サラリーマンLamento
<10/23発行予定オフ本の冒頭部分サンプル>


俺はコノエ。
火楼出身の新社会猫だ。
これから始まるワクワク・ドキドキな新生活!
幼馴染のアサトと友猫のトキノも同じ会社だから不安はない。
そう・・・不安はなかったはずなのに。


「オマエは、どこの課の何と言う名の猫だ」


研修が終わって本社で配属が正式に決まる日の朝。
俺は大型種に押し倒されていた。

白くて綺麗な隻眼の猫・・・ライに。




**********





今年の春、初めて藍閃に上京してきた。火楼と違い、どこを見ても猫、猫、猫・・・
駅近くの研修センターで、2週間近くにも亘る新入社員教育がようやく終わって、今日、配属される課が発表される。
・・・というのに、俺は会社の場所が分からなく、というか迷って、ようやく見つけたのは会社の裏口だった。
そう、俺は「猫のクセに」とよく言われるけど、超究極の方向音痴だ。父さんも方向音痴だからこれは絶対に遺伝だと思っている。

今日も幼馴染のアサトが心配して、家まで迎えに来ると言ってくれたけど、入社試験とか入社式とかで何度か行った場所し、流石に大丈夫だと思ったんだ。
それなのに・・・。


「自分のことだけどさ、ほんっと有り得ないよな。大きい道路を歩けば簡単に着くはずなのに」


家を出た時は、時間に余裕がたっぷりあって。だけど、昼食用に途中にあった果実屋でクィムを買ったのがいけなかった。店を出て歩き続け、暫く歩いても会社の大きな建物は一向に見えず。
これは何かオカシイと思って、交番に会社の方向を聞いたら見事に逆方向へ歩いていた・・・らしい。俺には全く自覚がないけど、間違ったならあの時だ。果物屋を出た時に多分逆方向に歩いたんだ、と思う。更に交番の猫が「時間がないなら」と親切に裏道から行く近道を教えてくれたのもマズかった。
いや、普通の猫ならその助言もちゃんと助言なんだ。
でも俺にとってはレベルが高すぎた。
真っ直ぐ行って、突き当たりで右。3つめの交差点で・・・嗚呼もう駄目だ。
裏道を迷って迷って迷いまくって、奇跡的に着いたのが会社のビルの裏。小さな非常用扉はあるけど、出勤に使うような扉ではないのは確かだ。


「正面に抜けられる道路は・・・ないよな」


ビルとビルの隙間は猫1匹通れないようになっていて、正面玄関に回りこむことも出来ない。時間も迫って他の道を探す時間の余裕もなかった。
仕方なく、非常口をコッソリ開けて中に入ると、そこは静まり返った廊下。誰か社員の猫がいないか耳を立てて音を拾おうとしても、うんと遠くから声は聞こえるけど、この場所には猫気が全く感じない。


「…困ったな。中に入れば誰かいると思ったのに。正面玄関ってどっちのに行けばいいんだ?」


火楼にはこんな建物はなかった。大きくて冷たくて無機質な建物。ヒンヤリと生活感のない空気。本当にここは猫がいる建物なんだろうか?
廊下に響く自分の靴音に少しドキリとして、何となくソロリソロリと歩いてしまい、その滑稽さに耳がペタリと下がった。


「何やってんだ俺。自分が働く会社なんだから、堂々と歩けばいいよな」


逃げも隠れもする必要がないことに気付き、シャキッと背筋を伸ばし耳を立てて歩き始めた瞬間、前方の曲がり角から大きな白い猫が現われ…つい、その容貌に
見惚れてしまった。
大型種なのに珍しい雪のように真っ白い長毛。それだけでも目立つのに、俺はこれほどの美貌の猫は見た事がなかった。
片目を失ったのか右目にアイパッチをしていてさえ、その美しさは損なわれていない。だけど、相手は黙って見惚れさせてくれなかった。
ニヤリと笑ったかと思うと、俺に向って一気に駆け出し飛び掛ってきた。


