周囲に広がる花畑
甘く香る可憐な花
しかし、その中心…俺達の身長ほどもある長い円柱状の装置に羊水を満たし、その中に浮かんでいるのは人間の脳。
浮いてるのは脳だけではない。
延髄から伸びた脊椎神経。
そして一番衝撃的なのが、剥き出しの2つの眼球が何の感情も映さず脳に繋がれ浮かんでいた。
傭兵とういう仕事柄、酷い死体は見たことがあるし、解剖にも立ち会って人間のホルマリン漬けも見たことがある。
だが、ここまでグロくなかった。
出来の悪いホラー映画を見たような気分だ。
これがこの国…いや、この星の最高頭脳マザーコンピューターの本体“ R ”
その“ R ”の正体に俺は気付いちまった。
リノアだ。
アイツしかいねぇだろ。
何故気付いたのか自分でもかは分からねぇが…。
これは直感としか言いようがない。
スコールは、俺よりも長い時間を共にしてきたんだ。
直感でわからなくても、数百年も一緒にいればコイツが誰かなんて気付いてもいいはずだ。
それなのに…
「スコール!オマエ、この脳の持ち主が誰だかわかっていて、んなマネ許してんのか!?」
「誰…て?待ってくれ…アンタは、“ R ”について何か知ってるのか?」
「おいおい。まさか、マジで気付いてねぇってのか!?鈍いにも程があるぜ!?」
「…悪かったな」
「オマエが“ R ””とか呼んでるコイツはなぁ…」
《 ヤメロ ソレ以上 言ウナ !! 》
機械音声を使い、その脳は俺に警告した。
今まで無反応だった脳が活性化し、羊水の水面が細かく波立つ。
脊椎骨を取り除き、剥き出しになった脊髄神経も、羊水の中でまるで波でもあるかのように、ゆらゆらと動いている。
まるで何かの触手のように。
《 彼ハ 私ノ正体ヲ 知ル必要ハ ナイ 》
《 初代モ 望ンデ イナカッタ 》
まぁ、そりゃそうだよな。
脳みそ曝け出して、“こんな姿になりました”な〜んて気軽に言えねぇだろうさ。
だけどよ。
結局、数百年もの間、スコールを騙してきたのには変わりねぇんだ。
ま、気がつかなかったスコールもアホだけどよ。
それでも、機械だって疑わず、ずーっと信じてたわけだろ?
だからスコールは、俺が目覚めるまで精神的には1人だった。
スコールの孤独を知りながら、自分は正体を隠し、そのくせ自分だけは身近にスコールがいるという安心感を味わって。
それって卑怯じゃねぇか?
たとえ、どんな状態でも気心知れた仲間が1人でもいるのと、自分を国を守るための道具としか認識してねぇ奴等しかいねぇというのじゃ全然違う。
いや…違うな。
そもそも何百年もスコールを1人にしたのは俺だ。
俺はあの時、連行しにきた連中を振り切ってスコールと逃げるべきだった。
それなのに自分の罪に酔って、甘んじて判決を受けた。
もう幸せだ、十分だと勝手に決めて。
後に残されるスコールの気持ちを全く考えず…。
リノアの存在はイレギュラーだ。
甘えてんのは…俺の方だよな。
リノアは俺とスコールが普通の仲でないことを知っている。
そして長い時間の先、俺が目覚めることを知っているのに、自分の存在を教えるなんてプライドが許さなかったのか…それとも、まさか俺に気を使ったのか?
人間の心は不変だなんて夢はみてねぇ。
認めたくないが、リノアが存在を明らかにしていたら…スコールは俺よりもリノアに傾向していただろう。
考えられないくらい長い時間だ。
きっと仲間が死んでいく情報を受け取っても、1人で耐えてきたに違いない。
戦死?事故死?老衰?
どんな逝き方でも、ツライのは変わらない。
確かに、今更だし?そりゃあ脳だけなんて見せたくねぇ姿だけどよ。
でも、ここまで言っちまったら後戻り出来ねぇだろ。
それに“正体”とか言ってる時点で、身近にいた顔見知りだってコトを臭わせてるようなモンだぜ?
