窓もない、剥き出しの金属に覆われた小部屋。
というか…部屋なのか?
俺がエスタ兵に押し込まれた場所は、ガルバディアのD地区収容所の独房よりも狭い。
俺がギリギリ立てて、ギリギリ寝れそうな感じだから…
2m四方くらいか?
金庫と言った方が近いだろう。
中にはアウトドア用の簡易トイレと、パイプ椅子、毛布、水差しが置いてあるだけだ。
ここにいるのは、あくまでも一時的と思いたい。
一応、空調っぽいものがあるらしく、暑くも寒くもないが…
手の中で携帯を転がす。
普通の携帯よりも電波を拾いやすい作りなのに、ずっと圏外の表示が消えない。
試しに何度か外に電話をしてみたが無駄だった。
電波を遮る素材が壁に使われているのだろう。
今はまだいい。
この状態が何時間、何日もとなれば…サイファーは…
俺がいなくても、バラム・ガーデンに戻った時点で爆弾のタイマーは解除されるが、ガーデン内でのクーデターをどうにかしないと無理だ。
もしかしたら、解除装置も壊されたもしれない。
とにかく一刻を争うって時に、何で俺はこんな箱に監禁されているんだ?
まさか…俺も首謀者として疑われているのか?
冗談じゃない!
早く誰か来い!
俺をここから出せ!
イライラと待っていると、音は聞こえないが部屋の外からザワついた気配を感じた。
そしてすぐに、向こう側からだけ開閉が可能らしい扉についた小窓が開く。
だが、その小窓にも分厚いガラスが嵌め込まれている。
小窓を割って、鍵を開けるというのも…無理そうだ。
いや…鍵なんて生易しいもんじゃなかったな。
この扉は溶接されている。
体当たりするような勢いで、キスティスが小窓から覗き込んできた。
キスティス…俺よりも早く着いたんだな…
俺みたいに、こんな場所に監禁されていなくて良かった。
「スコール、大丈夫!?」
キスティスが俺の姿を見て、安心したように少し笑った。
その後ろには、ラグナが気まずそうに立っていた。
あと何人かの気配はあるが、小窓から見えるのは2人が限度だ。
声はドアの上部に取り付けられたスピーカーから出ているらしい。
高性能なのか、向こう側にいる人間の衣擦れの音まで聞こえてくる。
「大丈夫なわけないだろ。この扱い…俺は何かの容疑者なのか!?」
「違うの。これは緊急保護なのよ。説明している間に、アナタに死なれたら困るもの」
保護?
取りあえず、犯人扱いされていないのは良いが…。
だけどこれは、あんまりじゃないか?
「どういうことだ?バラム・ガーデンはどうなったんだ?」
「バラム・ガーデンはすぐに制圧したわ。私と残ったガーデン生だけじゃどうにもならなかったけど…エスタ軍がバラム付近海域で待機していたから、協力していただいたの」
「そうか…良かった」
…良かったのか?
良かったんだよな?
下手したら大きな戦争に進展したかもしれないんだ。
自分達で押さえられなかったのは悔しいが、学生とはいえ、ある意味ガーデンは武装集団だ。
内部分裂とは言え…どう転がるか分からない。
制圧された時、シュウ先輩が反逆組の指揮をとってたのだろうか?
彼女はSeeDとしてはとても優秀だけど…予想しない軍隊の反撃が来たらパニックになっただろう。
しかも勝利を確信して、気も緩んでいただろうしな。
「ラグナ大統領…感謝する。学園内でのゴタゴタに…」
「スコール、これは学園内だけの問題じゃないぞー。半年くらい前からな、バラム・ガーデンから時々出ている電波が何か変だったんだよ。調べたらな、最近頻発していたTVの電波障害や電波ジャックは、その電波が原因だって判明したんだ」
「そんな馬鹿な…いや…まさか、あの新しく立てた電波塔か?」
「そうだ。だからずっとスコール達には黙って、数ヶ月前からバラム・ガーデンを監視していたんだよ。今回そのお陰で…制圧が短時間で済んだけどな」
ガーデンの電波塔…
あれはシュウ先輩が言い出したものだった。
初めから、電波ジャック目的で?
「それから…アナタをそこに閉じ込めた理由なんだけど…」
キスティスが言い難そうに話を切り出した。
そうだ。何で俺だけこんな…
誰が敵か解らないから、誰にも触れられない処置…なんて言ったら俺は怒るぞ。
俺だって傭兵の端くれだ。
こんな守られ方は不愉快だ。
「早く言え。何で俺はここに入れられた?」
「頭に入ってる爆弾が…遠隔操作で爆破させることが可能だと分かったのよ」
馬鹿な。
これはニーダが設計して自ら作ったんだぞ。
そんな仕掛けを途中にされたら、埋め込む前にあの男は絶対気付く。
「どこからの情報だ?埋め込んでから1年以上も経っているんだ。ガセじゃないのか?」
「シュウが…すごく協力的に色々話すのよ。全てが本当だという確証はないのだけど」
「シュウ先輩が…園長を殺したのは真実なのか?」
「嘘だと思いたいけど…本当よ。彼女が園長を殺し、ガーデン生徒の半数以上を味方にして、従わない者は魔女の仲間と言って、幼年部の子供も容赦なく…」
「そこまで…するか」
俺がガーデンに残っていたら、阻止出来ただろうか?
それとも、俺がいない時を狙ったのか?
