New World 繰春の最終日。 昼を過ぎてもライが部屋から出てこなかった。 蜜に漬けていた果実があったのを思い出し、それを持って扉を叩く。 「ライ、食べ物持ってきた」 「いらん。入ってくるな」 扉の向こうから、素っ気無い返事が返ってきた。 「そういうわけには…アンタも一応客なんだし」 「…扉の前に置いていけ。入ってきたら後悔するぞ」 いつもの声と違い、ライの声が少し掠れていた。 「ライ?アンタ病気なんじゃ…」 入って来るなという言葉を忘れ、俺は扉を勢いよく開けて中に入った。 何か、身体が変だ。 ライに近付くにつれ、クラクラする。 濃厚に香るライの匂いを感じ、突然体の力が抜けてペタリと床に座り込んでしまった。 まるで頭に霞がかかったようだ。 「馬鹿が」 「…な、に?」 「俺は、発情期に入った」 「はつじょう?」 そういえば、そろそろ発情の時期だった。この状態は、まさにそれだ。でも、自分とバルドはあと数日月ほど先だったはず。そう思うのに、体はどんどん熱を持っていく。 「俺、まだ先なのに…」 「俺に同調したんだろう」 ライがゆっくりと近づいてくるのが見える。 逃げなければ。そう思うのに、体は全然言う事をきいてくれなかった。 熱くて胸が苦しい。ライの匂いを感じているだけで、体がゾクゾクと震える。 どうしよう。 バルドと一緒にいる時よりも症状が酷い。 ライが目の前で片膝をつき、座り込む俺の腕に触れた。 ビリリっと全身を走る甘い刺激に思わず小さく声が漏れる。 「…ぁっ…」 「やはり、俺とオマエは相性が良いようだな」 「なんで?こうなるの…バルドだけじゃ…」 「ふん、アイツともこうなったか。だが、相性のいい猫は、ひとりだけとは限らん」 ライとも相性が良い? …どうしよう。本当にどうしよう。 バルドがいないのに発情期だなんて。 ライが触れた場所がまだピリピリと快感を放っている。 身体が何を要求しているのか、もう何度か発情期を迎えた俺は分かっていた。 最初にこうなったのはバルドと一緒にいる時だった。 だから、バルドだけだと思っていた。 バルドだから相性がいいのだと。 それなのに…。 顔をのろのろ上げると、ライの一つきりの空色の目と合った。 いつもは凪いだ湖のような青なのに、まるで荒れ狂う嵐を押さえ込んでいるような鬼気迫る色だ。 白い肌も微かに上気している。 ライが発情…。その事実にまた体が熱くなった気がした。 どうしよう、と思う気持ちと。何かを期待する気持ちが入り乱れる。 本当に、どうしよう。 熱くて、熱くて、目の前の存在に縋りつきそうになるのを必死に耐える。 身体の奥が疼いて、あらぬ場所がヒクヒク蠢いているのが分かる。 腕に触れただけでこれだ。 身体がライを欲しがっていた。 呼吸が浅く、速くなる。 穿って欲しい。 大きくて熱いモノで、中を抉って欲しい。 そんな浅ましく淫らな考えがコノエの中で暴れ、理性を弾き飛ばそうとしている。 手を伸ばせば、ソレはすぐそこにある。 欲しくて欲しくて堪らない。 「発情は熱を散らさんと直らん。オマエ、その体をどうする気だ」 「俺は…ひとりで散らすから」 息も絶え絶えに答えると、ライが呆れたように鼻を鳴らした。 「ふん、今までオスを受け入れて熱を散らしてた猫が、それで体が満足するとは思えんな。…来い」 「…っ!」 ライが何を言いたいのか、分かる。 でも、だからと言ってライを簡単に受け入れられない。 バルドがいなから、ライに発散してもらうだなんて。 「嫌だ。アンタに…発情期なら誰でもいいと…思われたくない」 「この…馬鹿猫が。何故俺がこの宿を利用していると思う」 「バルドがいるから?」 「あの猫には用がない。俺はいつかこういう日が来るんじゃないかと、おこぼれを待っていたんだ」 自嘲気味にライが笑う。 「な!どういう意味…っ?」 答えはなく、その代わり腕を強く引かれ、抗議しようと顔を上げると温かいものに口を塞がれた。 発情のせいで、それだけのことで体が震えて融けそうになる。ライの舌が唇をなぞっただけで背中を快感が走って震えた。 