「サイファー?急に黙ってどうしたんだ?また具合が悪くなったなら…」
「おいコラ!今更カワイイ女ぶってんじゃねぇよ!」
「サ、サイファー?」
俺の言葉にスコールの方が驚いている。
当事者は…と言っても脳だが、カマかけてもボロすらださねぇ。
警告っつーか、攻撃に全く動揺が感じない。
あの、ただでさえ極太の神経と根性だったのが、何百年もの年月で超合金仕様になってやがるな…。
「スコール。オマエよ〜、今まで450年間もコイツと接触してたんだろ?なんでコイツが誰か気付かないんだ?初代の“ I ”と二代目の“ R ”の2タイプの通称…これだけでも一目瞭然じゃないかよ」
「え?まさか…でも…」
突然空気が動き、俺を中心に渦をまく。
足元にあった小石が巻き上がり、俺の肌を細かく傷つけた。
痛て…目に砂が入りやがった。
≪ コレハ 警告ダ ≫
≪ コレ以上 言エバ ―――≫
「なぁにが警告だ、このクソ女!その喧嘩早さ。昔から何か気に入らねぇことがあれば、直ぐにアンジェロをけしかけてたよなぁ?あの頃から、ちっとも変わってねぇぜ?」
アンジェロ…その名前の犬を飼っていたのは、俺達の周りじゃあ1人しかいねぇ。
いい加減、俺のニブイ恋人も気付いてもいいはずだ。
っつーか、今のは魔女の魔力行使だって気付いてるよなぁ???
大体、今まで気付かなかった方がオカシ―――
スコールが息を呑み、俺を見た。
だが、その顔は決して今まで、その考えに至らなかったというワケではなさそうだ。
スコールは、唇を噛み、今にも泣きそうな顔をしていた。
「オマエ…ただ、認めたくなかったのか?」
「まさかとは思っていたけど……やっぱり…リノア…なのか?」
「初代はママ先生だろ?イデアの“ I ”…なぁリノア?」
『馬鹿サイファー!!もぉ信じられない!何で会って直ぐに分かっちゃうのよ!?』
「そりゃ勘だ」
『獣並みの勘よね!今までの私の苦労、全て水の泡じゃないのよ!馬鹿馬鹿!!』
喚きながら、俺達の目の前にリノアの体が出現した。
スコールと同じく、空気中に散らしておいたナノマシンを結合して形作ったのだ ろう。
昔と変わらない姿で、俺達の前に立っている。
声もさっきの機械音声とは違い、肉声とあまり変わらない。
ただし、その身体はスコールと違って透き通っていた。
「リノア…何でこんな姿に…」
『知ってるでしょ?魔女はハインの魔力を誰かに継承するまで死ねないんだよ。だから私ごと封印して貰いたくて自分でエスタに来たの』
こんな姿になったのは、計算外だったけどね。と笑って答える。
笑って済むような問題じゃねぇと思うが、まぁ、リノアは昔からこんな女だった。
そこんトコに惹かれて、一時期俺も血迷ったんだけどな…
リノアの様子からして、体が無くなっとまったコトは誤算だとしても、コイツがいたから、そんな悪い数百年じゃなかったはずだ。
たった1人取り残されるのは…死ぬより始末が悪いからな。
目覚めた時の孤独感
そして、スコールが目の前で消えた喪失感
二度とあんな思いはしたくねぇ。
だから判る。
リノアは、長い長い時間をスコールと共にあり続けたから、絶望はしていない。
だが、スコールは、コイツの性格から言っても、そんな簡単に割り切れねぇだろうなぁ…
「こんなの間違ってる!!」
ほ〜らな。
自分のコト以上にスコールは激昂している。
その様子に両手を腰にあて小首を傾げて呆れるリノア。
映像とは思えないくらいリアルな表情だ。
あ。このスコールも生身じゃねぇんだよな。
科学の進歩ってほんとスゲェぜ。
『そう言うと思ったからぁ〜、言うの嫌だったんだよね。』
「でも…」
『ちゃんと私、あれから50年間幸せだったよ。結婚して、子供が 産まれて、孫が出来て…人間の女としての幸せは一通り。あとは、この力を封 印しちゃえば、この先アルティミシアが魔女として産まれることもないでしょ?そしたら…未来は変わるわ
』
500年前の時点では、リノア以外の魔女は確認されていない。
それならば、リノアさえ封印してしまえば、確かに未来は変わるだろう。
この状態で誰かに継承しない限り。
でも、サラッととんでもねぇコト言わなかったか!?
