更新日:2008.11.02
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共同生活するにあたって、役割分担というものがある。
ゴミ出し、共同スペースの掃除、そして食事当番。
これらは1週間で当番を交代していたが、食事についてはお互い作ったものに文句を言わないというルールがあった。
しかし・・・
ほくほくと湯気をあげる、テーブルの上に置かれた物体。
数にして1,2,3・・・11匹。
それはどう見ても、ズラリと並んだモンスターの幼生にしか見えないが、食欲をそそる良い香りを発していた。
潮っぽい匂いからして、海に生息するものだろう…
「サイファー、これは何だ?」
「うっわ!オマエ、これ知らないのか!?信じらんね〜!」
ムカッ。
この馬鹿にしたような、優越感に満ち溢れた顔。
恋愛関係にあっても、この変の意地悪さは全く変わらない。
「…知らなくて悪かったな」
滅茶苦茶悔しいが、知らないのに知ってる振りをしたくない。
そんなことをしても、どうせバレるし。
「これはカニだ。蟹。蟹の存在くらいは知ってるだろ」
更にムカッ。
まるで発音を教えるかのように、最初のカニ部分はゆっくりハッキリ発音するサイファーは、やっぱりムカツク
だけど蟹だって?
俺だって蟹の存在くらいは知っている。
目の前のモノには、細く短い毛が生え、小さなトゲが全体にビッシリと全身を覆っていた
「これが蟹?蟹ってもっと表面がツルっとしていなかったか?」
「お前が言ってるのは、ズワイガニのことだろ。世の中には毛蟹っつ〜、棘と毛に覆われてんのもいるんだよ」
名前だけは聞いたことがある。
北の海で取れる蟹だ。
確か高級な海産物だったハズだが、こんなに大量に買えるほど、サイファーの給料は高くない。
「で、これはその毛蟹なのか?」
「いや。毛蟹は高級品で手が出ねぇって。これはトゲクリガニと言ってな、毛蟹と同じ仲間だが、知名度が低いせいか庶民にも買えるお手頃価格なんだよ」
「へぇ」
「でも、味は毛蟹より美味いって、隠れファンが多いんだぜ」
そう言われても実感が湧かない。
やっぱり食べ物は、見た目が重要だと思う。
「蟹なのは解った。それで…今週はアンタが料理当番なわけだが、今夜の晩飯はどこにあるんだ?」
テーブルの上には、パンもスープもサラダもない。
ただ、その異形の物体がテーブルをドカンと占領している。
予想はしていたが、笑顔のサイファーがその物体を指差す。
「晩メシはこれ」
「ふざけるな」
「大丈夫だって。これ食ったら腹いっぱいになるって」
「俺は普通に炭水化物が摂りたいんだ」
「もしかして…食い方が分からねぇから、嫌がってんだろ?」
「!!」
「怒んなよ。まずは食ってみろって。それで腹に足りないなら、別にちゃんと作るからよ」
そこまで言われると文句を言えない。
しぶしぶ椅子に座り、茹で上がって赤くなったトゲトゲの物体を手に取る。
やっぱり食べ物には見えない。
これを最初に食べた人間は、よっぽど食べる物がなくて、切羽詰まってたにちがいない。
取り合えず、最初に足を1本根元からもぎ取った。
イガイガと指に突起が刺さる。
サイファーがナイフで蟹の足に切れ目を入れるのを見習い、俺も硬い殻を切り裂くと、中には真っ白い蟹肉が詰まっていた。
恐る恐る摘んで1口食べてみる。
「美味い」
「だろ?」
「でも手が痛い」
血が出るほど鋭くないが、尖った殻が指刺さり、小さく穴を開けていた。
「思いっきり掴むからだろ。ホラ貸せよ」
そう言って、俺の手元にあった蟹を持っていき、器用に解し始めた。
「ほら、これをこうやってだな…」
「アンタうまいな」
「そうか?」
「ああ。俺はこんなに早く出来ない」
「まぁ、俺は食い慣れてるっつーか」
「しかも綺麗に解してる」
「………」
もう一押しか。
「アンタ本当に凄いな。俺には無理だ」
「じゃあ、俺が全部とってやる!」
ちょろいな。
俺はどんなに美味しくても、面倒なものは食べたくない。
だけど、解してくれる親切な人間が目の前にいるわけで…
これを使わない手はない。
そして蟹を食べる作業に2時間。
確かに満腹にはなった。
そして…
「な、何だこりゃ〜!?」
サイファーの指先はささくれ立ってボロボロだ。
1人で2匹の蟹を食べ、合計4匹を解したのだから当然だ。
途中から俺の策略に気が付いたみたいだが、最期まで蟹を解し続けたサイファー。
馬鹿だと思うけど、そういう所が愛しいと思ってしまう俺も馬鹿かもしれない。
「見せてみろ」
サイファーが差し出した手を掴み、引き寄せた。
小さな穴が開き、ボツボツと白く裂けた指先。
それを口に含みペロリと舐めた。
傷ついた指を全て同じように癒してやると、少し驚いた顔のサイファーが目に入る。
そして俺は言った。
「蟹…まだ残ってるな」
「明日また俺が解してやるぜ」
大成功。
END
サイファー蟹奉行とチョット小悪魔なスコールでした(笑)