| 愛のフライパン |

更新日:2010.02.21

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定時で仕事を終わらせた。
今日だけは残業なんてやってらんねぇ。
寄り道せずに落ち着く我が家…もとい寮部屋にへ直行。
超、猛烈、爆走ダッシュ。
廊下を走るのは違反だが、俺はもう風紀委員じぇねぇからな。
他の奴らの模範になる必要もない。
それにだ。
ルールを守るのも大事だが、ルールよりも大切なことだってあるだろ?
今がその時だ。
待ちに待ったアイツが待っているんだぜ。
今の俺を取り締まれるならやってみやがれ!

壊す勢いで、寮のドアを開けて部屋に入った。
フワリと温かい空気が肌を撫でる。
長期任務だったスコールが帰ってきているからだ。
朝早くに『午前には帰れる』とメールが来ていた。
そのスコールが部屋にいるおかげで、室内は快適な温度になっていた。
目指すはリビング。


「へへっ…待ち遠しかったぜ」


部屋の中に視線を走らせると…
見つけた。
テーブルの上にドカッと置かれたダンボール。
昼に届いていた俺宛のブツだ。
スコールが早く帰っていて良かったぜ。
そうでなけりゃ、これから不在通知を運送屋に連絡して、俺の手元に届くのは夜になっていたはずだ。
サイズでいえば100サイズ。
箱の角が潰れていたが、中身さえ無事なら気にしねぇ。
俺はその辺、寛容なんだぜ。
茶色のガムテープを綺麗に剥がし、俺はいそいそと蓋を開けた。
衝撃緩和材として詰め込まれれ、グチャグチャになった新聞紙の間に、また1つの箱が埋まっている。
割れもんじゃねぇが、俺はその箱を両手を使って慎重に取り出した。
大きさの割にはズシリとした重量感。
中身を確認するまえにチョットうっとり。
箱には商品の写真と使用例やポイントがプリントされている。
それを見て思わず箱に頬ずりしちまった。


箱の中身は高機能フライパン。


ここ最近、やたらとTVショッピングで紹介されていたヤツだ。
別に番組に洗脳されて思わず買っちまったワケじゃねぇぞ!
スコールは結構そういう所があるが、俺はそういうのには惑わされねぇ!

1日目に見た時、一目惚れだった。だけどグッと我慢した。
2日目に見た時も、やっぱり欲しかった。
3日目には、夢にまで出てきた。
4日目には、料理中に使っている妄想までした。
5日目には、もう何を作るかリストまで作った。

どうだ?
俺は本当に欲しいから買ったんだ。
言っとくが、この俺様が買うくらいだ。
そんじょそこらのフライパンじゃねぇぜ?
見てみろ。
蓋の中心に、更に小蓋がついた凄いヤツだ。こんなの、その辺のホームセンターに売ってねぇだろ?
…ん?
誰だ?
今鼻で笑ったのは?
背後に気配を感じ振り向けば…呆れたようにスコールが立っていた。
すでにシャワーを浴びたのか、小ざっぱりとして、温かそうな私服に着替えている。
いつも黒っぽいレザーとかレザーとか、やっぱりレザーばかり着ているように見えるが、普段着は意外と柔らかいカラーのラフなものが多い。
…といっても、どこかにライオンマークやら、ファーがついてたりするが…。


「アンタ…またナベとかカマとか買ったのか?」

「鍋じゃねぇ。フライパンだ!」

「…似たようなモンだろ」


違う!
全然違うだろっ!
スコールはシルバーアクセサリのことになれば口煩いくせに、同じく銀色の料理器具には全く興味をしめさない。
興味なくとも、せめて鍋とフライパンくらいは見分けて欲しいと思うのは俺だけじゃないはずだ。


「フライパンってアレだろ?卵を焼くヤツ。壊れてないのに買うなんて、アンタも俺のこと言えないな」

「今あるフライパンは…穴が開いてなくても、もう使えねぇんだよ」


というか、今あるフライパンが使えなくなったのはコイツが原因だ。使えなくなった理由も説明した。
何度も。
だけど理解出来ねぇらしい。


「穴開いてないのに勿体ない」

「うるせー。フライパンと鍋の区別もつかねぇ奴が、口出しすんな」

「悪かったな。調理道具に興味がなくて」


ここまでくれば興味レベルじゃねぇが、人には得手・不得手というもんがある。コイツは調理器具がソレにあたるだけだ。これに関しては、俺が気をつければ良い。
うん。包容力っつーの?俺って恋人に理解力あるよなー。

と、自画自賛しながら真新しいフライパンをキッチンに運び、俺は再びニヤニヤする。


「さぁて、今夜さっそくコレで作るぜ」

「何を作るんだ?」

「餃子」

「張り切ってる割には案外普通のメニューだな」

「オマエな…」


作らない人間はこれだ。
俺が作るのは、焼けばいいだけの状態で売っている餃子じゃねぇんだ。皮から作る本格派だぜ。
俺は料理するのが好きだし、美味くなるなら手間を惜しまねぇ方だ。
だけどな、そんな俺にも1つだけどうしても苦手なことがある。

それは油料理特有の「跳ね」だ。

職業柄、痛みには強い方だが、予測が全くつかない油の跳ねがどうしても心臓に悪い。
特に顔にピチッと跳ねるのが一番こわ…嫌だ。
あの一瞬の痛いような暑いような痒いような…まるで針を刺したみたいじゃねぇか?
出来ることなら、溶接で使う顔全体を覆うマスクをしたいくらいだ。

が、このフライパンで全て解決だ!!
蓋についた小蓋から水を投入すれば、痛い目にあうことなく蒸し料理の完成ってワケだ。
油が跳ねて火傷する心配もねぇ。
くいしん坊万歳!