「っ!?何だよ、アンタは!」


掴みかかってくる猫を必死に避けると、その猫は意外そうな顔をし、更に好戦的な笑みを見せた。


「やるな、オマエ。どこの猫だ?」
「どこって、ここの社員に決まってるだろ!」
「見ない顔だな。どこの課だ?」
「・・・」


配属はこれから行く場所で発表されるからまだ分かるはずがない。多分、総務課に配属されるのが濃厚だけど、まだそれも確実ではなくて。口篭ると足払いをかけられ、背中から床に転がった。咄嗟のことで受身を取れず、衝撃に息が詰まる。白猫はそんな俺の上に馬乗りになり、腕を床に縫い付けるように拘束した。


「答えろ。オマエは、どこの課の何と言う名の猫だ」
「・・・」
「言えんということは、やはりスパイか?」
「スパイって、何だよそれ?」
「俺が聞いている。名は?言わないとこのまま腕の骨をへし折るぞ」
「新入社員のコノエだ!課はこれから決まる!」
「ふん、新入社員か。今日配属が決まるのだったな。なぜここにいる?」
「…迷った」
「猫のクセに迷うのか、オマエは」
「煩いな、方向音痴なんだ。仕方ないだろ」


赤くなりながら答えると、白猫は小馬鹿にしたような笑みを浮かべカチンときた。


「アンタも名乗れよ」
「藍閃コーポレーションの調達部、特種課のライだ。ちなみに役職は部長だが」


部長。つまり相当偉い。まぁ新入社員より偉いのは当然なんだけど。俺の反応を見る意地の悪そう顔。だけど顔の良さでつい怒りを忘れて見惚れてしまいそうになる。


「部長…でも俺は、アンタの部下じゃない」
「まるで子猫の言い分だな。本来であればしっかりと躾けるところ…だが、どうやら遊んでいる場合ではなさそうだ」


ライ近くのドアを開け、引き摺られるように部屋に押し込められた。箒やモップが置いてあるということは、ここは掃除用具の部屋らしい。そんな掃除用具を入れる小部屋にふたりで入るのは狭く、自然と密着する体勢になってライの匂いに妙に焦った。


「ちょっと、もう少し離れ・・・」
「黙れ」
「っ!」


抗議しようと睨むと、ライは「しっ」と俺を黙らせ厳しい顔で廊下の様子を窺っている。


「どうやら、やっと本命が来たようだな」


一つしかない目に好戦的な光を浮かべ、腰にあった警棒を引き抜き飛び出していった。直後に響く怒号。
恐る恐るドアの外に顔を出すと、ライが数匹の猫と闘っていた。
スーツを着た猫2匹と、黒ずくめ目出し帽の、いかにも怪しい猫です、という姿の猫が2匹。

ライは強かった。
スーツの2匹をほんの一瞬で昏倒させ、残りの2匹を同時に相手している。だけど、そのうちの1匹が僅かな隙を突いて距離をとった。素早く笛を取り出し吹き始め…その音色に全身の毛が逆立つ。
あの猫は、賛牙だ。
闘牙にチカラを与える歌う猫。その音色を受けた闘牙は数倍もの力を発揮する。
やがて、すぐに力の均衡が逆転し、それまで互角に戦っていたライが当然劣勢になった。床の上にねじ伏せられ、ナイフを避けきれずに切られて真っ白い毛に真紅が散る。それを見た時、俺の中で何かが切れた。
気付いた時には扉の外に飛び出し、賛牙の猫を止めようと走っていた。