俺だけでない。
キスティス・アーヴァイン・ゼル・セルフィ全員が、世界中にバラバラに制圧に行っていた。
急激にテロが増えたのもまさか…
「ねぇスコール。去年の今頃…何があったか覚えていない?」
「サイファーに会いに行った…そういえば…爆弾関係のテロ制圧でドジったな」
「そう…結局、幹部が見つからなかったあの事件…あれは元々アナタが狙いだったそうよ。あんな至近距離で失敗したから…今度は、あの時のテロ首謀者の1人が…特殊な爆弾を作って…身体に埋め込んだ」
キスティスの言葉を理解するのに、時間がかかった。
俺の頭に埋めた爆弾は、ニーダが作ったものだ。
だけど…首謀者の1人が作ったと言うなら…
それが意味するのは…
「まさか…ニーダも…なのか?何それなら何故…今まで放っておかれたんだ!?」
何の為に?
どうして今頃なんだ?
そのニーダは今…
サイファーと一緒だ。
血の気が一気に引いた。
元魔女であったイデアの騎士であり、夫であるシドが殺害されたなら、サイファーだって対象になるはずだ。
サイファーの無事を確認しようと口を開きかけた時、誰かが微かに笑う気配を感じた。
「今…誰か…笑ったか?」
「拘束したシュウを…ここに連れてきているの。事情を詳しく聞きたいと思って。今は自殺防止に口にテープ貼ってるから何も話せないけど」
「話せるようにしてくれ」
「わかったわ」
テープを剥ぐ音と、1つの溜息が聞こえた。
「シュウ先輩…アンタ、さっき何を笑ったんだ?」
「ふふ…別にアンタ達を放っておいたんじゃない。時期を待っていたんだ。ハイン様の復活の日は、12月24日と決まっているからね」
これは本当に…シュウ先輩なのか?
犯罪者特有の狂気じみた声に、全身に鳥肌が立った。
「シュウ…本当にアンタが園長を殺したのか?」
「そうだよ。アイツも魔女の眷属だからね。1匹残らず排除して、ハイン様に全てのチカラを返すんだ」
今までシュウが園長に向ける視線に、そんな負の感情は見当たらなかった。
暗示や洗脳だろうか?
「キスティス…誰かに洗脳された跡は?」
「ない…わ」
宗教もどきの話は初めて聞いたのか、キスティスの声にも動揺の色が見える。
シュウ先輩…往生際悪く精神鑑定に持ち込む気か?
「言っておくけど洗脳じゃないよ。私達は、初めから魔女の居場所を知るために、バラム・ガーデンに送リ込まれた“ハインの使徒”だ」
ハインの使徒?
何だそれは?
秘密結社か?
だけどそんな組織は聞いたことがない。
「イデアを殺したのも、その使徒である…ガーデンの生徒なのか?」
「いいや。それは外部の使徒だ」
やっぱり外部にも仲間がいるのか。
やっかいだな。
「リノアは…どうした?」
「さぁ?ハイン様の眠る山に連れていかれたんじゃないかな?24日に神の穴と呼ばれる崖から、彼女の身を奉じるそうだ。そうすれば、2つに分かれたハインが1つになって、完全なる神ハインが復活するんだ」
奉じる?
突き落とすの間違いだろ。
だけどリノアは、そんなことに大人しく従うはずがない。
「ずっと縛り付けて拘束してるのか?それとも、もう…殺したのか?」
「監禁はしてるが縛っていないし大切に扱っている。魔力の譲渡をしない限り死なないんだろ?瀕死にして誰彼かまわず継承されても困るしね」
「本当に…そこに、ハインが眠っていると信じているのか?リノアを喰って、復活すると?」
「魔女が存在するなら、ハインだって存在するだろ」
それを信じて疑わない目だった。
シュウは、子供の頃にそう教えられてガーデンに来たのか?
だけど、ガーデンで10年以上暮らしてきたなら、この信念は少しぐらい揺らぐはずだ。
ガーデンに入学してからも、頻繁に関係者と会っていたのか?
それなら近場…バラムに関係者が潜伏していたのだろうか?
「ねぇ、サイファーのことは聞かないのか?恋人なんだろ?」
一瞬、緊張で体が強張った。
大丈夫だ…俺とサイファーは…そんな関係じゃない。
俺はまだ、サイファーの望む言葉を返してない。
「…違う」
「その爆弾さぁ、盗聴機能も付いてんだよね。2人手24時間情報垂れ流し」
…盗聴?
それじゃあ…
「ほんと傑作だよね。サイファーがいない間は、あれだけ男は嫌だとか言って、散々色んな男子生徒を病院送りにしてたくせにさ。騎士同士で毎晩のようにSEXとは…さすが魔女の眷属だ。堕落してるよねぇ」
「!!」
部屋の向こう側でザワめく声が聞こえる。
エスタ側にもこの事実は…ショックが大きかったのだろう。
でも、これは俺とサイファーの問題だ。
騎士とか関係ない。
「あは…驚いて声も出ない?だけどもう終わった頃だよ。あの島には、魔女の騎士だけが感染するウイルスが蔓延してるんだ。仲間がほんのチョット、防護服に傷をつけたら…それで終了だ」
「何だって…」
「それとも、ニーダのコトだから、わざわざサイファーに状況を教えて、時間かけて弄ってるかもな。どっちにしろ、サイファーが死ぬことは、もう決定事項だ」
あの時…ラグナロクから携帯で話した会話…
今思えば、色々おかしかった。
サイファーは「コッチのゴタゴタ」と言ったのは、任務のことだと思ってたが…あの時点で裏切り者達に取り囲まれていたかもしれない。
サイファーがキー解除を不自然に断ったのも、ニーダに脅され止められたなら頷ける。
そして…あの愛の言葉を求めるのも…
もう最期を悟っていたのだとしたら?
