| ある酒場にて |

更新日:2011.02.14

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数日留守にします。探さないでください。



薄っぺらい1枚のメモにそんなふざけた文章。
それがリビングのテーブルに残され、ある1人の男がバラバラム・ガーデン消えた。
子供の頃から一緒に過ごし、色々あって、ほんと〜に色々あった末に共同生活を始めて早11年。
こんなに長い間傍にいても、あの思考回路だけは理解不能だ。

…数日?

もうすでにアンタが姿を消してから1週間。
アンタの数日は1週間以上なのか?
時期的に何の為に出掛けたのかは想像がつく。
理解できないのは…
その為に何も言わず、仕事を全て俺に押し付けて消えたということだ。
携帯の電源まで切る周到ぶり。
そこまでして求めるものなのか?
はっきり言ってバレンタインとかそんなものはどうでもいい。
アンタがムキになるから付き合ってやってるだけだ。
俺はアンタが傍にいるだけで充分なんだ。

いなくなって一週間。
アンタ本当に何も変わってないよな。
目的を持つと周りが見えなくなって、どこまでもどこまでも突っ走っていく。
三十路直前だというのに、その行動力はおかしくないか?
もうちょっと考えて行動してくれ。
…残される俺の気持とか気持とか気持…いや、それはどうでもいい。
キスティスに「アンタ達は運命共同体でしょ」って、2人分の仕事まわされているんだ。
何だよそれ。
俺はそんな理由で他人の荷物を持ちたくない。
頑張って仕事をこなしても、部屋に帰れば誰もいなくて寂し…くはないけどな!
ああ。久々に1人寝を充実してるさ。
どこも痛くも辛くもない疲れが取れた目覚めも最高だ。
このままアンタがいない毎日が癖になりそうだ。

俺を放って、勝手に1週間の不在。
流石にブチ切れる。



「少しくらい焦ればいい」



今日TVの取材で三行半的な意味合いを含ませておいた。
どこにいるか分からないが、きっと見ているという確信があった。
アンタは、どういう手段を使ってるか知らないが、俺に関しての情報は全て見逃さないよな。
偶然っていうけど、そんな偶然があってたまるか。
それって一歩間違えれば変態だぞ。
俺だからアンタと一緒にいてやれるんだ。

馬鹿サイファー。



「明日の14日中に帰ってこなかったら…覚悟しとけよ」



**********



寒さが身に染みる夜だった。まるで大気が生物を拒否しているかのように、触れる空気が肌に痛みを与える。空に輝く星明りでさえ鋭く感じるのは錯覚だろうか。

こんな日は女と宿にしけ込むか酒に限る。雪が降れば少々状況が変わってくるが、町外れにある小さな俺の店は、今夜は満員御礼、大繁盛だ。
が、売り上げはあまり期待出来ないだろう。
ここにいる客達の酒代はすでに半月以上もツケのままだ。経営は実際のところ厳しい。…が、過剰な取立てを出来な理由がある。
俺がこの地に根を下ろしてまだ3年。信頼関係というものをようやく築きつつあるが、たった3年ではまだ浅かった。
ここで人間関係をこじらせても、消えるのは俺の方だ。

小さく溜息をつき、ドアの横にある填め込みの窓を見た。
石炭ストーブの火力ですらこの寒気には勝てず、窓ガラスに芸術的な氷の紋様が出来ている。その白い闇に、カウンター脇に置いた小さなTVの賑やかな画面が薄らと映っていたが、その模様の奥で、何かが動いた。
…どうやらまた1人客がくるらしい。
せめて今夜の酒代だけでも払ってくれるヤツならいいが、いつもやってくる客で、現在この店にいないのは…どいつもこいつもツケの常連だ。
今夜はもう満席だと…追い払ってもいいかな?

だが、予想に反してドアを開けたのは見知らぬ若い男だった。



「いらっしゃい」

「まだやってるか?」



よく通る低い声が耳に心地よい。



「客がいる限り開いてますよ。見ての通り席は…空いてないですけどね」



初めての客なら流石に酒代を踏み倒さないだろう。という打算もあった。貴重な現金収入だが、残念なことに席は1つも空いていない。お願いだから飲んでくれ…と縋りたいところだが、果たしてこの客は了解してくれるだろうか?



