A Guardian Deity
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12月22日 15:00 澄み切った青空。 しかし、雲の下は雪が絶え間なく降り続いている。 雲の隙間から時折見える地上は、灰色と白の2色だけだ。 カーウエイ大佐がラグナロクの中をイライラと歩き回りながら、電話で自国に何やら指示を出している。 エスタに一緒に行くことに最初は難色を示したが、この事件は魔女絡みだ。 魔女リノアの父親も標的になっている可能性が高い。 エスタに行ったからといって、安全である保障はないが… ママ先生を壁から下ろし、とりあえず雨風の当たらない場所に移してきた。 本当なら連れて帰りたいが…今は状況が許さない。 もう魔女ではないのに、なぜ殺されなければいけないんだ? いや…普通の人間には、魔女のチカラを継承したかどうかなんて分からない。 しかも魔女であったイデアの姿が、あのパレードで多くの人間の心の焼き付いている。 魔女のままだったら…あんなに惨い死に方をせずに済んだのだろうか? いや…あの人は、自分の身体で行われたことを、とても悔やんでいた。 魔女であったとしても、抵抗はしなかっただろう。 でも…イデアの夫であり魔女の騎士であったシド園長までが、命を奪われるなんて…。 シド園長がイデアの騎士であったことは、ほとんどの人間が知らない。 知っているのは、ほんの一握りの人間だ。 「本当にシュウ先輩なんだろうか?でも何故だ…」 彼女はガーデンの中で、誰よりもシド園長を支持していた。 時には、この俺でさえ男女の仲を勘ぐってしまうくらい、彼女は園長に尽くしていた。 誤報であればいい。 だけどこれが真実なら…この事件は色んな思惑が絡んでいると思ったほうが良い。 今、ガーデンがどうなっているのか…情報が途絶えた今、どうすることも出来ない。 仲間も今は世界中に散っていて、あの時のようにはいかない。 1人でも大丈夫だと思っていたけど… 無意識にグリーヴァのネックレスを握りしめた。 呼応するように微かに熱を感じた。 そうだ…とにかく落ち着かなければ。 何があっても冷静な判断を下せないよな。 ジャケットのポケットから携帯を取り出す。 今頃きっと動きにくい防護服で任務中だ。 電話してもスグに出られないかもしれない。 「別に私用じゃないし…園長とママ先生のことも知らせないと…」 こんな事態なのに、サイファー相手だと電話することに躊躇いを感じる。 声を聞いたら…気持ちが弱くなりそうだ。 だけど、声を聞いたら…きっと落ち着く。 8回目のコールでサイファーが電話に出た。 『よう!どうした?』 いつも通りの変わらない声に、涙が出そうになる。 サイファーを送り出したのは、何日も、何週間も前じゃない。 まだ1日も経ってないのに、懐かしささえ感じるのは何故だろう。 俺はアンタの存在に…こんなに支えられていたのか? 心細く震えていた気持ちが、だんだん力を取り戻す。 「緊急事態が発生した。色々…報告したいことがある。今、大丈夫か?」 『ベースを確保したから、暫くは大丈夫だ。まぁ…動きにくくてストレス溜まってるけどな』 「それは仕方が無い。安全が確認出来るまで、絶対に脱ぐなよ」 『子供じゃあるまいし、脱がねぇよ。で…何があった?』 震えそうになる声を一呼吸置いて、なるべくいつも通りに聞こえるように努めた。 「石の家で、ママ先生が…何者かに殺された。リノアも拉致された可能性が高い」 『魔女の存在を…消したい奴等の犯行か』 「多分。俺も…石の家から強制的にエスタへ避難中だ」 『つまり、ガーデンはすでに危険なんだな?』 「ああ。園長も…殺された。