「サイファーは…それでも戦う。最後まで諦めない」
「愛しの指揮官様の命を握られていても?」
「この…爆弾か…」
「ニーダも起爆スイッチを持っている。押したら全世界の電波塔から、特殊な周波数の電波が流れる。それを受けたら…どこにいてもお前達2人まとめて頭が吹き飛ぶんだ」
「あの電波ジャックは…その為のテストか…」
「ご名答。ついでに一般市民の皆様に、ハイン様復活の予告もかねて。あ、ガーデンの電波塔を壊しても無駄だからね。世界中の電波塔に、すでにコードは仕込んである。頑張って世界中の電波塔を壊してみる?」
それは…無理だ。
俺とサイファ2人の為に、世界中の電波塔を破壊するなんて…絶対に不可能だ。
たかがガーデン内の争いで…と誰もが思う。
それを強引に実行したら、ガーデンの存続が危なくなる。
「ハイン復活の24日に合わせるんだろ?今日は22日だ。まだ…そのスイッチは押さない」
「残念だな。魔女の騎士はもう24日に合わせなくても良いと、総帥がおっしゃったんだ。だから私たちは行動を起こした」
「もういい…彼女を外に出してくれ」
向こう側の気配が減った。
小窓からはキスティスとラグナ…キロスの姿も見えた。
もしかしたら、ウォードもいるのかもしれない。
「リノアは…縛られていないなら大丈夫だ」
「そうね。崖から突き落とされても、彼女なら飛べるわ」
リノアは、その背に白い翼を持っている。
歴代魔女を調べても、翼を持つ魔女は存在しなかった。
持つのはリノアと…黒い翼をもつ未来の魔女。
そのことは俺と孤児院の仲間しか知らない。
それに…何故か、リノアが死ぬ感じがしないんだ。
宇宙に飛び出した時のような危機感を感じない。
だから大丈夫…どうしてか分からないけど、自信を持って言える。
ただ…死の危機感を感じている相手は他にいる。
「キスティス…サイファーは?」
「連絡が取れないの。一緒に行った他のメンバーやエスタの研究員も…」
「嘘だ…ラグナロクでは携帯が通じたんだ!アイツは…普通に馬鹿な話をして…」
サイファーが死ぬ?
そんなの絶対に許さない!
サイファーの命は俺のものだ。
他の者が…奪うなんて…
そんなことは絶対に…
「スコール…聞いたでしょ。ニーダも爆弾の遠隔操作スイッチを持ってるのよ」
「もう押されたのか?」
「いえ…まだ、それらしい周波は発生していないわ」
「それなら、アイツはまだ絶対に生きてる!俺をここから出さないなら、誰でも良い、迎えに行ってくれ!」
「部隊を向かわせたいけど、誰が敵だかまだ判明しなくて、行かせられないの。それにもう…残念だけど、時間の問題だわ…」
「アンタも…サイファーを見捨てるのか?」
「仕方がないのよ…どうにもならないわ」
キスティスが小窓から姿を消した。
ラグナが悲痛な顔で覗き込んできた。
「ゴメンな…今はオマエを守るのが精一杯なんだ」
「俺は…籠の鳥か?」
「今、この部屋の外も電波が通らない工事をしてるんだ。完成したら、すぐにその爆弾を取り出す手術をする」
「こんな物…自分で抉り出してやる!」
「それは…空気に触れただけでも爆発するんだ。もしかしたら、サイファー君救出に間に合うかもしれない。だからそこで、もう少し我慢してくれ」
「間に合うかもしれない?」
「サイファー君が…どうにか押させないように頑張ってくれれば。今はそれに賭けよう」
「………」
ラグナも小窓から離れた。
そして、誰もいなくなった。
間に合うかも…だって?
そんな気休め止めてくれ。
また…俺から大切な者がいなくなる。
もうこんなに強くなったのに…また何も出来ないのか?
「グリーヴァ…アイツが死んでしまう…助けてくれ…」
なかなか姿を現してくれないグリーヴァのネックレスを、両手で強く握り締めた。
まるで祈るように額へ押し付ける。
何かが…弾けた感じがした。
急速に減るMP。
これは…あの時と同じだ。
ペンダントから銀色の光が飛び出し、そして…
壁を突き抜けて消えた。
「グリーヴァ?まさか本当に…行ったのか?」
銃声が鳴り響き、轟音と振動と土煙が周囲を包み込んだとこまで記憶がある。
気がついたら…俺に銃を向けた奴らが、倒れていた。
起き上がろうとしても力が入らなかった。
まるで体がバラバラになったみたいだ。
いよいよ騎士にだけ発症するウイルスってヤツが効いてきたのか?
「くそ…何が…あったんだ?」
「サイファー…化け物め…やっぱり魔女の騎士はモンスターと一緒だな」
目の前に、ニーダ1人がほとんど無傷で立っていた。
青ざめた顔で、ゆっくりと近づいてくる。
「化け物?何のことだよ?」
「自分でこれだけやっておいて…シラを切るきか?」
俺が?
銃を向けたこれだけの人数を倒したって?
くそ…敵はアイツだけなのに…動けねぇ。
「動けないのか?あのサイファーが、いいざまだな。オマエの最期をこんなマスク越しに見るのは勿体無い」
俺が動けないことを良いことに、ニーダがゆっくりマスクを取り、防護服を脱ぐ。
「このボタンを押せば…指揮官もオマエも、仲良くオシマイだ。どんな気分だ?一緒に逝けて嬉しいか?」
あのスイッチを押して爆発すんのは100%俺の頭のモンだけだ。
スコールはエスタに行った。
ラグナ大統領も、せっかく見つかった息子の命を守ろうと必死になるだろう。
今頃、国を挙げて何らかの処置がされているはずだ。
「さてな?ニーダ、オマエの方が顔真っ赤にして具合悪そうだぜ?」
俺は興奮して赤いのかと思っていた。
それを馬鹿にしたつもりだった。
だが…
「何だこれ…どういうことだ!?何で俺が!?」
ニーダの皮膚がみるみるうちに水疱でブクブクと盛り上がり、すぐに血が吹き出てきた。
やがて立っていられずに、地面に両手を付き吐血した。
ニーダの他は…防護服が裂けたり、マスクが取れているヤツもいるが、そいつらには何の変化もない。
つまり…ニーダは…
「何でって…それは、オマエが魔女の騎士だからじゃねぇの?」
「そんなはずない!俺が忠誠を誓っているのは…」
「ハインの使途の…総帥様か?じゃあソイツが魔女ってことだ」
充血した目を見開き、ニーダがショックで震える。
「嘘だ!…俺達は魔女を屠って世界を…何故だ?…先生…ずっと俺達を騙していたのか?」
「気の毒にな。だけど、世の中って案外そんなもんだぜ?」
小さな頃、まだガーデンに入学する前…
あの方は親のいない俺達を導いてくれた…先生の言葉が嘘だと言うのか?