「ああ。立ち飲みでかまわねぇーよ」



そう言って、タバコの煙で曇った店内に入ってきたのは、大きな男だった。
…いや、よく見ると体躯自体はそう特別大きいわけではない。
体全体から発する存在感と言えばいいのだろうか。その容赦のない気は、一瞬でこの場末の酒場に集まっているゴロツキ共の歪な気を抑え込んだ。
隙のない身のこなし。引き締った身体。そして、手に持ったケースはどう見ても何かの武器だ。
圧倒されていた客達が我に返り、店内の空気が殺気に満ちたが、この男は何も感じていないような素振りでカウンターに近づいてきた。
若いと思ったが…これは思った以上に若い。
まだ20代だろうか?
金髪に緑の目とは、これまた随分ハデな容貌だが、それ以上に目を引くのが額に斜めに走る刀傷だ。
やっぱり、どう見てもカタギの人間ではない。



「か〜っ寒ぃな!マスター。2月にしちゃ寒すぎねぇか?体に人間様用ガソリン突っ込まねぇと、途中で凍死しちまうぜ。コッチはいつもこうなのか?」

「さぁ?俺もここに住んで数年ですからねぇ。でも、こんな寒さは初めてですよ」



棚に並んだ酒の中で、1番良い酒を選び客のグラスに注ぐ。立ち飲みならさほど長居はしないだろうから、少しでも金になる高級な酒を飲ませてやる。そんな俺の思惑を知らず、俺の返答に食いついてきた。



「ん?マスターはどこ出身なんだ?」

「実は、生まれも育ちもバラムで」

「へぇ。恋人が…コッチの出身とか?」


恋人がいたとしても、妻はいないと見たか。いい洞察力だ。彼女も今のところいないというのは…言わない方がいいだろう。俺のなけなしの名誉のために。



「真っ白い雪に…憧れてね」

「ははは。アッチはほとんど降らねぇもんな」



生まれ育ったバラムが嫌いだったわけじゃない。
子供の頃に見た、白銀の世界を写した1枚の写真が大人になっても忘れられなかった。
意を決して3年前にこの地へ移住した。
訪れた客に雪に憧れて移住したと語り、大爆笑されたのは…まるでつい昨日のことのようだ。そしてその年に、雪の恐ろしさを体感し、あろうことか薪の貯蓄から除雪まで客に助けて貰った。そういえば、ここにいる客のほとんどが、あの頃からこの店に来ている常連達だ。俺のマヌケっぷりに、タダで酒を飲めると思ったのか…
これは故郷バナシもほどほどにしないと、この先もっとカモにされるかもしれない。
そう思っても、会話の引き出しが少ない自分には、出し惜しみするような話題は全くなかった。

色々と厳しかったが、現在も安定しているとは全く言えない状況だが…後悔はしていない。あの憧れた場所に俺は今住んでいるのだから。
自分でも、夢や憧れをいつまでも追う馬鹿だと思う。
きっとこの男も笑うだろうと思ったら、そうでもなかった。



「憧れの地か。いい夢を叶えたな」

「まぁ、移住したはいいけど、まさかこんなに過酷だとは…ここの住人に色々と助けられてましてね」

「実は俺もバラム育ちだ。生まれはドコか知らねぇけどな」


その一言でこの男が何者なのか、店にいた者達は悟っただろう。この男は優秀な傭兵を育てるバラム・ガーデン出身者だ。つまりは傭兵。もしかしたら選ばれた者だけがなれるというSeeDだったかもしれない。そんな男にちょっかいを出すような阿呆は、幸運なことにココにはいなかった。
だが警戒が解けたわけではない。俺とこの男の一挙一動に、常連客の意識が向いているのが感じる。そういえば賞金首がこの町いるらしい、という噂を聞いた事がある。そいつがこの町に守られているというのも。だから警戒しているのだろう。狩りに来たのでは?…と。
仕方がない。憂いを取り除くために、俺が一肌脱ごうじゃないか。