その強烈な快感にワケが分からなくなり、侵入してきたライの舌を拒むことも忘れ、夢中になって応え絡め返すと下半身に熱が集る。 牙と牙がカチリとぶつかり、ハッと我に帰る。 「や、やっぱり駄目だって!」 「黙れ。発情しているオスの部屋に入ってきたオマエが悪い。責任を取れ」 「せき、にん?」 コノエにも色々と思うことがあるのだろう。 信頼を寄せ、通じ合ったつがいに置いていかれたのは、まだ若い猫にはショックが大きい。 だが、俺にも事情がある。 少なからず思っていた猫が、いつのまにか養い親と良い仲になった。 その辺は俺の配慮が足りなかったせいで自業自得だと思っている。 しかし、その想い消えたわけじゃない。 往生際が悪いのは自覚していたが、せめて元気なコノエの姿を見れるだけでも、そう思いこの宿を定宿としていた。 たとえ、バルドが自分に見せ付けるように毎夜のようにコノエを抱いてもだ。 しかし、そのバルドは現在いない。 この部屋はコノエが掃除をしていたのだろう。 コノエの匂いが残っていた。 常だと気にならない程度かもしれないが、発情期にこれは堪らない。 ベッドに横たわると、そこにもコノエの匂いがあった。 部屋を移っても同じかもしれない。 バルドがいない今、このままだとコノエに何をしてしまうか分からなかった。 だから来るなと言ったんだ。 もう熱が燻って持て余すほどだ。 「馬鹿猫が」 グルッと唸ってコノエの腕を引く。そしてベッドに突き飛ばす。そして驚いて起きようとしたコノエを遮る様に体重をかけて押さえつけた。 俺ではなくバルドを選んだコノエ。本来ならば、こんな手荒な方法で奪おうとは思わなかったが、ここにはバルドはいない。バルドはコノエを手放した。それならば何も遠慮することはない。コノエにバルドを諦めさせる為にも。…いや、どんな言い訳をしようが、俺がこの猫を欲しいだけだ。身体だけでなく心も。もう一度あの温かな歌が聞きたい。 「離せ!」 「俺にはオマエを抱く権利があるはずだ」 「権利って…意味が分からない」 ゆるゆるとコノエが頭を振る。小型種の毛質の柔らかい髪が、シーツの上で弧を描く。 4年で伸びた髪は、その長さの分バルドといた長さだ。 この髪に、この肌にバルドがいつも触れていたのだと思うと、滅茶苦茶にしてやりたくなる。 頭の中ではヤメロという声が聞こえている。だが、もう止められん。 「賛牙寮に売られるお前を、俺が金を出して止めた」 「金は…いつかかえす。必ず」 「ふん。あれは俺が何年かけて貯めた金だと思っている?大物の賞金首1つで、この宿の利益の数年分はあるだろうな」 「そんなに?」 「あれは俺のほぼ全財産だ。魔物も少なくなった今、賞金稼ぎでもあれ程はもう稼げんだろう」 ライは刹羅を出てから、命を懸けてずっと賞金稼ぎをしてきた。豪遊するわけでもないから、金はどんどん溜まる一方で。それが今回役に立って、心の底では安堵しているが、コノエにはそのことを教えない。これはコノエを手に入れる為の駆け引きだ。 コノエには嫌われてはいないと思う。 だけど、それだけでは身体委ねることを善しとしないのがこの猫の性格だ。 「…ごめん。アンタが命懸けで稼いだ金を…」 「全財産でオマエを買ったようなものだ。だからオマエは俺のものだ、違うか?」 「…違わない」 「オマエからこの部屋に来たんだ」 「食べ物を持ってきただけだ」 「入るなと、俺は言ったはずだ」 「でも…」 「黙れ。そんなに俺が嫌なら、目隠しをしてやる。奴に抱かれていると思え」 「…何だよそれ」 ベッドから立ち上がり、何か布はないかと探しす。 コノエの発情はかなり重い方なのだろう。すでに立ち上がって逃げる気力もなさそうだ。 こんな方法でコノエを抱いても…恨まれるかもしれんな。 だが俺は、止める気は全くなかった。 きっとこんなチャンスは後にも先にもないだろう。 そう思うと、コノエには気の毒だが、本懐を果たそうという気持ちのほうが大きかった。 |
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2012.03.15 |