「いいかい。私達は未来を救わなければいけない。恐ろしい魔女が生まれる前に、世界中の魔女からチカラを取り上げ、ハイン様にお返しするんだよ」
「魔女が少なくなったのは、世界中に僕たちの仲間がいるから?」
「…そうだよ。私達、ハインの…使徒は、大昔から魔女と戦ってきたんだよ」
「スゴーイ!じゃあ私たちは選ばれた存在なの?」
「ママやパパがいないのも、魔女と戦う為だったんだ!」
俺達は…
魔女と戦う存在だったんじゃ…なかったのか?
世界を守るために、魔女と騎士を倒すんじゃなかったのか?
「もう…理由なんかもうどうでもいい。どうせ俺は死ぬんだ。だったらオマエ達を道連れにしてやる!」
「は!いっそ清々しい捨て台詞だな!そっちの方が面白くていいぜ!」
頭の中でチリチリ音がする。
俺は迷わず、手に持ったガンブレを頭を突き刺し、埋まった異物を抉り出した。
遠くに弾き飛ばす直前に爆発する。
左手が吹っ飛ぶのが妙にスローモーションに見えたのが不思議だった。
直後に鋭い灼熱と轟音が襲う。
激しい痛みで吐き気がしたが、ここで倒れるわけにはいかなかった。
敵はまだ目の前にいる。
「…まさか、それで助かったと思ってるのか?」
「お前を片付けるくらい、右手で十分だ」
「だが、オマエは死ぬ」
「いや、俺は…アイツの元に帰る」
残った右手で、半分に欠けたガンブレードを構えた。
皮手袋の隙間から見える手首は…
ニーダと同じ水疱が見えている。
俺も…腐っても騎士ってことか…
「俺は…戻る」
アイツの傍にいるって…約束したからな。
イスを扉に投げつけてもビクともしなかった。
意味がないと分かっていても、両手で扉を打ち続けた。
「キスティス!時間がない!少しでいいんだ!サイファーに電話させろ!」
時計を見れば、もう朝の6時だ。
スイッチが押されたのか押されてないのか分からないが、2時間以内に電話をして解除しなければ、サイファーは確実に死ぬ。
「タイムリミットまであと2時間もないんだ!今すぐ俺をここから出せ!」
俺が暴れているのを聞きつけたのか、キスティスが部屋に入ってきた。
「スコール…お願いだから興奮しないで」
「周波は…流れているのか?」
「まだよ」
「じゃあまだサイファーは助かる!今すぐ電話させろ!」
叩き続けた手は…もう感覚がない。
それでも俺は扉を叩いた。
「ここから出たら、また向こうに筒抜けになるのよ?そしたら…敵はそんなチャンスを逃すはずないじゃない!」
「じゃあサイファーは?俺の声と装置から出た信号を一緒に聞かないと、アレは解除出来ないんだぞ!サイファーを見殺しにするのか!?」
「それは…」
一瞬俯いて押し黙ったキスティスが顔を上げる。
「私は…選べと言われたら、迷わずアナタを選ぶわ」
泣きそうな顔をしてキスティスが部屋を出て行く。
「俺を…出せ……少しでいいんだ…お願いだ…」
時間がない…時間が。
サイファーの時限キーが…解除出来ない。
疲れ果て、扉に背を預けズルズルと座り込む。
自分の呼吸と心音しか聞こえない。
グルグルと回り続ける腕時計を引き千切るように取り、壁に叩き付けた。
時計がなくても判っている。
もうとっくに時間が過ぎていた。
爆発したら分かるようになっていたが、電波を遮られたこの部屋では何の反応もない。
カタリと音がして、小窓が空いた。
「スコール、手術の準備が整ったわ」
「…煩い。暫く1人にしてくれ」
「スコール…サイファーは生きてるわ」
「どうやって!?」
俺は立ち上がり、小窓に飛びついた。
「自分のガンブレで頭を抉って、爆弾を捨てたそうよ」
「サイファーが…自分で言ったのか?」
「ええ。今はこっちに向かっているわ。だから、アナタも早く手術を…」
「嘘じゃないよな?」
「本当よ」
「…わかった…手術を受ける」
サイファーらしい。
あの男なら、そんことも可能だと納得できるから不思議だ。
ぞろぞろと色んな機材を持った白衣の人間が入ってくる。
ここで手術をするらしい。
溶接された扉が切り開かれる。
酸素吸入器を顔に取り付け、麻酔を打たれてベッドに体を固定された。
透明なヘルメットのようなものが頭ををスッポリ覆うと、何かの液体が入ってきた。
「何も心配ない。この液体は、体液と同じ成分で出来ている。装置をこの中で外せば爆発はしないから」
医者らしい男がそう言ったが、麻酔で俺の意識はそこで途絶えた。
…眩しい。
今は昼なのか?