「ここには…仕事で?」

「いいや。なんつーの?愛するパートナーの為に…貢物探しだな」

「は?」

「アンタなら分かるよな。今月の14日はヴァレンタイン・デーだぜ。そのプレゼントを…探しに来たんだよ」

「ヴァレンタイン…でもバラムのヴァレンタインは、女子がチョコを贈る日じゃありませんでしたっけ?」



普通はバレンタイン・デーに贈り物をするのは男性側だが、バラムでは女子が男性に告白出来る特別の日だった。そして3月14日は男性がそのお返しをする日。他国の目には不思議文化と映るようだが。
しかしこの男は、世界標準的に相手へプレゼントをするらしい。



「俺んトコはまぁー…特殊だな。2月14日はお互いにプレゼント交換するんだよ。だから負けられないっつーか…」
「負けられない???」



意味がわからない。
ヴァレンタインに勝ち負けがあっただろうか?



「あいつガキの頃からライバルだったからよ、どうしても張り合っちまうんだよなぁ」



ライバルで恋人…か。それは確かに特殊だ。



「何だ兄ちゃん!好きな子のプレゼント探しにこんな所まで来たのかよ?もっと都会に行けば良いモンあるだろ〜?」



俺との会話に聞き耳を立てて害がないと悟ったのか、いつも仲間を仕切っている男が声をかけてきた。そしていつの間にか、酒場内に張り詰めた妙な緊張感も消えてなくなっていた。



「そんな簡単じゃねぇーんだよ。あいつ…色々と気難しくてな。適当な物を渡しても見向きもあいねぇし。どうせなら使ってもらいたいだろ?」



ハァ…と大きな溜息をついて、男の肩がガクリと下がる。
意外と気さくというか、恋愛ごとに関しては普通の若者となんら変わらない。



「若ぇのに情けねぇなぁ!んなガタイして尻に敷かれてんのかよ。っつーか、この辺に…そんな珍しい特産モンあったかぁ?」

「知らねぇかな?向こうの丘に銀細工の名工が住んでるだろ?電話じゃ駄目だっつーから直接頼みにきた。余裕もって出発したんだけどよ、居場所見つけるのに時間くっちまった。置き手紙だけで出てきたから、あいつきっとスゲェ怒ってるぜ」



若干青褪めた青年を眺めながら、該当しそうな人物は誰かと考えてみる。
ここに何度か飲みに来た、あの老人のことだろうか?
気難しげで、言葉が少なく黙々と飲んでいるようなのに、ここの連中には一目置かれているような老人だった。
彼ならば、どんなに金を積んでも、自分が気に食わない客は追い返すだろう。
しかし、青年の話し振りだと、どうやらその交渉に成功したようだ。
その事実は、ここにいる連中にとって、この男は信頼に値すると判断する材料になっただろう。
田舎での珍客は、酒の良い肴になる。わらわらとまた数人が来訪者の周りに集った。