何の憂いもストレスなく、完成した餃子は格段と美味かっ…


「なんだ…鍋が変わっても味は変わらないな」


スコールがバッサリと俺の作った餃子を評価する。ようやくこのフライパンに辿り着いた…という感動のスパイスを感じ取れないなんて可哀想なヤツだ。


「文句言うなら食うな」

「そうじゃない。アンタが作ったものは…いつも美味い」


つまり、今の言葉を補足変換すると…俺が作ったモンは、いつも変わらず美味いってか?
まったく…
コイツの言葉足らずは相変わらずだぜ。
でもこうやって、その言葉の意味を引きずり出した時が堪らないけどな。


「サイファー。今日は1人でデスクワーク疲れただろ?」

「お?…おう。キスティスも休みだったからな、そりゃもう大変だったぜ」

「その割には早かったな。フライパン見たさに仕事残したのか?」

「馬鹿言うな。スッキリ全部片付けてきたぜ」

「…ふーん。アンタ、やれば出来るんだな」


コ・イ・ツ・はっ!
俺を何だと思ってやがる!
マジで大変だったんだぜ。
俺だって今日中に終われると思わなかった。
だってよぉ、いつもは最低2人以上でやっても残業するんだぜ?
だから定時に終わってスゲェだろ?と…思いっきり自慢したいところだが、突っ込まれると困る事情が俺にもある。

俺は…このフライパンの為に、いつもは嫌で付けねぇG.F.を装備した。
そして馬鹿にしていたドーピングにも踏み切った。
パワーアップにスピードアップ、ついでにマインドアップとラックアップも使って…見事、定時終了。
と、言えば絶対にアホだと思われる。

引きつった笑いを浮かべる俺に、スコールも首を傾げながらニッコリ笑う。
コイツがこんな風に笑うなんて珍しいな。


「サイファー。俺は早く帰ってきたから、今日はあまり疲れてないんだ。後は俺が片付ける。アンタはシャワーでも浴びてくれ」

「スコール…」


今日はなんて良い日なんだ!
優しい恋人に素晴らしいフライパン。
俺って幸せモンだな。
っていうか、アレは早くベッドに行きたいっていう遠まわしの“おねだり”だよな?
可愛いヤツ。
今夜はいつもの倍、頑張っちまうかな〜。

が、シャワーを浴びて若干鼻息荒く出てきた俺を待っていたものは…

何故か無残な姿に成り果てた新品のフライパン。
小窓は中が見えないくらいに真っ白く傷が付き、中もガリガリにマーブルコート加工が剥がれている。
勿論これをやったのは…


「スコール…どういうつもりだ…」

「だって傷に強いって箱に書いてあった」

「通常の使い方の傷ならな!」


何度言ったら分かるのか。フライパンをタワシで洗うのは駄目だと。
しかも金タワシだぜ?
あり得ねぇ…
酷い…
あんまりだ。


というか。


餃子作った後、俺は自分でしっかり洗って収納扉に隠したハズだ。
それをコイツはワザワザ引きずり出して洗ったのか?


「スコール。テメェ俺に何の恨みがあるんだ?」


故意にやったのは確実だ。
返答次第によっちゃあ、俺だってブチ切れるぜ?
ククク…今の俺にはどんな酷いコトでも出来そうだ。
どんなに泣こうが、謝ろうが、朝までタップリとフライパンの傷の分だけヤリまくってやる!

だが、スコールの言葉は俺の予想を遥かに大きく上回った。


「アンタが悪い。俺が任務から帰ってきたのに、そのフライパンに直行するからだ」






「…………へ?」


一瞬アタマん中が真っ白くなった。
今のって…もしかしてヤキモチ…なのか?
フライパン相手に?
だからワザとやったのか???


「オマエさぁ…」

「なんだ?」

「いや、もういい。俺が悪かった」

「分かればいい」


偉そうなスコールを引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
スコールが満足そうに唇を寄せてきた。
俺は吸い込まれるように唇を合わせる。

ああ完敗だ。
俺は一生コイツに勝てそうもない。



END


めっちゃ久々の短編小説。
ニヤッと出来るLOVEを目指したんだが、んー・・・微妙?
これから更新増やしたいけど、3月から仕事がまた忙しく…orz
1日12時間増やして欲しいっす(>_<;)
増えた分をそのまま仕事に費やされたら…確実に死ぬな。
ははは…

2010.02.21
ちひろ