額に手を乗せると、包帯が手に当たった。
「また…ハゲが出来た」
でも、俺の場合はまた生えるからいいか。
サイファーの場合、抉ったなら…そこは一生ハゲかもしれない。
「サイファ…短髪だからハゲたら目立つな」
周りを見ると知らない部屋だ。
普通の病室っぽい。
爆弾を取り除いて、特殊な部屋にいる必要もなくなったからか。
起き上がってみるが、特に異常はない。
スリッパを履いて病室の部屋を出た。
サイファーも頭を抉っている。
傷の手当てをするなら、この病院に来ているだろう。
病室を1室1室確認する。
だが何処にもいなかった。
看護婦に聞いてみたが、そんな患者はいないと言われた。
諦めて元の病室に帰る。
暫らくすると、キスティスが様子を見に部屋に入ってきた。
目が少し赤い。
…泣いたのか?
「気分はどう?」
「別に…何も変わらない…その…取り乱してゴメン。心配かけた」
「いいのよ。仕方ないわ」
キスティスが軽く鼻をすする。
「サイファーはどこだ?もうエスタには着いたんだろ?」
「ええ。スコールが手術してる最中に着いたわ」
「この病院にもいなかった」
「そうね。違う場所にいるもの…だから迎えに来たのよ」
「もう退院してもいいのか?」
「ええ。処方された抗生物質を飲めば大丈夫だって」
入院服を脱いで、横に置かれた俺の服に着替えた。
グリーヴァのネックレスを首に下げる。
握ってみるが、まだ冷たいままだ。
だから…こんなに不安なのか?
体が震えそうになるのは、麻酔がまだ体に残っているからか?
「キスティス…準備出来た。行こう」
「スコール聞いて。サイファーは…あと数時間も持たないわ」
「自分で爆弾外して…意識もあるのに?」
キスティスは…何を言っているんだ?
冗談にしてはキツ過ぎる。
あのサイファーが、死ぬわけないじゃないか。
「サイファー…ウイルスに感染しているの」
「…防護服を切られたのか?」
「いえ。脱いでいたわ」
「あの馬鹿…脱ぐなって、あれほど言ったのに…何で…」
もしかして、ニーダに脅されたのか?
いや…たとえ脱がなくても感染する。
頭の爆弾を抉るということは、防護服から外の空気に触れるということだ。
「ワクチンはあるのか?」
「いいえ。いま必死にウイルスを調べて作っているわ」
「…そうか。サイファーのところに…連れて行ってくれ」
助かったと思ったのに…
せっかく生きていたのに…
あと数時間だって?
俺は…お別れを言いたくて「待ってる」と言ったんじゃない。
人里離れた場所に、その建物はあった。
厳戒なゲートを抜け、正門に車が止まった。
玄関口にはラグナが立って待っていた。
「スコール。これを着るんだ」
「俺も…魔女の騎士候補だからか?」
「そうだ。まだ正式な騎士でなくても、あのウイルスは危険だ」
手渡されたのは、エスタ製の防護服だ。
ガーデンの物よりは動きやすい。
着終わると、いくつもの扉を通り過ぎ、奥の部屋へ案内された。
行き着いたのは、ガラス張りの病室。
来客側から入れないように扉さえなかった。
ガラスの奥には…
サイファーがいくつもの管をつけてベッドに寝ていた。
分厚いガラスを叩くと、サイファーが気がついてこっちを見た。
「よう。またお揃いの傷か?」
「アンタの方が…酷いだろ」
「オマエも安請け合いしちまうから、そんな目に遭うんだぜ」
頭に包帯を巻かれたサイファーは、顔の左半分が焼け爛れていた。
いや、まともな皮膚は少しもない。
全身に鱗のように赤黒いものが斑に広がり、小さな水泡が隙間を埋めるように盛り上がっていた。
「サイファー…」
「参ったぜ。左手も吹っ飛んでじまってよ…これじゃSeeDでもう稼げねぇよな。明日から雑用で使ってくれ」
「サイファー…」
「あー…明日は無理か。流石の俺も、ちょっと体がキツくてよぉ」
「許してくれ…俺があんな部屋に入らなかったら…すぐ助けに…」
「いいや。電話の時点で俺んトコに向かっても、間に合わなかったぜ」
「だけど、俺がアンタを任務に送り出さなかったら…」
「未来なんて誰にも分からねぇんだ。オマエはいつも、その時の最善の選択をしている。何も間違っちゃいない」
話している間にも、ベッドに横たわったサイファーに変化が現れていた。
肌が黒ずみ、ひび割れたところから血が流れ出す。
白かったシーツが、サイファーを中心に赤く染まっていった。
サイファーが苦しそうに目を閉じる。
心拍も乱れ、俺と同じ防護服を着た医師がサイファーに数名駆け寄った。
「サイファー!」
ガラスをこじ開けようと、隙間に爪をたてる。
力の全てをかけても、自分の爪が剥がれただけだった。
また何も出来ない。
今度は目の前にいるのに、こんなに近くにいるのに手が届かない。
「嫌だ!こんなの嫌だ!サイファー!アンタのことが、誰よりも大切なんだ!そんなウイルスなんて、アンタなら治せるだろ!お願いだから、俺を置いて逝かないでくれ!」
その時サイファーが起き上がり、体についた管をむしり取った。
押さえようとする医師を、振り払う度に血が飛び散る。
そして誰もサイファーを止めなくなると、サイファーはベッドを降り俺の方へと歩いてきた。
「サイファー…」
俺の目の前に来ると、サイファーはバンとガラスに手を突いた。
血がベットリとガラスにつく。
「スコール…よく聞け。…ニーダは…このウイルスで死んだ」
「ニーダが…」
「その意味は解るな?」
「騎士だけが感染するウイルス…魔女は…他にもいる」
「そうだ。ヤツは俺と違って…正真正銘の騎士だった…らしいな。…あっという間…だったぜ」
サイファーが自分の崩れかけた皮膚を見ながら笑う。
「いいか…俺が死んだら…すぐに建物ごと焼いちまえ…骨も残らねぇような…高温でだ…あの島も爆破しろ…絶対だ…ぞ」
「何で…そんなこと言うんだ…アンタは死なない。すぐにワクチンが出来てアンタは…」
「スコール…もう…間に合わ…ないんだ」
「アンタ…嘘つきだ…俺の傍に…ずっといるって言っただろ」
サイファーが血を吐く。
もう全身、赤と黒で…金髪と緑の瞳だけが元の色を保っていた。
「スコー…ル…これからも…オマエの傍に…いるから…」
アンタさ…映画の観すぎだよ…
魂だけになっても傍にいるって言いたいのか?
