New World
<3/18オフ本の冒頭部分サンプル>


バルドと共に生きようと思った。
思うがままに生きようと…
リークスの記憶を受け継いでも平気だった。
苦しくないといえば嘘だけど、まるで包まれるような甘く優しい日々。
母さん以外の温もりを知って満たされていた。
幸せだった、と思う。
それが突然こんな形で終わりが来るとは想像もしていなかった。


少し留守にします。
探さないでください。
        バルド


そんな短い文が書かれた紙が、厨房の作業台の上に置いてあった。
以前は温もりを感じる木の作業台だったそれは、数日前にヴェルグの仕業で、"すてんれす"という銀色で硬い金属の板に変えられていた。
爪を立てるとキィと耳障りな音をたてるが、銀色の台は剣と同じく爪は食い込むことはない。

「探すなって…」

借金の取立てが今日来るというのに、これじゃまるで夜逃げだ。
しかもコノエを残して。
バルドと共に一緒に生きていこうと誓ったのは、そんな遠くのことじゃない。
女将猫とからかわれながら、それでも力を合わせて宿を切り盛りして来た。
…つがいとして。

力なくペタリと床に座り込む。
呆然としながら周囲を見渡す。
よく分からない物に入れ替わった厨房設備が更に不安を煽る。

「…バルド、どこに行ったんだよ」

静まり返った厨房には、コノエの呟きに応える猫はいない。
耳と尻尾が垂れ下がる。
この宿はコノエの居場所となったはずなのに、まるで知らない世界にひとり取り残されたように感じた。



2012.03.15