キスティスからの情報だと、シュウ先輩らしい」 『マジかよ。いつからか知らねぇが…これは用意周到に準備された計画だってことか』 硬質なサイファーの声に、俺も気が引き締まった。 そうだ。 もう戦いは始まっている。 状況がどうであれ、俺達は戦って進むだけだ。 だが、俺はサイファーが言った言葉のニュアンスが、ある可能性を秘めていることに思い至らなかった。 もし、この時に気付いていたら… 「サイファー、まだ早いが…時限キーの解除しておくか?」 時限キーを解除したのは、今朝の8時だ。 まだまだ時間に余裕があるが、ふと言ってみた。 何か予感を感じていたのかもしれない。 『そうだな…いや、まだいい。また夜に電話してくれ。その頃にはコッチも色々と片付いてるはずだ』 「そうか」 『くつろぎながら、ゆっくりオマエの声が聞きてぇしな。夜なら色っぽい声を聞かせてくれるだろ?』 「アンタ…実はもう、頭が毒にやられてるだろ」 どんな時でも隙さえあればソッチに絡んでくる。 大物と言えば聞こえがいいが、ここまでくればただの馬鹿だ。 『なるべく早く帰る。だからオマエも踏ん張れ』 「ああ。待ってる。アンタも油断するな」 携帯を切ろうと耳を離すと、サイファーの慌てた声が聞こえてきた。 『ああ!…ちょっと待て!切るな!』 「…なんだ?」 『嘘でもいいからよ“愛してる”って言ってくんねぇか?』 「は?…またそれか。この前からアンタしつこいぞ。それにアンタ以前、心がこもってないと駄目とか言ってただろ」 『いいから。1回だけ。男には嘘でもそういう言葉が欲しい時があるんだよ』 「アンタ…勝手だな」 『ケチケチしねぇで言えよ』 こんな時に…何を突然…。 しかも、周りに人がいるのに…。 カーウエイあたりは、俺の電話に絶対に聞き耳を立てている。 「答えは“ノー”だ。言えるわけないだろ」 『周りを気にしてんのか?』 「当たり前だ。アンタなら言えるのか?」 『俺は言えるぜ。スコール…愛してるぜ』 耳元で囁かれたかのようでゾクリとした。 「ア、アンタ馬鹿か?仕事に集中しろ!」 『何だよ。せっかく恥を掻き捨てて言ったのに、俺は言い損かよ』 「状況と場所をわきまえろ。馬鹿」 強引に携帯電話を切った。 これ以上アイツに付き合っていたら、コッチも馬鹿になりそうだ。 ラグナロクのディスプレイ表示では、もう少しでエスタに着く。 まずはキスティスと合流して、詳細な情報を得なければ… また…ガーデンの生徒と闘うことになるのかもしれない。 だけど向こうもそれは承知でこの戦いを仕掛けてきた。 指揮官である俺が逃げるわけにはいかない。 だが俺は… エスタに着いた途端、数名のエスタ兵に取り囲まれ、ただ1人、窓もない壁の厚いまるで金庫のような特殊な部屋に放り込まれた。 「どういうことだ!?説明しろ!!」 だが、俺の問いに応える者は無く、その代わり入り口の隙間から火花が散った。 「まさか…入り口を溶接してるのか?」 俺が逃げられないように? それとも…外部の接触を避けるために? 1人で考えても答えは出ない。 俺は…何でこんなに無力なんだ? あまりの悔しさに膝をつき、床を両手で叩いた。 金属特有の冷たさが身体に伝わってくる。 この震えは…寒さからだろうか? それとも… ******************** 電話を切ると、それまで無言で俺の前にいた男が口を開いた。 「別れの挨拶は済んだか?」 「別れる気はまだ全くねぇよ…ニーダ」 18名のSeeDが俺を取り囲み、銃口を向けていた。 ガーデンから同行した、レベルの低いSeeDの半数以上だ。 ここにいないSeeDは…気の毒なことに、この島に降りたと同時に射殺されてしまった。 