…どういうことだ?」

「今回の任務に就いた連中な、全員生きてるぜ」



でも、キロスが肉片から全員のDNAをって…



「まさか…初めから、そういう計画だったのか!?」

「そうゆーこった。他の連中もよぉ、エスタの裏方で動くために表向きは死ぬ必要があったんだとよ」

「…バラムガーデン側はそんなこと何も聞いてない」

「クククッ…園長とキスティは知ってるぜ〜?」

「何だって!?知ってながら俺には隠してたのか!!何で…」

「俺が言うなってお願いしたんだよ」



それが事実だとしたら、俺が最後に見たキスティスは…
実は笑っていたんだな!
肩を震わせていたのは笑いを堪えるのに必死だったからか?
心配するふりして、本当は騙していたなんて信じられない!
しかも、何ヶ月も!!



「俺はここの指揮官だぞ。勿論、正当な理由があるんだろうな?」

「聞いても怒んなよ?あのな…クリスマスに感動的な“奇跡の生還”ちゅ〜のをやってみたかったんだよ」



サイファーの頭の中では、再開した二人が抱き合い、奇跡の夜に愛し合う
…というロマンティックな計画だったのだが。
すべて計算づくの行動に“奇跡”もヘッタクレもあったもんじゃない。
スコールの体はジリジリとガンブレードへ向かっている。
こんなアホな答えを聞かせられたら誰でも殺意を覚えるだろう。
が、能天気な声がその足を止める。



「おい、スコール。2日遅れちまったが、俺の誕生日に欲しいもんくれるって約束したよな?」

「俺に、こんな仕打ちをして、まだモノを欲しがるか!」

「俺は約束守ったぜ?ちゃ〜んと生きて戻ったじゃねぇか」


戻って来る方法や、経緯まで指定しなかった自分が悪いのだろうか?
いや、俺は悪くない。
こんなフザケタ計画する男が普通じゃないんだ。
でも、約束は約束だ。



「アンタは何が欲しいんだ?」
「俺の欲しいモンは―――――」






その夜、バラム・ガーデンから指揮官の姿が消えた。
自主的に出て行ったのか、誘拐されたのか…世間ではかなり騒がれ追求されたが、バラム・ガーデンは真実を公表することはなかった。






数年後、時折思い出したかのようにTVや雑誌で“伝説のSeeDはどこに!?”という特集がくまれるが、当時の騒がしさは殆んどなくなった。



「人間の記憶って、こんなものよね」
「どうしたんですか?急に」



キスティスの呟きにシド園長が問う。



「以前、スコールが言ってたの。“過去形にされるのは嫌だ”って」

「今は皮肉にも、それで彼等の身が守られているわけですがねぇ」

「有名になり過ぎるのも問題だわ」

「それでも、まさかあんな依頼がくると思いませんでしたねぇ」

「確かに、あのままだと彼が言ったことが現実になっていたわ」

「そうですね。ラグナは昔からずっと先の事を見て行動していました」

「あの二人、元気でいるかしら?」

「便りがないのは元気な証拠です」



エスタから来た、サイファーへの依頼は表向きだった。

“息子を世界と政治の犠牲にしたくない”とラグナは相談してきた。
伝説のSeeDと名前を世界に知られたスコールは、あと2年でガーデンを出なければいけない。
だが、どこの国へ行っても、それは周囲の国にとってその存在は脅威であり、それではと、ガーデンに残っても“軍事国家”として頂点に立たれるという恐れもあった。
エスタへ行くのが一番平和的だが、政治的駒になるのは分かりきっている。
ラグナはそれが嫌だった。



『今まで何にも出来なかったのに、今度は息子の一生を束縛するのは、俺さぁ、すげぇ嫌なんだよ。何とかしてコッソリ逃がせないかな?』



スコールは知らない。
自分を世界から解放するために、隠された計画が動いていたことに。
そして、今日もどこかの静かな森で罵倒が聞こえる。



「馬鹿!死ね!アンタなんかの誘いに乗るんじゃなかった!」

「今更遅ぇよ。俺、返品する気なんて更々ねぇし」



ガンブレードの剣戟の音に恐れをなして、近隣の山野にはモンスター1匹いない。
少し知能があるレベルの高いモンスター間で“あの場所は冥界への直通路だ”と更に“姿を見たらアイテム落として逃げるべし”と伝達され、近頃は手強いモンスターは現れていなかった。
モンスターさえも認めてしまった男二人の住家は、人里はなれた山野にある。
粗末ながら、二人で協力して建てた家の周辺には、増えたハーブが広がっている。
木を切り倒し、開墾した場所には違う種類のハーブが植えてあった。
小さな仔牛1頭と数羽の鶏が、二人にとっての家族だ。
時折、生活必需品を買い求めに近くの村へ降りるが、村人はこの二人が誰なのか知らなかった。
勿論、伝説のSeeDと魔女の騎士であるなどと夢にも思わない。