「ちょっと待て。孫だと?…そういえば、50年くらい前に2代目に切り替わったって言ってたよな?…ということは…」
『サイファー、余計なことを言わないでよ!ちょ、ちょっとスコール!ワザとらしく指使って、その時の私の年齢計算しないで!!』
「オマエ、図々しいヤツだな。かなりイイ歳でここに来たくせに、そりゃ10代 の時の姿じゃねぇかよ」
「…確かに、サバを読み過ぎだな」
『煩いな〜!いつまで経っても乙女心がわからない男達なんだから!』
こんな場所で、しかも状況はかなり悲惨な割には、なんとも明るい再会になっちまったもんだ。
でもよ、ママ先生はいつここに来たんだ?
ママ先生には刑の執行はなかったはずだ。
この世でただ1人となった、魔女リノアの修行をする為に…
それだと時期が合わえねぇんじゃ?
ママ先生が“ I ”として稼動して、その50年後にはリノアと交代?
リノア自身は450年間稼動していると言った。
50年+450年で合わせて500年間。
そして俺が冷凍睡眠したのは500年間前。
それだと俺の刑が執行された同時期ってことになっちまう。
「なぁ…“ I ”は、ママ先生はいつから稼動していたんだ?」
「そういえば、サイファーの刑が執行されてから1年後に、俺はエスタに来たんだ。その時にはすでに…“ I ”は順調に稼動していた」
「1年後には稼動してただと?裁判の時、『次代の魔女を育て る為に』ってコトで求刑はしねぇって言ってたじゃねぇか!!」
「俺…法廷で暴れて摘み出されたから聞いてなかったんだ…それに、親しい者には面会させられないと言って、ママ先生の居場所は俺達も教えてもらえなかったんだ。知っていたら絶対に止めた…リノアはママ先生と修行してるから知ってたよな?なんで教えてくれなかったんだ?」
『だって仕方ないでしょ。口止めされてたんだもん!』
「じゃあ、裁判の時点でママ先生の処遇は決まっていたっつーことか」
裁判の後、ママ先生はエスタに連れてこられたわけだ。
確かに魔女の罪は死刑に値する。
だが…これは人権さえも無視をした最悪な刑だ。
つまりこれは、魔女には人権が無いっていうことなのか?
『そう…私もここに来てから知ったけど、本当はもうあの時…裁判の時には、イデアさんがここに来ることは決まってたの。でも、さすがに機械の一部にするなんて非道すぎて言えなかったんでしょ?それに、死刑に したら…もしかしたらイデアさんに残った魔力で新たな魔女が生まれるかもしれな いって彼等は思ったの。だから…殺さず永遠に生かそうと考えたみたい』
「馬鹿な!イデアの魔女の力はアンタに全て継承されただろ」
『そうだよ。でも、そんなコト、他の人にはわからないからね』
リノアが静かに語る。
500年前にあったこと。
そして現在に至るまでの事実を。
全ては未来を変えるために起きたことだった。
イデアの魔女の力を継承したと言っても、普通の人間にはそれを見極めることが出来ない。
魔女の研究が進んでいるエスタにおいても、完全に“魔女”という存在を知り尽くしているわけではなかった。
魔女の力は死に瀕した時、無差別に継承する。
イデアにまだ魔女の力が残っていたら?