「そんな子供だましの…セリフはやめろ!俺はアンタに触れたいんだ!」
アンタを過去形にするのは嫌だ。
アンタを思い出だけにするのは嫌だ。
これからも一緒に、喧嘩して、笑って、抱き合って…
そうやって2人で生きていくんだ。
「スコール…泣くな……愛してる」
「サイファー…俺も…………サイファー?…サイファー!?」
サイファーの身体が、ゆっくりと横に倒れる。
ガラスについた手が、血の痕を残しながら外れた。
サイファーが俺を指差し、何かを言おうとしれいたが…
しゃがれた音が漏れるだけで意味を成す言葉は紡がれない。
そして…目を閉じた。
「サイファー!」
叫びに呼応するように、ネックレスが熱を持ったが、俺はサイファーのことで頭がいっぱいで…気付く余裕が無かった。
「サイファー!!」
「サイファー!!!」
まるで魂そのものの叫びのように、隔離室にスコールの声が響く。
防護服の中で血だらけになった手を、それでも強化ガラスを叩くスコールを誰も止めることは出来なかった。
サイファーが言ったとおり、あの建物自体が焼却された。
無人島も今は地図上にはない。
サイファーが命を賭けた場所も、命の灯を消した場所も、この世に存在しない。
まるで…サイファーそのものの存在を消してしまったようだ。
バラム・ガーデンには園長もいない。
俺はバラム・ガーデンの指揮官で、落ち込んでいる暇も無くて。
生きているのか死んでいるのか判らない状態で、残党の捕縛や、ガーデンでの死者の弔い。
各国への説明や、トラビアとガルバディアへ任務依頼の振り分けや…
そうこうしているうちに、もう…あの日から1ヶ月が過ぎた。
ラグナロクが地上に影を作る。
ゆっくりと降下してきたラグナロクの船風を受け、俺は舞い上がる髪を押さえた。
やがて中から降りてきたのは…やっぱりラグナだ。
あの日から、3日と空けずに通ってくる。
大統領はそんなに暇じゃないだろ?
あんまり仕事サボルと、そのうち俺がキロスとウォードに怒られる。
「スコール。イデアさんを殺害した者達を捕まえたよ」
「もしかして…バラム・ガーデンの卒業生ですか?」
「そうだ。驚かないのか?」
各地で起きていたテロにも…バラム・ガーデンの生徒が多数含まれていた。
今更もう驚かない。
「スコール。これから、どうするんだ?」
「バラム・ガーデンを…閉鎖します」
「エスタから一時的に、誰かを園長代理として就任させて、時期を見てオマエが運営するというのもあるんだぞ?」
「あの場所は…血を流し過ぎた。それに、もうほとんど…人がいないんだ」
1度目はマスター派と園長派に分かれての内紛。
2度目はガルバディア…サイファーの襲撃。
そして3度目は…今回の事件。
生徒の半数以上が捕らえられ、殺人容疑で故郷やバラムの刑務所に送られた。
亡くなった生徒は、故郷が分かれば亡骸を送った。
分からない生徒は、バラム・ガーデンの墓所に埋葬した。
新しい墓石は…100を超えている。
「残った生徒の行き先が決まったら、F.H.の技師に頼んで、バラム・ガーデンは解体します」
「もう決めたのか」
「はい」
「良かった。あの時は…一緒に逝ってしまうかと思うくらい、思い詰めた顔をしたてけどよ…」
「え?」
スコールがサイファーの死を嘆いていたのは、その日だけだった。
翌日からは、生き残ったガーデンの生徒を率いて、色んな指示を出していた。
まるで何事も無かったかのように…
「暫らく死んだ魚みたいな目になるかと思ったけど、立ち直るの早くて安心したよ」
「それは…仕方ないだろ。色々片付けることがあったし」
「そうだよなー…人間っていう生き物はそうやって折り合いつけなきゃ生きて行けないもんなぁ」
「………」
俺の無言をどう捉えたか分からない。
自分が最愛の人を失った時のことを重ねているのだろうか?