「何をやってる、馬鹿猫!」


俺だって、どうしてだか分からない。さっき会ったばかりだし、顔は良くても性格は最悪だけど、見知った猫が打ちのめされる姿を見たくなかった・・・のかもしれない。
笛を吹く賛牙の猫に飛び掛り、笛を叩き落して遠くに蹴飛ばした。
そのまま押さえ込もうと掴みかかると、さっきまでライを一方的に攻撃していた猫が、俺に突進して体当たりをしてきた。小型種の俺は簡単に吹っ飛び、でも根性で相手の賛牙を掴んで放さなかったから、3匹一緒に廊下に転がった。
俺だって火楼では闘牙として暮らしていた。だからその辺の猫には負ける気なんて更々ない。でも、この猫はプロで、俺の手なんて全て読まれ、もう手当たり次第に殴ろうとする猫に噛み付き、賛牙の猫を引っ掻き、俺もその倍やられて。新しいスーツがどんどんボロボロになってく視界の先で、ライが立ち上がる姿が見えた。大した怪我も無さそうだ。

―――良かった。

嬉しさと同時に心のどこかで何かが湧き上がる。水のような調べ。どんどん湧き出して、とうとう溢れ出した。


「オマエ!?」
「くっそ!賛牙かよ!この会社にいるって聞いてねぇぞ!」


何かが光っていた。その光を受けてライが圧倒的な強さを見せて、ふたりをあっという間に倒してしまった。
ライが俺へ近づき、床に転がったままの俺を引っ張り起す。あの意地の悪そうな笑いはない。驚きと、何故か恐れの混ざったような困惑した顔で俺を見ていた。


「オマエ…まさか賛牙だったとはな」
「賛牙?…俺が?嘘だろう?」
「まさか初めて歌ったのか?賛牙の力の発露に居合わせるとは…おい?」


その意味を考える前に俺の意識はブラックアウト。
目が覚めると、トキノとアサトが心配そうに覗き込んでいて。白いカーテンに一瞬ドキリとしたけど、微かに薬品の香りを鼻に感じ、ここは医務室の類だと思い当たる。


「コノエ、大丈夫か?やっぱり迎えに行けばよかった」
「俺…倒れたのか?」
「うん。凄いね!ライさんと一緒に産業スパイを倒したんだって?」
「倒したのはライだよ。俺は偶然そこにいただけで・・・そうえいばさ、配属辞令ってもう終わった、よな?俺は予定通り総務課でいいのか?」
「あー、それがね…」


歯切れの悪いトキノにちょっと不安になる。


「もしかして、こんなすぐに倒れる猫はいらないって…クビになった、とか?」
「そうじゃなくてさ。確かに直前までは、総務課に決定してたんだよ。だけどさ…コノエ、賛牙のチカラに目覚めたんだよね?」
「う、ん。今まで父さんに習っても全然駄目だったから諦めてたけど、俺って切羽詰らないと歌えないタイプみたいだ。でも、賛牙だと入社出来ないってことじゃないだろ?」
「賛牙はどこの会社でも引っ張りだこだよ。面接もいらないくらい即決。でもね、コノエが歌った相手がね…」
「あのライって猫がどうかしたのか?」


その時、医務室のドアが開き、その白い猫…ライが入ってきた。


「起きたか。オマエは特殊調達課に配属だ。俺の部下として俺の補佐をすることになる」


ライの言葉にポカンとする俺。


「何を呆けてる。起きられるなら行くぞ」
「え?ちょっと待てよ。俺、総務課へ配属になるってほぼ決まってたのに!」
「オマエは総務課には向かん。俺が賛牙としても育ててやるから安心しろ」
「なっ!この横暴猫!」


俺が寝ている間に俺の運命…配属場所が勝手に決められていた。
俺は藍閃コーポレーションの新入社員・・・特殊調達課のコノエ。
これからドキドキ・バクバク不安な新生活が始まる。



ツイッタで毎日連載してるものを小説仕様にしました。
2011.10.23のスパーク猫プチイベントで、キリの良いところまでマトメて発行予定。

mixiに8/7にUPしてたけど、コッチにUPするの忘れてた(^^;)
2011.08.17