その恐怖が、同じく魔女に操られながらもイデアを極刑にすることが出来なかったのだ。
だからといって放っておくわけにはいかなかった。
未来から来た魔女というより、現実に魔力を振るったイデアの姿の方が恐怖の対象として人々…とくにデリングシティの人間には色濃く記憶に焼きついていた。
殺すこと、死なすことが出来ず、最終的にとった策は永遠に生かし続け、魔女の魔力を利用すること。、
確かに魔女のチカラは目に見えるものではない。
人間は弱い。
目に見えないものほど、人は恐怖を感じる生物だ。
些細な疑いでも封印してしまいたかったのだろう。
…それほどまで、あの戦いの傷跡は大きかった。
「俺の500年冷凍睡眠なんかまだマシだぜ。こんな姿になるよりはな!」
剥き出しの脳を…リノアを指差す。
生きているというよりも『生かされてる』って感じだ。
逃げ出すにも逃げ出すために手足は無い。
ったく、性質が悪いぜ。
『ひっどいな〜。こんな姿でも慣れると愛嬌があるんだよ?それに、最初は脳だけじゃなかったんだよ。ちゃんと五体満足な人間の姿だったし、短いけどパパや友達と面会の自由もあったもの』
「んあ?途中で体が腐ったのか?」
『ち、違うわよ!!って…言わなきゃ駄目?』
「リノア。もう、ここまでバレたんだから全部聞かせてくれ」
リノアが言渋るほどの事態だ。
だが、俺達には聞く義務と権利がある。
『えーとね、私がこの姿になったのは…450年前。ママ先生が暴走して、ここから逃げ出そうとしたから』
「どうして暴走したんだ?俺はあの時彼女の悲鳴を聞いた。穏やかだったマザーが突然錯乱して、それに巻き込まれた俺の意識も暫くは回復しなかった。気が付いたら、1代目は消え、2代目の…アンタがいた。管理者はシステムを新ヴァージョンにしたと言ってたが…」
『彼女が暴走したのは、シドさんが亡くなったからだよ。騎士の死に堪えられなかったの…それに、もう魔女のチカラはなかったのに魔女仕様の装置に繋がれていたから、心も体も限界ギリギリだった。結局、逃げ出すことも出来ず、精神が消滅してしまった…』
「シド園長が……そうか、そうだったのか」
「魔女の騎士か。俺、憧れてたけど、思っている以上に重要な存在だったんだな」
『あたりまえでしょ!誰かさんみたいにロマンだけじゃ務まらないんだから!』
「アンタは…エスタで騎士に巡り合えたのか?」
魔女は騎士の支えがないと歪んでくる。
それを、あの闘いで嫌というほど教えられた。
その、魔女であるリノアが450年間も安定しているの。
それほど、夫となった人物との生活が充実していたのだろうか…
だが、リノアはにっこり笑い言った。
『私の騎士は今でもスコールだよ♪』
「え…でも…別の人と結婚したんだろ?」
『旦那は旦那。でも魔女の騎士はスコールだけ。だからココに来たの。この魔女の力を誰にも継承させたくなかったしね。上手くいけば魔女が引き起こす悲しい未来も変えられるでしょ?』
「リノア…」
まったく、なんて女だよ。
俺が出会った時は、ただの我侭な世間知らずのお嬢さんだったんだぜ?
女って、こんなに変わるものなんだな。
だが、その騎士たる存在は、別の問題で青ざめていた。
「まさか…俺の体も…」
『ダイジョブだって!ちゃ〜んと五体満足。どこも欠けてないよ』
「本当に?」
『ホントだってば。体の情報があるから、ナノマシンで体を構成出来るんだよ 。アタシは記憶しか残ってないから…こんな風にスケスケなの』
「そうだよなぁ。体あったら10代の姿で出てこれねぇよな?」
『ああもう!アンタはいちいち余計なことに気付き過ぎ!!』
「でも…俺の身体はどこにあるんだ?この部屋の近くにあるのは分かっているんだ」
『スコールそのものが、この国の…いいえ、この星のトップシークレットだもん。簡単に分かるような所にはないよ』
そう言って奥を示す。
さっきまで何もなかった壁。
リノアがなにかしたのか、その壁が色が抜けるように透明になって更に奥に部屋が見える。
その先には
「スコール!!」
「何だ?」
俺の横でスコールが応える。
「いや…オマエじゃなくて、向こうの身体の方のスコールで…そりゃ、オマエもスコール
だけどよ…」
「ややこしいな」
「自分で言うなって…ほら、見つかったんなら早く体に戻って出てこいよ」
500年前に別れた姿のままスコールの身体は眠っていた。
十字架のような金属の板の上に、磔られるように固定されている。機械に繋が れていると言ってたから、全身をコードに繋がれているのを想像してたが、体からは不自然な人工物は一切出ていなかった。
「無理だ。そんな簡単なものならとっくに出てるだろ?」
「何でだよ?ほら早く行こう…」
ごっ…
「痛ぇ…?」
そのまま中に入ろうとして思いっきり何かに鼻をぶつけた。
よくよく見てみると、何もない空間だと思ったが、部屋の入り口にガラスよりも透明なものが俺の行く手を阻んでいた。
「リノア!何だよ、この壁は!?」
『それは壁じゃないわ。伝導クリスタル…外側は常温だけど、その部屋の中心は絶対零度のクリスタル樹脂なんだよ。お偉いさん達は“繭”と呼んでるみたいだけど…このクリスタル樹脂は、特殊な周波の電波で脳波とリンク出来る仕組みになってるの。スコールの体に接したクリスタルから外部の情報を与えたり、それに対してスコールが考え出した防衛措置案の脳波を受け取っているの』
繭だぁ?