「おいおい。あの頑固なクソジジィの所に行ったのか!」

「そりゃあ苦労しただろ?電話や手紙じゃ依頼受け付けねぇ偏屈だからなぁ!」



殺気には動じなかった男が、突然フレンドリーになった酒場の客達に、若干気押されたような呆けた顔になった。



「お、おう?粘って粘って…しまいにゃ泣き落としで頼み込んだが、こんなギリギリになっちまった。数日中に帰るって言っておいたのによぉ…絶対アイツ怒ってるぜ…」

「それは諦めて今夜は飲め!あの爺さんが依頼を受けたのが奇跡なくらいなんだからよ!」

「そうなのか?…よし!じゃあここは1杯俺が全員に奢るぜ!マスター、一番安い酒な!」

「テメェ!SeeDだったら稼ぎがいいんだろ!いい酒飲ませろ!」

「俺は一般傭兵で薄給だ!」



店内が笑いで沸く。そして互いの女房や恋人の自慢話や、毎日いかに旦那である自分が虐げられているかという話題で盛り上がっていった。



「で、兄ちゃんは、その気難しい女と結婚してるのか?」

「籍はその、色々あって入れられねぇーけど、もう10年以上一緒に暮らしてるぜ」

「傭兵業なら親が結婚許さねぇだろなぁ」

「親か…アイツも同業だからそんな理由で反対はしねぇと思うけど」

「女で傭兵?マッチョでゴリラな女しか想像出来ねぇぞ」

「アイツはゴリラじゃないぞ!気は強いが細腰の美人だ!しかもバトルも強い。俺よりも強いぜ!」

「ははは!アンタより強いならやっぱりゴリラだろー!傷とシミ・ソバカスだらけじゃねぇのか?」

「残念だったな、色白だぜ〜。傷も俺が付けた額に1本しか見当たらねぇな」



この男よりも強い女性で、色白・細腰の美人など誰にも想像出来まい。
だけど俺は気付いてしまった。
それに相当する人物を知っている。
そして目の前の男の素性も思い出した。
額に傷。
多分、この男と鏡合せのような傷の持ち主だろう。
確かにまぁ美人…だな。
問題は性別が男だってだけで。
しかしたとえ男でも、あの凛とした強さを秘めた孤高の獣のような美しさに誰もが魅了される。

伝説のSeeDスコール・レオンハート。

それにしても…
そんな彼がこの目の前の男と10年以上も同棲?
一時期、魔女との恋仲が噂されたが・・・どうやら違ったらしい。

この男なら、彼と並んでも見劣りしない。
いや、逆にこの男しかいないと思えるから不思議だ。

陽気な酔っぱらい達の、青年の恋人を肴に酒盛はまだ続く。・・・この調子だと朝まで。
いくら世界屈指の傭兵でも、ここにいる連中にとってはまだ若造だ。口先では敵うわけが無い。気の毒だが放っておこう。俺でも全く敵わないのだから。

が、青年の目がカウンター脇のTVに釘付けになった。
女子アナウンサーがある1人の青年にインタビューをしていた。



『…ールさんは明日のバレンタインに、意中の彼女からチョコを貰う予定は?』

『まぁ…多分』

『もしかしてカーウエイ大統領の娘さんですか?』

『確かに彼女からは毎年貰ってますね』

『やっぱり恋人関係ですか?』

『どうでしょうね…大切な人の1人ではあります』

『これは微妙な返答ですね〜!』

『好きに解釈して貰ってかまいません』



そんな遣り取りに、男が突然落ち着きがなくなった。熱くないはずなのに額には汗がビッショリだ。
TV画面に映っている彼は…バラム・ガーデンの若き園長だ。魔女の脅威から世界を守った英雄の1人でもある。



「す、すまん。俺、やっぱりもう帰るわ」

「おいおい。外は猛吹雪だぜ?」

「帰らねぇと、吹雪よりも恐ろしい目に合うんだよ!」



突然やってきた珍客は、帰る時も突然で。
カウンターに大目のギルを置いて、猛吹雪の外に飛び出していった。


ここからバラムまでは、早くても3日はかかる道程だ。
それなのに車もないし、こんな時間では電車もない。
彼がどうやって帰るのかは分からないが…だが、きっと手に入れたプレゼントを明日、2月14日に渡しているだろうという確信があった。



**********



「何だ、帰ってきたのか」



時計の針は23時を過ぎていた。
そしてスコールの足元には、何故か俺の私物が箱に詰められていた。



「俺の荷物?」

「ああ。0時過ぎたら外に放り出そうと思ってた。せっかく荷造りしたのに残念だ」

「残念だってオマエ…」

「サイファー、俺に何か言うことはないのか?」

「………ゴメンナサイ」

「ギリギリだったな。で、何を探しに行ったんだ?」

「ああ、コレなんだけどな、聞いてくれよ―――」



どうやらギリギリ危機は脱したらしい。



END



2011.02.14