仲間だと思っていた同じガーデンの人間達に。 同行したエスタの研究者は別に車両だが、姿を見ていないということは多分…。 「なるほどな。オマエがこの件のリーダーにしては、役不足だと思ったが…シュウも仲間か。全然気付かなかったぜ」 「当たり前だ。我々…“ハインの使徒”は、周囲に溶け込むように訓練されている」 「何だ。そのハインの使徒っつーのは。聞いたことねぇぞ。新興宗教か?」 「詐欺な宗教だと思ってるのか?」 「ああ。ねずみ講とかの類なんだろ?ったく、こんなに騙されやがって」 「馬鹿にするな。我等“ハインの使徒”の歴史は古い。人間が神のチカラを身の程知らずにも奪い取った直後から組織は存在している」 ニーダは誇らしげに言うが、だが俺は、そんな秘密組織の噂1つ聞いたことがない。 よほど徹底した信者の管理が出来ているか、閉鎖的地域での活動かのどちらかだ。 だが、もしもそれが真実ならかなりデカイ組織だということだ。 ニーダやシュウがガーデンに入学したのは俺よりも後だが、まだ10歳にもなっていなかった。 周りにいる名前も知らないSeeD達も似たようなもんだろう。 そうやって、一体どれだけの“使徒”とやらが、この世界中に紛れ込んでいるのか… ここんとこ魔女による戦争が続いたから、余計にも信者が増えたに違いない。 「で?その“ハインの使徒”様達が一斉蜂起か?」 「ハイン様のチカラを身に宿した魔女はあと1人だけだ。今がハイン様にチカラをお返しする頃合だ。後は魔女の下僕である騎士を消すだけだ」 「魔女の騎士?だから園長を殺したのか?だけど、あの親父はもう…イデアが魔女でなくなった時点で騎士じゃねぇだろ。イデアだって魔女のチカラを継承したのは、オマエ達だって知ってるはずだ」 俺だってそうだ。 もう騎士じゃねぇ。 特に俺は、アルティミシアにとっては遊びみたいなもんだったしな。 騎士だったのかも怪しいくらいだ。 「お前達は、何も知らずに魔女になったり騎士になったり…本当にオメデタイな」 「何だと!?」 まるで馬鹿にしたような薄笑いを浮かべるニーダに、俺は銃口を向けられていてもカッとなって叫んだ。 まるで物分りの悪い子供に言い聞かせるように、ニーダが俺に説明を始める。 ちくしょう…自分が優位だと思って… だけど、流石の俺でも18本の銃から鉛玉を食らったら… 情けない話だが、これこそが絶体絶命のピンチってやつだ。 「死ぬ前に教えてやる。ハインのチカラを受け継ぐと、その時点で人間とは違う生き物になる。たとえ別の女に継承しても魔女から人間に戻ることは無い。騎士も任命された時点で魔女と同じ存在になる」 「そりゃ…初耳だ。だけど身体検査しても、いつも特に異常はねぇぜ?魔力も上がってねぇし」 「異常が発見されないのは、まだその程度の医学レベルだからだ。アデル…あれは元々魔女ではない。騎士だった者が魔女を失い、狂った姿があれだ」 本当なのか? 作り話にしては…出来すぎている。 実際、あのアデルを女と呼ぶには…無理があった。 あれが騎士の成れの果てというのなら納得がいく。 「それで、俺を排除すんのに、こんだけ大所帯か?」 「念には念をだ。魔女とは違い、騎士はチカラを継承しなければ死ねないってことはないが、サイファー・アルマシーの戦闘力と卑怯な手口というのは身に沁みてるからな」 「それで…わざわざ無人島のモンスターを異常死させて、俺をここに連れてきたのか?」 実際に、ゴロゴロと大量のモンスターが転がって死んでいる。 しかも今まで見たことがない新種だ。 一見、ベヒーモスに見えても頭が2個あったり、モルボルかと思えば全身が棘だらけだったり… だが、そいつらと一度もガンブレを交えていない。 