孵化させねぇもんを繭っつーのは何の厭味だよ。
「サイファーは普通の冷凍睡眠だったけど、俺の場合は脳を稼動させてなければいけなかったからな。」
『私の脳も、凍ってはいないけど同じクリスタル樹脂に包まれてるよ。』
「なるほど…これなら歳を取らずに500年も仕事出来わけだ。」
俺が感心して呟くと、何時の間に入ってきたのか白衣の男が俺の言葉に続けた 。
「だが、問題がないわけじゃない」
肩までのプラチナブロンドを揺らし、物憂げな青灰色の瞳を持つ男は、一瞬女 かと思ったぐらい綺麗な顔をしていた。美貌レベルじゃスコールといい勝負だが、コイツは中性的…そうだ、教会に飾ってある天使の絵に似ている。
「だ、誰だ!?」
「サイファー、その人は敵じゃない。彼だよ。和也の言っていたエスタの友人 」
「ああ。シャルルとかいう天才ってヤツ?」
俺が上から下までジロジロ眺めたせいか、美貌の男は形の良い眉をひそめ不機 嫌に言い放った。
「スコール、昔の人間は口のきき方も知らないのか?」
「悪い。昔からサイファーは特別にこうなんだ」
“特別にこう”とは何だ!?
スコール!全然フォローになってねぇぞ!!
「友人は選んだ方がいい」
「サイファーは友人…っていうか…」
スコールの言葉を遮り、ニヤリと笑いながら俺が続ける。
「友人じゃねぇ。恋人だ!」
さて、高飛車な天才殿はどう反応する?
シャルルは俺の挑戦的な言動に一瞬目を見開いたが、嫌悪の表情は微塵も出さなかった。
「……恋人か。それなら仕方がない。どんな馬鹿でも阿呆でも、好きになってしまえばどうにも出来ない。それが…恋というものだからな」
「テメェ、喧嘩売って……」
だが、シャルルの見せた淋しげな微笑が俺の怒りを急速に静めた。
コイツ、もしかしてさっきの言葉…自分のこと言ってたのか?
「まさかお前も、馬鹿か阿呆なヤツに恋をしてんのか?しかも叶わない恋ってヤツ?」
「サイファー…初対面の人間に聞くことじゃないだろ…」
スコールが呆れて止めるが、天才様にだって恋のアドバイスは必要だと思うぜ?
この男の性格からして、エスタにそんな相談出来そうなヤツいねぇと思うしな。
「まぁ聞けって。俺達だってな〜、こうなる前は色々あったんだよ。ハゲそう なくらい悩んだし、自棄になって相当バカやったし、だけど、それを乗り越えて今の俺達がある。だから、お前もさ立ち竦んでないで動いてみろよ」
スコールが、そんなにフサフサで何がハゲだよ、と文句を言っているが、俺達は人生の先輩だぜ?
いくら天才でも恋愛ノウハウに関しては、俺様のほうが上だ。
実際このシャルルは、繊細すぎて思い詰めた感じがある。
世話になるなら相談ぐらい乗ってやってもバチは当たらないと思うぜ?
『ふふんv思い出すな〜、わたしの16歳の暑い夏…今となっては良い思い出よね〜』
後ろでリノアがさっきの逆襲のつもりか、余計なことを言い出した。
や、やめろ…ありゃ俺にとっては一生の不覚だ!!