「よ!じいさん。この前のハーブどうだ?」

「おお!よく効いたよ。足の水虫が綺麗サッパリ消えちまったい」

「そりゃあ良かったな」

「ところでよ、いい縁談があるんじゃが、どうかね?ワシの孫なんだが」

「ありがたいけどよ、俺はコイツがいるから間に合ってるんだ」

「サイファー!」


傍らにいた青年の肩を抱き、ニッカリ笑った金髪の男に老人は目を見開く。



「なんとまぁ…若いのに人目を避けて不思議じゃったが…なるほどのぅ。でも、分かる気もするが…」



顔を赤くして怒ってる青年は、今まで見てきた人間の中で一番綺麗だった。
その昔、美人だと評判だった自分の女房よりも。



「あ!ハーブ屋さんvまたジャスミンとレモングラスが欲しいんだけど、今日、店に納品した中にあるかしら?」


近くの民家から40代の女性が小走りに寄ってくる。
もうこの村の村人全員と顔なじみだ。
若い男手が皆、都会に行ってしまい、時々頼まれてモンスター退治もしているが、ここに来るのは採れたハーブを加工しこの村の店に卸す為だ。



「ああ。今日納品した中にどっちも入っている」

「オマエな、もう少し愛想良くしろよ」

「…悪かったな」

「大丈夫だよぅ。スコールが感情表現苦手なのは村のミンナ知ってからさ。あとねぇ…セントジョーンズワートあるかしらね?」

「おばちゃんにもストレスあんのか?」

「酷いねぇ!ウチの、お爺さんのリュウマチの痛み止めに使うんだよ!」

「…リュウマチの痛み止め」



スコールが呆然と呟く。



「へぇ。アレってそんなのにも効くんだな。おい、スコールどうした?」



やっぱり言えない。
その錠剤を飲んでた時期があるだなんて…。
久しぶりに黒くなったスコールを引きずるようにして帰った後、営業風の男がたった1軒しかない村の商店に入っていった。



「すみません。ココで売ってるハーブが良く効くって噂で聞いたんですが〜」



その後、良質のハーブを育てている農場があると、その世界で有名になるとは、まだ二人は知らない。






「ところで、何であの時、俺にあのハーブをあげようなんて思ったんだ?ストレス緩和とかの他にも何か意味があったんじゃないのか?」

「オマエ、まさか今まで知らなかったのか?由来知ってるくらいだから、てっきり花言葉くらい知ってると思ったんだが…」

「何が?」

「あのハーブの花言葉は“奇跡”なんだぜ」

「だから?」

「だーかーらー、23日深夜に俺が奇跡生還して、24日になった瞬間に、“奇跡”が花言葉の花が咲いたら感動的じゃねぇか」



まぁ、チョット遅刻しそうになって感動的な再会部分はカットされちまったがな〜
と悪びれずのたまう男。


「やっぱりあの時、アンタの手なんか取るんじゃなかった!」

「取らなきゃ今頃泣いて後悔してぜぇ」

「馬鹿!死ね!大体、何が“スコール。Merry Christmas!”だよ!24日はイブで、クリスマスは25日だ!」

「細かいこと気にすんなって。そんな言葉より、愛してるって言ってみろよ」

「俺も馬鹿だよな…こんな奴がいいなんて…」

「ああ?何だって?」

「だから、アンタのこと愛してるって言ったんだよ、。バーカ」


いつも見慣れた痴話喧嘩に、呆れたように仔牛が鳴く。
取り合えず、2人の世界は、本日も概ね平和である。





END







あとがき

豆知識

ST.John's wort=日本名『弟切草』
物騒で爆笑。ゲーム違いだけどね(^^;))

2003.08.01

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