「何だこれ?」
引越しの為に、荷物を整理している時だった。
古い本の間からスルリと落ちた封筒。
本も古いが、封筒も相当古くセピア色だ。
全く見覚えがないが、心の片隅がざわめくように震えた。
01:ラブレター
20歳になったら、SeeDでも寮を出なければいけない。
3ヶ月前に20歳になった俺は、大きな依頼が一段落したのを見計らい荷造りをしていた。
1年前、先にガーデンの寮を出たサイファーと、これから俺は同居することになる。
その家には初めから俺の部屋があった。
家具も1年かけて、サイファーと一緒に選んで買った。
週末はいつも向こうで過ごしてるから、引越しと言ってもそんなに抵抗はない。
だけど、これから毎日あの家から通勤することを考えると、何だか少しくすぐったいような変な気分だ。
しかし…
そんなに荷物はないと思っていたが、まとめると意外とあるもんだな。
特にSeeDになってからは給料も良くて、たった3年で色んな物が増えまくっている。
捨てるもの、あげるもの、持って行くもので大雑把に選り分けてみるが、記憶にない物まで出てきて少しウンザリしてきた。
そんな時に出てきた古い本。
そして本の間から落ちてきた見覚えのない手紙。
「この本は…サイファーのだっけ?」
ということは、手紙の持ち主もサイファー…というのが妥当か。
本のタイトルは【魔女の騎士】
ああ…これは確か子供の頃だ。
いつだか覚えてないけど、サイファーが「面白いから」とか「感動するから」と押しつけるように置いて行った本。
だけど俺は読まなかった。
子供の頃から俺は相当な天の邪鬼だったと思う。
あんまり強く勧められると、逆に読む気が失せるんだよな。
というか、まだガーデンにも入る前で、こんな難しい単語が並んだ本なんて読めるワケないのに…アイツもその辺馬鹿だ。
まぁ、何かといえばアイツは【魔女の騎士】を話題にしてたし、読む前に飽きたというのもあるが…。
「おい。こっちにガムテープあるか?」
「ああ」
サイファーが荷物の小山を「よっこいしょ」と跨ぎながら近づいてくる。
わざわざ来なくても、投げてやるのに…
ガムテープは口実で、荷作りが飽きてきたに違いない。
「アンタ、その“よっこいしょ”っていうのヤメろ。ジジくさい」
「“どっこいしょ”よりはマシだから良いんだ」
「その基準、意味ワカンナイし」
「俺様基準。っつーか、あんまり片付いてねぇじゃねーかよ」
ページを開いた本を持つ俺を見て、サイファーが顔を顰める。
「オマエな〜、出てきた本を読みながらやってると、いつまでたっても終わんねぇぞ」
「読んでない。これ、アンタの本だよな?」
「あ〜?」
サイファーが俺の手元をもう1度見て固まった。
…なんだ?
もしかして、この本をずっと探してたのか?
病気じゃないかってくらい、ホントこの話が好きだもんな。
ずっと返してなくて、俺…悪いことしたかも。
「何で、んなモンまだ持ってんだーっ!?」
「は?」
「て、手紙だよっ!!」
本じゃなくて手紙…の方か?
もう一度自分の手元を見ると、薄らと汚い字で
『スコール・レオンハートさま』
と書いてある。
これは俺宛の手紙?
…読んだ記憶がないな。
すっとこの本に挟まっていたのか?
本を貸したのはサイファーなわけで、その頃に俺宛の手紙。
つまり、差出人は子供の頃のサイファー?
「その手紙を寄越せーっ!」
「嫌だ。俺宛の手紙なら俺の物だ」
真っ赤になったサイファーが、俺の手から手紙を奪おうと手を伸ばす。
気の毒なくらい必死だが、ここで簡単に渡すほど俺は素直な性格じゃない。
足を引っ掛けてサイファーを荷物の山に飛び込ませ、埋まった隙に封筒の中身を引っ張り出して目を通す。
これまた汚い字で…
不覚にも、俺も耳まで赤くなった。
汚いけど真っ赤な文字で用紙イッパイにデカデカと
幸福な時も
幸福でない時も
富める時も
貧しい時も
病める時も
健やかなる時も
死が俺達の前を隔てるまで
傍にいることを
名誉にかけて誓う
なんてマセガキ!
これは結婚式の誓いの言葉をチョット変えただけの文章じゃないか!
なんて恥ずかしいヤツ。
確かにこれじゃあ、取り返したくもなるな。
そう言えば、この本…エルお姉ちゃんがいなくなって、毎日メソメソしてた頃に渡されたっけ。
あの頃の俺もどうかしてるが、こんな手紙をあの歳で、しかも同性に渡すってどうなんだ?