「俺は好きだからって…今の関係を壊したくない。唯一無二の友人を、一時の恋愛感情で失えというのか?」
「なるほどな。お前、和也が好きなんだな?」
「俺まで同性愛者にするな!!俺はマリナの方をっ…」
「方を?続き言えよ」
俺がニヤニヤしてると、シャルルの頬が赤く染まった。
「…ひっかけたな」
「自分に嘘ついてどうするよ?そんな関係1度壊しちまえ」
「嫌だね。それくらいなら俺が身を引く」
「何であんな豆ダヌキなオンナがいいのかねぇ。あのオンナ、俺に噛み付いたんだぜ?」
「それはアンタが彼女のコンプレックス刺激するようなコト言ったせいだろ?」
スコールがすかさず突っ込む。
げ!?
何で知ってんだ???
あー…なるほど。
あの時、姿は見えてなかったが、粒子状であの場にちゃんといたんだな。
シャルルが諦めたように大きく溜息をつき語りだした。
もしかしたら、本当に誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
唯一相談出来る相手が、好きな女の恋人で、しかも親友だったら…そりゃ胸にしまっておくしかねえもんなぁ…
「マリナは確かに強暴だし…雑草のような生命力だ。しかも色んなことに首突っ込んで自分から事件に巻き込まれていくんだ。ほっとけばいいのに他人の為に一生懸命頑張って、いつも自分の信念を曲げずに直向に生きているって。それって中々出来ないことだろ?最初は和也に似合わないと思って引き離そうと思ったのに…気がつたら俺も嵌ってしまったよ」
「まるでリノアみたいだぜ。なぁスコール?」
「そういえば…根本的な所が似てるかもしれない」
『うっさいわね!私を振った男共が何言ってんのよ!』
「でもよ、和也のほうもオマエがマリナを意識してるって気付いてると思うぜ?」
「そうだろうな」
「今回のゴタゴタが終わったらよ、玉砕覚悟で言っちまわねぇと何も進まねぇぜ」
「ああ…わかってる。人生の大〜先輩の言葉としてありがたく聞いておくよ」
そう言ってシャルルは悪戯っぽく笑った。
吐き出したら楽になったのか、最初の棘々しい雰囲気は消えている。
「で、コイツの体を開放出来るのか?」
「そのことだが、実は…」
シャルルが言いよどみ、躊躇いがちに口を開こうといた瞬間、俺達が入ってきた別の通路から、ゾロゾロと武器を手にした兵士が中に入り込んで来た。
そして、無防備な俺達を取り囲む。
「シャルル。君ほどの天才が内通者だったとわ思わなかったよ。だが、いくら君でもコレの解除コードは解らないずだ」
そう言って、スコールを包んだ透明の檻を薄笑いを浮かべながら叩く。
その男は、ガーデンの通信で話していた男だった。
これ見よがしに、勲章をぶら下げているところを見ると、ここで一番偉い奴なんだろう。
その男に向かってシャルルが不適に言い放った。
「俺がその程度のこと解らないだって?」
青灰色の瞳が銀色に光る。
「こんなもの数秒で解除できるさ」
「強がりを言ってもらっても困る。このシステムは、最高責任者にしか許されていないコードが…」
「そんなもの、プログラム自体を書き換えれば済む話だ」
「っ!!ハッタリはよすんだ。解ってるなら何故、彼をすぐにも解放しない?」
「解除自体は簡単だ。だが、スコールの身体がもたない」
「彼の身体がもたない!?」
その場にいた人間がその言葉に衝撃を受けた。
勿論、俺とスコールも…
「シャルル…それは本当なのか?俺の体は…」
「スコール、人間はまだ不老不死の領域には手が届いてないんだ。君の脳は、約500年間働き続けた。寿命の何倍も。しかもフルアクセス状態で、生物の“眠り”を一切取らずにだ」
「でもシャルル、俺の体は脳も含めて凍ってるんじゃないのか?」
「凍るというよりも仮死状態だ。完全に凍っていたら、君は今ここにいない。そして、今の状態でこれを解除したら…2週間経たずに急速な脳の老化で廃人になる」
「そんな…」
「それと、サイファー。君もこのままだと全身が徐々に壊死して、一ヶ月もたない」
彼は気休めの言葉を一切含ませず、断定の言葉を容赦なく告げる。