ここに来た時から、目や口からだけでなく、鱗だかヒビとか全身色んな場所から血を流し、柔らかい皮膚を持つものは水疱のようなものまで体中に作り死んでいた。 「ここは実験場だ。何百年もの間、使徒は魔女と騎士を滅ぼす研究をしてきた。これはその1つ。騎士の細胞をモンスターに移植し、騎士のみが発症する病原菌の研究だ」 「へぇ…それで、次はどうすんだ?」 「その防護服を脱げ。それで終わる」 つまり…これを脱げば、俺もあのモンスター達のように血まみれのグチャグチャになって死ぬってわけか。 「嫌だと言えば?」 「銃で撃って穴が開いても同じ結果だ」 「結局、自分等の手を汚したくねぇってことかよ」 「そうじゃない!テメェなんか苦しんで死ねってことだ!」 俺が挑発するように全員を見ると、1人のSeeDがブチ切れて叫んだ。 そいつに続いて何人ものSeeDが俺を罵り始めた。 やはり全員が全員、元から信者じゃねぇみたいだな。 教育とやらが行き届いてねぇぜ? 「どんなにオマエを指揮官が庇ったって、俺達の気が済まないんだよ!」 「この、ガーデンの恥晒し!オマエを庇うような指揮官も同罪だ!」 スコール? アイツも一応リノアの騎士候補だった。 だが…まだ騎士じゃない。 「スコールは騎士になってねぇだろ」 「魔女が候補に選んだ時点で、排除の対象だ」 「だが、アイツは今、エスタに守られている。お前等には手出しなんかもう出来ねぇぞ」 「エスタにだって使徒はいる。それに…指揮官のここにも、アレが埋まってるの知ってるだろ?」 ニーダが耳の後ろを指差す。 そこは…俺達の爆弾が埋まっている位置だ。 「…爆弾か。だけど、それがどうした?スコールの頭に埋まってるのは、自分の意思で自爆するヤツだろ」 「あれ、実は俺が設計したんだ。サイファー、お前のもだ。色んな人間が検品してるから、手の込んだことは出来ないが…あることで爆発する仕掛けを施した」 「…何だ、それは…」 「特殊な周波だ。全世界の電波塔を電波ジャックし、その周波を流せば…ボンってな」 「まさか…最近頻繁にあった電波ジャックはお前たちか?」 「そうだ。まさかガーデンから妨害電波が出てるとは思わなかっただろ?」 シュウが熱心に推し進めた、ガーデンに電波塔を立てたのは…この為だったのか。 こいつ等は本気だ。 諦めたくないが、俺がここで助かる見込みはほとんどない。 それなら、スコールだけでも何とかして助けたい。 「スコールはリノアの騎士候補を放棄している。もう魔女とは関係ない。その周波を流すことを止めるなら、俺は…これを脱ぐ」 「…いいだろう」 まずはマスクの留め金を外し、上に持ち上げた。 外の新鮮な空気が入り込んでくる。 そして、身体を覆っていた防護服も脱ぎ去った。 だが…何も変化は現れなかった。 「何故だ…これ即効性のウイルスだぞ」 ニーダが動揺するが、俺に聞いたって知るかよ。 「それならもういい。手っ取り早く銃で蜂の巣になってもらう」 「もう少し…様子見ようとか思わねぇのかよ…」 俺の言葉に誰も耳を貸さない。 一斉に銃口を俺に向け、安全装置を外した。 これは…もう駄目か? 「撃て!!」 いくつもの銃声が鳴り響き、轟音と振動と土煙が周囲を包み込む。 銃撃…の音にしては…随分ハデな音がしたな… その正体を確かめようにも、俺の意識は遠のき、目には何も映さなかった… |
短いけど・・・区切りがいいココマデUP。 はぁ・・・10話で終わらなかったヨ。 下手すれば次でも終わらないかもー? シュウとニーダのファンにゴメンナサイ。 公式設定で、ガーデン内の重要登場人物って少ないからさ、思いっきり敵側に使っちゃった☆ 実はまだいる(笑) 2008.12.29 |