「スコールは、ガーデン解体したらどうするんだ?」
「俺は…まだやることが沢山あるし…終わってから考えます」
「行くとこないならエスタに来いよ。俺はいつでも歓迎するぞ」
「帰る場所は……ある」
「そうか…でも…時々遊びに来いよな?俺から会いに行ってもいいしよ」
「アンタが大統領やめて暇になったら…な」
「いつになんだろなー…終身とか言われたら泣くぞ俺…」
笑いながらラグナを送り出す。
そう…あんな事があったのに…俺はもう笑える。
戻った時は血の海だったバラム・ガーデンは、今すっかり清められ、以前の姿をほぼ取り戻していた。
よく見れば、銃弾が壁にめり込んだり、切りつけた跡もあるが…
以前と違うのは、昼だというのに誰もいないということだ。
この時間、いつもなら人で溢れ、食堂に向かって走る生徒が大勢いたのに…今は、俺の歩く靴音だけが寂しく響いた。
冬の日差しが入り込む廊下を抜け、突き当たりの扉をノックした。
すぐに在室の返事が返ってくる。
扉を開けて中に入ると、カドワキが箱の中に薬品を詰めていた。
「カドワキ先生…そろそろ片付きますか?」
「おや、スコールかい?荷物は…もう少しかねぇ。10年以上いると、結構荷物が増えてるもんだ」
手を止めて、カドワキが俺に笑いかける。
この人には俺も…サイファーも、そして園長も色々と世話になったよな。
叱咤激励も上手かった。
色んな生徒も相談に来ているのを知っている。
まるで…母みたいな存在だった。
「明日だっけ。ガーデンの解体工事が始まるのは…寂しいねぇ」
「カドワキ先生…いや…ハインの使徒…総帥」
「何だい?それは?」」
「それとも魔女カドワキとお呼びした方が良いですか?」
「それは何の冗談だい?私が総帥で魔女だって?」
「そうです」
カドワキが面白い冗談を聞いたように笑う。
だが、真剣な表情の俺をみて、ピタリと笑いを止めた。
「その顔は…もう確信してるんだね…いつ、気がついたんだい?」
「サイファーから…魔女の騎士しか発症しないウイルスなのに、ニーダもそれで死んだと…聞いた時です。それで全てが繋がった。誰にも気付かれずに、ガーデンで使徒を増やせるのも…アンタしかいないんだ」
「そうかい…ニーダが…騎士にしたつもりは無かったのに、可哀想なことをした」
「先生の経歴を調べました。ここに来る前…先生も孤児院をやっていた。シュウとニーダは…そこにいた子供だ。カドワキ先生………何故なんだ?」
カドワキが机の上に置いたコーヒーカップを2つ取った。
インスタントコーヒーをカップに入れてお湯を注ぐ。
そして、1つを俺に差し出した。
「立ち話もなんだしさ、まぁ座って話そうじゃないか」
「…ああ」
「私はね…戦うチカラは無いが、未来を視るチカラがあるんだよ」
「未来?」
「ガーデンが設立される2年ぐらい前だったかねぇ…瀕死のアルティミシアが、私の身体が継承の器として最適か確認する為に立ち寄ったんだよ」
「イデアの前に…先生の所に行ったのか?」
「幸か不幸か…私は継承の対象外とされてしまったんだけどね。だけど、その時に視えたんだよ。魔女の未来、世界の未来、そして歪な螺旋の運命…ガーデンのSeeDが魔女を倒し、そしてまた繰り返す…そんな閉じられた世界はおかしいだろ?」
俺は…その捩れを作った当事者だ。
魔女を狩り、過去を遡った魔女がイデアに魔力を継承するのに立ち会った。
落ち着くために、一口コーヒーを飲む。
いつも思うが…カドワキは砂糖を入れすぎだ。
「先生…体の為にも、砂糖を減らしたほうが良いですよ」
「いいんだよ。頭をいっぱい使えば」
「そうですか…」
「それで、何だっけ?そうそう、最初は視えたガーデンとSeeDも、何のことかサッパリだったさ。庭に種だろ?そしたらシドが…ガーデンという学園を作り、SeeDという存在を作った。もう、これは確定だろ?だから私は…あえて中に入り込み、自分の種を育てた」
「子供達には…自分達は魔女を倒し、世界を守る為に昔からある組織だと…選ばれた存在だと…騙して?」
「騙したつもりはなかったんだけどねぇ…孤児はそういう夢に憧れるんだろう?自分が選ばれた存在だと思えば、親がいない自分の境遇を納得したんだろうね」
「アンタは!そうやってニーダやシュウ達の心を踏みにじって何がしたいんだ!?」
「抜け殻のハインにチカラを返して…世界の歪みを矯正する為だよ」
「アナタはそれを…本気で?」
「私だって例外じゃないよ。全て終わったら…私もハインの元に行くつもりだった」
「ハインは…本当にいるんですか?」
「リノアに聞いてごらん。ハインの息吹を…大地から微かに感じるはずだ」
背後に気配を感じ振り返る。
そこにはリノアと…
傍らに成獣型となったグリーヴァが立っていた。
「リノア…今のは本当なのか?」
「ハインはいるよ。抜け殻のハインは、ずっと半身の魔力のハイン…魔女が戻るのを待っているの」
「魔女は全て、ハインの半身なんだよ。魔女は全員そのことを知っている。この秘密を魔女以外に漏らしたのは…私達だけだろうね」
驚いた。
ただの昔話だと思っていたのに…。
「今まで…戻ろうとした魔女はいなかったのか?」
「だって、アイツは乱暴なんだもん。戻ったら…また神と人間の戦いが始まっちゃう」
「だけど…魔女のチカラのせいで、世界の運命が狂ったなら…一度リセットした方が良いんだよ」
「私はそうは思わない!過去は変えられないけど…未来はきっと変えられると信じてるもん」
「ははは…若いねぇ…私は変えられなかった。アンタ達に…未来を託そう。もう変わってきてるみたいだしねぇ」
無言で立つG.F.に目を向ける。
金色のたてがみを持つ、雄々しい獅子。
そして額には…
一筋の傷跡。
「サイファーがG.F.になるなんてねぇ…私にはそんな未来視えなかったよ」
『俺様の強運と実力だ』