「なんでだ?俺はただ寝てただけなのに?」
「冷凍技術の問題だ。罪人の装置に莫大な金をかけるつもりがなかったんだろう。スコールの場合は酷使した為の老化現象だが、アンタの場合、簡単に言えば食品でありがちな“冷凍焼け”だ」
情けも容赦もない告知だった。
そりゃ俺だって『そんな刑罰あるのか?』って思ったくらい斬新な判決だったさ。
だけど技術がちゃんと進んでもいないのに、執行するなんて…
あいつら本当は生かす気なんてサラサラなかったんだな。
「2週間もたなくてもいい。それでも…俺は出たい」
呆然としていたスコールが呟いた。
「スコール何言ってんだよ!?たった2週間だぜ!?」
「2週間なくてもいい。俺は生身の体でアンタに触れたい。それに、アンタがいなくなったら、生きてる意味がないだろ」
「スコール…」
「ま、待ちたまえ!そんなことになったら、誰があの月の涙に対処出来るんだ!?あのモンスター群は、いつも変則的に落ちて来るんだぞ!!」
ヒステリックに叫ぶ男が滑稽で可笑しかった。
本来ならば、とっくに寿命を全うしていないはずの人間に何故こんなに頼るのか。
“伝説のSeeD”という存在を、ここまで妄信的に浸透させたのはラグナ達の思惑なのかもしれないが。
「おっさん。取引しようぜ」
「何だと?」
「モンスターが月から落ちて来なけりゃいいんだろ?」
「まぁ、そうだが。月の涙さえなくなれば、この星にモンスターが劇的に増えることもなくなるし、そうなればこの星に残ったモンスターだけの駆除だけで済む」
「だったら、俺とスコールで、月の涙を永久に止めてやる。それが出来たらスコールをここから開放してくれ」
「サイファー、アンタ何言ってるんだ?アンタの体だってボロボロで…」
「俺もそん中に入りゃ問題ないだろ?オマエと同じ体になれば、怖いもんなしだ」
勘が効かなくなるのは痛ぇが、それは訓練次第でスコールが言う軌道衛星を月に飛ばしてもらえりゃ何とかなるだろう。
何たって、斬られても元に戻るし、死なないんだぜ。
「馬鹿な!一晩で食われるぞ!…今まで、何部隊も送ったのに全て全滅している。そもそも宇宙服で闘うのは無理だ」
「テメェも頭が固いな。スコールみたいな体だと酸素はいらないんじゃねェのか?それなら機敏に動けるはずだぜ?」
「あ・・・」
男が言葉に詰まり考え込んだ。
モンスターから解放される可能性と、これから先、伝説の英雄を失うことを天秤にかけているのだろう。
「……もしそれが可能ならば…君達の条件を可能なまで飲もう」
シャルルがその言葉に微かに笑った。そして俺に向って
「隣の部屋にスコールと同じ設備を用意してある。早く行け」
「もうあるのか!?こんなの一ヶ月やそこらで作れるようなモノじゃないよな…」
「こ状況は予想出来ていたことだ。俺を誰だと思っている?」
「超天才様です」
「そうだ」
目覚める前から俺の状態なんかお見通しだったわけか。
そしてその上でスコールの状態も含め、全てをエスタのTOPに聞かせるつもりだったに違いない。
導き出される答えも予想した上で。
天才って奴はコエ〜な…。
準備された部屋に向かう前に、実体化したスコールを軽く抱きしめた。
腕の中の恋人は、複雑な表情で俺を見上げた。
「サイファー…本当にいいのか?もしかしたら、俺みたいに出られなくなる可能性だってあるんだ」
「スコール、月に行こうぜ!そしてロマンティックに自由を手に入れてやる!」
「アンタ…本当にとんでもないよな。でも、今回はアンタのロマンティックに一緒に付き合ってやるよ」
それから数ヵ月後、俺達は短い自由を勝ち取るために月へと飛び立った。
NEXT 08
あとがき
気がついたら2年ぶりの更新ですか?(聞くな)
自分でもビックリだよ(^^;)
本当は2年前に、ほとんど打ち込んでたんだけど、前の読み直して辻褄合わせたり修正すんのが気が向かなくて…。色々あったしな。
続きは全く打ってないけど、もしかしたらその方が早くUP出来るかもしれない(笑)
次は、やっとあの某3人組が出てきますv
2005.07.18