「アンタ…やっぱり真性ホモだったんだな」
「んだよ?自分はノーマルで俺の毒牙にかかった被害者だと言いたいのかよ?」
サイファーが床から起き上がり、俺を睨む。
だって、そうだろ?
こんな熱烈アタックを幼少の頃から受けてたら、どんなにノーマルでも洗脳されて当たり前だよな。
あーあ。
もしかしたら今頃、可愛い彼女と引越しの荷造りしてたのかもしれないのに…
こんな手紙を書く変態のマセガキが傍にいたせいで…
「おい。何考えてるか知らねぇけど、オマエそれ見て自分が何したか覚えてねぇのか?」
「…俺、この手紙読んだのか?」
「何でそういう一番オイシイとこを、しっかり忘れられんだか…」
覚えてない…いや、待て…?
何だろう…何かこう、記憶の奥に引っかかる感じが。
そして何かが「思い出すな!」と警鐘を発している。
「オマエさぁ〜」
ニヤニヤニヤニヤ。
ああ…これは最高の切り札を持っている顔だ。
俺はこれからやってくる衝撃波に備え身構える。
しかし、サイファーの言葉は、俺が張った防壁を易々と越えてきた。
「あの時オマエ、俺のファーストキッスを奪ったんだよな〜」
「!!!!!!!」
嘘だ!
と叫びたい。
だけど俺は思い出してしまった。
………した。
キス…したよ。
しかも唇に。
あの時は、手紙の意味が何だかよく分かってなかったけど、死ぬまで一緒にいるならシド園長とママ先生みたいなもんかな?って俺は思ったんだ。
子供の認識としちゃあ間違っていないだろ?
で、それなら…って、2人がいつもやってた「特別の人としかやらない」という、あの、唇を合わせる行為を真似して…
ありえない!
ありえない!!
今すぐGFに記憶を喰わせたい!!
ついでにサイファーの記憶もゴッソリ喰ってもらう!!
断じてアレは軽い気持ちだ!!
俺は間違っても真性ではない!!
「思い出したみてぇだな。俺のファーストキスを奪った責任を、し〜っかり取って貰わねぇとな〜?」
「俺はあの時、キスの意味を知らなかったんだっ!」
「知らねぇのに出来るって、オマエも真せ…」
最後まで言わせずに荷物の山に突き飛ばす。
が、サイファーが俺の腕を捕まえ、俺も道連れで倒れこんだ。
抵抗してもサイファーがしっかりと俺の腰に腕をまわし離さない。
グシャグシャになる洋服。
雪崩をおこす本の山。
転がる筆記用具。
せっかく荷物を選り分けて、あとは箱に入れるだけだったのに…
あっという間に滅茶苦茶だ。
「放せ!」
「なぁ、懐かしいモン思い出したら、気持ちが盛り上がってきただろ?」
「なるか!この惨状どうしてくれるんだ!?」
「オマエがあの手紙を俺に寄こさねぇから自業自得だ」
「手紙は俺宛だ。絶対アンタに渡すもんか」
「この野郎。俺にだって昔の手紙は抵抗あんだよ。ほら寄こせ」
「嫌だ」
「テメェ…」
「だって、これは…俺にくれた初めてくれたラブレターなんだろ?」
たとえ手紙をくれた本人にだって渡せない。
「忘れてたくせに」
「それについては何も言い返せないけど。でも思い出したから絶対渡さない」
たとえ誓いの言葉をパクって書いたとしても、子供の頃のサイファーが俺に向けたストレートな気持ち。
あの時、すごく嬉しかったのも事実だ。
「じゃあ、オマエも俺に胸がキュンキュンするようなラブレターをくれよ。オマエって俺に一度も愛してるって言ってくれないしよー、言えなかったらせめて手紙で」
「あ…。そういえば、ちょうどアンタに渡そうと思ってモのがあったんだ」
「マジ?」
崩れた書類の山に手を伸ばし、A4サイズの封筒を引きずり出した。
それを抱きしめて離さないサイファーの顔にグリグリと押し付ける。
「心して読め」
「ラブレターにしちゃあ分厚いな?」
「これから一緒に暮らす為の、ルール“100か条”だ」
「100か条!?色気ねぇな〜」
ブツブツ何かを言いながら、紙の束をめくるサイファー。
どんな説明書も最初と最後しか読まないアンタは気付くだろうか?
こっそり間に挟んだ
俺の…最初で最後の愛の言葉。
俺を選んでくれて有り難う。
・・・愛してる。
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