「サイファー…アンタもう少し紳士に話せよ。グリーヴァのイメージが崩れる」
「聞かせておくれ。どうやってG.F.になったんだい?」
『それは俺様の強運と…』
「違うでしょー。もともとアルティミシアが、サイファーの魂の一部を使って、G.F.のグリーヴァを創ったみたいで…それがスコールのネックレスに宿ってたんだよね」
サイファーが目覚めている時は姿を現さなかったグリーヴァ。
その素がサイファーなら頷ける。
サイファーが死んだ翌日…
24日の真夜中に、リノアは白い翼で俺の元へ飛んできた。
泣き疲れた俺の顔を軽く撫でてから、グリーヴァのネックレスを掴み上げキスをした。
あの時の俺は…きっと口をポカンと開けたアホっぽい顔をしてたと思う。
いつもの銀色の小さなグリーヴァではなく、黄金のたてがみを持ったグリーヴァが出現して…しかもそれの正体が…
サイファーで。
喜びと、驚きと…でも…人間としてのサイファーを失った寂しさで、俺はまた泣いた。
ラグナは俺が立ち直ったと思っている。
確かに立ち直ったが…死からではない。
サイファーが俺の元に戻ったからだ。
「リノア。私やイデアと違って、魔力がとても安定してるね」
「サイファーが…G.F.になってから安定したの。魔力だけでなく精神も…まるで凪いだ海のように」
「なるほど。魔女・騎士・守護獣…三位一体か。これが正しい姿か」
「カドワキ先生…あんたは、これからどうする?」
「おや?私を捕まえに来たんじゃなかったのかい?」
カドワキが驚く。
まぁ…そうだろうな。
この事件の大元だ。
だけど、リノアとサイファーと3人で話し合って決めたんだ。
カドワキの自由にさせようって。
「こんな結果にはなったけど、先生も…世界を守ろうとしていた。俺も…アルティミシアをまた過去のイデアに継承させてしまったし…先生のことは裁けない」
「甘いね。サイファーがその姿で復活しなかったら…違う結果だったんじゃないのかい?」
「さぁ?でもサイファーはここにいる」
「私は…捕まった子供達の元を回って…真実を話していくよ。それで捕まったら捕まった時だしねぇ。それが終わったら…イデアがいたあの島に行こうと思う」
「そうですか」
「アンタ達はどうするんだい?確かリノアもまだ死んだことになったままだろ?」
2人と1匹が顔を合わせて笑う。
「俺達は…まぁ…適当に色んな国をフラフラするさ。じゃあ、俺達行くから」
「カドワキ先生!私は死んだままでヨロシク♪」
『俺も死んだままでヨロ…』
保健室を去る元気な若者達に、自然と笑みがこぼれる。
「アンタはもう死んだから、ヨロシクしなくても良いだろ!」
『ひっでー!スコール!俺が死ぬ時ピーピー泣いたくせに。あとアレ!俺に愛の告白をしたよな?』
「してない。それはアンタの記憶違いだ。夢でもみたんじゃないのか?」
「えー!スコール私には?愛の告白欲しい〜!」
「〜〜〜〜。〜〜〜〜。」
「×××!!!」
もう会話は聞こえないが…楽しそうな声が廊下に響く。
壁をポンポン叩いて、長年勤めた部屋を眺める。
「ゴメンよ。ガーデンを終わらせちまって。最期に…悲鳴や泣き声じゃなく、笑い声が聞けて良かった…」
残った薬品を箱に詰め込む。
そして最後に机の引き出しに掛けた鍵を開け、そこに入ったものを箱に入れた。
それは…古い1枚の写真。
12年前の自分と、大勢の子供達。
中でも、私の膝の上に座った小さな男の子は、いつも私の後をついて歩いた。
「本当にオマエ達には可哀想なことをした…ニーダ…許しておくれ」
翌朝の早朝から解体が始まり、12年間バラムを守る象徴として存在したバラム・ガーデンは…3ヶ月でその痕跡を消した。
残ったのは数百名の墓石のみ。
その後、3度の戦いがあった命日には、各地から人が訪れ花が手向けられた。
と、ある町、ある朝で…
暑い…というか狭い。
ベッドはダブルだ。
ダブルベッドというのは、人が2人も寝ても大丈夫な幅なわけで…
それでも狭いのは…
「サイファー!アンタ一緒に寝るの止めろよ!」
俺とリノアが眠るベッドに…正しくは俺とリノアの間に、長々と体を伸ばして眠る獣。
グリーヴァ。
もといサイファー。
G.F.なのに、魔女という無限のMP供給で、常に姿を現すことが可能だ。
しかも体温つき。
「ほんと最悪。小さな猫ちゃんならまだしも、こんな図体のデカイ獣が、ベッドで寝るなんてオカシイわよ!」
『うっせーな。獣じゃなければいいのか?』
「それは…どういう意味だ?」
獅子の姿が大きく震える。
そして…
『じゃじゃ〜ん!人型も出来るようになったぜ!』
「サイファー…」
そこには、以前の姿のサイファーが立っていた。
そういえば、アルティミシアが出したグリーヴァも、体は人型に近かったな。
だからこういう事も可能なのか?
『おい?2人共どうした?感動で声も出ないってか?』
「アンタな…」
「こんのケダモノ!私の魔力使ってそんなモン見せて!前くらい隠しなさいよぉ!馬鹿ぁ!」
当然といえば当然だが…サイファーは全裸だった。
リノアが枕で叩きながら追いかけているが…先にパンツくらい履かせればいいのに…。
サイファーのパンツ…無いよな。
もしかして俺のを貸すのか?
サイズの合わないピチピチのパンツを履いたサイファーを想像して吹き出す。
今日、まずは買物行ってTシャツにズボンとパンツ…
それから…
END
お疲れ様でした〜。これで完結です。
サイト立ち上げた時に浮かんだネタが、よやく終わった。
約8年越しです(^^;)
グリーヴァ=サイファーと人間辞めさせてしまいましたが…一応ハッピーエンドになるのかな?
でも…このままいったら…きっと獣●な事態に。
リノアが黙っていないと思うけど…もしかしたら3ピー…
必死にダバダバ打ち込んだので、誤字は多いと思われます。
そこはホレ、何となく流れとニュアンスで読んでください(笑)
へば!
2009.01.04